巡り巡ってウィル・パワーはリタイアを喫する

【2024.8.18】
インディカー・シリーズ第13戦
ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500
(ワールド・ワイドテクノロジー・レースウェイ)

事がおこる一瞬前のうちに、それはだめだ、とテレビの前で思わず口にしたのだ。ワールド・ワイドテクノロジー・レースウェイで行われた500kmのオーバルレース終盤、196周目のできごとだった。この日圧倒的な速さを誇ったチーム・ペンスキーのスコット・マクロクリンが、選手権リーダーのアレックス・パロウを周回遅れにした直後を、おなじくペンスキーのジョセフ・ニューガーデンが追随しようとしていた。中継ではちょうどその車載映像が流れている。ターン1の入口で追い抜きを完了して先をゆくチームメイトに対しニューガーデンは間に合わず、コーナー最内のラインまで下りると、ターン2からバックストレッチに向けてふたたび加速しながら、目の前のパロウに追突しないよう一度ステアリングを中立付近に戻した、そんな動きを認めた刹那、車の進行方向の仮想線とコースのセイファー・バリアがなす角度が深すぎることが、画面越しにはっきりと感じられたのである。そのときにはもう、それはだめだと声に出ていた。ただの観客でもこういうときには鋭い予感が働くものだ。はたして白線に沿って旋回していく左前のパロウに対し、並びかけるニューガーデンはあらぬほうへと進みかけて、両車の針路が離れてゆく。ラインからの剥離を押し止めるべくニューガーデンはステアリングを目一杯切って減速を試みるが、するとやがて後輪がグリップを失って前輪に負け、外に逃げていた車は逆に内へと巻き込んだのだった。

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 短い夏休みに入る前、トロントのころまでのペンスキーは、ドライバーのパフォーマンスも含めてレーシングチームとしての機能が低下していたのではないかと思う。もちろんインディアナポリス500マイルはすばらしい成果を上げたし、ロード・アメリカでは完全な速さを発揮した。だが一方でひとたび劣勢に立たされると、ドライバーの側もピットの側も押し止められず、加速度的に悪い方に転がっていくのだった。デトロイト、ラグナ・セカ、ミッドオハイオ、アイオワの一部、トロント……彼らはほとんどの週末においてもっとも速い水準の車を持っていながら、ときに小さな問題をきっかけとして破滅的な経過をたどり、上手に負けられないどころか何度も不必要に大きく負けすぎた。やるべきことをすべてやりきって仕方なく敗れるのではなかった。むしろ奔放さを自制できずにやらなくていい無茶ばかりをやって、しばしばつまらない結末を迎えたのだ。スピードだけの観点なら必ずしも好調とは感じられないチップ・ガナッシ・レーシングのパロウが、しかしつねに最善を尽くし運をも味方につけてレースを纏め、上位を確保してきたのとは対照的な2ヵ月間だった。というよりも、ペンスキーの瑕疵と周章が結果的にパロウを押し上げる手助けをしてきたと解するほうが正しいだろう。そのもっとも顕著な例が、トラック外ではセント・ピーターズバーグからのPTPスキャンダルであり、トラック内では先の文章で書いたトロントであった。選手権の得点を見ると、セント・ピートの失格によってニューガーデンはパロウに対して差し引き55点を失っている。また、パロウにとって普通に進行すれば10位あたりがせいぜいのはずだったトロントでは上位が勝手に潰れたおかげで4位へ上がり、対するペンスキーは全員が自滅して下に落ちていったのである。パロウが50点ほどの大差をつけて首位に立つ選手権の現状は、結局のところ煮えきらなかったペンスキーがもたらした自然ななりゆきと言っていい。

 その傾向は、休み明けの今回も大きく変わらなかったのかもしれない。たしかにモータースポーツは興味深いことに、かように人的なスランプに囚われて組織が低迷したとしても、車の物理がなにもかも塗りつぶしてしまうときがある。「無駄遣い」してもなお他を圧倒する単純な速さがあれば、レースに勝利できる場合がある。現にペンスキーはウェザーテック・レースウェイをそんなふうに自らの色へ染め上げた。とくに、「ナイトレース」というにはいささか明るすぎた、夕方からようやく薄暮へと至ろうとする時間帯に、スコット・マクロクリンも、ウィル・パワーも、そしてニューガーデンも、もともと備えていた速さをいや増していった。燃料と距離の均衡を探るのが困難な終盤、周囲が燃費を取るか速度を取るか悩まなければならない中で、彼らだけは頭を使わずともスロットルを開ければそれで済むレースをしているようだったのだ。楽勝といえば楽勝だった。しかし一方で、やはり彼らは自らの行為を遠因として、レースを完全な形でまとめ上げるのには失敗した。トロントの鬱屈を吹き飛ばす躍動に満ちたはずのペンスキーたちの走りは、しかしほんらい得られるべき最高の結果に回収されなかった。とくに、選手権のテーブルを考えたときにチームでもっとも優先すべきだろうパワーにとびきりの不運が襲ったのは、今季の彼らのありようをよく象徴していた。

 レースの序盤から中盤にかけては、スコット・ディクソンが不気味な雰囲気を漂わせていた。レース距離と燃料の兼ね合いでスティントをどのように設定するか難しいレースにおいて、非常にうまく立ち回っていたように見えたからだ。19番手の後方からスタートせざるを得なかったディクソンは、8周目にキャサリン・レッグがエド・カーペンターに衝突した事故を原因とするコーションの最中にいきなりのピットストップを選択し、さらに86周目のキフィー・シンプソンの単独スピンによるコーションでもタイヤ交換と給油を行った。ともに、上位がステイアウトを選択した場面だ。順位が芳しくなかったからこそできた決断だった面は当然あるだろうが、しかし後から計算するともっとも合理的だったと気付かされるような作戦をいち早く察知して遂行してみせるのが、ディクソンというドライバーなのである。実際、テレビ解説の松浦孝亮がしきりに述べていたように、タイムロスをコーションで帳消しにしつつ、上位よりも1回少ない残りピット回数で最後まで走りきれる計算が成り立ちそうな状況にはなっていた。中継で伝えられたところによると、2度目のピットの際、ストラテジストから作戦を伝えられたディクソンは大いに賛成する返答をしたのだという。勝算を予感させるやり取りだ。コーションが明け、100周目には12位を走るオレンジの車は、もしかして陰のリーダーかもしれないと思わせた。

 だがレースとは難しいもので、土台が伴わなければどんな作戦も画餅でしかなくなってしまう。目論見どおり先頭争いにまで持ち込んだ147周目、すなわち残り113周となる完璧なタイミングで次の給油を行ったディクソンは、しかしリードラップのままコースに復帰したにもかかわらずまるでスピードを上げられなかった。昨年の同レースよりも全体の燃費が悪化したといっても、フィニッシュまでの56周×2スティントはそこまで極端な燃費走行を求められる距離ではなかったはずだが、ディクソンははじめ27秒台後半から、周回を重ねると28秒台へと下がり、ひどいときには29秒台にまで落ち込んだ。同じ時間帯にリーダーのパワーをはじめとする上位はおおむね26秒台で走っているから、ペースの差は歴然だった。1周1.5秒遅ければほんの20周足らずで周回遅れになり、1回分のピット時間の優位さえほどなく吹き飛んでしまう。結局、165周目のデイヴィッド・マルーカスを皮切りに、170周目前後でピットストップした上位陣全員が自分より前でコースに戻り、ディクソンの勝機は完全に潰えたのだ。レースは進行中の見た目どおりの順位で優勝が争われる展開に切り替わる。(↓)

196周目にニューガーデンは単独スピンを喫することになる。本人は無事だったが、結果としてそれがレースの行方を少し変えた

 ディクソンの失速と時を同じくして、もともと十分なペースを持っていたペンスキーの3人は、少しずつ下がっていく気温と路面温度に車が適合したのか、ますます力強くなっていくようだった。とりわけ顕著だったのはニューガーデンだ。スタート直後にパワーとの攻防に敗れた後、じっと1.5秒後ろについていく周回を重ね、チームメイトの2人には少し及ばないように見えた序盤を経て、まさに150周目を過ぎたあたりから明らかに力を解放しはじめた。171周目には、この日ペンスキーに伍する速さで健闘を見せていたマルーカスに対してターン1で外から仕掛けてぴたりと並走し、バックストレッチで今度はインへと切り替えて攻略する質の高い追い抜きを見せる。さらに次の周のターン2のでは、立ち上がり加速でリナス・ランクヴィストの真後ろに入ろうとしたパワーの外へと即座に並びかけて行き場を封じ、ターン3で2台まとめて置き去りにした。久しく見ていなかった、ショートオーバルのニューガーデンらしい自由自在の運動が現れたのである。たったこれだけの場面で、直前には目の前を走っていたチームメイトを0.7秒、次の周に入るころにはもう1.5秒も後ろに遠ざけたニューガーデンは、今度は約2秒前を走るマクロクリンをじわじわと追い上げると、190周目を過ぎたあたりでその背中を捕まえた。195周目、マクロクリンの前には4台からなる周回遅れの隊列ができている。この手の「動く障害」を掻き分ける巧みさにかんしては、ニューガーデンのほうが一枚も二枚も上手だ(2022年テキサスにおけるフィニッシュ直前の10秒を思い出すがいい)。2人の差は急激に縮まり、もはやリードチェンジは時間の問題に思えた――と、数秒後、わたしはテレビに向かって「それはだめだ」と独りごつことになる。冒頭のスピンが発生したのはそんなときだった。

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 ニューガーデンが制御を失ってコースの真ん中で横を向いた瞬間には、もうイエロー・コーションが発令されていた。同時に、奇跡的な幸運か、必死のカウンターステアが奏功したか、スピンを始めた車は半回転したのちに逆向きに振り返し、どこにもぶつからずに進行方向へと戻ったのである。ハイペースで進行していたレースはそのとき7位のパロウが周回遅れにされたばかりで、5位のアレキサンダー・ロッシさえ先頭から20秒以上遅れていた。結果的にニューガーデンは、派手なスピンを喫したにもかかわらず、リタイアに終わるどころか2位から4位に落ちただけでコーションの整列に収まり、致命的な問題にはならなかった。自らの速さが自らを救ったと言えよう。だがやはり結果的に、ペンスキー全体としてみればこのスピンがレースを悪い方向に捩れさせてしまいもしたのだった。

 このコーションでピットが開放されたのは199周目のことだ。フィニッシュまで61周、燃料を満載しても走り切るのは難しい距離を残した状況で、ペンスキーたちの決定は二分した。マクロクリンとニューガーデンはピットストップを行って給油を行い、パワーはステイアウトを選択したのだ。さらに、それから4周後の203周目にコルトン・ハータとパロウがあえて遅れたタイミングでピットへ向かったために、事態は三様にわかれたように見えた。再開後に飛ばせるだけ飛ばして次のストップまでに差を広げたいパワーと、燃費走行に徹してフィニッシュまで走り切る目論見のハータたちと、展開次第でどちらも選びうる、悪く言えば中途半端なマクロクリンたち。順調に進んでいればペンスキーの表彰台独占は確実だったレースで、にわかに他のチームに多少なりの勝機が生まれた。そういう場を作ってしまったのが、ニューガーデンのスピンだった。(↓)

中盤以降優位に立っていたマクロクリンだったが、最後のコーションストップでニューガーデンに逆転を許した

 とはいえ現実としては、ペンスキーの速さじたいはレースの複雑な構造を吹き飛ばすほどに図抜けていた。パワーは再スタートから13周後の218周目にグリーン状況でピットストップを行って1周遅れの7位に後退したが、すぐに追い上げて228周目にはもうパロウを交わし、ほどなく3位で粘るハータの真後ろにまで迫った。結局はほとんど元の位置だ。またマクロクリンとニューガーデンも、途中の計算で燃費作戦を諦めたのかペースを上げる方針に切り替え、あっという間にハータをも周回遅れにして、たった2人のリードラップ態勢を築き上げた。このペースの差であれば、余分なピットストップを挟んだとしても最終的にペンスキーの3人が表彰台に登る結末になるのは明らかだった。しかも彼らはさらなる幸運に恵まれた。マクロクリンとニューガーデンがハータを周回遅れにした数周後、周回遅れの渋滞で少し行き場を失ったパワーが内側から逆襲してきたマルーカスと軽く接触すると、マルーカスのほうだけがスピンしてクラッシュの憂き目に遭ったのである。

 この事故は、生き残ったパワーはもちろん、マクロクリンとニューガーデンにも好適だった。リードラップに自分たちしかおらず、逆転されようのない状況で最後のピットストップを行える形になったからだ。両者の手際の差で2人のあいだの順位は入れ替わり、とうとうニューガーデンがリーダーに躍り出ることにはなったものの、ペンスキーが盤石の態勢である事実には違いない。再開すれば、パワーがハータを交わすのも時間の問題だろう。あとは3人でフィニッシュまで自由にレースをすればいい。

 ニューガーデンのスピンに起因する展開の乱れは、レースの結論を左右するようなものではなかった。要するに、経過はどうあれ最終的には速さによってすべてを解決してみせる、それくらいペンスキーにとっては完璧な一日だった。そのはずだったのに、小さな綻びがどうしてこうも大きな破局へ至ってしまったのだろう。「ニューガーデンのスピンに起因する展開の乱れ」が途中の順位を少しだけ掻き回したことは、次にマルーカスとパワーの交錯を生み、240周目のコーションにつながった。ニューガーデン、マクロクリン、ハータ、パワー、ロッシ、ランクヴィスト、パロウが並んでいる。逆転は時間の問題だといっても、順当に進めばありえなかった順序の隊列ができていたとき、事件は起こった。251周目、再スタートで追い越し禁止解除に向けて加速していこうとするロッシの踏み出しが早すぎ、あろうことか先行車の後輪に大きく乗り上げるほどの勢いで追突したのだ。先行車、つまりパワーはリアを大破させ、ロッシと絡み合いながらピットレーン側の壁に激突する。もう戻るのは不可能だった。

 どうしてこんな巡り合わせになるのか、呆然とさえしてしまう。順調な進行であれば、もちろん彼らの完全勝利は揺るぎなかったのである。その状況をわずかにほつれさせ、パワーにとって最悪の結果を導く契機となったのが、振り返ってみればチームの一員であるニューガーデンのスピンだった。だがそれにしたって、196周目という悩ましいタイミングでなければそれぞれの作戦が分化して一時的に順位が入れ替わったりはしなかったし、そうであればパワーとマルーカスが接触してコーションになることもなかった。よしんば似たような展開があったとしても、再スタートの時点でパワーの後ろにロッシは――べつに、ロッシに特有の事故だったわけではないが――いなかっただろう。たしかにふたつのコーションを引き起こし、レースに余計な要素を持ち込んだのはペンスキーたち自身ではある。だが、だとしても失敗を問題にせず覆せるほどの速さを持ってもいたはずなのに、すべての歯車が悪い方に向かって噛み合っていき、ドライバーのひとりを(それも、選手権を考えるなら最優先すべきエースドライバーを)潰してしまう。ニューガーデンとマクロクリンで1位と2位を固めたといっても、画竜点睛を欠くこの様が、どこまでも今季のペンスキーそのものだったように思える。

 車から降りたパワーはピットウォールの壁を乗り越えると、ちょうどペースカーに先導されてピットレーンを通過していくニューガーデンに向かって中指を立てた。その後のインタビューを聞くかぎり事故の間接的な原因をリーダーの隊列コントロールに問題があったせいだと考えていて、苛立ちを表現したようだ。褒められたものではないがさりとて目くじらを立てるような行為でもなく、べつにこの程度で関係に亀裂が入ったりはするまいが、彼らのちぐはぐさを示す一幕ではあろう。パワーはリタイアし、そしてトロントの焼き直しのように、目の前の事故を危うく回避した選手権リーダーのパロウは労せず順位を上げて4位を確保した。こういうことの繰り返しで、2024年のインディカーは過ぎようとしている。■

ランクヴィストには申し訳ないが、順当に進めば表彰台の3つ目にはパワーがいただろう。ペンスキーのレースにはどこか瑕疵がつきまとう

Photos by Penske Entertainment :
Paul Hurley (1, 3)
Joe Skibinski (2, 4)

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