ウィル・パワーを思い出せるように

【2022.9.11】
インディカー・シリーズ第17戦(最終戦)

ファイヤストン・グランプリ・オブ・モントレー
(ウェザーテック・レースウェイ・ラグナ・セカ)

結局。シーズン後半に何度も使った言葉を、閉幕を迎えたいままた繰り返している。結局。辞書の語義としては紆余曲折があったうえで最後に落ち着いた結末を示すとされるこの語は、しかし実際に口にするときにはもう少し限定的に、自分の外側にある大きな流れに抗いきれず、予定調和を受け入れるほかなかった諦念を含意する場合があるのではないか。ひたむきに努力を重ねたにもかかわらず、結局力及ばなかった、といった使い方が典型的に好まれるように。2022年のインディカー・シリーズに対して感じる「結局」は、その意味においてである。結局、選手権の中心とレースの中心がずっとずれたままに今季のインディカーは終わった。多くの事象が選手権の得点面でつねにウィル・パワーに優位をもたらし、おかげでパワーはレース自体をのどやかに過ごしてきたのだ。ジョセフ・ニューガーデンもスコット・ディクソンも、スコット・マクロクリンもコルトン・ハータもどこかで躓いて転んでしまい、彼らの焦燥をパワーは振り返る必要もなかった。ラグナ・セカで行われたこの最終戦もまさにそうだったのだ。20点差を追って選手権を争うディクソンは予選で振るわず13番手スタートにとどまり、おなじく20点差のニューガーデンにいたってはラウンド1でスピンを喫した。対してポール・ポジションを獲得したパワーの状況は、決勝スタートの時点で、傍目にはすでにずいぶん楽なものとなった。得点を指折り数えてみるなら、もはや決勝で無理をする理由はなかった。そのなりゆきはシーズンのここまでとそっくりで、パワーは最終戦で優勝に執着する必要などまったくなかったし、事実ゆったりとチャンピオンは彼のもとへと引き寄せられていったのであった。

 能力に不相応な地位に居座ったわけではない。むしろ純粋な速さだけならパワーが一番のシーズンだったと言っていいかもしれない。ポール・ポジションは5回で他の追随をまったく許さず、通算では68回を数えてとうとう史上最多記録を更新した。予選2位も2度。それは41歳となってもなお一線級のスピードを持っている明白な証明だったし、また選手権においても、決勝外で得たボーナスの計5点は、小さいとはいえ精神的な余裕をもたらす手助けとなっただろう(実際、最終戦のポール・ポジションで追加した1点は、パワーが無条件でチャンピオンを獲得できる順位を3位から4位へと緩和する効果があった)。すばらしいことだ。ただ一方で、それら1周の煌めきが一度たりとも優勝という大きな成果に結びつかなかった事実も厳然として残った。5回にわたって特等席からスタートしたにもかかわらず、5回とも、パワーはレースの途上でペースを鈍らせると、対照的に重要な瞬間を捉えたライバルたちに表彰台の頂上を譲ってしまった。いや、ポール・ポジションのときに限らない。今季のパワーはほとんどのレースで上位を走りながら、どこかでふっと空白に落ち込み、存在感を失うと同時にわずかながら順位を下げたものだった。もちろん下げてしまった順位は本当にわずかで、多くの場合表彰台の端になら居場所を確保したのだし、まして6位より下に落ちるなどまずなかった。GAORAのインディカー中継でしばしば言及されたとおり、その戦いぶりはチャンピオン獲得に直結したすばらしい安定感と称えられるのだろう。だがやはり、速さを備えたはずの者がレースのさなかに集中を途絶えさせたかのように落ちていくさまを何度も見る寂しさは拭えなかった。先頭でスタートしたレースで優勝できなかったどころか、2位さえもニューガーデンのトラブルによる単独事故で繰り上がったアイオワだけで、激しい鍔迫り合いを演じながらも敗れるといった惜しまれる展開はついぞなかったのだ。最速の証明は予選で終わってしまい、決勝では貯蓄を取り崩して凌ぐ週末が繰り返され、そして幸か不幸か周りの自滅も相まってそうするだけでも首尾よく選手権の首位が維持されたから、ますます優勝がレースの絶対の目的ではなくなって、空白を許容できる。パワーの「安定」とは、つまりそのような(本人にとってはおおむね好ましい)妥協の産物だったようにも映るだろう。そこに、選手権ばかりに目が向いてレースそれ自体が疎外された寂しさがある。結果的に、2022年のインディカー・シリーズは二重にねじれた。最多ポール・ポジション獲得者が一度もポール・トゥ・ウィンを達成できず、シーズンわずか1勝に終わったねじれと、そんなドライバーが、にもかかわらずチャンピオンとなったねじれ。どこに焦点を定めればよいのか、最後までわからなかった。(↓)

ニューガーデンは5勝を上げながらチャンピオンを逸する。いくつかの蹉跌が最後まで響いた

 パワーの安定には、いつも物足りなさがつきまとった。当然かもしれない。安定とはすなわち落差を均すこと、落差によって生じるエネルギーを最小化することだからだ。ラグナ・セカの決勝レース中継中に実況アナウンサーの村田晴郎からこぼれた話によると、去年までと打って変わって巧みに得点を積み重ねるパワーについて、ジャーナリストの天野雅彦は最終戦に至っても「まだ信用していない」と言っていたのだという。一聴すると辛辣にも響くその言葉は、パワーの今季を「モデルチェンジ」と評して肯定的に受け止めてきた天野だからこそ抱く不安の表明だったのだろうが、しかし奥底にあったのはじつのところ不信の感情ではなく、肯定的な「期待」だったようにも思う。べつに、脈絡のない馬鹿げたミスを犯して慌てふためくさまを見たいなどといった悪趣味で敬意を欠いた期待を持つのではない。そうではなくて、今季影を潜めてしまったウィル・パワーの情熱を、そしてポイントリーダーたる彼が発揮する情熱がレースにまで敷衍される瞬間を、なんとかして再発見したいというほのかな願望だ。選手権の計算のために優勝への妥協を自ら許して走るのではなく、目の前のレースに全身全霊を傾け、時としてたったひとつのコーナーに対しすべてをなげうってでも飛び込んでいく情動を表わすこと。長年接してきたパワーのパワーらしいそんな姿が戻ってくる瞬間を望んでいたゆえに、またその瞬間がレースに興奮を供給し、停滞を打破することまでを望んでいたゆえに、天野は自身で定義したパワーの「モデルチェンジ」を、しかしそう言いながらもあえて信用しようとしなかったのではないか。なぜなら、このラグナ・セカでパワーが激しい情動とともにコークスクリューへと飛び込んでいくような美しい場面がもし訪れるとしたら、まさに今季をかけて積み上げてきた安定が大きく崩れ、「いま、このとき」に何としてでも順位を上げなければチャンピオンを失う窮地に陥る場合以外にありえなかったからだ。パワーの安定を信じなかった天野が、では何を信じていたのかと考えるとき、それは彼の愛すべき運動が、その落差によってレースを大きく動かす興奮だったのではなかっただろうか。視聴者の勝手な想像であるのは百も承知のうえで、そんなことを思う。

 だが結局、その機会は訪れなかった。この話が披露されたのは、パワーがいつもどおりレースリーダーの座を譲って後退し、さらにひとつふたつ順位を下げてもなおチャンピオン獲得は安泰な状況になったころだったか。ほぼ最後尾からスタートしたニューガーデンがただただ自らの速さにすべてを懸け、コークスクリューで何度となく目覚ましいパッシングを披露するのを横目に見ながら、パワーは選手権のための順位を安全に保ち続けた。天野の心配は、それを言葉どおりに受け止めるなら(もちろんそのほうが正しいだろう)杞憂に終わる。パワー自身はまったくもって安定し、彼を中心としたレースはいつまでも展開されないままだった。ピットストップの回数を増やしてでも新品タイヤを投入し続けたニューガーデンは信じられないペースで2位にまで上がったものの、選手権を動かすには至らずやがて力尽き、最後には昨年のチャンピオンでありながら今季ここまで勝利がなく、夏場にはF1を巡る契約騒動まで持ち上がったアレックス・パロウが30秒も突き放して面目を保った――この今季初優勝でパロウは4位と同点の選手権5位で2022年を終えることになったが、もちろんあまりに遅すぎた。3位表彰台に登ったにもかかわらず、そこにウィル・パワーの影はほとんど見えない。パワーはシーズン後半に何度も繰り返してきた展開をなぞって最終戦を終えた。ポールシッターとして、優勝を取り返そうとする素振りを見せず、空白に姿を隠したまま。それでよかったからだ。そうだとしても、彼はチャンピオンだった。(↓)

苦しんだディフェンディング・チャンピオンのパロウだったが、最終戦で一矢報いた

 レースの終わり、23台を抜き去ってフィニッシュするニューガーデンの奮闘を、村田は「もしこれが最終戦でなければ、満足な結果だった」と総括したのだった。それはまったく言うとおりだと思いつつ、しかし選手権の文脈が挿入されたために目覚ましい追い上げも少し色あせてしまったのだと受け止めると、皮肉な感じもする。パワーの選手権への意志が結局レースに結ばれなかったのと反対に――あるいは同様に、ニューガーデンの最高のレースは結局選手権に結ばれなかった、ということだ。むしろシーズン全体がそうだった。一方では個々にすばらしいレースの数々があり、一方では僅差で推移した選手権争いがあったはずなのに、両者は不思議と絡み合わないどころか、むしろほどけながら互いに遠ざかっていくようだった。最初に書いたとおり、レースの勝者は別の機会に躓いて選手権を失い、選手権の勝者はレースで勝てなかったのだ。

 レースを見ようとすれば選手権がぼやけ、選手権を見ようとすればレースがぼやける。それぞれはそれぞれの視界の外にある。距離の隔たったレースと選手権のあわいにできあがった、広大で茫漠とした空間。今季のインディカーが位置していたのは、つまりそんな場所だった。だとすれば、焦点を定められないのは当然だったかもしれない。たとえば数年経ったあと、この年のインディカー・シリーズをどのように思い出すことになるのだろうか。記録をさぐれば、当然ウィル・パワーが制した事実に辿りつく。ただ記憶の中でチャンピオンがどんな輪郭をとって姿を現すのか、いまはまだ想像ができない。■

優勝こそ1回だけだが、表彰台の数は圧倒的。その点は間違いなく強かった

Photos by Penske Entertainment :
Chris Owens (1, 4)
James Black (2, 3)

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