真の友人はスピードだけだ

【2014.5.31-6.1】
インディカー・シリーズ第6-7戦 デュアル・イン・デトロイト
 
 
 ターン6で起きたセバスチャン・サベードラの単独事故のため導入されたフルコース・コーションに呼応してリーダーの佐藤琢磨と次いでエリオ・カストロネベス、ライアン・ブリスコーがピットへと向かったとき、その動きに疑問を感じなかったわけではない。ベル・アイル・パーク市街地コースの荒れた路面は彼らがスタート時に履いていた柔らかい赤タイヤの表面を削るように傷めつけ、短い周回のうちにグリップを失わせることが去年以前からわかっていたし、前日にも同様の傾向が証明されたばかりだった。側面が赤く塗られた柔らかいオルタネートタイヤと硬い黒のプライマリータイヤの両方を装着しなければならないルールの下で、だから先頭を行く彼らは早めに赤タイヤの義務を終えてしまい、優位に戦える黒タイヤで長い距離をはしる戦略をとったのだろうとは、たぶんインディカーを見慣れている人ならだれでも即座に理解できたはずだ。だがそのときレースは全70周中のまだ11周目で、満タンの燃料で走れるのは概ね25周だから、タイヤを替えてからさらに2回の給油を要する、つまり3ストップ戦略で戦わなければならなくなることも明白だった。見ている側としては、事故の後片付けが終わってレースが再開してから5周ほど赤タイヤで我慢し20周まで走れば、ロスを最小限に抑えつつ2ストップで済むのではないかと直感したし、実際2位を走っていたジェームズ・ヒンチクリフ以下ほとんどのドライバーがそうしていた。デュアル・イン・デトロイトの日曜日、名称のとおりダブルヘッダーとして行われたうちレース2の序盤に生じた展開の分かれ目である。3ストップを選んだ3人が余分な給油のために失う時間を取り戻すための猶予はあまり与えられていなかった。

 最終的にこのレースを優勝することになるカストロネベスには、彼を取り巻く状況を良い方向に運ぶいくつかの小さな幸運が訪れている。たとえば、コーションでステイアウトを選択した集団が最初のピット作業を終えてしばらくすると、彼の後方にはストリートコースとしては信じがたいほど広大な空間ができあがっていた。唯一黒タイヤでスタートし、2ストップ組の先頭に立っていたマイク・コンウェイが24周目からの第2スティントで赤タイヤを履いたためにまったくペースを上げられず、後続を大渋滞に巻き込んだからだ。ロングビーチで優勝したストリート巧者のコンウェイでさえ赤タイヤには手の施しようがなく、カーナンバー20は長い直線から直角に曲がり込むターン3への進入でしばしば激しくブレーキをロックさせ、コースを白く覆うほどの煙を巻き起こしていたのである。どんなコーナーを見ても2人のスピード差は明らかで、ラップタイムは2秒、ときに3秒も違い、カストロネベスはまたたく間に余分な給油時間を補うだけのリードを作り上げた。34周目に2度目のピット作業を終えた彼は2位でコースに復帰し、おなじ戦略のジャック・ホークスワースが次周にピットインしたことで苦もなく先頭に戻っている。さながらF1王者のようなレースぶりではないか。コーションでレースがリセットされやすいインディカーでは珍しい光景だが、もうひとつの幸運であったことにこの間に黄色い旗が振られることはなかった。

 たった10周のうちに2ストップ勢を置き去りにしたこの時間でカストロネベスの勝利はほぼ決まっていた。そのうえ35周目には、最初のスティントでリーダーだった佐藤がブリスコーの素人のような追突によってスピンを喫して勝負する権利を失ってもいる。予選で自分が記録したコースレコードをさらに上回り、スタートしてからも着実にリードを築くなど唯一の危険な敵でありえた佐藤が消えたことでカストロネベスを脅かす相手はいなくなった。その周からゴールまで、彼は一度たりともラップリードを譲っていない。

 そういう展開だったために、3ストップが本当に正しかったかどうかはレースの後になっても不明瞭のままだ。事故に巻き込まれた佐藤はもちろん、近いレベルの速さを見せつつあったホークスワークもペナルティを受けて後退したせいで戦略の効率性を推し量れなくなったし、さりとて「2」と「3」を直接比較しようにもコンウェイがレースを乱してわからなくしてしまった。ただ、いくら後続のペースが上がらなかったといっても、ピットストップ1回分のリードを1スティントの間に築きあげる作業が容易でないことはたしかである。そうしてみると、この日のカストロネベスにとって戦略などレースの要素ではなかったと結論してしまっていいかもしれない。彼はひたすらプッシュを続けるだけで、工夫も衒いも必要としないまま優勝することができた。59周目のコーションまでつねに10秒のリードを保ってレースを自在に操っていたことからも想像できる。どんな可能性の糸を辿っていこうとも、きっとデトロイトの2日目でエリオ・カストロネベスの通算29勝目を見る以外の未来は存在しなかったのだ。

 彼の勝利が純粋なスピードに裏打ちされたものだったことは、チーム・ペンスキーの同僚であるウィル・パワーも証明している。パワーは土日を通じて暴力的な走行によって都合4台の車に大きな傷を負わせ、うち2台を直接のリタイヤに追い込むなど周囲にさんざん迷惑をかけていたが、にもかかわらず自分だけは抜け目なく生き残ってレース1で予選16番手から優勝し、レース2はドライブスルー・ペナルティを受けながらも2位に戻ってきた。たしかに、事故以外の面では彼にもいくつか展開が味方してはいる。だがレース前に得点ランキングの首位に立っていたライアン・ハンター=レイを簡単に引きずり下ろすことができた主因は、やはり絶対的なスピードだったと言うほかない。結局ペンスキーは、ただ速さだけを頼りにデトロイトの2日間を持ち去っていった。

 スピードによる勝利はレースでもっとも正しく、もっとも確実で、もっともライバルに諦めを抱かせる。それはレースにおけるわかりやすい強さの現れであり、1年にわたる選手権を勝ち抜くためにただひとつ欠かせない重要な足場でもある。他の何を備えていたところで、スピードを欠く者に本当の勝機は訪れない。レースで真の友人はスピードだけだ。2013年に安定的なレースに徹しすぎてスコット・ディクソンを突き放す機会を逸し、結局最後に逆転されて3度目のランキング2位でシーズンを終えたカストロネベスは身をもって知っているのだろう。日曜日のチェッカー・フラッグを受けた彼はおもむろにウイニングランを味わって帰ってくると、初優勝から15年にわたってそうしているように金網をよじ登って拳を突き上げたが、その姿にはいつも以上に感情の爆発が見て取れた。もちろん今季の初勝利だとか、エンジンを供給するシボレーの地元で勝てたのだとか、特別に喜ぶべき理由を挙げることはできる。けれども昨年から彼を支援している日立への感謝を律儀に述べつつも興奮を抑えきれず早口でまくし立てるインタビューの様子からは、この優勝が1回きりの偶発的な事件ではなく、シーズンの全体像を見通すスピードに対する確信が窺えた。彼は得難い友人を得たのである。
 
 
 開幕からの4戦は戦略と燃費によって勝敗の針が振れる傾向が強かったが、インディアナポリス500を境に単層的で水平に拡がるスピードが支配するレースが3つ続いた。このわずか8日の間に勝利した3人のドライバーがそのまま得点ランキングの3位までを占めたことで、2014年のインディカーはシーズンの輪郭を鮮明にしはじめたと言ってもよいだろう。カストロネベスとパワーはもちろんのこと、デトロイトでありとあらゆる不運に見舞われたハンター=レイも、インディ500で見せた力とスピードが正しいコンテンダーであることを予感させている。

 インディカーがしばしば運に勝敗を左右されるカテゴリーだとはいっても、少しくらい運を味方につけたところでこの3人にシーズン単位で太刀打ちできそうなドライバーは探し当てられそうにない。強いてあげるなら昨季の王者で、ディクソンが去年のこの時期とおなじように「死んだふり」をしているのだとすれば今後も目を配る必要があるかもしれないが、なにしろ8月に終わるシーズンだから起き上がろうとしたときには何もかも手遅れになっていそうだ。まして、すでにリーダーから142点という大きすぎる差が開いている。インディ500ではらしくないクラッシュで自らレースを失った。死んだふりのつもりで埋葬されるのでは世話はない。シモン・パジェノーはいつかシリーズを制するべきドライバーだが、彼にチップを積むのは少し早いようだ。
 だからおそらく、選手権争いは多少揺らぐことはあっても3人を中心に回っていくだろう。そしてそうなった場合、現時点でのポイントからしても走りの迫力からしても、ペンスキーの2人のほうがやや優位に戦えるように思える。ハンター=レイはたしかに速いが、相変わらずミスも多い(彼のデトロイトの悪夢は、結局予選でのクラッシュから始まっている)し、カストロネベスが昨季を反省できるならもはや守り一辺倒の運転で行き止まりの撤退戦を選ぶような愚は犯すまい。あるいはロード/ストリート6レースに対してオーバルが5という残りの日程はパワーにとって歓迎こそできないものの、かといって昨年のフォンタナを制した彼がすでにオーバルを走れるドライバーであることも明らかだ。そもそも人数からして2対1で、いざとなったらどちらかを犠牲にしてエースの援護に回らせることだってできる(カストロネベスがそれを受け入れるかどうかについては、判断を保留したいけれど)。ハンター=レイが2人を同時に打ち負かすためには、最低限図抜けたスピードかよほどの幸運のどちらかが必要だろう。だがペンスキーは十分に速いし、2012年のような展開を期待するのは楽観的すぎる。

 ペンスキーは毎年のように選手権争いに絡んでいるが、気づけば2006年を最後にチャンピオンには届いていない。カストロネベスとパワーを揃えた2010年以降は4年連続で最終戦まで可能性を残しながらすべて2位に終わった。しかし最近のレースぶりを見るかぎり、どうやら条件は揃いつつあるようだ。すっかり勝負弱いという烙印を押されたこの名門も、今季になってようやくどちらかのドライバーをはじめての王座へと送りこむときが訪れたのかもしれない。できれば最終戦を2人で争えたら最高だろう。もし本当にそんな未来が3ヵ月後にやってくるなら、そのときはデトロイトこそ結末を予感させた週末として、だれにとっても思い出されることになるはずだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です