気がつけばスコット・ディクソンは帰ってくる

【2013.7.13-14】
インディカー・シリーズ第12-13戦 インディ・トロント
 
 
 ここ数シーズンの最終戦で見せてきた振る舞いがそうだったように、彼のトロントは、またしてもその精神の退路を断たれた末の破綻として、何度も繰り返されてきたものと似たような終幕までを演じている。それはウィル・パワーという優れたドライバーが帰ってきたようでいて、破綻の行く先があたかも美麗な悲劇であるかのような模様を帯びているのだが、もちろん今年の彼はまだ何事もなしてはおらず、チェッカー・フラッグを受けることなく最終ラップで車を壊して帰ってくることを許されているわけではない。

 深いブレーキングで表彰台の端に足をかけるようとするドライバーの信念を野心と呼ぶのであれば、土曜日のレース1の85周目にバックストレートでダリオ・フランキッティと接触しながら文字どおりインをこじ開け、一度は前に出た彼の挙動はまさしく野心的であったと言うべきかもしれないが、じつのところその野心はたいして意味を持たず、2013年のインディカーになにかを与えることもなければ、もちろんなにかを奪い去っていくわけでもない。いまだ勝利がなくすでにチャンピオンの可能性もほとんど潰えた今となっては、3位のために飛び込んでいくことはほとんど無価値で、少なくとも毎年最終戦までタイトルを争う――かならず敗れるにしても――彼にとって、そのポジションはたかだか2位で歓喜のドーナツ・ターンを舞ったセバスチャン・ブルデーほど切望されるものではなかったはずだし、2年前にやはりおなじ場所でパワーを撃墜したフランキッティが優勝し、その年をも制したことに比べれば、変化をもたらすことを望むべくもない、だからせいぜいわれわれが見出すのは、パワーが現状に抱いている苛立ちのようなものだけだ。功を焦って閉じられかけていたインサイドを突き破るかのように飛び込んだ彼のブレーキングを見ればだれだって、彼は追い詰められている、むしろ追い詰められている以外の情動はないのだと思い、その結果として現れたクラッシュという現実だけが、タイトル争いの圧力に屈した過去とおなじように見えることに気づく。ターン3のタイヤバリアに突き刺さってリタイアした後、インタビューに応じた彼は、チャンピオンを逸したときに露にされる諦念をまとった笑顔とおなじ表情を浮かべた。ウィル・パワーの2013年はすでに終わっている、最終戦で終える例年のように。

 最初の野心に意味がなかったわけではない。それはレーシングドライバーとしては当然の、リーダーとしてチェッカー・フラッグを受けたいという単純な野望で、つまり63周目、ピットに要した時間とタイヤの温度の差によって逆転を許したスコット・ディクソンに対して、パワーは22周後にフランキッティにするのとまったくおなじようにインサイドに踏みこんでいる。そこにはこのレースに対する緊張が溢れており、ディクソンはコースの中央を占拠してパワーに有効な空間を与えず、わずかながらブレーキングゾーンで内側に鼻先を向けてみせると、通常のラインと減速地点を見失ったパワーはターン3を外して、もはや逆転不可能な位置にまで後退することになる。おそらく現実的にこの瞬間だけがディクソンの連勝を止める唯一の機会であり、パワーの無謀さは報われてもよかったが、埃の積もった壁際はその左足の踏力を受け止めることはない。それはたんなるモータースポーツの現実であり、野心も切望も、タイヤのグリップを超えることはないのだとまたも教えられる数ある場面の一つである。こうして、一瞬にしてレースの焦点はパワーから奪われて、ディクソンは戦線に戻る優勝に向かって加速していく。69周目のリスタートでブルデーがいちどは先頭を奪ったが、そのリードチェンジがレースを動かさないことは明らかだった。もちろん、すでにポール・ポジションを得ていた翌日曜日を逃げ切ってしまうだろうことも。

 4月にインディカー・シリーズで初優勝した佐藤琢磨がホンダエンジンユーザーのなかで最多のポイントを獲得し、twitterで#indyjpのハッシュタグがついたつぶやきが浮かれに浮かれた雰囲気を漂わせていたころ、わたしは今季のシリーズ・チャンピオン候補としてスコット・ディクソンを挙げたりもしていたのだが、それはべつにアイスマンの異名をとるこのニュージーランド人がランキング2位にまで浮上した今の状況を予見していたわけでもなんでもなく、どういう角度から見ても本命が不在だったシーズン序盤において、細かくポイントを拾うことを得意とするディクソンが、もしかすると失う量の少なさによって他のドライバーを凌ぐかもしれないと考えたからにすぎない。その予想の中に速さの解答を探し求めていたチップ・ガナッシの復調は組み込まれておらず、だからチームメイトのダリオ・フランキッティのことはとことん無視していた。そのころのチームが明らかに変調をきたしていたことを思えば予想は鼻で笑われる程度のものだったし、現状を知ったうえで振り返ってなおたいした説得力を持つものではないことも自覚している。実際、なにが起こったとのかわかったものではない。7月の声を聞いたときに1勝もしていなかったドライバーが、7月14日には最多勝に並んでいるなんて馬鹿げた話をいったいだれが信じるというのだろう。ただたんに、ダブルヘッダーを含めて3連勝したというだけの話ではなく、あれだけ遅かったはずのチップ・ガナッシが、いつの間にかやすやすと、後続に影も踏ませずポール・トゥ・ウィンで逃げ切ってしまう展開を作り上げてしまっているのである。

 もちろん、5月の終わりからデトロイトのダブルヘッダーを挟んでインディアナポリスからオーバルレースの連戦が続く間に、チップ・ガナッシは長らくチャンピオンにあり続けたチームらしく着々と反撃態勢を整えていたのだが、ただたんにホンダエンジンが当初の照準とは裏腹にあまりにもオーバルに適性がなかったために、回復していた戦闘力が隠蔽されたまま、舞台がストリートに戻ってきたことでようやく顕在化したということなのかもしれない。ともあれ悪夢以外の何物でもなかった6月のオーバル3連戦が終わり、幸いにも燃費レースとなったポコノを拾い上げると、彼らはついにトロントでシリーズの中心を自分のものとしている。11戦目までのボックススコアと12、13戦目のそれを重ねあわせればあわせるほど、首を傾げざるをえなくなる。土曜日と日曜日のポール・ポジションを2人のエースで分けあい、そして両日とも、見慣れた#9を背負った5年前のチャンピオンが持ち去っていった。カーシャンプーのメーカーとして日本でも知られるソナックスがインディ・トロントのダブルヘッダーを2レースとも優勝したドライバーに10万ドルの賞金を提供すると決定したとき、もしかするとまさか本当に払うことになるとはあまり思っていなかったかもしれないが、ディクソンはそれを軽々となして、ポイントランキングの下位に注意を払わなかった人々を嘲笑っている。

 チームのクルマづくりがうまくいっていなかったシーズン序盤が、フランキッティよりもディクソンの背中を押したと考えるのは無理のある仮説ではない。悪い車を悪いなりに走らせることに長けている彼は、そうやって目立たない我慢を続けるうちに気がつけば――これはしばしば彼につけられる最大限の賛辞である――それなりの順位を得て、いまやいるべき場所に戻りつつある。ポイントリーダーとの得点差は、すでに29になった。ウィル・パワーが2013年のすべてを投げ出すブレーキングを軽妙に受け流して、投げ出さなかったスコット・ディクソンは不調を極めたシーズン前半を拾い集め、シリーズをふたたびやりなおそうとしている。

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