どうしてもアレックス・パロウに近づけない

【2024.8.31-9.1】
インディカー・シリーズ第15-16戦
ハイビー・ミルウォーキー・マイル250s
(ミルウォーキー・マイル)

神様がポイントリーダーに試練を与えました、と実況の村田晴郎が深くゆったりとした言葉の運びで口にしたのだった。9年ぶりにミルウォーキーで行われたダブルヘッダーのレース2、2024年も2戦を残すのみとなったそのパレードラップでアレックス・パロウの10号車が動力をなくし、グリーン・フラッグを迎えずしてコースの内側に停止したのである。カメラのズームがそのコクピットへと寄っていき、困難な状況を村田が伝える。ヘルメットバイザーの奥にある表情を窺い知ることはできず、パロウの心境は想像もできない。だが、ここまで一戦一戦を確実に戦ってきた選手権リーダーが大詰めになって初めて深刻なトラブルに見舞われ、2024年のインディカーに風雲急を告げたのは間違いなかった。

 わたしは「流れ」という言葉が好きではない。1秒以下の単位で刻一刻と変化し、わずかな判断や操作の違いで局面が大きく変わるレースを語ろうとするとき、それはあまりに便利すぎ、見る者にとって都合がよく、安易で、無意味な表現と受け取れるからだ。レース中に特筆すべき何かが起こったとき、事態が好転すれば「悪い流れを断ち切った」、失敗が続けば「悪い流れが止まらない」と口にするとしよう。それは何か意味のあることを言っているようでいながら、実際はある出来事を適当に設定した現状へと恣意的に接続し、状態が反転したかどうかを判定しているだけで、出来事そのものについては何も語っていないに等しいではないか。もちろん、インディカーのドライバーたちもしばしば「モメンタム」と口にするように、当事者として活動しているさなか、なにか抗いがたい運命の方向性を感じる場合があるのはよくわかる。わたし自身もレンタルカートで耐久レースを中心にそれなりの量を走る草レーサーであり、その立場で事がうまく運ばないときに流れが悪いなどと言ってしまうのを否定しない。だが、こと観客としてレースを見ようとするなら、個別の事象や事象ごとの繋がりを流れなどという曖昧でどうとでもとれる表現に逃げて語るのは怠惰であろうと思う。まず目の前の風景をありのままに見よ。

 だから、たとえば2022年のウィル・パワーが3位や4位を繰り返すうちに、周囲のライバルがなぜか代わる代わるにトラブルに見舞われてするするとチャンピオンへと到達していく最中も、かなり自覚的に「モメンタム」の意で「流れ」と書かないよう努めていた。パワーを守るシーズンの流れを見出すのではなく、あくまで、ある意味では偶然的な事象をひとつひとつ観察し語った先に、パワーが手にした結果があった、という順序を大事にしたかったのだ。事象が先か物語が先か、おなじようでいてわたしのなかでは正反対だったのである。

 今年もそうだ。夏に入ってから、レース中継中に村田が何度も「今年のペンスキーは速すぎますね」といった類のことを言うのを聞いたものである。事実チーム・ペンスキーはたびたびレースを完全に掌握し、だが言葉とは裏腹に、そのとき選手権をリードしているのはペンスキーのだれでもなく決まってパロウだった。ペンスキーの面々は、あるいはコルトン・ハータやスコット・ディクソンやパト・オワードも、パロウに近づこうとするとことごとくトラブルに見舞われ、事故に遭い、ミスを犯して勝手に後退していった。そんな経緯を「パロウに向いた流れをだれも止められずにシーズンの終わりを迎えてしまった」と書けばいかにもそれっぽく響きもしようが、個別の出来事に強い結びつきがあったわけではない。周囲と違い、パロウだけはつまらない失敗をしなかったし、不運のルーレットでも当たりを避け続けた。それは流れではなく単純な個別の事実であり、事実の蓄積によって現状が形作られてきたにすぎない。実際、ここまで無縁だったトラブルに、パロウはミルウォーキーで遭遇した。新しい単純な事実である。ただ偶然でしかなかったこの事実は、結果として、あたかも今季の選手権がひとつの流れに導かれているかのような錯覚を引き起こすことにもなったのだった。

 ポイントリーダーが戦列を離れたレース2ではいきなり波乱が起こった。パロウの停車によって6周目に延期されたスタート直前、隊列が整わずにグリーン・フラッグがまたもキャンセルされ、ポールシッターのジョセフ・ニューガーデンが加速をやめた。するとすぐ後ろのマーカス・アームストロングが減速の間に合わなかったリナス・ランクヴィストに追突されてスピンし、ニューガーデンともどもピット側の壁へと激突したのである。前日にはマーカス・エリクソンとのサイド・バイ・サイドで接触していたニューガーデンは、こうして2日続けて壁とともにミルウォーキーを終えた。開幕戦のプッシュ・トゥ・パス不正使用スキャンダルに始まり、今季の彼はあまりにもレースを失いすぎた。度重なる失敗は自分自身を追い詰めるだけでなく、間接的にパロウを何度も助けてしまった。今回も、ニューガーデンとアームストロングが早々に消えたために、約30周遅れで復帰したパロウはとりあえず2つ順位を上げられることになったのだ。今季よく見た展開が、偶然にもまた積み重ねられた。(↓)

スタートが切られる前に、パロウは車を止める。今季最大の試練がポイントリーダーを襲った

 あるいはオワードもまた、ミルウォーキーでパロウを援護してしまうのだった。レース1ではペンスキーを上回るすばらしい速さを発揮して選手権2位のパワーを抑えて優勝し、レース2になると一転、パワーユニットのトラブルでリタイアとなったからである。つまりオワードはパロウに対し、順位を上げる手を差し伸べたうえに直接のライバルの得点機会まで封じてみせたわけだ。「貢献」は計り知れない。パロウを上回るシーズン3勝を記録するオワードもまた、少なくないミスやトラブルでレースを完走できずに自らをふさわしい場所へと引き上げられなかったばかりか、たとえばトロントがそうだったように、パロウの前で脱落して上位を与えてきた。不思議なもので、ミルウォーキーにおいても、オワードはあたかも「パロウのため」にレースをするかのように振る舞ったのである。何十周も遅れた27位からレース2を走りはじめたパロウは、100周目を迎えるころ、しかし23位にいる。

***

 大きな転換を迎えたのはレース2の44周目、それまでリードしていたスコット・マクロクリンに代わって、ウィル・パワーが先頭に立ったときだった。画面に映し出される ”POINTS AS THEY RUN” すなわち現在走行中の順位における仮の得点が、パワー:522、パロウ:-3へと変わる。パロウが今夏ずっと保持していたポイントリーダーの座が、とうとうパワーへと移ったのだ。途中経過にすぎないとはいっても、はるか後方を走るパロウが巻き返す可能性は文字どおり皆無の状況である。一方で、前日にも2位を確保したパワーの速さは疑うべくもなかった。44周目、周回遅れの渋滞に追いついたマクロクリンがターン1でわずかにスピードを緩めた瞬間、逆にパワーは小さく旋回しながらアクセルペダルを踏み込んだようだ。ターン2の出口でマクロクリンは内へと寄り、パワーは外へ持ち出してラインが交錯する。両者の脱出速度の差が、そのままバックストレッチの勢いの差になった。十分なスピードを得てドラフティングに入ったパワーは直線半ばのうちにマクロクリンへと並び、まったく抵抗させないままあっさりと前に出る。そうして、レースと選手権の両方のリードチェンジが叶った。(↓)

レース1を制したのは今季浮き沈みの激しいドライバーのひとりであるオワード。2位のパワーも十分な結果ではあったが

 流れなどというものはない。当事者の心情として流れを感じたりはするかもしれないが、それは事象に対する後付けの感想であって、事象そのものの因果にはなりえない。もちろんわたしはいまでもそう確信している。現に、パロウはこれまでの経緯とは無関係に不運なトラブルを与えられ、パワーに逆転を許したのだから。だが、ランダムな偶然は時に偏る。個別には特別な意味がなくても、双六で立て続けに6の目が出て独走する人がいるように、偶然の重なりが特定のだれかに価値を与える場合はある。そういうことなのだろう。振り返ってみると今季のインディカーは、結局、ほとんどの出来事がパロウを守るべく作用したように思えてしまう。一度は反転した選手権がふたたびねじりもどされたのは113周目からの一連の出来事だった。スティング・レイ・ロブの単独スピンによって導入されたイエロー・コーションに伴うピットストップでパワーはマクロクリンの先行を許した。さらにステイアウトを選択した車が前に2台入り、一時的に4位にまで順位を下げる。単純に隊列の4番目ではなく、リーダーとの間に多数の周回遅れが挟まる中で125周目の再スタートを迎えたパワーは、集団を前にして加速のタイミングを合わせられずにフィニッシュラインの手前とバックストレッチで1台ずつに抜かれ、さらに2つ順位を落とした。すると、すぐ後ろでグレアム・レイホールが追突を受けて再度コーションが導入される。抜き返す機会が失われ、さっきまでは自分の後ろにいたマクロクリンは気づけば5台分も前に行って、131周目終わりの再スタートはますます難しい状況となった。こうした小さななりゆきの積み重ねが、物事を悪いほうへと導いたりもする――コーションが解除されると同時に、パワーはスピンを喫した。

 グリーン・フラッグが掲示されるやいなや、白っぽい車がリアを大きく外に振り、制御を失いかけているのが見えた。それがだれであったかは、次の瞬間には画面が切り替わってしまってわからなかった。フロントストレッチをターン4に向かって広く映し出すカメラは、リーダーのアレキサンダー・ロッシが132周目に入ろうとするところを捉えている。と、後方で白煙が立ち上がり、1台の車が明後日のほうを向いている様子が認められた。またすぐに画面が切り替わる。その中心で、パワーの12号車がタイヤをロックさせて横滑りし、最後に壁に対してこつんとフロントノーズをぶつけていた。

 この一事によって、パワーへと傾いていた選手権の天秤は一気にパロウのほうへと戻っていった。ボンマリート500では、チームメイトのニューガーデンが同じく旋回中にスピンしながら無傷で復帰し、最後は優勝にまで辿り着いたが、ミスを帳消しにするそのような幸運はパワーには訪れなかった。ピットでノーズ交換を余儀なくされたパワーは周回遅れに後退し、228周目のコーションまでリードラップに戻る機会がないまま、最後の12周のスプリントでもスピードを発揮できず10位に終わる。その間4台がリタイアを喫し、パロウは19位まで取り戻して苦難のレースを耐えきった。いっときは逆転していた選手権の得点は結局33点の大差で維持されたまま、今季も最終戦を残すのみとなる。

 これまで書いてきたとおり、今回もまた、選手権2位の自滅によってパロウは守られたと言っていいだろう。ありとあらゆる出来事が、あたかもパロウを押し上げるために作用しているように見えるのが今季のインディカーだった。繰り返すがそれは流れではなく、たんなる確率的な偶然の偏りにすぎないはずである。こうも言えるだろう。パワーがつまらないミスやトラブルで大なり小なり失ったレースは少なくとも6回はあった。裏を返せば、にもかかわらずパロウは33点差しかつけることができていないのだと。その地位は、見た目に比べて盤石ではない。村田は「今年のペンスキーは速すぎます」と言う。その速さが最終戦でも発揮されるとすれば。パロウがいまの位置にいる理由が「流れ」ではなくいくばくかの偶然によるものとするなら、また別の偶然が、33点を小さな点差にするかもしれない。■

レース2は結局、マクロクリンが制する。120周目までの攻防を思えば勝機十分だったパワーは千載一遇の好機を棒に振った

Photos by Penske Entertainment :
Chris Jones (1)
James Black (2, 4)
Joe Skibinski (3)

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