予想外のジョセフ・ニューガーデンに、未来は予感されている

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【2019.6.8】
インディカー・シリーズ第9戦 DXCテクノロジー600
(テキサス・モーター・スピードウェイ)

いまだ殻を破りきれず、いつまでも新人の趣を纏っているザック・ヴィーチがターン3のセイファー・ウォールに右後輪をぶつけてパンクさせ、右に左に蛇行しながら必死に立て直そうとしたのも虚しく、とうとう24度のバンク上でスピンに陥ってこの日最初のフルコース・コーションが導入されたとき、周回は135周を刻んでいて、とうぜんすべての車が給油に向かうと予想されたのである。少なくとも自分がピットに座ってレースの作戦を組み立てる立場であったなら、担当ドライバーがどの位置を走っていたとしてもピットへと戻るよう無線を飛ばしただろう。燃料を満載すれば余裕を持って60周を走れる燃費であるのはすでに知られており、コースが片付けられてピットの入口が開くとレースは残り112周といったところまで進んでいた。すなわちいま給油を行えば残るピットストップはたった1度で済むうえに、空燃比を絞らずに全開で走りきれると判断しうる状況だ。56周かける2スティント、さほど複雑な計算を要求される場面ではなく、だれもかれもがピットに入らない理由より入る理由を容易に挙げられるようだった。たとえば早めのピット作戦を採用していたライアン・ハンター=レイはあきらかに残り2回の給油が必要で、そのうち1回をここで済ませる以外の選択肢などあるわけがない。あるいはここまで巧みに燃料を節約してこの時点での給油を見送れる状態に持ち込んでいたスコット・ディクソンでさえ、それを実行するには相応の燃費走行が必要とされると考えられたから、状況が原点に戻された以上は拘泥する意味を見出せなかった。後続も概ね同様だったろう。つまり一斉に車がなだれこんでくるピットで各チームが手際を披露した後に全員の状況が統一され、再開を告げるグリーン・フラッグとともにスピードを頼みとした勝負が展開される、と想像するのはごくごく自然な成り行きだったのだ。序盤のすべてを完璧に支配していたポールシッターの佐藤琢磨が、最初のピットストップで自分の停止位置を見失い、ブレーキをロックさせてクルーを撥ねてしまう信じがたい事故を起こして大きく後退してしまった後のことである。もっとも勝利に近かった最速のリーダーがもはやないレースは序列を失った激しい戦いを繰り広げると期待もされよう。なるほど、偶然とはいえここでのコーションはなかなかの配剤であるようだった。

 すっかりそのつもりでいたというのに、豈図らんや、とはこういうときにぴったりの語であるにちがいない。隊列が整えられ、いざピットレーンが開いてはみたものの、論を俟たず入るべきであるはずだった先頭のハンター=レイがそのまま本線を走っているのだった。ディクソンが続く。アレキサンダー・ロッシも、コルトン・ハータもその列に並んだまま、ピットレーンのほうを見向きもしなかった。ジェームズ・ヒンチクリフ、入らない。シモン・パジェノー、同じく。そうやって6台がステイアウトを決め込んでから、ここまで集団に埋没して見どころのなかったジョセフ・ニューガーデンがようやく列を脱したわけである。その動きは特異と言っていいほどに目立って映り、明らかに少数派の選択であった事実を物語っていた。結局、このときリードラップを走っていた中でピットストップを行ったのはセバスチャン・ブルデーとマーカス・エリクソンとあわせて3人だけだったのだ。(↓)

 

ポール・ポジションを獲得し、順調にラップリードを重ねていた佐藤琢磨だったが、ピットに落とし穴が待っていた

 

 たしかに直前の給油からまだ15周ほどしか経過していない時点でのコーションではあった。だとしてもそれは意味のある、レースの残りを「3等分」から「2等分」へと移行させるための重要な15周だったのではなかったか。考えれば考えるほど訝しい状況だった。こうした変転するレースの機微を捉えてドライバーを正しい方向へと導くことがチームの役割に他ならないのに、状況をただ無為に見送ったとしか解釈できなかったのだ。強いて言えば、ステイアウトしてもうまく走れば燃料は足りる見込み(実際、ほぼすべての車は足りた)だったから、不要なストップを避けたかったのだろうかと思考を推し量りはできる。だが、車の状態が速さに直結し、小手先の工夫では問題を覆い隠せないオーバルレースにおいて、「うまく走る」だけで「速く走る」相手に勝つのは難しい。チェッカーに繋がる最後の数十周において、リードラップという戦える場所を確保し、なおかつ決定的な速さを生み出すこと。オーバルの要諦が畢竟すればそこに集約されるとするなら、捉えそこねた者の勝機は薄くなる。上位の6台はピットのロスタイムに囚われて肝心な部分を見失ったのではないか、直感的にはそう思われる。翻って捉えた者にレースの中心が移ろっていくのだとすれば、先々の展開は自ずと見通せるはずだった。外部から眺めているだけの観客にはわからない事情が当然ありうる以上半信半疑ではあったが、グリーン・フラッグを9番手で迎えたニューガーデンこそ、その時点での順位に反して優勝に近い存在になっていると考えられたのである。結果は知ってのとおりだ。はたしてテキサスを制したのはニューガーデンだった。ただその有り様は少しばかり見込みと違っていたようでもある。勝者はけっして周囲と異なる作戦を利しだけで結果を拾ったのではなかった。思惑どおりに速さを発揮したのはたしかだったが、のみならず想像を超えて速くあり続けたからこそ、彼は優勝へと導かれたのだ。オーバルにおいてもっとも根源的な要素である速さを正しく使い切り、「気がつけば」先頭に立っている。ニューガーデンがまるでスコット・ディクソンのお株を奪うようなレースぶりで勝利したのは、彼の得がたい才能の表れであるようだった。

 137周目にピットストップを行ったニューガーデンは、レースが順調に進めば最後の給油を200周目の少し手前で行うと予想されたわけである。一方で周囲の集団は遅くともそれより10周は早く動くだろう。実際にレースがその後やや膠着し、コーションも導入されぬまま終盤の局面へと進行していくと、その想定は違わず的中していった。ずっと短すぎるスティントを刻んでいたハンター=レイはゴールまで70周を残してピットへと向かわざるを得なくなり、ほとんど勝負の権利を失った。事実彼は中途半端な燃費走行で速度を落とした挙げ句、結局は再度給油の必要に迫られて5位に終わっている。ほかは186周目から190周目の間に最後のピットを終え、どうにかゴールまで車を届かせるレースをしなければならなくなった。

 多少なりとも燃費を気にしなければならない集団に対し、最終ピットの遅いニューガーデンはタイヤの新しさと燃料の余裕を生かすことができる。作戦の違いで得られた優位は状況のすべてをひっくり返すほどのものではないが、追い上げを試みるには十分であるだろう――コーションの際に考えた展開と言えばその程度のことだったし、その程度の優位を手にできているのならよいと思っていたのである。だがディクソンがピットへと向かい、この日はじめてニューガーデンが先頭に立ってからの8周は、そうした観客の思惑をあっさりと飛び越えていってしまうのだった。191周目、事実上の先頭を争っていたハンター=レイが24.1729秒でしか走れなかったのに対し、ニューガーデンは23.8989秒を記録する。オーバルにおける0.3秒など、その間に数台が割り込んでもおかしくないほどの大差だ。このたった1周だけで、ニューガーデンが実質的に2~3台を逆転していてもおかしくなかった。192周目には24.3938秒と23.8107秒。193周目、24.3801秒に対して23.9087秒。速度を上げられないハンター=レイと、そのハンター=レイを捉えられない後続を尻目に、ニューガーデンはひとり23秒台のタイムを並べてみせる。その戦慄すべきスパートでレースの行方は決してしまった。197周目、予想どおりのタイミングでニューガーデンがピットのサービスを受けてコースに戻ったとき、当初は予想もしなかったはずの逆転が達成されていた。ややあっておなじ作戦を採用したブルデーとエリクソンが後退すると、もちろんニューガーデンは0.6秒の大差をもって先頭を奪っていたのである。

 感嘆するほかなかった。コーションで意外にも作戦が分かれたとき、ニューガーデンの優位性はあくまで最終スティントに定められたものと思われたからだ。抑制的に走らざるを得ない周囲に対して、自分だけが履歴の浅いタイヤでスロットルを開けていける状況を作り出す。それは成功したように見えたし、最終盤での戦いを期待すらしていた。だが彼はそんな卑小な思惑を超えたスパートを成功させ、激しい戦いすらなく遥か手前でレースを自分のもとへと引き寄せてしまったのだった。ニューガーデンと同様に動いたエリクソンとブルデーが狙ったように順位を上げることができず、2周か3周だけラップリードを摘み食いしただけの7位と8位でチェッカー・フラッグを迎えたことを見れば、作戦の優位ではなくただ速さをもって先頭に立ったのは明らかだった――作戦の違いを、速さを得て戦いを制するためではなく速さを活用して空間を走るために生かしきったのである。そこに驚異を覚え、何度思い返しても感嘆する。一度先頭に立ってみれば、その座を脅かされる心配は皆無で、ニューガーデンはあっという間に後続との差を開いていった。ゴールまでに2度のコーションが導入される事態が起こっても、もはや波瀾の種にはならなかった。(↓)

 

デトロイトでミスによりレースを失ったスコット・ディクソン。テキサスでもサイド・バイ・サイドとなった19歳に対しドアを閉めて接触、車を降りた

 

 もとより時宜を得たスパートは、新人時代のミッドオハイオに代表されるニューガーデンの特筆すべき運動として何度となく現れた現象である。オーバルにおける奔放な速さも、アイオワをはじめとした圧倒的な走りを思えば今になってことさらに言い立てることではない。その意味で、テキサスは彼らしさがこれまでどおり遺憾なく発揮された、しかしすでに見慣れたレースではあったかもしれない。ただ、彼が抱く複数の才能が組み合わされた逆転劇に、とある場面が思い出されてはこないだろうか。2017年のポコノで、ウィル・パワーは2度のトラブルに見舞われて大きく後退しながらリードラップへと舞い戻り、最後には周囲とわずかにピットストップがずれて生まれた時間に素晴らしい速さを繰り出して逆転優勝を果たした。パワーはあのとき、154周目から161周目のわずか8周で、先頭に立つまでの差を稼ぎ出したのである。この8周のスパートが、ニューガーデンの190周目から197周目に重なるものだとするならば。当時のポコノはパワーのインディアナポリス500優勝を確信させ、そして翌年、彼は本当にそれを実現させた。まったく違う形ではあるが、シモン・パジェノーも今年、直前に見せた来歴に根ざした走りに予感を抱かせ、インディ500の頂きに辿り着いた。具体的な運動に裏打ちされた予感はしばしば的中するものだ。まだ6月を迎えたばかりのいま、それを考えるのは早すぎる。だが支度はとっくに終わったようだ。次にブリックヤードのヴィクトリー・レーンで牛乳を飲むのがだれであるか、もう名前を挙げるまでもない。■

ロジャー・ペンスキーはチーム最年少のエースをインディ500に導けるか

Photos by :
Chris Owens (1, 3, 5)
Chris Jones (2, 4)

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