Hello, Palou !

【2023.9.3】
インディカー・シリーズ第16戦 ビットナイル.com GP・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

正直に言うと、退屈なレースになるのではないかと思っていた。というのも、選手権の得点がレースに対して妥協を正当化する状況だったからだ。このポートランドが始まる前、2度目のチャンピオンに王手をかけるアレックス・パロウは565点、追いかけるスコット・ディクソンは491点を獲得しており、予選1位の1点はどちらにも入らなかった。74点差。1レースで獲得できるのは最大54点で、レースが終わったときにこの点差以上になっていれば最終戦を待たずしてパロウのチャンピオンが決定する(順位の兼ね合いで、同点の場合パロウがディクソンを上回ることはすでに確定していた)。リタイアという不測の事態ですべてを失う可能性がつきまとうのがモータースポーツのつねであるとはいえ、圧倒的に優位な立場のパロウが難しいレースに挑む必要はないだろうと思われた。ここで表彰台に上ればディクソンが最多ラップリードとともに優勝しようともチャンピオンが決まるわけだし、よしんば最悪0周リタイアに終わったとしても首位は揺るぎない。要は、最終戦と合わせて2レースでたかだか34点取ればいいだけの話なのだ。そのたやすさは、レースにとってもっとも情動を揺さぶられる瞬間、たとえば神経を研ぎ澄ますスパートや接触寸前の攻防を避けて積極的に引き下がってもよい理由となるはずだった。選手権はレースがあってはじめてその存在に意味を見出せるシステムだが、それはレースをおもしろくする薬にもなれば魅力的な瞬間を覆い隠す毒にもなりうる。

 中継で伝えられたところによると、パロウは優勝を狙うとレース前に述べていたらしい。しかしあえて意地の悪い見方をするなら、意気込みを問われたドライバーはたいていそう言うものだし、そこには「無理なく狙える状況に置かれた場合は」という暗黙の但し書きがつくだろう。仮に順位争いの最中にリスクの高いコーナリングが待ち構えているとなれば妥協の選択肢がまず第一に浮かぶだろうし、そうなるのが心理として当然でもある。観戦歴が長くなってくると優位に立つ側が優位だからこそ硬直してしまう場面を目にしたこともあるはずだ。選手権が外側からレースを操作するそうした瞬間が情動をわずかながらに損ねてしまうのを、個人的に少し惜しいと思うのである。

 だが、幸いなことに、そして勝手な予想を巡らせていたのを恥じるべきことに、ポートランドは選手権と無関係に、ひとつのレースとして緊張感のあるすばらしい攻防と隊列を作り出したのだった。スタートからして積極的だった。過去に何度も多重事故を演出してレースを混乱の渦に叩き込んできたターン1に対し、5番手スタートのパロウは、大外から伸びていくディクソンと牽制気味に中央のラインから進入しようとするコルトン・ハータが争うそのイン側に留まっていた。ブレーキングで飛び込むには距離が足りなかったものの、ハータに並びきれなかったディクソンの旋回が大きくなった隙を突いて最内から小さく丁寧に回り、出口で並びかける。続く切り返しのターン2、ディクソンと内と外が入れ替わって並走状態になったパロウは、左前にいるハータが2番手のスコット・マクロクリンに引っかかり行き場を失った瞬間を逃さなかった。失速するハータのすぐ後ろにディクソンを閉じ込めつつ、自分はコーナーの外へ向かって早めにスロットルを開ける。ディクソンに軽く追突されたと思しきハータがリアを振って加速できないのとは対照的に理想的な姿勢でまっすぐ加速すると、ターン3を制して前に出た。接近戦に対していっさいのためらいのない完璧な2台抜きで3位に浮上し、まずは自力でチャンピオンを決められる位置を占めたのだ。

 硬いコンパウンドであるプライマリータイヤで理想的なスタートを決め、パロウが狙っているこのレースでの優勝は一気に現実味を帯びはじめた。ポールシッターのグレアム・レイホール(先日のポール・ポジションが6年ぶりだったというのに、わずか2戦後にまただ)とマクロクリンは柔らかいオルタネート・タイヤを履いていて、つまりこれは5月のGMR GPで見せたのとおなじ展開をなぞっていったのである。スタート直後に起こった事故によって導入されたフルコース・コーションが明けてからしばらくはオルタネートのペースがよく、パロウはリーダーに対して19周目には3秒ほどの後れを取っていたが、20周を境に急激な逆転が起こり、わずか3周で0.5秒の背後に迫る。たまらずタイヤ交換に向かったレイホールを横目に新しく先頭に立ったパロウはそこから9周のほとんどを59秒台の圧倒的な速さで走り、冷えたタイヤと燃料満載の車で61秒台しか出せなかった相手をあっという間に逆転した。そうして32周目のピットストップ直前、パロウは2番手のディクソンに対して6秒差にまで拡げており、タイヤ交換が終わってコースに合流したときにはレイホールとじつに11秒の大差がついているのだ。それは作戦の結果としての「オーバーカット」ではなかった。そうではなく、ただ速さによってレースを支配してしまっただけだ。こうやってパロウは今季の選手権を席巻してきた、その再現に過ぎなかったのである。

 次のスティントでは不利なオルタネートを履いてレイホールやマクロクリンと立場が逆転したが、築いてきたリードはパロウを十分に守った。それ以前に本来なら追いかけてくるはずだった彼らのペースは想定外にいつまでも上がらず、レースの構図はディクソンをはじめプライマリーでスタートした同士との勝負にいつの間にか変化していた。だとしても選手権の行方に影響はなかったが、このレースを優勝するという決意に立てば、パロウにとっての懸念は当初フロントロウにいた2人ではなく、チームメイトのディクソンとアロー・マクラーレンSPのフェリックス・ローゼンクヴィストに置き換わった。彼らは1回目の交換でふたたびプライマリー・タイヤを履いてオルタネートを先送りにし、スティントの後半に猛追してきていたのだ。少し前にパロウがレイホールに対してそうしていたように、6秒差は霧消してディクソンが1秒以内に入ったところでパロウはピットへ向かう。今度は自分が守る立場になる。

 正直に言うと、退屈なレースになるのではないかと思っていた――のだった。選手権のためにパロウは優勝しなくてもよかったし、危うい場面に遭遇すれば積極的に遠ざかればよい立場だった。そうする権利があったのだ。選手権がそういう状況にあることで、レースの運動はわずかに毀損されるかもしれないと。だが、観客として恥じるべきことに、まったくそうではなかった。ふたたびプライマリータイヤへと交換した直後、ターン1の手前でコースに合流したパロウにエリオ・カストロネベスをはじめ3台の隊列が接近してきていた。もちろんピットストップの回数が違う相手で、直接順位を争っているわけではない。まだタイヤが冷たいパロウはターン1を先に回ったものの、ターン2の立ち上がりでトラクションを得られずに加速を鈍らせる。カストロネベスが左横に並ぼうとしたそのときだ。続く全開の右ターン3でパロウはカストロネベスの針路を遮るように旋回すると、今度はターン4のインへと矛先を変えた相手に対し、自分も同じ方向に動いて完全にブロックしたのである。(↓)

3回目のピットストップ直後にも、パロウはレイホールと接近戦になり、ターン4を牽制しながら守ることになった。そういう巡りの日だったようだ

 見る側が思わず声を上げる機動だった。なるほど自分がどのような順位状況に置かれているかどうか、運転している人間には把握しにくいものだ。だが、レースリーダーかつ選手権リーダーとしてピットから出てきたばかりで、後ろから来ている車に対してどう振る舞えばいいか、わからないこともないだろう。それは、選手権のためにはほどほどの順位で構わないという観点からはまったく不必要な防御だった。もとより自分と争う相手ではないし、先に行かせたところでほどなくピットに入るから、多少の損失を被ったところで3位表彰台には支障がない。ペース差を考えれば状況が落ち着いた後にコース上で抜き返すことも可能だったはずだ。それよりも、露骨なラインの変更でブロッキングペナルティを受けることこそ、この場面ではもっともばからしく、避けるべき事態だったのではないか。NBCのコメンタリー陣いわく、 “Don’t get a blocking penalty, Alex Palou… Let’s see what race control says.” たとえばペナルティとコーションの合わせ技で最後尾にまで下げられるような展開になることだってありえた。そのうえ最終戦でトラブルに見舞われて急転直下……という結末だって、ないわけではなかったのだ。

 パロウが自らを委ねたのは、不必要どころか有害であったかもしれない動きだった。少なくとも、リスクとリターンが釣り合わない過剰な防御であった。しかし、レース展開の綾によって不意に生まれたこの危険な不均衡こそ、選手権が決着したポートランドで最高のハイライトだったと断言できよう。パロウはレースの優勝を狙うと述べていたのだった。たしかにあの瞬間、ディクソンとローゼンクヴィストがすぐ背後にいた直前の状況を考えると、前が詰まってタイムを失えば逆転を喫する恐れはあった。実際のパロウはカストロネベスを振り切ってタイヤが温まるやいなやあっという間にペースを上げ、ディクソンが10周遅く次のタイヤ交換を行った後には逆に8秒も突き放していたのだが、もし3台の隊列の後ろに回ってしまったらそれもまったく違った可能性はあった。つまり、このレースの優勝を狙うという言葉は偽りのない本音だったのだろう。あの場面でパロウは選手権の損得勘定など考えず、勝利の可能性だけに身を投じた。いやあるいは、もっと本能的に、その瞬間そのコーナーで抜かれることをただただ拒絶しただけかもしれなかった。レースをするうえでの原初的な情動がそこにある。パロウが、ターン4を窺うカストロネベスに対し遅れてラインを変えた様子を後ろから捉えた映像には、レースカーを操って走ることの興奮が溢れているように感じられた。もっとも計算高くあるべき者が、しかし計算を瞬時に捨て去って本能をあらわす。それは最高のハイライトと呼ぶにふさわしい場面だった。(↓)

Hello, Palou!

 結局パロウは咎められることなくやがて順当に先頭へ戻り、レースは淡々と進んでいった。全員がすべてのピットストップを終えた終盤にコーションが挟まれて築いてきたリードもなくなったが、速さの際立つリーダーにはなんの関係もないことだった。2位はディクソンからローゼンクヴィストに入れ替わり、しかし再開されるとあっという間に引き離して、最後は優雅にチェッカー・フラッグへ至る。完璧な優勝、完璧な決着。初夏に予想したとおり、パロウはラグナ・セカを前にして2023年のインディカー・シリーズを制した。

 26歳にして2度目の戴冠。最終戦を残してチャンピオンを決めたのは2007年チャンプカー・ワールド・シリーズのセバスチャン・ブルデー以来、インディカーの枠組みにかぎると2005年のダン・ウェルドン以来18年ぶりだという。数字だけ見てももはや偉大なドライバーだ。だが、Wikipediaを閲覧すれば目に入るそんな記録だけでなく、パロウ自身を彩る場面をこそ書き留めておきたいと思う。それは49周目のターン4、ピットから出てきてすぐの出来事だった。選手権のリーダーだったアレックス・パロウはチャンピオンのことなどまったく考えていないような無邪気なブロッキングによって、しかし逆に、より印象深く、より美しいチャンピオンになったのである。■

オーナーのチップ・ガナッシ(右)と。1年以上にわたったマクラーレンとの契約問題もいったん落ち着きを見せるが、今後はどうするか

Photos by Penske Entertainment :
James Black (1, 4)
Joe Skibinski (2, 3)

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