ウィル・パワーはきっと、インディ500の勝者となる

【2017.8.20】
インディカー・シリーズ第14戦 ABCサプライ500

ついこの間のように思い出せるのに、気づけばもう4年も経っているようだ。2013年のインディカー・シリーズ最終戦、フォンタナはオートクラブ・スピードウェイで開催された「MAVTV 500」では、スコット・ディクソンとエリオ・カストロネベスが熾烈なチャンピオン争いを繰り広げていた。シーズン序盤から選手権の首位を守っていたカストロネベスと、夏に入って3連勝を挙げて一気に逆転したディクソンのリスクを厭わない勝負は最後の舞台にふさわしい熱量を放出し、観客の目は釘付けになったものだ。レースが終わると、テレビカメラを引き連れたレポーターはまずチャンピオンのもとへ駆けつけた。それは一年を総括する戦いの勝者に対する当然の対応に違いなかったが、3度目の戴冠らしく控えめに喜んでいたディクソンの、このレース自体の結果は5位にすぎなかった。もしこれがシーズンの最終戦という特別な大会でなければ、まっさきに注目されるべきドライバーは他にいたのである。ポール・ポジションからスタートを切り、全250周中だれよりも多い103周の先頭を記録し、最初にチェッカー・フラッグを受ける。すでに選手権には手遅れだとはいえ、1レースで得られる上限の54点を獲得するこれ以上ない圧勝。ディクソンの次にマイクを向けられたウィル・パワーは静かな満足感を窺わせる穏やかな表情で最高のレースを振り返っていた。

これはパワーにとってチャンプカー時代を含めた8年間における21勝目でありながら、オーバルレースではまだ2度目にすぎない優勝だった。「初勝利」の2011年テキサスは本来のイベントを2分割したうちの片方で、50分しか走らずに得たものだったから、完全な形式のオーバルレースとしてははじめての優勝とさえ言えるものだ。この事実が端的に示すように、このころの彼は明らかにオーバルを苦手とするドライバーだった。ただ勝てないだけではない。以前書いた記事によると、2013年までのパワーはロード/ストリートコース(以下「ロード」)45戦の平均5.8位に対し、オーバルでは27戦して平均12.3位に終わっている。ロードでは表彰台の常連がオーバルになったとたん馘首を心配しなければならなくなるほどの落差といえよう。たとえば2010年から3年連続で選手権2位に終わったのもその弱点が大きな要因だった。ロードが集中して開催されるシーズン序盤に圧倒的な優勢を築きながらオーバルが増加するに従ってその貯金を吐き出していき、最終盤で測ったように逆転を喫する。そういう一年を繰り返してきたのである。もともと全イベントがオーバルレースだったIRLを前身とするインディカー・シリーズもこのころになればずいぶんその数を減らしていたが、それでも楕円に居場所のないドライバーが栄光を掴むのは簡単なことではなかった。最大の武器であるブレーキングは何の役にも立たず、迷いが挙動に出やすい運転はしばしば順位を失う原因になる。オーバルがあるかぎり、ウィル・パワーが頂点に上り詰めることはない。もはや秋の風物詩と化したパワーの失敗を見ながら、ずっとそう思っていたものだった。

そんなパワーがオーバルで、しかもスーパー・スピードウェイの500マイルレースで優勝した。それはインディカーの観客にとって実際に目にしてもなおにわかには信じられない事態であった。しかし同時にそのときのわたしは「もしこの出来事に意味を与えるなら」などと考えたりもしたのである。ウィル・パワーにオーバルを足したら? 決まっている、最速のオールラウンダーの完成だ。2013年の選手権には影響を及ぼさなかったものの、「過去を置き去りにするかのような500マイルオーバルでの優勝は新しいシリーズ・チャンピオンに辿りつくために打たれた重要な布石に見えた」(「ウィル・パワーはその速さによって自分自身を救った」2014年6月14日付)のだった。

こういったときのわたしの予感はしばしば的中する。翌シーズン、パワーは本当にインディカーの王者となった。その過程には、ウィスコンシンでの快勝と、ピットレーンの速度違反でドライブスルー・ペナルティを受けながら次々とパッシングを繰り広げて2位に舞い戻ったテキサスがあった。どちらもチャンピオンとなるにふさわしい速さと強さをこれでもかと見せつけたレースである。この年パワーが獲得した得点の内訳はロードで386点、オーバルで285点。全体の得点比は12対9(ロード12レースに対してオーバル6レース、うち3レースが得点2倍)だったから、ちょうどおなじ割合になる計算だ。これまでのパワーからは考えられない数字だった。たとえば2012年などロードの379点に対して86点(全体の得点比は10対5だった)しか取れていない。それを象徴するかのように最終戦のフォンタナではクラッシュし、チームが必死で車を修復、復帰はしたものの結局24位に終わって、ライアン・ハンター=レイの大逆転を許したものである。そうした過去を引き合いに出せば、王座に辿りつくことのできた理由は明らかだろう。その身に何が起こったのか知る由もないが、パワーはたしかに2013年のフォンタナを境に変貌した。まるでチャンピオンになるために、突如としてオーバルを勝てるドライバーになったのである。

往々にして、最初に抱いた印象を引きずったまま何かを見てしまうことはある。パワーがオーバルを走っていると、ついそこに脆さを見て取ってしまいがちだろう。テレビ中継でもパワーとオーバルをそうした文脈で接続する語りはいまだに残っているように感じられる。だが、その認識は完全に改めなければならない。2014年以降、パワーの平均順位はロード8.4位に対してオーバル7.7位と、もはやオーバルのほうが得意――ロードに弱くなったというべきなのかもしれないが、それはともかく――なドライバーなのである。6月のテキサスはまさに現在のパワーを凝縮したような圧勝だった。それはすでに意外な出来事でもなんでもなく、そうなる確率の高い出来事が現れたにすぎない。オーバルならばウィル・パワーを見よ。そこに勝つべきドライバーはいる。

5番グリッドからポコノの決勝をスタートし、長い500マイルレースを順調に戦っていたはずのパワーは、予定どおり2度目の給油を行った直後にフロントウイングのアジャスターが故障し、緊急ピットインを余儀なくされて周回遅れとなった。116周目のフルコース・コーションを利用してかろうじてリードラップには復帰したものの19番手の後方であることは何も変わらず、そのうえ125周目にはジェームズ・ヒンチクリフとJ.R.ヒルデブランドの接触スピンを避けようとしたチャーリー・キンボールに側面からぶつけられる完全な貰い事故でリアウイングを破損し、車両後部を丸ごと交換することにもなった。トラブルの前に飛び抜けた速さを持っていたわけでもなかったから、これでパワーの勝機は完全に消え失せたように思えたものだ。

唯一希望を見出せるとしたら、上位陣が117周目に給油を行ったまま走り続けていたのに対し最後尾ならコーション中にピットストップしても順位を失わない利を活かして131周目に満タンにできていたことくらいだったろうか。このときわたしは少しだけパワーに注目していたが、それは周囲が確実にゴールまで2度のピットストップを要するのに対して、68周を1回の給油で乗り切る奇襲を成功させる大逆転があるかもしれないと考えたからだ。燃料を満載にして走れるのは31周程度と言われていたものの、状況によっては33周まで延ばせる車も何台かいたことはわかっていた。ドラフティングを最大限に活用し、燃料を絞り、スロットルを多めに閉じて走れば34周まで、それを2回続ければあるいは……という皮算用である。都合のいい要素ばかり並べた頼りない計算に頼る以外には、パワーが上位に戻ってくる可能性を想像もできなかったのだ。

結局、「いまやウィル・パワーはオーバルのほうが強い」と言っているわたし自身にしてからが、心の底ではそのことを侮っていたのだろう。パワーは14周の給油タイミングの差を卑小な燃費計算に費やすのではなく、ただ純粋に、速さのためだけに使った。132周目のリスタートを17位で迎えた彼は、15周をかけて12位にまで上がってきた。やがて上位勢は149周目のスコット・ディクソンを皮切りに次々とピットへと向かう。そのたびに前は開けていき、154周目にやはり給油をずらしていたマルコ・アンドレッティが動くと、パワーは先頭に立った。もちろんそれ自体はレースの成り行きとして当然だったが、その先ばかりは予想を外れた展開だったのである。

単独走行でスパートをかけるパワーを見ながら、わたしは「これで残り1ストップの可能性は消えた」などと考えていたのだが、ライブタイミングを確認してはじめてそれがいかに下らない思考だったかを思い知らされる。パワーはただひたすら速かったのだ。給油を終えた集団が210~212mphで周回を重ねているのに対して、パワーは217mphもの圧倒的な速度であっという間にギャップを築いていた。158周目あたりでようやく「異変」に気づいたわたしは、すでにパワーが実質的に集団を逆転しているのではないかと疑問を抱いた。159周目にファステストラップ。160周目、さらに更新。まったく浅はかだったものだ。161周目に給油へと向かい、チーム・ペンスキーの完璧な作業の後押しを受けてコースへと戻ったとき、なるほどパワーはピットストップ前と変わらず先頭を保っていた――それも4秒もの差を、合流する瞬間を狙っていたはずのテレビカメラがどこを映せばいいか戸惑うような動きをしてしまうほどの大差をつけて。

149周目にディクソンがピットストップする直前、パワーはたしかにその後方を走っていた。151周目のグレアム・レイホールやトニー・カナーンも、155周目のアレキサンダー・ロッシも、ほとんどみんな、パワーの前にいたはずである。彼はそのすべてをほんの11周、時間にして7分半ですべて逆転し、置き去りにした。「他のライバルがピットストップをしたことで、誰もいなくなったトラックを走るチャンスを得て、良いラップタイムを記録することができた」と本人はあっさりと言う。だがインディカーの観客ならこれほど鮮やかなスパートなどそうそう引き起こせるものでないことはわかっているだろう。油断を突かれたカメラの焦りからしても、その速さが信じがたい展開をもたらしたのは明らかだった。しかして、自ら先頭を手繰りよせた集中力は最後まで途切れない。レース終盤にジョセフ・ニューガーデンが再び追いすがってきたものの、2本目の直線で常にインサイドを守る巧みな機動でチームメイトに攻撃する機会を与えず、テキサスに続く今季オーバル2勝目を引き寄せたのである。トラブルに失望せず、速さと強さ、攻撃と防御を使い分け、時宜を見極めて捉える。オーバルで勝つために必要なすべてを兼ね備えた完璧な勝利だった。

この勝利でパワーは選手権のリーダーであるニューガーデンに42点差まで接近した。最終戦で最大103点取れることを考えれば十分に機は残されているし、本人も意欲を見せている。だがインディカーには、年間王者よりももっと大切なものがある。このポコノは、むしろそちらに繋がるものであるだろう。思えば、ロードの重要性が相対的に高かったチャンプカーの出身であることとも相まって、昔のパワーはどこか「インディカー」のドライバーらしからぬところがあった。いや、正しく言えば、意固地な考えだとわかってはいても彼を純粋無垢なインディカーのドライバーと捉えきれない観客のわたしがいた。昨年に途切れるまで、インディカー・シリーズのチャンピオンがそのシーズンで必ずオーバルレースを優勝していたことは以前触れたとおりだが、オーバルに弱いパワーがダリオ・フランキッティやハンター=レイ(彼らもチャンプカー出身なのだからまったく勝手なものだが、オーバルでの実績はあった)に敗れたのは、だからいかにもインディカーがインディカーであるための結末のように考えていたものだ。だが人は変わる。皮肉なもので、わたし自身が年を取ってオーバルの少ない現状のインディカーを肯定的に受け止めるようになってきた一方で、同い年のパワーのほうは以前のわたしが盲信していた「インディカーらしいドライバー」の姿にずいぶん接近している。

だとしたら今こそ、わたしは昔の気分を思い出して、オーバルの頂上を、インディカーの象徴をパワーに託さなくてはならない。テキサスのハイバンク・オーバルも、ミルウォーキーのショートオーバルも制した。今は日程から外れているフォンタナの500マイル優勝経験者として、ポコノの500マイルを連覇までした。そう、あらゆる種類のトラックを制覇し、もはや現代最高のオーバル・マスターとさえ言うべき彼が、唯一残された栄誉であるインディアナポリス500マイルだけを勝たない理由はなにひとつ存在しないはずだ。オーバルならばウィル・パワーを見よ。そこに勝つべきドライバーはいる。彼はきっと、遠からずブリックヤードのヴィクトリー・レーンで世界一の牛乳を口にするに違いない。5年前なら一笑に付されただろう見通しも、いまなら迷わず断言できる。あらためて言おう。こういったときのわたしの予感はしばしば的中するのだ。

ABC SUPPLY 500 2017.8.20 Pocono Raceway

      Grid Laps LL
1 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 5 200 34
2 ジョセフ・ニューガーデン チーム・ペンスキー 14 200 4
3 アレキサンダー・ロッシ アンドレッティ・オートスポート 6 200 44
4 シモン・パジェノー チーム・ペンスキー 2 200 0
5 トニー・カナーン チップ・ガナッシ・レーシング 4 200 32
6 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 9 200 51
8 ライアン・ハンター=レイ アンドレッティ・オートスポート 21 200 12
9 グレアム・レイホール レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 7 200 9
11 マルコ・アンドレッティ アンドレッティ・オートスポート 16 200 9
13 佐藤琢磨 アンドレッティ・オートスポート 1 200 0
19 J.R.ヒルデブランド エド・カーペンター・レーシング 19 124 2
20 ジェームズ・ヒンチクリフ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ 12 124 3
LL:ラップリード

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