スキャンダルのあとさき

【2024.4.28】
インディカー・シリーズ第3戦

チルドレンズ・オブ・アラバマ・インディGP
(バーバー・モータースポーツ・パーク)

今季開幕戦のセント・ピーターズバーグを振り返って、わたしは「再スタート直後の攻防がすべてだった」と書いた。31周目のそれが優勝争いを決定づける一幕だったからだ。その日、ポールシッターとして支配的にレースを進めていたジョセフ・ニューガーデンは、フルコース・コーション中に行われたピットストップの不手際で3位に順位を落とし、一転窮地に陥る。だが、再スタートを迎えるとすぐ眼の前のコルトン・ハータに追いつくとターン4ですぐさま2位に上がり、ほどなく首位を取り返す印象深い戦いで優勝を飾ったのだった。逆転に至るその力強い過程にはニューガーデンの、とりわけ20代のころのエネルギーに満ちた彼を思い起こさせる運動が横溢しており、結果は残しつつもどこか煮えきらなさが残ったここ数年の停滞を打破する充実を感じさせた。まさかその陰に前代未聞の不正が蠢いていたなど、考えもしなかったのである。

 前回の記事で少し触れた、チーム・ペンスキーによるプッシュ・トゥ・パス(PTP)の不正使用スキャンダルが波紋を広げている。セント・ピートにおいて、ルールブック14.19.16. に定める規則「[…]レーススタートおよび再スタートでは、プッシュ・トゥ・パス・システムは無効となり、車両が代替スタート/フィニッシュ・ラインに到達した時点で有効となる」に違反し、ライン手前の時点からPTPを作動させていたものだ。露見したのは当該レース中ではなく、非選手権戦を挟んで6週間も後、第2戦ロングビーチのウォームアップラン中だった。システムを有効にする信号がレース・コントロールから送信できなくなるトラブルが発生したにもかかわらず、ペンスキーの3台すべてがPTPを使用していることをライブデータが示したのである。この不審な挙動を受けてインディカーが調査したところ、チームが信号を無視して強制的にPTPを使用できる状態に置いてドライバーに優位性を与えていたと判明し、3日後の4月24日に優勝したニューガーデンと3位のスコット・マクロクリンに失格の厳罰を科した。偶然のトラブルがなければ、発覚までもっと時間がかかっただろう。

 チーム・ペンスキーはレーシングチーム(の運営企業)でありつつ、同一グループのペンスキー・エンターテインメントがインディカーLLCとインディアナポリス・モーター・スピードウェイの親会社で、間接的にシリーズの所有者という立場にある。利益相反を疑われないよう他に比していっそうの清廉性が求められるチームがレース運営のシステムに対して不正を働いた事実には大きな衝撃が伴った。ペンスキーCEOのティム・シンドリックは、この不正は意図した結果ではなく、今季途中から導入されるハイブリッド・システムのテスト用ソフトウェアのコードが誤ってコピー&ペーストされたせいだ、と説明する。昨年夏にテストでPTPを無制限に使用するため、強制的にシステムをオンになるよう設定したところ、この1行のコードが削除されず今季レースカーのCLU(セントラル・ロギング・ユニット)に含まれてしまった。そのせいでセント・ピートのレース中もPTPが常時作動可能になっていた、というのである。ロングビーチではウォームアップを受けてプログラムを変更したため、決勝で使われることはなかった。

 調査が進んでいない現時点で、この説明に納得できるかどうかはわからない。少なくとも、セント・ピートにおけるドライバー3人の行動はまちまちで、チームとしての統一は(良くも悪くも?)取られていなかったように見える。まず、5位のウィル・パワーに関してはそもそも違反区間でPTPを使用しておらず、レース結果は有効とされた。車両違反のため選手権ポイントこそ10点減点されたものの、順位は3位に繰り上がっている。これは彼が細工を知らなかったためにただボタンを押す気がなかっただけなのか、それともチームに対する崇高な抵抗だったのか? わからない。失格した2人のうち、マクロクリンは1回だけ約2秒間使用したデータが残っており、本人は偶然PTPのボタンに手が当たったとSNSで主張した。都合のいい言い訳に聞こえるだろうか? わからない。

 一方で3回(すなわち、コーション明けの再スタートすべての機会において)で約9秒作動させたニューガーデンは、失格決定後最初のレースとなるアラバマでの記者会見に臨み、意図的だった事実を認めた。ただし、本来ラインに達するまでPTPを機能させられないルールを誤解しており、ボタンを押した意図は「習慣」だった、という。「陰謀と隠蔽があったのではなく、手違いとミスが絡み合ったのが真実だ」といまにも泣き出しそうな表情で訴えたその言葉は信用に足るだろうか? わからない。少なくとも「ドライバーはPTPが機能することを知らなかった」というシンドリックの主張とは対立し、会見の後にチームメイトの2人はニューガーデンの誤解を不思議がるコメントを出している。これらのちぐはぐさは、事実各自の認識がバラバラのまま事態が進んでしまった不幸を示しているのか、あるいは嘘の収拾がつかなくなっているのか?

 すべて、外野からはわかるはずがない。ただ観客として言えるのは純粋な競技の中に堕落した悲しい出来事が侵食してしまった、それだけである。ルールのグレーゾーンを突いて利益を得ようとするのならこの競技の常だし、うまくやればむしろ感心もされよう。だが故意であれ偶然であれ、今回の行為にはひと匙の白も混ざらない。ましてニューガーデンはセント・ピートで、ターン1でこそなかったが再スタート直後に順位を上げて優勝につなげたのだった。限りなく直接的な利益だ。本来なら、それは最初に書いたとおり、愛すべきニューガーデンのもっともすばらしい運動の表出にほかならないはずだった。だがその瞬間は傷ついて無に帰し、今後の調査次第では心躍らせた過去まで汚されるかもしれない。そう思うとただただやるせない。(↓)

マクロクリンはスキャンダルの影響を感じさせず、異次元の速さでレースを制圧した

 アラバマでペンスキーたちの明暗は分かれた。マクロクリンは一貫した速さで連覇を達成し、パワーもじゅうぶんにうまくやって2位に入っている。速さに結果を託して3ストップ作戦を採用した彼らはもくろみどおり一貫して高いペースを保った。とくにマクロクリンが過ごした70周目から75周目は、今季のシリーズに書き留められるべきハイライトであっただろう。なにしろ、67秒台で走り続けたそのたった6周で彼は2ストップのライバルに対して15秒弱のリードを築き上げ、余分なピットストップの停止時間を悠々と稼ぎ出してみせたのだから。息を呑むほど深いブレーキングポイント、鋭い旋回、無駄のない立ち上がり加速。コース幅いっぱいを使って躍動するマクロクリンからは官能さえ伝わってきて、これだけ美しくありながらどこに不正をする理由があったのか、醜聞に見舞われなければ忌憚なく祝福されただろうにと、かえってそのことが気にかかるほど完璧な優勝だった。翻って、ニューガーデンはペンスキーでただひとり失意をますます深めた。マクロクリンと比べるべくもない、コース上のどこを見ても精細を欠くばかりで、なにもできず16位に終わったのである。こちらは、あたかも不正が翳を投げかけたかのようだった。

 この対照的な結果に示唆があると主張するつもりはない。インディカーにおいて、おなじチームであってもうまくいく車とそうでない車が並ぶのは珍しくもないことで、この週末はマクロクリンに風が向いたというだけの話ではあろう。またそれだけでなく、ペンスキーを含めてレース全体に作戦への誤算があったようにも見受けられる。近年のアラバマは90周を3スティントにわける2ストップ作戦が圧倒的に強く、3ストップではほぼ勝ち目がないレースが続いていた。まして、燃費が向上しタイヤの寿命も長い今季の傾向を踏まえれば、ピットストップ回数を増やすことの優位性はまったく見出せないはずだった。ところが蓋を開けてみると、なぜか2ストップ勢がレースペースでまったく太刀打ちできない展開になったのである。個別の問題ではなかった。ハータも、カイル・カークウッドも、昨季のチャンピオンであるアレックス・パロウでさえ、とにかくコース上ではまるで遅く、コーションが2ストップに有利な時間に導入されたにもかかわらず、マクロクリンをはじめとして7位までを5台の3ストップ勢が占める偏りが生まれたほどだった。新人のリナス・ランクヴィストなど予選19位で、もともとの速さがさほどもあったとは思われないのに、最後のピットストップからわずか8周で9つ順位を上げてはじめての表彰台を掴んだほどだ。そう思えば、ペンスキーで唯一2ストップを選択したニューガーデンの敗因のひとつに、レースを覆い尽くした不可解な逆転現象に飲み込まれたことを挙げてもよかった。(↓)

コースに架かる歩道橋にぶら下がるマネキン人形がレース中に落下するハプニングも

 ただ――失墜のあと偶然に巡り合った不調なのだとしても、16位は負けすぎだった。結果だけではない。コースのどこを探しても、ニューガーデンの動きには苦悩しか見つけられなかった。これほどまで辛そうな彼を、よりによってバーバー・モータースポーツ・パークで見たくなかった、と率直に思う。過去、ここのターン14でいくつもの鮮烈なパッシングを完成させてきたのだ。わたしが魔法になぞらえ、NBCが “The Josef Newgarden move” と名付けた独特の旋回運動は彼のキャリアにおける輝かしい初優勝につながり、やがてシリーズ・チャンピオンに至る道までを作った。「得意なコース」などという卑近な言葉ではとても表せない、特別な場所だ。だがそんなバーバーで、ターン14で、ニューガーデンは完膚なきまでに叩きのめされてしまった。32周目のこと、ターン13の立ち上がりでリアを不安定に振って加速の鈍ったニューガーデンは、ターン14の進入から旋回の中盤にかけてインサイドにつけず、マーカス・アームストロングに潜り込まれる。ゆらゆらと落ち着かず揺れ動きながらアンダーステアに陥り、ぽっかりと大きな空間を明け渡したその様子には、例年のような速度と最短距離を両立させる魔法は見る陰もなかった。やがて複合コーナーの2つ目の頂点へ緩慢に寄っていったときにはもうアームストロングは並びかけてこようとしていて、その左前輪を右後輪に当てられたニューガーデンは芝生へと飛び出し、大きく後退した。インを閉めすぎた守る側が悪かったか、並びきれていないのに引かなかった攻める側が悪かったか、どちらとも解釈しようのある接触だったが、責任の所在よりも、そのように追い込まれてしまったこと自体が信じられなかった。

 書いたように、そのパフォーマンスとスキャンダルを結びつけるつもりはない。レースの傾向を振り返ってみれば、個別の事件の影響よりも、作戦の違いが想像以上の結果の差を生んだと解釈するのがよほど自然だ。ニューガーデンにとってはシーズン中に1回や2回程度は襲ってくる、なにもかも噛み合わない週末がたまたまアラバマだったと、そういうことだろう。わかっている。わかっているが、もっとも彼らしくすばらしかったセント・ピートの運動が幻になってしまったすぐあとのアラバマで、今度は彼らしい運動がすっかり消え去ってしまったそのことがただただ悲しく、そう、やるせない、それだけだ。

 68周目、ニューガーデンはターン5でトム・ブロンクヴィストをどうにか交わそうとして減速しきれずにぶつけ、相手をコース外に押し出してようやく前に出た。70周目にマクロクリンが目の覚めるスパートを見せるそのはるか後ろで、やはりターン14をまとめきれず、リナス・ヴィーケイをかろうじて退ける。そんなふうに、かろうじて16位を抱え込むことしかできないでいる。そこに現れたのは、どの場面もバーバーの彼とはかけ離れた、直視するのが辛い悲愴な姿だった。■

ルーキーのランクヴィストも3ストップの速さを生かして嬉しい初表彰台。見事なパッシングショーを演じた

Photos by Penske Entertainment :
Joe Skibinski (1, 4)
Chris Owens (2)
Chris Jones (3)

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