「悪くなかった」こそ佐藤琢磨を救う

【2011.8.7】
インディカー・シリーズ第12戦:ミッドオハイオ・インディ200
 
 
 4位という結果が2年目の夏にもたらされたのを遅すぎたと見るか、その捉え方については意見が分かれるところかもしれない。インディカー・シリーズにしては珍しくアクシデントの少なかったミッドオハイオで、佐藤琢磨は決して長くはないキャリアにおけるベストのリザルトを持ち帰った。変則的なストラテジーに一切頼らず、上位陣が大量脱落したわけでもない(不運に見舞われたのはウィル・パワーだけだった)レースでターゲット・チップ・ガナッシの2台とアンドレッティ・オートスポートに次いでフィニッシュしたことは賞賛されるべきだろう。ポイントランキングは12位に上がり、チームメイトのトニー・カナーンには水を開けられているものの8位のグラハム・レイホールくらいまではすぐに手の届きそうなところにつけている。流れをつかめばまだ4~5位も夢ではない。きっちりとシリーズコンテンダーとして戦い抜くことが今後の彼にとって重要なミッションであり、それが来季の居場所を確保することにも繋がるはずだ。

 佐藤琢磨は評価の難しいドライバーだということは今年初頭に書いたが、輝かしい一瞬の走りに魅せられるファンを獲得していく一方で凡ミスやら特攻やらによって失望や反発も買うそのドライビングスタイルはやはり今季もおなじようである。F1から数えても10年、もはやこれは彼の本質として、キャリアを終えるまで変わることはないだろう。ポールポジションスタートから堂々とトップを争っていたはずのアイオワでは、一転タイヤ交換直後のスピンでレースから去り、トロントではダニカ・パトリックのテールにほぼノーブレーキで追突して気性の荒いじゃじゃ馬を大いに怒らせている。かと思えば雨のサンパウロでは路面がまったくグリップしないなか終始冷静なドライビングで終盤までレースをリードし、フルコース・コーションでのステイアウト作戦が裏目に出て8位に終わったものの、トップドライバーとしての資質はたしかに証明した。

 局所的に見れば、彼がすでにインディカーでトップレベルの速さを持ちつつあることは間違いない。今季2度のポールポジションはアレックス・タグリアーニと並び2番目に多く、ロードとオーバルの両方でPPとなるとウィル・パワーと彼しかいない。カナーンが加入したKVレーシングテクノロジーはチーム内のコミュニケーションが円滑で3人のドライバー間で上手にセッティング情報を共有できているようだが、そのチーム状況にあって佐藤の予選能力は同僚よりも一段高く、予選平均順位9.4位はカナーンの12.4位、E.J.ヴィソの15.9位を大きく上回っている(*1)。

 あるいはリスタートの鋭さも彼の強力な武器として評価されるにじゅうぶんな威力を備えている。サンパウロ、アイオワなどではレース再開のたびに完璧な加速で幾度となくポジションを上げる姿を印象に残し、今回のミッドオハイオでも6位のリスタートから瞬く間に2台を抜き去ったことでキャリアベストのフィニッシュに辿りついた。F3の時代からそのロケットスタートは有名で、F1、とくに後期のスーパーアグリをドライブしていたころはそれで活路を開いてもいたものだが、方式がローリングスタートになってもまったく変わらず他のドライバーを脅かしている(なぜこれができて1対1のバトルが下手なのかと思うほどに)。モータースポーツの醍醐味を瞬間の美とするならば、佐藤琢磨はインディカー・シリーズのなかで最もエキサイティングなドライバーの一人になったといっても過言ではない。

 とはいえ、局所的な才能の積み重ねがかならずしも結果という総体に直結しないのが、一度のミスですべてが台無しになるモータースポーツの難しさだ。たしかに佐藤琢磨が決勝レース中に犯したミスをあげつらえばきりがない。今年に入ってからでさえ、何度われわれは彼の走りを見ながら希望と失望を往復しただろうか? 予選に対して4つものポジションを落とす決勝平均順位13.7位は、やはり彼の問題として突きつけられざるをえまい。それがF1のシートを失った遠因だったと言ってもそれほど異論は出ないだろうし、昨季何度も速さを見せながら終わってみればシリーズ21位に沈んだ理由でもあった。

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 逆に、そういう悪癖が出なければやはり高いポテンシャルの持ち主であることを示したのが今回のミッドオハイオだと言える。初日のエンジントラブルで練習走行を棒に振り、ファイナルプラクティスまで試行錯誤を繰り返すなど、積極的な勝負を仕掛けるには足りない状態だったことが、逆に奏功したかもしれない。1回目のフルコース・コーションと残り距離の兼ね合いが微妙で、バトルよりも燃費走行に重点を置かなければならなくなったことも冷静に事を運ぶ助けとなっただろう。ともかくも、今季初めてと言っていいくらい、佐藤は決勝でミスすることなく、ピットストップも無難にこなして地味にレースを戦い切った。抑揚の波を小さくすれば自然にトップ10、トップ5に食い込める力があることを見せたのはチームに対してよいアピールになっただろうし、ドライバーとしても戦い方を覚えるよい経験になったと思われる。

彼の地味なレース運びに倣って、わたしも地味な点に着目しておこう。最終スティント、素晴らしいリスタートで4位にまで浮上した佐藤琢磨は、ジェームズ・ヒンチクリフのスピンによって5番手に上がったカナーンをすぐ後ろに背負い、1秒以内の勝負に持ちこまれた。前方のダリオ・フランキッティとライアン・ハンターレイからはじわじわと離されはじめ、同僚のアタックに苦しむかと思われたが、佐藤は逆にそれをはねのけて冷静にペースを取り戻し、アンダーステア気味のハンドリングに苦しむフランキッティとそれを追うハンターレイのバトルが破綻すればすぐさまポジションを奪える位置関係まで戻ってきて――そしてそれ以上のことをしなかった。トップ5に入っても追い立てられないスピードを示し、同時に状況を見て引き際をしっかりコントロールしたということである。これこそ、ともすると過剰なファイターと化してしまう佐藤琢磨に覚えてもらいたいとだれもが感じていたレース運びだったに違いない。3位ハンターレイからの+3.2278秒、5位カナーンへの-7.4886秒という前後のギャップは、彼がこのレースで得た収穫を象徴するかのような、一流ドライバーがしばしば見せる「正しい」フィニッシュ位置だった。

(*1)ヴィソは予選ノータイムのサンパウロを除く。なおベスト/ワースト順位を除外した平均は佐藤8.9位、カナーン12.2位、ヴィソ16.3位(琢磨とカナーンは元よりよいが、ヴィソは下がる。ようするに2人が「失敗するときもある」のに対し、ヴィソは「良いときもある」ということになる)で、チーム内ベストの回数は佐藤7回、カナーン4回、ヴィソ0回……琢磨がいいことよりも、むしろヴィソ大丈夫なのかという感想を抱かざるをえないところだ。ヘビ飼ってる場合じゃねえ。