【2024.5.11】
インディカー・シリーズ第4戦 ソンシオGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)
チーム・ペンスキーによるセント・ピーターズバーグでのプッシュ・トゥ・パス違反使用スキャンダルは、チーム創設者にしてペンスキー・グループ総帥であるロジャー・ペンスキーが乗り出す事態になった。「このたびのことが、何十年もこの身を捧げてきたスポーツに与えた衝撃の大きさを理解している。チーム・ペンスキーの全員、そしてファンやビジネス・パートナーに、わたしが過ちを深く悔い、謝罪していると知ってもらいたい」と声明を発表し、あわせてティム・シンドリック(チームCEOでジョセフ・ニューガーデンのストラテジスト)、ロン・ルゼウスキー(チームのマネージング・ディレクターでウィル・パワーのストラテジスト)、ルーク・メイソン(ニューガーデンのレース・エンジニア)、ロビー・アトキンソン(パワーのデータ・エンジニア)の4人について、インディアナポリス500マイル含む5月の2レースでの職務を停止したのだ。同一グループ内で競技団体とそこに属するレーシングチームを同時に運営する利益相反を抱えた企業体の長として、競技の公平性を根底から揺るがした不正に対し一定のけじめを示した形といったところだろうか。もっともその意味を考えると複雑だ。もとよりこの処分は内輪のものだから、今後インディカーが下す判断とは関係がない。また内輪という観点においても、ロジャーはおそらく象徴的な責任において処分を決定したわけだが、すでに現場を離れたチームオーナーの行動としては過剰な介入とも見える。自分の持ち物だからどうしようと勝手とはいえ、声明も徹底して「わたし」が主体で、どちらかといえば内部統制の機能ではなく権力構造の露出といった感さえあろう。いずれにせよまさに「けじめ」以上の意義はなく、当然これで幕引きにはなりえまい。
ニューガーデンの消沈が続いている。明るい2024年を予感させたはずだったセント・ピートのポール・トゥ・ウィンが不正のもとに削除され、以降は苦悩に苛まれているようだ。アラバマの16位も、インディ500の前哨戦たる今回のロードレースも、レースの要諦を捉えて加速する本来の――それこそほんの2ヵ月前には見られた――姿は影を潜め、重なる周回のなかにただ沈み落ちていくだけだった。予選4位は光明にならず、むしろ決勝での失望をより強調したようだ。スタート直後の混乱はどうにか順位をひとつ下げただけで乗り切ったと見えたが、やがて隊列が落ち着き、規模の大きなインディアナポリスらしい純粋なスピードレースに展開が移行するにつれてペース不足を露呈する。10周ばかりのうちに先頭集団から10秒近く遅れて取り戻せず、タイヤ交換の後には悪化の一途をたどり、上位から1周あたり1秒も2秒も遅い彼の名前は見る間に順位表の目立たない羅列の中へ消えていく。最後はどこにいたかもわからない。
記録を確認すると、どうやらアラバマよりもなお悪い17位だったようだ。おなじペンスキーのドライバーに目を向ければ、セント・ピートで不正な操作を行わなかったとされるウィル・パワーは今回2位表彰台を獲得し、禁止された区間でプッシュ・トゥ・パスを使用したが、その時間は短く、ボタンを押したのは偶然と主張したスコット・マクロクリンもフルコース・コーションの偶然による幸運があったとはいえ6位に入った(そもそも2週前は優勝したのだ)。それぞれ少しずつ事情が異なるとはいえ、チームメイトがすでに立ち直った後だと思うと、なおさらニューガーデンの失調が目について胸が痛む。まだ偶然のスランプに過ぎないと信じられるのか、シンドリックとメイソンの不在は理由になるか。それともドライバーとして重要な何かをなくしつつある過程を目の当たりにしてしまっているのか。アラバマの記者会見で残した悲痛な表情をつい思い出す。あるいはかつておなじチームで2つのタイトルを手にしながら、静かに去ってしまったシモン・パジェノーについてなども。彼も、パフォーマンスを失ったのはごく短い期間でだった。考えたくないことだが。
だが私的な感傷をさておけば、インディアナポリスはすばらしい展開だった。ニューガーデンはそこにまったく関われなかったが、この日は勝敗の交叉点を思わせる場面が鮮やかに出現し、そこでの立ち回りが実際に表彰台の壇の高さを左右した、そういう種類の争いがたしかに行われたのである。書いたとおり燃費もタイヤの劣化も考慮する必要がなく純粋なスピードだけが求められるレースで、上位の順序を入れ替えたのは前半2回のピットストップを中心としたやりとりだった。とくに2回目の前後には、誰に対しても周回遅れの集団が絡みつき、スピードの完全な発揮を妨げられてしまう厄介な局面が訪れていたのだった。1秒未満の差を争いながらわずかな誤算で2秒を失いかねない困難が襲い、先頭争いの苛立ちが伝わってくるような混戦のなか、アレックス・パロウがわずかな隙間で最高の速さを見つけ出し、優勝への道を作り上げたのである。
ポール・ポジションを手にしたものの、パロウのレースは簡単に進まなかった。スタートするやいなや、同じ1列目のクリスチャン・ルンガーに背後に潜り込まれてドラフティングを与え、ターン1への進入では外から半車身だけ先に行かれた。頭を被せようと試みる相手に対抗すべく、パロウはブレーキングを深く取ったが、全開走行開始直後の温まっていないタイヤは耐えきれずにロックして小さく白煙を上げ、狙った制動を得られずに白線を越えて縁石の際まで進んでしまう。すかさずルンガーは巧みにラインを交叉させながら先んじて加速を始め、左右を逆に入れ替えて切り返しのターン2でふたたび横に並ぶと、さらにターン3を制して前に出るのだった。(↓)
スタートタイヤは、パロウが柔らかいオルタネートで、対するルンガ-は固いプライマリーだった。有利な立場にいたにもかかわらず紙一重の攻防に敗れたために、パロウのレースには困難が生じただろう。後方では数台がターン1を飛び出す混乱が生じていたがフルコース・コーションが発令されるような事故にはならず、その後はいくつか小競り合いがあった程度でレースを動かすような事態は起こらなかったから、結局パロウはずっとルンガーの下で過ごさざるをえない。本来ならリーダーとして自由にペースを操り、数秒の差を作って最初のスティントを終えたかったはずだが、計画はすっかり狂ってしまった。そうして、余計なツケまで回ってきた。彼らは偶然にも同じ19周目にピットストップを行い、作業の手際はわずかにパロウの側が上回ったように見えたものの逆転には至らない。すると、ピット出口の合流で2周早くピットストップを済ませたパワーが詰め寄ってきて、バックストレッチ先にある直角ターン7へのブレーキングでインに飛び込まれたのである。第1スティントとは逆にプライマリー・タイヤを履いたばかりのパロウは、防御のためのグリップを持たず3位に後退した。スタートの失敗がなければ起こりえない展開だった。
小さな負債がやがて大きな負担に膨らむ。レースでは珍しくもないことだ。タイヤの状況が反転したために、パロウは先行する2人からじわじわと遅れはじめる。これも本来なら、前に居座って相手を封じ、順位を守ったまま乗り切れただろうが、そうはならなかった。ピットストップから10周と少しが過ぎ、30周目を迎えるころにはルンガーから3.4秒、パワーからも2秒を空けられている。36周目にはそれぞれ3.7秒と2.4秒。決定的とまではいかないが、簡単ではない差だ。少なくとも、ピットストップに絡むアンダーカットやオーバーカットでの逆転を論じられる状況ではなかった。
勝利が少しずつ遠ざかっていくように見えたパロウに、しかしこの日唯一といえる幸運が訪れたのは直後のことだった。それはパロウが抱えた負債と同様に小さな出来事の結果にすぎなかったが、レースに大きな転換をもたらした。37周目、それまで72.1秒から72.2秒で安定した推移を見せていたルンガーのラップタイムが、72.46秒とわずかに悪化する。ちょうどピットから出てきた周回遅れのフェリックス・ローゼンクヴィストが、リーダーのペースを少し乱した。さらに翌38周目、ローゼンクヴィストのすぐ前にカイル・カークウッドが現れ、2台の固まりができあがる。周回遅れがたまたまそこに現れた、それだけのことではある。だがインディカーではF1のような執拗な青旗は振られない。目の前の動く壁を抜きあぐねたルンガーは73秒台にタイムを落としてしまい、パロウは2秒差まで縮めてふたたび勝負の場へと戻ったのである。
ともすれば退屈と思われがちな、実際そこまではパレードに近い展開が続いていたインディアナポリスのロードレースに、張り詰めた緊張が走る。ちょうど2回目のピットストップが予定される時間帯だった。39周目、2位のパワーが先にピットへ向かい隊列からの脱出を試みるが、あろうことかコースに復帰した場所も集団のど真ん中だった。ルンガーのラップタイムは72秒71と遅く、72秒08を記録したパロウははっきりとわかるほど近づいている。翌40周目、ルンガーが頭を押さえられたままピットレーンへ舵を切ったとき、その差はもう1秒を切ろうとしていた。ステイアウトしたパロウのラップは71秒7。離されつつあったのが嘘のように、オルタネートと同等のタイムを記録している。ルンガーはパワーと、パワーを抑えるマーカス・エリクソンの前に出るが、新しく履いたのはプライマリー・タイヤで、すぐに熱は入らない。
41周目。ルンガーが退いた後の空間を使い切ったパロウの走りは、彼が最高のチャンピオンである理由をあらためて知らしめるものだった。画面には映らなかったが、ターン11までのセクタータイム計54.1667秒は直前の周よりさらに速く、ルンガーのインラップを0.4秒以上上回る。数字を確かめてみれば、これが決定打だった。ピットレーンの滞在時間でも0.3秒を稼いだパロウはターン2の合流でルンガーを抑える。アウトラップでは鬼門となるターン7を凌ぎ、長いフロントストレッチの先のターン1を守りきれば、ルンガーに攻める手立てはもうなかった。チェッカー・フラッグまで40周以上を残して、レースはしかし決着した。正当な居場所を取り返したパロウは速く、残り1回のピットストップも1度だけ導入されたフルコース・コーションも問題とはせず、6秒以上の差をつけて圧勝したのである。
最後の大差を見れば、もしかすると周回遅れの絡んだ40周目前後のやりとりは結果と無関係で、どうあってもパロウが優勝していたレースだったかもしれない。結局85周を通じて速い順番に並んだだけだというならそうなのだろう。だが、だとしても、苛立ちの高まる展開のなかで好機が到来するや突如として1秒近くペースを上げ、優勝の可能性を最大化してみせた変貌には、やはり感嘆を抱かざるをえまい。再現性のない幸運に頼るのではなく、車の速さを振り回すだけでもなく、必然として勝利を掴むための運動がどのようなものか、パロウの40周目と41周目は教えてくれている。たとえ結果的には予定調和的だったとしても、こうした瞬間を見せてくれるドライバーのなんと得がたいことか。
思えば圧倒的な強さでチャンピオンを獲得した2023年も、混戦に見えたシーズン序盤を過ぎて、初優勝はこのコースで上げたのだった。5月。インディアナポリス。チャンピオン。完璧なパロウ。すべての準備は整ったというべきだろう。すぐ先に控えるインディ500に、彼はきっと手をかけつつある。振り返ると、パロウは世界でもっとも偉大なレースでいくつもの無念を重ねてきた。3年前はエリオ・カストロネベスというブリックヤードの寵愛を受けた特別な存在に僅差で敗れ、一昨年はピットに進入しようとするほんの一瞬前にイエロー・コーションが導入されて作業を禁じられる低確率の不運に見舞われ、昨年もまたピットで、発進と同時にスピンしたリナス・ヴィーケイに衝突され馬鹿げた事故に泣いた。どの年も優勝するには十分すぎる速さを備えていたのに、ことごとくひどい仕打ちを受けてきたのだ。だが、不運も終わる頃合いだ。この文章を書いている最中にインディ500の予選が終わり、なるほどパロウはパロウは14位5列目と例年に比べ順調さを欠いているようではある。対照的にスキャンダルの渦中にあるペンスキーがニューガーデンを含めて絶好調で、1列目を3人で独占した。勢力図は読めないが、それでも個人的な心情としてはパロウに心が傾いてしまう。昨年のニューガーデンがそうだったように、インディ500は順当な速さだけで決まらず、神秘的な恣意性が働いていると思えるほど勝者が「選ばれる」レースである。その意味では、パロウには選ばれる権利があるだろう――いや、少し違う、パロウの権利ではない。今回のロードレースを含め、これまでの歩みを見れば、インディ500のほうにこそパロウを勝者として選ぶ責任があるのではないか。今年のブリックヤードに人智と速さを超えた何かが起こるとしたら、それはパロウのためにあるはずだと、そう思えてならない。■
Photos by Penske Entertainment :
Chris Jones (1)
Dana Garrett (2)
Walt Kuhn (3, 4)