静かに幕を開けたハイブリッド時代はレースを変化させるか

【2024.7.7】
インディカー・シリーズ第9戦

ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ
(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

ミッドオハイオから、インディカーのパワーユニットはハイブリッドシステムになった。当初は2022年に導入予定だったはずが、COVID-19流行の影響と供給連鎖の停滞の問題で2度にわたって延期され、2年半遅れでようやく実現した形である。そのシステムは48Vの低電圧モーター・ジェネレーター・ユニットとエネルギー・ストレージ・システムが内燃エンジンとギアボックスの間に収められ、減速時のエネルギー回生と必要に応じた放出を行うもので、技術的には比較的単純でコンパクトな方式と言ってよいだろうか。モーターアシストの出力は約120馬力。ミッドオハイオでの導入が正式決定された5月、インディカーCEOのパット・フライは「エネルギーの上乗せとオーバーテイクにおけるオプションがシリーズに新たな興奮をもたらす」と述べている。回生する機会のほとんどないオーバルレースでの活用に課題は残るが、ともかくも電動化の新時代がインディカーにも訪れたのだ。

 シーズン途中でのパワーユニット変更で個人的に注目していたのが、タイヤの問題である。というのも、今年これまでに書いてきた文章で何度も触れてきたとおり、今季のインディカーではタイヤ、特にコンパウンドが柔らかいオルタネートタイヤの寿命が異常なほどに長く、決勝レースの展開を単調にするきらいがあったからだ。昨季までのオルタネートは初期グリップに優れるがスティント後半では完全に摩滅する特徴がはっきりしており、チームはペースの劣化と燃料ウィンドウのジレンマに悩むのが常だった。巧みにタイヤを温存して損失を最小限に抑える者、最初から割り切ってピットストップを増やす代わりに全力で飛ばし続ける者。あるいは劣化したタイヤで粘ったにもかかわらず結局耐えきれなくなって最悪のタイミングでピットに戻ってくるしかなくなる者。そうした思惑が交錯する中心で、ゆくりなくフルコース・コーションが発生してレースが混沌とする。いささか演出的な気もないではないが、おのおのの選択の違いによって生じる複雑さは、戦略的な面におけるインディカーの見どころのひとつだったと言っていいだろう。しかし今季はそれがすっかりなくなってしまったようだ。解説者の松浦孝亮はいみじくも開幕戦の時点で指摘していたのである――「もう少しハードはハードらしく、ソフトはソフトらしくあってほしい」。

 今季のタイヤの「らしくなさ」は何が原因だったのだろうか。ひとつには、ハイブリッド・エンジンが考えられる。冒頭に書いたとおり、インディカーのハイブリッド・システムは2度導入が延期された。2022年の予定がまず2023年に延び、さらに延期となって再設定された2024年の開幕にも間に合わずに夏のミッドオハイオでのデビューとなったのである。一方でタイヤを供給するファイアストンは、ハイブリッド化に伴う車両重量増加に対応したコンパウンドを開幕戦から投入した。2度目の延期が決定したとき、新タイヤの生産体制はすでに構築済みで、後戻りできなかったからだ。60kgとも言われた(実際は45kg程度だったようだ)増加分を受け止めるはずだったタイヤは「空荷」のために過剰性能となり、必要以上の耐久性をレースに持ち込んでしまった。カイル・カークウッドは7位に終わったロングビーチのレース前、インタビューで「周囲と同じペースでは追い抜けない、そういうものだよ」と語り、現状がハイブリッドの導入まで続くと思うかと問われると「たぶん多くのレースでそうなるだろう、戦略はあまり関係なくて、ペースが勝負を握る」と答えている。

 いざ実際にハイブリッド化されて、レースは以前のような複雑さを取り戻しただろうか? スコット・ディクソンはスタート直前にマイクを向けられて、「リアタイヤの負荷が増して管理は難しくなるだろう」と述べるのだった。車体後部に集中する重量増と、アシストによる出力の増大は、駆動輪である後輪の劣化を加速させると容易に想像される。オルタネートタイヤの使用者が、スティント後半でトラクションを完全に失い、八方塞がりになってピットへ戻る――そういう光景はありうるかもしれない。この状況こそをファイアストンは想定していたはずだ。(↓)

オワードとパロウは最後まで鍔迫り合いを続けたが、互いにコース上で勝負するには至らなかった

 だが、結論からするとそうはならなかった。それどころか、行われたのは今季のインディカーでもっとも単調なレースだった、と評さざるをえない展開になったのである。1周目が始まる前のフォーメーションラップで、先ほど展望を語っていたディクソンがいきなり停止し、エンジンの再始動も叶わずターン5に留まってしまった。スタートは2周延期され、そして結局その2周がたった1回きりのフルコース・コーションになったのである。もちろんコーションはあくまで秩序から外れた外乱と考えるべきであって、その有無をレース性に持ち込むのは適当ではなかろう。だが純粋にコース上へ目を向けても、やはり率直に「何もなかった」と言っても過言ではなかった。ピットストップのタイミングを除いて、実質的に先頭が交代したのはたった一度。54周目にタイヤを交換した予選2位のパト・オワードが、次の周にピットへ入ったポールシッターのアレックス・パロウに対してターン1の合流で並び、そのまま前に出た場面それっきりだった。

 その場面じたいは目を引くものだったし、また数十周にわたって1位と2位の隊列を維持し続けたフロントロウの2人のパフォーマンスも優れていたのは間違いない。中盤、一時はパロウから5秒以上も離されたオワードが、20周もの長い時間をかけてじわじわと差を削り取ってリーダーの背後に迫り、ピットストップでの逆転につなげた集中力には感嘆するほかなかった。最高峰のドライバーが生み出す強度の高いレースとはこういうものだと思い知らされたものだ。しかし、そうはいっても拍子抜けだった感が否めないのもたしかだろう。とりあえずこのミッドオハイオでは、フライの言う「オーバーテイクにおけるオプション」は明らかに機能しなかった。例年なら思い切った飛び込みを端緒とする攻防が幾度か見られるターン2やターン4でも目に見えた争いは少なく、何より、逆転を喫したパロウがオワードに逆襲を試みる過程でも、モーターのアシストとプッシュ・トゥ・パスによるオーバーブーストの組み合わせはどうやら「攻撃力」に欠けた。残り10周、オワードの前に周回遅れの集団が現れて先頭争いに不確定要素を持ち込んだが、リードラップに居座ろうと粘るキフィー・シンプソン――チップ・ガナッシ・レーシングの新人として、パロウを「援護」する企みもあっただろうか?――たちをオワードは抜きあぐね、パロウもそのオワードに対して決定的な場面を作れなかったのである。パロウは何度か最大出力を使って差を0.2秒にまで縮め、オワードの後部に追突しそうな距離にまで至ってみせたもののそこまでで、正直なところ再逆転への香りまでは漂ってこなかった。残った見せ場は、レースの最後の最後、最終周の最終コーナーでオワードが4輪を滑らせた場面くらいだ。あわやスピンかと緊張が走った瞬間をオワードは立て直し、パロウが隙をついて攻撃を仕掛けようにもミッドオハイオのフィニッシュラインはすぐ目の前で、もうチェッカー・フラッグが翻っているところだった。

 またタイヤについても、ハイブリッド化によって大きな変化があったとは思えなかった。オワードとパロウは各スティントでまったく同じタイヤを選び、たしかに互いにオルタネートを履いた中盤で5秒差がなくなったのを思えば両者に差は生じたのかもしれないが、とはいえ著しくペースが下落する(たとえば2019年のミッドオハイオで最終スティントにオルタネートを選んだディクソンは、リーダーにもかかわらず残り数周で大渋滞を引き起こしてチームメイトの執拗な攻撃に曝される目に遭った)ような問題には見舞われず、つつがなく長い距離を乗りこなした。他のドライバーを見ても、車の仕様が変わってもタイヤに悩まされたりはしなかったようだ。

 かくして残念ながら、待ちに待ったハイブリッドが華々しいデビューを飾る……とはいかなかった。中継画面左に表示される順位表は各ドライバーの回生と放出状況を常時伝えていたが、これも緑に赤にと目まぐるしく光ったり消えたりするばかりで、観客として状況を把握するのに望ましかったとは言い難い。総合的には課題が多く見えた「開幕戦」だっただろうか。もっとも、レース展開自体がハイブリッドかどうかとは関係なく抑揚がないものだったのもたしかで、一戦ごときで何かを判断するのはもちろん早計だろう。新時代に向けてようやくスタートを切ったばかりで、供給側の技術も競技側の使い方もこれから洗練させる段階である。ここは、この世界おなじみの言い回しで締めておくのがよいだろうか。すなわち、Let’s see how it goes.――どうなるか見てみよう、というわけだ。■

開幕戦の優勝はペンスキー勢の失格による繰り上がりで、「表彰台の頂上」に立つのは今季初。アロー・マクラーレンでは完全にエースの座を確立した

Photos by Penske Entertainment :
James Black (1)
Paul Hurley (2)
Travis Hinkle (3)

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