【2024.8.23】
インディカー・シリーズ第14戦
ビットナイル.com GP・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)
スタートから数十秒が経った半径の小さいターン7でのこと、十分な警戒をもって小さく進入したスコット・ディクソンは、それでもなおインを突こうと深く入り込んだクリスチャン・ルンガーになかば押し出される形で、縁石を乗り越えグラベルに片輪を落としたのだった。加速に向かう姿勢が悪いうえにトラクションも満足にかけられず、ディクソンはたちまち4台に追い抜かれ、さらに5台目のピエトロ・フィッティパルディまで近づいていた。続くターン8は全開のままわずかに左へ折れる高速コーナーで、脱出に向かって右手のコンクリート壁が迫り、少しずつエスケープゾーンが狭まり消えてゆく。そんな場所で、フィッティパルディはコースを区切る白線を大きくまたぎながらディクソンに並びかけると、壁との接近を印して設置された高い縁石を踏んで跳ねた。その先、コースはわずかに右へと曲線を描いている。前輪が浮き上がったその瞬間にフィッティパルディは舵を失って直進し、コースに沿って進もうとしていたディクソンと前輪同士が衝突した。旋回方向と逆向きに与えられた衝撃によってサスペンションが折れたディクソンは減速もままならずに草地を突っ切り、反対側のガードフェンスに深めの角度で激突した。事故に至る経緯がリプレイで流れ、やがて車から降りたドライバーが、冷静を保とうとしているのか呆然としているのか、コースの方を眺めるようにすっくと立ってヘルメットの紐へと手を伸ばしている姿が映し出されると、画面はCMへと切り替わった。
選手権3位のディクソンが開始1分足らずでレースを終えてしまったポートランドを見て、2022年のインディカーをどことなく思い返している。一昨年のシリーズを制したウィル・パワーは、その年わずか1勝に過ぎなかったのだった。パワーよりも多く勝利を上げたドライバーは何人もいた――チームメイトのジョセフ・ニューガーデンにいたっては5回も優勝した――が、3位や4位を積み重ねる彼に対して、ライバルたちは入れ代わり立ち代わりトラブルや事故に見舞われて、得点差を縮めては遠ざかることを繰り返しながらレースを消化し、気づけば最終戦まで至ってしまったのである。不思議なシーズンだった。
今季のインディカー・シリーズは、第13戦が終わった時点で6人が2勝を上げて並んでいる。そう書くといかにも激戦が繰り広げられているようだが、一方で選手権の得点テーブルに目を向ければ、6人のうちのひとりであるチップ・ガナッシ・レーシングのアレックス・パロウが1レースの優勝に相当する50点ほどの差をつけて独走中だ。どうもいびつな状況である。選手権のリーダーは5月のインディアナポリスでパロウとなり、デトロイトでディクソン、ロード・アメリカでパワーと移ったあと、ラグナ・セカでの優勝によってまたパロウへと戻った。そのころまでの僅差の争いから一転、以降は差が開いていったことになる。だがこの間、パロウの総合的なパフォーマンスは必ずしも最上級とは言えず、彼自身の内的な質だけでは現在の独走を説明できそうにない。むしろ速さの点で優れていたのは明らかにチーム・ペンスキーで、わたしも今夏はそのことについてばかり書き記してきた自覚がある。実際、ペンスキーの3人は全員が2勝しており、ロード・アメリカでは表彰台独占まで成し遂げた。開幕戦でのプッシュ・トゥ・パス不正使用による失格を措いても、彼らのうちの誰かがパロウの位置にいてもおかしくないはずだった(なお、仮に失格がなかった場合の単純計算をしても、パロウが選手権を大差でリードする現状はさほど変わらない)。(↓)
単一のレースごとの印象と、全体としての選手権の乖離。2022年と似ているように思うのはそんな部分である。6月以降、パロウがもっとも優れていたレースはあまりなかったが、もっとも得点を獲得したのはパロウだった。まさに一昨年と同様に、パロウの周囲が代わる代わるトラブルや事故に遭ったからだ。それどころかパロウが後方に沈むはずだったレースでさえ前方で大量のリタイアが発生してひとりでに順位が上がったりもした。本来10位でもおかしくなかったトロントで4位に恵まれたパロウに対して、ディクソンは「何人かがパロウのために道を空けてくれた」とため息交じりに述べたのである。翻ってこの2ヵ月、選手権の2位はディクソンからパワーへ、パワーからパト・オワードへ、そしてまたパワーへ、今度はコルトン・ハータへ……と、ばたばたと4回も入れ替わった。パワーにとっては十分な速さを示していたショートオーバルで2度も事故を起こしたのが痛恨で、ミッドオハイオで優勝したオワードにもその後事故が続いた。最近になって優れた速さを安定的に発揮しているハータは序盤の出遅れが響き、後に続くペンスキーのニューガーデンとスコット・マクロクリンも得点面ではすでに離れてしまっている。彼らが優勝と惨敗をそれぞれにやり取りしている間に、リーダーだけが地道に進んでいき、いつの間にかシーズン閉幕は近づいている。
パロウをことさらに下げるつもりはない。ポートランドでの彼はすばらしく、力強いレースを展開し、惜しくも2位に敗れた。パワーとの優勝争いは緊張感に満ちていて、スティントの切り方、タイヤ選択、周回遅れに出合う場所やタイミング、あるいは1周目ターン1の時点での前後関係であっても、何かが少しだけ違えば順位が入れ替わってもおかしくなかった。ただ、先頭に立って3秒以内のタイム差をコントロールさせたら、おそらくインディカ-でパワーの右に出るものはない。それはパワーのもっとも本質的な強みであり、何度となく見せてきた勝ち方である。そのような相手にパロウが妥協していないのは明らかだったし、それでもなお届かないのは仕方ないことだった。最後こそ10秒近くまで突き放される結果にはなったが、弛むところのないレースぶりは間違いなく選手権リーダーにふさわしかっただろう。3位のニューガーデンとは14秒差。いいものを見せてもらったと思う。(↓)
しかしパロウ自身のすばらしさとはまったく別に、ディクソンが0周リタイアに終わった瞬間、いかにも今年らしい展開だと感じてしまったのだった。パワーは直前のボンマリート500で追突を受けて確実な3位表彰台をふいにし、選手権で4位に落ちていた。代わって2位にハータが、3位にディクソンが浮上したばかりだったのである。そんな状況で、入れ替わったディクソンがまたすぐさまレースを失った。パロウにとっては足元でドタバタと騒ぎが起こっているだけで、自分の身はどんどん安全になっていく。またレース後半には、ハータにも問題が発生した。最後のピットストップの発進でいちどエンジンがストールし、ハイブリッドシステムの恩恵ですぐに再始動は叶ったものの3~4秒を失ったのだ。このせいでずっと1秒以内を走っていたニューガーデンとの争いに敗れ、4位が確定的になる。致命傷ではない小さな瑕疵に過ぎないとはいえ、どこか象徴的ではあろう。選手権のリーダーに誰かが近づこうとするたびに、なぜか不運が降りかかる。不思議なものだが、なぜかパロウが守られているように思えてならない。
スタート直後のターン1での深いブレーキングでポールシッターのサンティノ・フェルッチを交わした後はまったく隙のない速さで完璧な優勝を決め、唯一の3勝ドライバーとなったパワーはまたすぐに選手権2位へと返り咲いた。こういう展開こそがパロウの望むものだとすれば皮肉めいてはいる。ここ3レース、パワーはほとんどの場面でパロウを上回っていたというのに、得点差はむしろ拡大した。このポートランドでも結局パロウが食い下がって、大きな利益は得られなかった。パロウのような幸運は訪れない、もどかしい日々が続く。2024年のインディカ-も残り3レースとなった。パロウ対ペンスキーに焦点を絞ると、じつはパワーの「自力」チャンピオンの道はまだ残されている。ミルウォーキーのダブルヘッダーとナッシュビルのすべてでパワーが優勝したうえでチームメイトが表彰台を占めれば、パロウが4位に入り続けても僅差で逆転するのだ。近年まれなことに、残った3レースは全部ショートオーバルだ。可能性はある。ここまで自滅を繰り返してパロウを助けてきたパワーとペンスキーが、もっとも力を発揮する舞台で勝利への信念に満ちたレースを構築してみせるのか、パロウがそこに割って入る強さを見せるのか、それともハータやディクソンがまた蘇って、結果的にパロウを楽にしてしまうようなことがあるのか。選手権の現状は、いずれにせよレースを興味深く仕立てるスパイスになりそうである。■
Photos by Penske Entertainment :
Joe Skibinski (1, 2, 4)
Chris Owens (3)