ヴィクトリー・レーンへ招かれるために

【2022.5.29】
インディカー・シリーズ第6戦 第106回インディアナポリス500

(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)

インディアナポリス500マイル――インディ500。その名の響きすら耳から胸奥へと甘美に吸い込まれていく、世界でもっとも偉大なレースに優勝しようとすれば、いったい何を揃えなければならないというのだろう。周囲を圧する図抜けた資質、戦いに赴くための弛みない準備、周囲をも巻き込んで邁進する無限の情熱、恐れを振り払い右足のスロットルペダルを踏み抜く勇気と、しかしけっして死地へは飛び込まない冷静な判断力……もちろん重要だ。これらのうちどれが欠けても、きっと最初にチェッカー・フラッグを受けることは叶わない。だが、と同時に、年を重ねてインディ500を見るという経験がひとつずつ増えるたびにこうも思う。これらのすべてを、いやさらにもっと思いつくかぎりのあらゆる要素を並べてみたところで、結局このすばらしいレースを勝とうとするなどできるはずがないのだと。速さも、強さも、緻密さも、環境も、運さえも、尽くすことのできる人事は全部、33しかないスターティング・グリッドに着き、500マイルをよりよく走るためのたんなる条件にすぎない。その先、世界で唯一の牛乳瓶に手を触れるには、レースのほうが振り向いて手招きしてくれるのを待つ以外に仕方がない。

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観客席からコルトン・ハータに届けられた拍手

【2021.8.8】
インディカー・シリーズ第11戦

ビッグ・マシン・ミュージック・シティGP
(ナッシュビル市街地コース)

たとえ先頭を走った周回が全体の半分弱に過ぎなかったとしても、そしてあのような形でひとり先んじて迎えてしまった結末を受けてもなお、初開催のミュージック・シティGPがコルトン・ハータのレースであったことは疑いようがなかった。その名が示すとおり音楽の都ナッシュビル市街地の外れを走るレースは、11万枚のチケットを販売したという。コースはNFLテネシー・タイタンズの本拠地ニッサン・スタジアム駐車場の周囲を四角く回り、カンバーランド川に架かる朝鮮戦争退役軍人記念橋を渡って南岸に広がるダウンタウンの入り口を挨拶するかのように掠めると、狭い路地へと逸れてすぐに反転し同じ橋を今度は南から北へと戻っていく。長方形の角から筒が長く飛び出した――橋の往復だけでコース全長の3分の2近くを占める――如雨露を連想する変則的レイアウトは大きな水域によって南北に分断されて不便さを思わせるが、そんなこととは無関係にどの観客席も鈴なりの人だかりだった。冠スポンサーは以前トニー・カナーンの支援をしていたこともある地元の独立系レコード会社のビッグ・マシン・レコード。レースに携わるのにこれ以上の名前があるだろうか。インディカーはこの名称が定着する以前、「ビッグカー」と呼ばれた時代もあった。不思議な符合を感じさせる。

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マーカス・エリクソンの正しい敗戦に、インディカーの変化を知る

【2021.7.4】
インディカー・シリーズ第10戦 ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ

(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

レースは80周目、すなわち最後の周回を迎えている。2番手を走るマーカス・エリクソンが、画面の端からひときわ勢いよく左の低速ターン6へと進んでいき、下りの旋回で一瞬後輪の荷重が抜けたのかゆらりと針路が乱れたのを認めたときには、瞬時のカウンターステアですぐに体勢を立て直し、さらに坂を下りきって切り返しのターン7へと駆けていくのだった。0.6秒強のすぐ先には、何度かの不運によって今季いまだ優勝のないジョセフ・ニューガーデンが逃げていて、エリクソンの意志に満ちた旋回と比べるとずいぶんに余裕を持って、それとも必要以上に緩慢にこの小さいS字コーナーを回っているように見える。カメラが横に流れ「HONDA」のロゴマークを掲げたゲートをくぐる2台を見送るとすぐ、今度はターン8を斜め前から見下ろす画面へと切り替わって、やはりのたりとした印象を伴いながら向きを変えるニューガーデンと対照に、エリクソンは明らかにブレーキングを遅らせて高い速度で進入し、内側の縁石に片輪を少しだけ深く載せたと思うと、後輪だけが外へ流れ出して進行方向が急激に変わるのである。なめらかな曲線が乱れ、フロントノーズを巻き込んであるいはスピンに至るかとさえ見えた次の瞬間、しかし再度のカウンターステアによってチップ・ガナッシ・レーシングの赤い車はコーナーの出口に向き直す。曲線はあるべき形を取り戻し、ターン9へと続いてゆく。

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