佐藤琢磨はまだ優れた一面を隠している

【2018.9.2】
インディカー・シリーズ第16戦 グランプリ・オブ・ポートランド

 
 最初のグリーン・フラッグが振られてまだ20秒しか経たないターン3で、ザック・ヴィーチの内を突こうとしたジェームズ・ヒンチクリフが行き場を失って縁石に乗り上げ、相手のサイドポンツーンを押し出すように衝突したかと思うと、後輪が着地と同時に流れはじめて修正もむなしくスピンしたのだった。スタート直後で後方の隊列は密集しており、すぐ後ろを走っていたジャック・ハーヴィーは回転するヒンチクリフにフロントウイングを壊されながらも左側のグラベルに退避することによってかろうじて難を逃れたのだが、さらにその直後にいて視線を遮られていたエド・ジョーンズにとってはそれが仇となった、ハーヴィーへの追突を避けようと右に進路をとったところ、目の前に横を向いて止まったヒンチクリフが立ちはだかっていて、すべての逃げ場を失ってもはやどうすることもできなかったのだ。混乱を間近で目撃したマルコ・アンドレッティは右にコーナリングしながらも即座に減速を試みたものの、不幸にもその優れた反応がグレアム・レイホールの追突を惹起してしまい、車体の左後方を押されてやはりスピンするしかなかった。180度回ったところでリアのグリップが回復したマルコの車は急に回転を緩めてまっすぐ後退をはじめ、事故で止まりかけた車に乗り上げて、ジョーンズの、ついでヒンチクリフのオンボードカメラをもぎ取りながら頭上を跳ねるように乗り越えていったのち、支えを失って逆さ向きに落下する。ちょうどそのとき、事故をすり抜けていったハーヴィーが巻き上げた砂煙で視界はまったく利かず、ヘリコプターからのカメラではマルコをスピンさせたレイホールもまたなすすべなくコースを外れタイヤバリアに車体の左側を激しくぶつける様子がわずかに覗く、と同時に混沌の中心、一瞬にしてスクラップ置き場のようになってしまった事故現場の中心に向かって、僅差で選手権の首位をゆくスコット・ディクソンが、急ブレーキをかけて姿勢を乱しながら、進路を選べずに突入していくのが目に飛び込んで、この波瀾がレースにとどまらず拡がっていく可能性を思わせる。事故の起こる少し前、密集の中で行き場を失ったサンチノ・フェルッチと佐藤琢磨、それからトニー・カナーンがターン1を通過せずに短絡してターン3の手前で合流している、彼らは正当でないやり方で順位を上げる利益を得たようにも見えたが、事故のためにすぐさまフルコース・コーションが導入されたので有耶無耶になるかもしれない。11年ぶりに開催されたポートランドはこうして黄旗とともに始まった、そして結局、このなりゆきがチェッカー・フラッグに至るまで影響を及ぼし、結果を左右するようなことにもなったのだ。

 舞い上がった砂塵が落ち着いてみると、ディクソンはスクラップ置き場のちょうど空白に車を止めており、大破したレイホールの車にわずかばかりフロントウイングをぶつけはしていたものの、信じがたいことにそのほかはまったく無傷だったうえエンジンも止まっておらず、駐車場の混雑を避ける程度のことといったばかりに自力で後退して切り返すとコースに戻っていった。そして無事に復帰できたことは、レースを戦ううえでの作戦的な中心を彼がまだ担っている事実を意味した。ポートランドが始まる前、ゴールまで走り切るのに必要な給油は3回と紹介されていたが、計算上はどうやら燃料を徹底的に節約することで2回給油も成立しうる距離で、最初のコーションはその実現を大きく後押しするようだった。車の損傷を確認するため必然的にピットへ戻らなければならないディクソンは窮地を逆手に取って燃料を継ぎ足して隊列の最後尾に戻り、燃料の余裕をもつことで実質的な2ストップ作戦を採用するはずだった。それはしばしば感嘆とともに「気がつけばディクソン」と形容されるほど彼の得意とする奇襲なのだが、すでに最初の状況が掻き乱された後となっては奇襲どころかむしろ正当な作戦とさえ考えられたのである。正しい選択は一定ではない、彼がいま選手権の首位を固めているのはまさにその揺れ動く正解を掴む力が優れているからにほかならないのだ。ディクソンにかかれば、事故に巻き込まれたこと、不利な状況に追い込まれたことさえ武器となりうる。開幕戦のセント・ピーターズバーグ、あるいは6月のテキサス、またあるいはロード・アメリカ。われわれは何度となく、死角から突然に視野へと飛び込んでくる、それどころか視野から外れたまま上位に顔を覗かせる彼に狼狽する。何度も繰り返されるそういう展開を予想できないわけがないのに、首位争いに目を奪われている隙を突いていつの間にかそこにいる彼に、やはりうろたえてしまうのである。

 つまりディクソンがレースの主流から外れたそのときから、しかしじつのところその動きこそが展開の中心に位置するねじれが起こる。たとえ彼自身に意図はなく、そうせざるをえなかっただけだとしても、正しさがひとりでに彼のもとで輪郭を描きはじめ、レースのありかたを反転させる――場合がある。彼自身にかぎらずその反転に乗ることができるなら、想像以上に大きな果実を手に入れることもあるだろう。ディクソンと同様に、最初のコーションを利用して燃料を継ぎ足し、そのわずかな余剰分を生かしてゴールまで戦おうとするのは、まったく正当なやりかただった、レースはすでに反転していることが明らかに見て取れた。事故の後片付けが済んでレースが7周目に再開されたとき、給油作戦を選んだ16番手以降のドライバーたちこそが実際はもっとも優勝に近いところを走っているに違いなかった。そして、その集団の先頭を走っていたのが佐藤だったのだ。最初のターン1を短絡しながら混乱に乗じて抜け目なく利益を手に入れ、1週目を15位で帰ってきた佐藤は、前方の集団がステイアウトを判断する中、ピットストップを行う決断を下している。順位を失う可能性を甘受するかわりに、確実で安全な「2+1ストップ」を行い、燃料の心配をせず安定したペースで最後まで走る権利を手に入れた。それは微妙な給油タイミングの機微を要求されそうなレースにおいて、なにより重要な権利なのだった。

 最終的な結果から逆算するのみならず、あの瞬間の状況だけから判断して、最初のコーションで給油をおこなうことが――たとえタンクに継ぎ足せる燃料がほんの2〜3周ぶんにすぎないとしても――有効なのは間違いなかったはずだ。だからピットが開放されると同時に生き残った23台が全員給油へと向かったとしてもけっして不自然ではない状況だった。だがたとえ利があると頭ではわかっていたところで、いま現在の場所を放棄する選択肢にあえて飛び込むのは心理的に難しい。上位なら上位であるほど、失う順位の大きさに束縛されてしまう。その意味で佐藤が給油に向かうことにもまだリスクはあった。15番手は何か変化を求めるべき順位であるとはいっても、それでもピットに入れば最後尾まで落ちて困難な追い上げを強いられるかもしれなかったのだ。後続がほとんど彼に連れて給油へと向かったために16位でリスタートを迎えることができたのは結果に過ぎない。佐藤はそうしたリスクを受け入れる決断を下した。ディクソンを中心に反転しようとしていたレースにあって、それはきっと正しい判断に違いなかった。

「気がつけばディクソン」と人は言う。そうであるように、レースがリスタートを迎えてから佐藤が何か特徴的な動きをしていたわけではない。もとより燃費に気を使わなければならなかったこともあって、ひたすら流れに身を任せて走り続けている。テレビ中継にとくに映し出されることもなかった第1スティントのラップチャートは象徴的だ。コース上でだれを抜き去るわけでもなく、淡々と、だれかがピットに入るたびに順位が自然と上がる、そんな周回をひたすら繰り返している。たとえば13周目にピエトロ・フィッティパルディがピットストップをおこなって、15位になる。16周目にカルロス・ムニョスが退いたために14位に上がる、あるいはハーヴィーの代わりに13位へ。佐藤の前にはずっとカナーンが、カナーンがどいた後はフェルッチが走っていて、その構図はまったく変わることがない。だがそんなふうに自分のペースを丁寧に守っているうちに、全員の給油がひととおり終わった37周目、佐藤は「気がつけば」2位までになっている(もちろんディクソンも5番手にいる)。だれを抜くでもなく表彰台圏内に浮上できたこと、佐藤にとってこの日もっとも重要だったのはその一事だったといえるだろう。タイミングはまるで異なるが、この時点で残りの給油回数は全員が2回で揃っている。つまり37周目の順位はそのまま最終順位を決める大枠の基準になりえたのだ。そう、レースは反転している。わたしが佐藤が表彰台に登ることを確信し、Twitterに投稿したのはこのころだ。まだ全体の3分の1しか過ぎていない段階だったが、佐藤はすでに表彰台、あるいは優勝をも争う現実的な勢力のひとつとして、するりとレースに顔を出し始めたのである。

 幸運といえば幸運、インディカーにとっては起こることが当たり前の偶然もあった。40周目に2度目の給油を行った佐藤はふたたび15位に戻っていたのだったが、直後の42周目にウィル・パワーがターン11のタイヤバリアに突き刺さる事故を起こし、この日2度目のコーションが導入される。これに伴って7台がピットへと戻ったために佐藤はあっという間に10位に上がり、やはりだれを抜くでもなく10周ばかり走っているなりゆきのうちに6位になると、1秒前を走っていたヴィーチがスピンを喫してみたびコーションとなった。それでライアン・ハンター=レイを除いた上位がごっそりピットに入ることを選び、まったく労せずしてふたたび2位へと戻ったのである(ディクソンは途中でドライブスルー・ペナルティを受けたにもかかわらず4位を走っている、つまり何が有効な作戦だったかは明らかなレースだった)。37周目の時点ではまだぼんやりとした輪郭だったが、今度こそ確実な、確定的とすら言える2位。最初の決断が、すべての流れを引き寄せていたのだった。

 レースは相変わらずなりゆきで進んでいった。純粋な2ストップを志向したハンター=レイが、最後まで燃料が持つかどうか際どいタイミングの71周目にピットへもどり、20番手スタートの佐藤は1台も自力で抜くことなくとうとうラップリーダーにまで上り詰める。唯一なりゆきを超えた勝負どころがあったとしたら、ここからの数周だっただろう。燃料を持たせるために飛ばせないハンター=レイに対し、佐藤はけっして優勢な車とはいえないながらもスパートをかけ、1周60秒を切るタイムを連発する。車の軽さを生かしてギャップを作り、あとからピットに入って逆転する、彼はかつてF1を走っていたころに花盛りだった作戦を確実に遂行し、そしてそれはなった。75周目にフェルッチがコース上でスローダウンしてしまい、全車がコーションの危機に慌ててピットへと戻ってすべての状況が整ったとき、先頭を走っていたのはレース前には想像もしなかった佐藤琢磨だったのである。それから最後まで、なすべきことは単純だった。車の素性で言えばハンター=レイに分があったが、燃料に数周ぶんの余裕があり、オーバーブースト使用時間もじゅうぶんに残していた佐藤は、この日ずっとそうだったように、まるでなりゆきまかせに、しかし丁寧に繊細に、チェッカー・フラッグに向けてレースを閉じていったのだった。

 不思議な優勝だった、といえばそうだろう。佐藤のキャッチフレーズである ”No Attack, No Chance” とはまるで正反対の、まったくアタックを要しない静かな一日だった。20番グリッドからの優勝といえば派手な大逆転を想像もするが、実際はラップチャートを見る限り、彼はコース上でただの1台も攻略していないのである。初優勝のロングビーチのような圧倒的でドライバーを孤独にするレースでも、インディ500のような数年越しの物語の集大成となる情熱的な激闘の末の勝利でもなく、観客としてみれば、ただ105周を走っているうちにいつの間にか先頭に立っている、まさに「気がつけば」勝っていたような茫洋としたチェッカー・フラッグとしかいいようがなかった。評してしまえば、淡々として控えめな、全体としてはきっと人々の印象にさほど残らない優勝だったにちがいない。だがそれは、最終的に5位に入って失いかけた選手権首位を逆に強固にしてみせたディクソンがしばしば見せる、状況に対応し、正しい判断を下し、臨機応変に戦えるものだけが手にできる困難な勝利でもあった。何より驚くべきは、インディカーで2番目に年長であり、一般的には現役の終わりが見えているはずの41歳が、過去と違う一面を見せて勝利したことにある。

 昨年インディ500に優勝したとき、わたしはそれをF1以来彼のさまよってきた旅の終着駅としてひとつの文章とした。その気持ちにはいまもさほど変化はない。あのインディ500は佐藤琢磨というドライバーの集大成であり、すべてが満たされた今となっては、その後のレース人生になにも起こらなくとも構わないのだと。だがポートランドの慎ましい逆転劇を見ると、そんな感傷に満ちた浅はかさな見立てをしたことを恥じなくてはならないと思えてくる。人はいつだって豹変する。失望にあふれても、それが報われる日を迎えても、まだその人のすべてが完結するわけではない。キャリアが続くかぎり、佐藤琢磨はまだ残された新たな面を見せようとするのだろう。そういえば、あとはショートオーバルを制すればインディカーで行われるすべての種類のレースを優勝することになる。

ウィル・パワーのオーバルは正しさに満ちている

【2018.8.27】
インディカー・シリーズ第15戦 ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500(ゲートウェイ)

 
 118周目にピットへと戻ったシモン・パジェノーは給油を受けながら4輪の交換を終えた、左フロントタイヤ担当のメカニックがフロントウイング脇のノブをつかんで回すのが見える。時計回りに半回転、つまりウイングを立てて前輪のグリップを増やそうと試みている。続けて回そうとしているようにも思えたが、その先はわからない。画面が突如としてホームストレートに切り替わり、ウィル・パワーが気づけばスコット・ディクソンのすぐ背後についているのだ。それは瞬間的に見れば少しばかり奇妙な映像で、前後の2台が観客席側のレコードラインを当然のこととして走っているのに、この2人はそこから大きく外れ、コースとピットロードを隔てるコンクリート壁のすぐ脇で戦っている、ディクソンが内側を差されないためにラインを変え、パワーが追随した結果だろう。通常だれも通ることのないその場所はレースの半分近くを消化したいま細かい埃がすっかり積もっており、タイヤの回転によって灰色の塵がぱっと高く舞い上がる。観客席の上から投げかけられる照明が進行方向の左側、画面向かって右に黒い影を落とし、またピットレーンに並べられた低い位置の照明によって反対方向には薄く長い影が伸びている。ターン1が迫り、パワーは一瞬早くディクソンの背後から抜け出すとほんの1秒のうちにコースの大外までラインを戻す、ディクソンも動きを合わせるが、対応が遅れて外から並びかけられる。すぐ後ろではずっとレコードラインを走っていたアレキサンダー・ロッシが危険な動きを避けるように進路をやや外に向けている。先にディクソンの長く薄い影がパワーにかぶさり、すぐさまパワーの短く濃い影が接近して2つの影が重なったかと思うとターン1へと進入していった。オーバルコースにしては珍しく赤と白に塗り分けられたゲートウェイ・モーター・スポーツパークの縁石すぐそばをかすめるディクソンにパワーが覆いかぶさろうとするとき、今度は守るディクソンの車載映像へと画面が変わる。2台が並べていたのはわずかな時間のことだ。最適なラインを無視して速度だけで相手を抑え込もうとしたパワーだったが、遠心力に負けて徐々にコーナーの内側から軌道が剥離していき、グリップの限界を越えたとたんにすべての勢いをなくして失速するさまがはっきりと映し出されたかと思うと、須臾のうちにその姿ははるか後方へと消え去ってしまうのだった。
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それ以上に大切なことはない

【2018.8.19】
インディカー・シリーズ第14戦 ABCサプライ500(ポコノ)

 
 3年前のポコノ・レースウェイで、先頭を走っていたセージ・カラムが何の前触れもなく単独スピンを喫したとき、隊列のはるか後方を走っていたジャスティン・ウィルソンに降りかかる運命を予測できた者などいなかっただろう。あまり評判は芳しいとはいえないが、初優勝まであと少しのところを走っていた新人の車は、異常を発したのかただ何らかのミスの結果そうなったのか突如として後輪を振り出し、白煙を上げながら回転して後ろ向きに壁へと突き刺さった。そのときまず深刻に見えたのはカラムの状態であり、それ以上の危機を想像できようはずはなかった。本人の無事さえ確認できれば、あとはフルコース・コーション中にリプレイを眺めながら事故の原因をああでもないこうでもないと推測しながらリスタートを待つ、そんなふうにさして特別でもないインディカーの日常として過ぎていくような出来事だったのだ。ウィルソンはカラムの事故について何らの関わりを持たなかったし、それどころか10台か11台も隔てたまったく無関係な場所にいた。だというのに、あの事故を思い出そうとすると、大破したカラムの車の脇を糸の切れた操り人形のように意思なく転がり――実際、もはやだれの制御下にもなかった――、コンクリートウォールに引っかかって止まった25号車のコクピットに覗くウィルソンのヘルメットが微動だにしない映像が脳裏に蘇ってしまう(ドライバーは確実に意識を失っていたのだが、中継クルーも事の重大さを想像できずにいたのか、その模様をずいぶんとアップで映していたと記憶している。普通ならありえないことだ)。事故によって飛び散った破片のうち比較的大きなひとつが偶発的に舞い上がって2〜3度路面を跳ねたのち、なんの因果もなく彼の頭部に落ちてきた、顛末はそれだけといえばそれだけのことである。そこには意味も必然性も見出せないし、戯曲めいた悲劇の予兆があるわけでもなかった。当事者のカラムが無事に車から降りた以上、事故自体は結局のところありふれた様態のひとつだった。だというのに、結果としてウィルソンの命が失われた事実はある。きっかけが些細で典型的ななりゆきだったとしても、結末までそうであるとは限らない。どれだけ安全対策が進んでも、不幸な偶然はつねにその射程の外に置かれている。
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ジョセフ・ニューガーデンの来歴は現在の運動に内包されている

【2018.7.29】
インディカー・シリーズ第13戦 ミッドオハイオ・インディ200

 
 ふと切り替わった後方オンボード映像に表れ出たのは、いままで何度となく見つめてきた愛すべきコーナリングだった。インディカーではまだ何者でもなかった2014年に2度のパッシングを成功させ、あるいはステアリングを細かく切り足しながら驚嘆すべき速さで駆け抜けていったコーナーで、その場面はもはや貴重というほどでもないかもしれないと勘違いさせるくらい当たり前のようにして、しかし彼以外にはけっして表現しえない感慨を伴って通り過ぎていったのである。レースが24周目を迎えたころ、先頭をゆくアレキサンダー・ロッシの車載カメラが捉えた後方の映像には、白と黒に塗り分けられた1号車が少し離れたところからついてきているのを認められる。ターン9を抜けて通称「雷の谷」を下り、ターン10から11にかけて、車体に描かれた番号が言うまでもなく示す昨年の王者は前車との距離を縮めたものの、気流に影響されたのか姿勢を乱してしまい、続く加速区間でロッシが優勢を取り返してまた車間が開く。ややあって、そのターン12は訪れる。長い時間をかけて右に180度回り込む形状から回転木馬の意である「カルーセル」と呼ばれる中速コーナーに進入しようとする刹那、不意に2台が急接近するのだ。ロッシは円弧に沿って柔らかく曲がろうとし、追う1号車はといえば、かつて見たのと同様に弧に対して直線的に進み、いったん内につき、遠心力によって外へと引き剥がされ、それから軽やかな動きでくるりと向きを変えてふたたび内に戻っていくのがわかる。ちょうど路面が補修されて継ぎ接ぎになっている箇所で、前者の右後輪は黒く新しさを感じさせる外側の舗装と縁石側の古ぼけた灰色の舗装を分かつ切れ目の内側を通っており、後者は車全体が新しいアスファルトの部分を進んでいる、それくらい両者の走行ラインは異なる。円を描くか、刻みながら曲がるか。1号車は一本の曲線を複数の直線の連続へと描きかえながら走る。この一連の所作のあいだに、追いかける被写体はコクピットに溶け込む色合いをしたドライバーのヘルメットや、外光を反射し内部に隠された表情を窺わせないシールドバイザーさえもはっきり識別できるほど映像の中に大きくなり、カメラの主は脅威を感じのかどうか、内側の縁石を過剰に踏みながら加速を試みる。縁石に乗ったときと降りたとき、振動が2度伝わる。追うほうもほとんど同時に大きく跳ねる様子を見て取れるが、これはどうやらカルーセルの出口付近にある路面の凹凸によるもので、理想的な軌跡は少しも外れていない。それよりも跳ねているのが映像ではっきりと確認できるほど近い位置を走っていることが重要である。2台はスロットルを開け放して最終コーナーを進みコントロールラインに差し掛かる、十数秒前よりも確実に差が小さくなっている。
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ふとしたときに思い出すのは、たとえばきっと佐藤琢磨のブレーキングだったりする

【2018.7.15】
インディカー・シリーズ第12戦 ホンダ・インディ・トロント

 
 モータースポーツにおけるパッシングの美は、落差の発するエネルギーによっているだろう。タイムトライアルではない自動車レースでの攻防は、おそらくその速度域と使用する道具それ自体の大きさのために、他の競技と比べた場合に防御側がある程度有利な構造となっている。前を走る車は主体的に走行ラインを選び、自分自身が物理的な障壁となって最短距離を塞ぐことで攻撃してくる相手の前に立ちはだかることができる。コーナリングの優先権は先に進入したほうにある。速さと大きさによって生じる気流の乱れさえ、後ろから迫ろうとする車には不利に働くのだ。だれもが知っているとおり、だからパッシングは攻撃側のタイムがただ速いだけでは必ずしも成功しない。1周にわたってわずかずつ積み重ねる速さでは足りず、ほんの一瞬だけ全長5m、幅2mにおよぶ物体の位置が入れ替わるに足る大きな速度差があってはじめて可能性が拡がる。その瞬間を逃さず捉えようとする、たとえばブレーキングによって時速十数マイルの差を生じさせること。レーシングドライバーの魅惑的な運動のひとつはそこに見出すことができよう。
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勝負への期待によってレースを捉えそこねる

【2018.7.8】
インディカー・シリーズ第11戦 アイオワ・コーン300

 
 レースを観戦していて勝敗をわかちうると直感される場面に出くわしたとき、いったい自分ならばどういう決断を下すだろうかと思案するのは、モータースポーツの知的ゲームの一面として多くの観客が大なり小なり試みる楽しみかたのひとつであろう。われわれは当事者ほどには情報を持っていない代わりに、当事者が囚われがちな勝利への過度な欲求や捨てきれない諦念、あるいは単一のレースだけでなく年間の選手権を視野に入れた賢しらな計算といった、思考を曇らせるノイズからは自由という優位性を持っている。こうなってほしいという願望ではなく、外形的な条件だけをもとに全体を把握し、起こりうる結果から逆算した場合に有効な手立てを考えられるのは、レースを楽しめるか否かの感情以外に利害関係を持たない(もちろん、失うもののない気楽さも含まれる)観客の特権で、その客観性はときに当事者の不純な思惑が混じった楽観的、または悲観的すぎる予測を超えるときがある。傍目八目とはよく言ったものであるが、わたし自身、生中継を見ながら想像した危険がそのまま現実となり、結果として無為に勝利を失ったチームを詰りたくなった機会も一度や二度ではない。だが、純粋でいられる観客の平静さえも超えて、正しい判断など絶対に不可能なレースが存在するのもまたたしかなのだろう。結論を言えば、今回わたしはこの賭けに「敗北」した。観客として見立てた行動は、滑稽にさえ見えるほど失敗だったのである。
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詩人が批評家となるとき、あるいは跳躍のないジョセフ・ニューガーデン

【2018.6.24】
インディカー・シリーズ第10戦 コーラーGP(ロード・アメリカ)

 
 長い円弧で形作られるコーナーを、断続的にステアリングを切り込んで細かな多角形の軌跡へと書き換えながら通過していく。それとも柔らかい曲線を一本の直線によって切り取り自分だけの空間を作り出す。かと思えばまったく逆に、直線的な軌道を円く変換して穏やかに存在を主張もしよう。ジョセフ・ニューガーデンをつぶさに見つめていてそうした上質の場面に出くわすと、ふと詩的な興趣を掻き立てられることがある。詩を認めたくなるというのではなく(残念ながらわたしにはその才がまったく備わっていない)、彼の動きそのものが詩と同種の情動を引き起こしながら迫ってくると感じられるのである。詩が、一回きりの時間と場所に生成された言葉を連ねて、現象を写し取るのではなく現象と意識の間に生じる齟齬を軽やかに飛び越えるように、ニューガーデンの運動もまた、かそけく立ち現れては消えていきながら、現実と隔たった情念へと跳躍していく。
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スコット・ディクソンは形而上の中空を浮遊している

【2018.6.9】
インディカー・シリーズ第9戦 DXCテクノロジー600(テキサス)

 
 現代のインディカー・シリーズにおいて、スコット・ディクソンこそがもっとも成功しているドライバーだと主張されて異論を差し挟む者はそういまい。今季デトロイト終了時点で通算42勝は歴代3位タイ、1位のA.J.フォイトと2位のマリオ・アンドレッティが活躍した時代は半世紀も遡り、ダートトラックでもレースが行われていたほど大昔だから、事情の大きく異なる現代で歴史を更新し続けているのは驚嘆すべきことだ。年間王者はじつに4度、史上最長となる14年連続で勝利を挙げ、言うまでもなくインディアナポリス500マイルも優勝している、などなど、実績をただ羅列するのはいかにも芸のない文章の書き出しだが、実際そうするほかないほど、彼の歩みは栄光に満ちている。強者に寄り添う観戦が好みなら、ひとまずディクソンを見つめておくがいい。レースの週末を過ぎたときにはおおむね満足感を抱いているはずだ。彼に大きく失望する場合などまず訪れるものではない。
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このレースをやりなおします、よろしいですか?

【2018.6.2-3】
インディカー・シリーズ第7-8戦 デュアル・イン・デトロイト

 
 レースとはたとえば競技者どうしが可能性をやりとりしながらひとつの結末へと到達する営みと表現できるのだと、フェニックスGPの記事に書いている。最初の時点では全員にとって無数に広がっている可能性の糸が、1周、また1周するたびに何本か途切れていき、やがてチェッカー・フラッグに1本のみが残されるのだ。ある周回に起こった何事かが、次の周回に残される可能性を規定する。コントロールラインはさしずめ悪戯な糸切り鋏といった気配で、ありうべき未来の先端を断ち、もはや現在には届かない過去へと変えていく。
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インディ500に愛されるまで、ウィル・パワーは物語を書きつづけた

【2018.5.27】
インディカー・シリーズ第6戦 第102回インディアナポリス500マイル

 
 サム・ホーニッシュJr.がインディ・レーシング・リーグ、すなわち現在のインディカー・シリーズで年間王者の座に就いたのは2001年のことである。かつて米国で「インディカー」を担い国際的な色彩を帯びていたCART選手権に対し、米国的なものへの回帰を求めたインディアナポリス・モーター・スピードウェイが離脱を表明してから5年以上が経過していた。設立初年度は3レースしか行われず、急ごしらえのチームが無名なドライバーを走らせるばかりのIRLだったが、オーバルレースだけで構成するシリーズのコンセプトと、母体であるIMSが有する世界最大の祭典――インディアナポリス500マイルの威光によって少しずつ有力チームやドライバーを引き寄せ、大きな勢力へと成長していたころだと思い出せるだろう。一方で商標権にまつわる契約を巡ってCARTと法廷で争った末に設定された冷却期間が続いており、インディ500を中心に据えているにもかかわらず公式には「インディカー」を名乗れなかった難しい時期でもあった。
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