コルトン・ハータが刻んだキャリア最高の瞬間

【2024.9.15】
インディカー・シリーズ第17戦
ビッグ・マシン・ミュージック・シティGP
(ナッシュヴィル・スピードウェイ)

わたしはこのブログで、ことあるごとに自分の選手権への無関心について書いてきた。選手権はレースそのものではない。レースは選手権がなくとも成立するが、翻って選手権はレースがそこで行われてはじめて生じる、仮構のシステムにすぎない。選手権のテーブルを計算するためにレースを見はじめてしまえば、レースで行われる運動を見失い、結果の数字だけを追い求めるようになるだろう。それではまったく本末転倒だ。もちろん、実際のチャンピオンの座が称賛されるべき栄誉であることに異論はない。だが、すべてはレースが前提にあり、選手権はレースに従属するという構図はつねに意識されなければならないと思うのである。

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どうしてもアレックス・パロウに近づけない

【2024.8.31-9.1】
インディカー・シリーズ第15-16戦
ハイビー・ミルウォーキー・マイル250s
(ミルウォーキー・マイル)

神様がポイントリーダーに試練を与えました、と実況の村田晴郎が深くゆったりとした言葉の運びで口にしたのだった。9年ぶりにミルウォーキーで行われたダブルヘッダーのレース2、2024年も2戦を残すのみとなったそのパレードラップでアレックス・パロウの10号車が動力をなくし、グリーン・フラッグを迎えずしてコースの内側に停止したのである。カメラのズームがそのコクピットへと寄っていき、困難な状況を村田が伝える。ヘルメットバイザーの奥にある表情を窺い知ることはできず、パロウの心境は想像もできない。だが、ここまで一戦一戦を確実に戦ってきた選手権リーダーが大詰めになって初めて深刻なトラブルに見舞われ、2024年のインディカーに風雲急を告げたのは間違いなかった。

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アレックス・パロウに近づけない

【2024.8.23】
インディカー・シリーズ第14戦
ビットナイル.com GP・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

スタートから数十秒が経った半径の小さいターン7でのこと、十分な警戒をもって小さく進入したスコット・ディクソンは、それでもなおインを突こうと深く入り込んだクリスチャン・ルンガーになかば押し出される形で、縁石を乗り越えグラベルに片輪を落としたのだった。加速に向かう姿勢が悪いうえにトラクションも満足にかけられず、ディクソンはたちまち4台に追い抜かれ、さらに5台目のピエトロ・フィッティパルディまで近づいていた。続くターン8は全開のままわずかに左へ折れる高速コーナーで、脱出に向かって右手のコンクリート壁が迫り、少しずつエスケープゾーンが狭まり消えてゆく。そんな場所で、フィッティパルディはコースを区切る白線を大きくまたぎながらディクソンに並びかけると、壁との接近を印して設置された高い縁石を踏んで跳ねた。その先、コースはわずかに右へと曲線を描いている。前輪が浮き上がったその瞬間にフィッティパルディは舵を失って直進し、コースに沿って進もうとしていたディクソンと前輪同士が衝突した。旋回方向と逆向きに与えられた衝撃によってサスペンションが折れたディクソンは減速もままならずに草地を突っ切り、反対側のガードフェンスに深めの角度で激突した。事故に至る経緯がリプレイで流れ、やがて車から降りたドライバーが、冷静を保とうとしているのか呆然としているのか、コースの方を眺めるようにすっくと立ってヘルメットの紐へと手を伸ばしている姿が映し出されると、画面はCMへと切り替わった。

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巡り巡ってウィル・パワーはリタイアを喫する

【2024.8.18】
インディカー・シリーズ第13戦
ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500
(ワールド・ワイドテクノロジー・レースウェイ)

事がおこる一瞬前のうちに、それはだめだ、とテレビの前で思わず口にしたのだ。ワールド・ワイドテクノロジー・レースウェイで行われた500kmのオーバルレース終盤、196周目のできごとだった。この日圧倒的な速さを誇ったチーム・ペンスキーのスコット・マクロクリンが、選手権リーダーのアレックス・パロウを周回遅れにした直後を、おなじくペンスキーのジョセフ・ニューガーデンが追随しようとしていた。中継ではちょうどその車載映像が流れている。ターン1の入口で追い抜きを完了して先をゆくチームメイトに対しニューガーデンは間に合わず、コーナー最内のラインまで下りると、ターン2からバックストレッチに向けてふたたび加速しながら、目の前のパロウに追突しないよう一度ステアリングを中立付近に戻した、そんな動きを認めた刹那、車の進行方向の仮想線とコースのセイファー・バリアがなす角度が深すぎることが、画面越しにはっきりと感じられたのである。そのときにはもう、それはだめだと声に出ていた。ただの観客でもこういうときには鋭い予感が働くものだ。はたして白線に沿って旋回していく左前のパロウに対し、並びかけるニューガーデンはあらぬほうへと進みかけて、両車の針路が離れてゆく。ラインからの剥離を押し止めるべくニューガーデンはステアリングを目一杯切って減速を試みるが、するとやがて後輪がグリップを失って前輪に負け、外に逃げていた車は逆に内へと巻き込んだのだった。

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チーム・ペンスキーは自らアレックス・パロウに味方した

【2024.7.21】
インディカー・シリーズ第12戦
オンタリオ・ホンダ・ディーラーズ・インディ・トロント
(トロント市街地コース)

いやはやなんとしたものか、「ほら、言ったとおりだろう?」とでも嘯いて賢しげな顔をしてみればよかったのだろうか。トロントの市街地レースである。あたかも前回のアイオワで書いた内容が予言であったかのように、チーム・ペンスキーのドライバーたちを彼ら自身の現状そのものへと導いていった。いつまでも噛み合わないジョセフ・ニューガーデンと、安定を振り捨てて危険な領域に飛び込む情動に身を任せるかつての自分に回帰したウィル・パワー。チームメイトに翻弄されたスコット・マクロクリンの結末を含め、ペンスキーは随所にトップチームとしての速さを見せながら、レースでの戦い方を制御しきれないでいる。インディアナポリス500マイルはもちろん、ロード・アメリカでも完璧に機能したし、ダブルヘッダーの両方を勝ったアイオワもスピードは文句がなかった。ピットワークにも優れ、多くの場合にドライバーを助けている。だが、にもかかわらず、彼らはしばしば手酷い、致命的な失敗を犯してレースをすっかり失って、気づけば追い込まれてしまっている。

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静かに幕を開けたハイブリッド時代はレースを変化させるか

【2024.7.7】
インディカー・シリーズ第9戦

ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ
(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

ミッドオハイオから、インディカーのパワーユニットはハイブリッドシステムになった。当初は2022年に導入予定だったはずが、COVID-19流行の影響と供給連鎖の停滞の問題で2度にわたって延期され、2年半遅れでようやく実現した形である。そのシステムは48Vの低電圧モーター・ジェネレーター・ユニットとエネルギー・ストレージ・システムが内燃エンジンとギアボックスの間に収められ、減速時のエネルギー回生と必要に応じた放出を行うもので、技術的には比較的単純でコンパクトな方式と言ってよいだろうか。モーターアシストの出力は約120馬力。ミッドオハイオでの導入が正式決定された5月、インディカーCEOのパット・フライは「エネルギーの上乗せとオーバーテイクにおけるオプションがシリーズに新たな興奮をもたらす」と述べている。回生する機会のほとんどないオーバルレースでの活用に課題は残るが、ともかくも電動化の新時代がインディカーにも訪れたのだ。

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インディ500はこの男を迎え入れなければならない

【2024.5.11】
インディカー・シリーズ第4戦 
ソンシオGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

チーム・ペンスキーによるセント・ピーターズバーグでのプッシュ・トゥ・パス違反使用スキャンダルは、チーム創設者にしてペンスキー・グループ総帥であるロジャー・ペンスキーが乗り出す事態になった。「このたびのことが、何十年もこの身を捧げてきたスポーツに与えた衝撃の大きさを理解している。チーム・ペンスキーの全員、そしてファンやビジネス・パートナーに、わたしが過ちを深く悔い、謝罪していると知ってもらいたい」と声明を発表し、あわせてティム・シンドリック(チームCEOでジョセフ・ニューガーデンのストラテジスト)、ロン・ルゼウスキー(チームのマネージング・ディレクターでウィル・パワーのストラテジスト)、ルーク・メイソン(ニューガーデンのレース・エンジニア)、ロビー・アトキンソン(パワーのデータ・エンジニア)の4人について、インディアナポリス500マイル含む5月の2レースでの職務を停止したのだ。同一グループ内で競技団体とそこに属するレーシングチームを同時に運営する利益相反を抱えた企業体の長として、競技の公平性を根底から揺るがした不正に対し一定のけじめを示した形といったところだろうか。もっともその意味を考えると複雑だ。もとよりこの処分は内輪のものだから、今後インディカーが下す判断とは関係がない。また内輪という観点においても、ロジャーはおそらく象徴的な責任において処分を決定したわけだが、すでに現場を離れたチームオーナーの行動としては過剰な介入とも見える。自分の持ち物だからどうしようと勝手とはいえ、声明も徹底して「わたし」が主体で、どちらかといえば内部統制の機能ではなく権力構造の露出といった感さえあろう。いずれにせよまさに「けじめ」以上の意義はなく、当然これで幕引きにはなりえまい。

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選手権後のレースで、選手権にふさわしいアレックス・パロウを知る

【2023.9.10】
インディカー・シリーズ第17戦 ファイアストンGP・オブ・モントレー
(ウェザーテック・レースウェイ・ラグナ・セカ)

消化試合である。2023年のインディカーは、最終戦のラグナ・セカを待たずして選手権の行方が決定した。先の記事でも書いたとおり、2007年にチャンプカーでセバスチャン・ブルデーが達成して以来の、またインディカーの枠組みにかぎれば2005年のダン・ウェルドン以来の出来事ということだった。このブログもそれなりに長く続けてきたつもりだが、それでも最初の記事から数年遡らなければならない。異例といってよいだろう。ワンメイクのシャシー、チーム・ペンスキーとチップ・ガナッシ・レーシングの二大巨頭がずっと絶妙に均衡してきたこと、波瀾のレース展開をある程度許容する競技ルール、そしてもっとも大きな影響を及ぼすポイントシステム――4年前までそうだったように最終戦の得点が2倍に設定されていれば、ほとんど計算上の形式にすぎないとはいえ今季のチャンピオン決定も最後に持ち越されていた――。そうしたもろもろの要素が選手権を巧みにかき混ぜ、最終戦まで続く戦いを演出してきたのがインディカーだった。

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Hello, Palou !

【2023.9.3】
インディカー・シリーズ第16戦 ビットナイル.com GP・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

正直に言うと、退屈なレースになるのではないかと思っていた。というのも、選手権の得点がレースに対して妥協を正当化する状況だったからだ。このポートランドが始まる前、2度目のチャンピオンに王手をかけるアレックス・パロウは565点、追いかけるスコット・ディクソンは491点を獲得しており、予選1位の1点はどちらにも入らなかった。74点差。1レースで獲得できるのは最大54点で、レースが終わったときにこの点差以上になっていれば最終戦を待たずしてパロウのチャンピオンが決定する(順位の兼ね合いで、同点の場合パロウがディクソンを上回ることはすでに確定していた)。リタイアという不測の事態ですべてを失う可能性がつきまとうのがモータースポーツのつねであるとはいえ、圧倒的に優位な立場のパロウが難しいレースに挑む必要はないだろうと思われた。ここで表彰台に上ればディクソンが最多ラップリードとともに優勝しようともチャンピオンが決まるわけだし、よしんば最悪0周リタイアに終わったとしても首位は揺るぎない。要は、最終戦と合わせて2レースでたかだか34点取ればいいだけの話なのだ。そのたやすさは、レースにとってもっとも情動を揺さぶられる瞬間、たとえば神経を研ぎ澄ますスパートや接触寸前の攻防を避けて積極的に引き下がってもよい理由となるはずだった。選手権はレースがあってはじめてその存在に意味を見出せるシステムだが、それはレースをおもしろくする薬にもなれば魅力的な瞬間を覆い隠す毒にもなりうる。

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正解のないレースを速さで飛び越えたクリスチャン・ルンガーの初優勝

【2023.7.16】
インディカー・シリーズ第10戦
ホンダ・インディ・トロント
(トロント市街地コース)

てっきり、横並びでまったく同一条件に揃ったうえで最後のリスタートが切られるのだとばかり思っていたのである。ちょうど最終スティントに入ろうとするころ、インディ・トロントはふたつの連続したフルコース・コーションによる整列のもとにあったのだった。

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