【2021.4.25】
インディカー・シリーズ第2戦
ファイアストンGP・オブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)
たとえば、日本のF1中継で解説者を務める川井一仁が好んで口にするような言い方で、こんな「データ」を提示してみるのはどうだろう――過去10年、セント・ピーターズバーグでは予選1位のドライバーがただの一度も優勝できていないんです、最後のポール・トゥ・ウィンは2010年まで遡らなければなりません。“川井ちゃん”なら直後に自分自身で「まあただのデータですけど」ととぼけてみせる(数学的素養の高い彼のことだから、条件の違う10回程度のサンプルから得られた結果に統計的意味がないことなどわかっているのだ。ただそれでも言わずにいられないのがきっとデータ魔の面目躍如なのだろう)様子が目に浮かぶところだが、ともかくそんなふうに過去の傾向を聞かされると、飛行場の滑走路と公道を組み合わせたセント・ピーターズバーグ市街地コースには、逃げ切りを失敗させる素人にわからない深遠な要因が潜んでいると思えてはこないか。
ホームストレートの幅が3台並べるほど広いから追い抜きを成功させやすい? 逆に狭い後半区間が高速からのフルブレーキングの連続で事故を誘発しやすく波瀾の種になる? なるほど昨年はターン1で先頭の交代があり、また別の年には同じコーナーでリーダーが撃墜されて勝利を逃している。曲がりきれなかった車がターン8や10のタイヤバリアに突き刺さる場面も飽きるほど見てきた。フルコース・コーションの回数も少なくないほうだ。原因をひとつに定められるはずなどないが、それらいくつかの印象的な出来事は、予選でもっとも速いドライバーが有利に戦えるはずの決勝レースを勝てない複合的な理由を説明するための要素として挙げられうる、だろう。そうだとすれば、2021年の今回セント・ピーターズバーグの勝者を予想してブックメーカーに賭け金を投じるとき、ポール・ポジションを獲得したコルトン・ハータは自信を持って避けられそうだ。予選2位のジャック・ハーヴィーは実績とチーム規模を考えるとまだそこまで信頼はできないし、堅実に行くなら2列目に並ぶジョセフ・ニューガーデンとシモン・パジェノーのチーム・ペンスキー勢にいくばくか賭けてみるのがいいだろう。さて倍率は?
しかしこの予想にはもちろん穴があって、特異的な条件がひとつ考慮に入れられていない。セント・ピーターズバーグの過去10年、予選1位のドライバーは一度も勝てなかった、それは間違いのない事実であるものの、こう付け加えるとずいぶん印象が変わるのではないか――すなわち「そのうち8回はウィル・パワーだった」と。パワーは2010年にポール・トゥ・ウィンを決めて以降、2014年と2018年を除いたすべての年でセント・ピーターズバーグの予選最速タイムを記録しながらことごとく敗れ続けた。単純に追い上げてきた相手に力負けしたり、レース序盤からひとりでに速さを失ったり、チームのピット作業に足を引っ張られたり、車がトラブルを生じたり、フルコース・コーション中に追突されたり(!)、体調不良でスターティンググリッドに並びさえできなかったり(!!)と敗因はさまざまで、結局のところ一貫した根拠など見出せるはずがないのだが、何があろうとともかく負けた。負けに負けた。変則日程のため最終戦として行われた昨年も、チームメイトの圧力に屈して順位を落とし、最後は壁にぶつけて自滅している。要するに、セント・ピーターズバーグの予選1位にまつわる「データ」は、コースに起因するのではなく、そのほとんどがパワーの振る舞いに拠っているだけのことだった。2014年は予選4位に終わったが、そういう年に限って決勝で息を吹き返して逆転優勝を遂げた――つまり、ここでもデータに関与した。そしてまた、2018年にポール・ポジションからスタートしたロバート・ウィッケンズは序盤から最終盤まで完璧にレースを進め、デビュー戦を勝とうとしていた。残り2周のリスタートでターン1へと無理に飛び込んできたアレキサンダー・ロッシに衝突されなければ、それはあっさりと成されていたはずだ。パワー以外のだれかによって支配的なポール・トゥ・ウィンがほとんど達成されかけた事実は、その呪いのごとき困難さではなく、あらゆる問題がウィル・パワーという一人のドライバーに帰責される皮肉めいた喜劇でしかなかったことを示唆するようにも見える。だから、ウィッケンズのときのようにパワーがレースから疎外されるならまた別の様相が現れるといった「データ」の読み方も、たぶん不可能ではない。(↓)
車が決まらず予選第1ラウンドで苦しみぬいた挙げ句スピンまで喫したパワーが20番グリッドに沈んだ異例のセント・ピーターズバーグで、ハータは実際にそうしてみせた。スタートからわずか5周で1.6秒、10周のころには2秒以上も後続を突き放し、18周目のコーションでそのリードが水泡に帰しても――そういうとき、例年のパワーはなぜかしばしば速度を失ったのだが――、2番手から必死で追うハーヴィーに逆転の予感すら与えない。再スタート直後のターン1では簡単にハーヴィーを突き放し、そしてすっかり画面に映らなくなった。単調なほど当然に先頭を保持するせいで、カメラがもっと見栄えのする場面を探しにいってしまったのだ。リナス・ヴィーケイがブレーキングで派手にタイヤから煙を上げ、ターン1で抜きにきた佐藤琢磨と接触したジェームズ・ヒンチクリフが運悪くパンクし、F1から移ってきたロマン・グロージャンがターン10でパワーに壁へ追い込まれながら難を逃れたり続く最終ターンで後輪を擦ったりした落ち着きのない展開を尻目に、画面の外のハータは、悠々と差を広げるのだった。
デビューからしばらくのうちは柔らかいオルタネートタイヤを使いこなせず、予選やスティント序盤に印象深い速さを発揮する一方で、周囲よりもかなり早くタイヤの消耗に悩まされて失速する場面が目についたが、いくつかの苦い経験を経てあっという間に学習し、今回に至っては35周の長い第1スティントを丁寧に乗り切る一貫性を披露してみせた。ピットストップの直前、寿命に優れるプライマリータイヤのニューガーデンがようやくハーヴィーを抜いて2位に上がった31周目のころにはもう4.5秒の差がついていて、追い上げは脅威ではなくなっていた。3周半を使って築いたリードを少しずつ上手に吐き出し、攻撃に晒される寸前のところでピットへ向かい、今度は自分もプライマリータイヤへと交換して首位のままコースに復帰する。タイヤの心配をする必要はもうなくなり、燃費の管理は万全で、もちろん何より重要な速さに陰りはなかった。レースは3分の1を消化したばかりだったが、ハータの支配が揺らぐ気配はまったく見当たらずにいる。パワーのときと違って、と繰り返すのは少々悪趣味かもしれないが、例年のセント・ピーターズバーグと異なる展開になっていることはたしかだった。(↓)
その先、ハータの弛まない速さと安定感に、レースは語るべき言葉をほとんど失ってしまう。ニューガーデンとおなじタイヤを履き条件が揃った第2スティントで彼らの差は顕著になり、とうとう10秒以上まで拡がって最後のピットストップを完了した。あとはチェッカー・フラッグまでの三十数周を残すのみだ。もちろんそういうときにコーションが舞い込んでくるのはインディカーの常で、実際74周目にNASCARからやってきたジミー・ジョンソンがスピンを犯してその10秒ははかなく消えるわけだったが、解説の松浦孝亮が「だとしても後続はノーチャンスだろう」と述べたとおり、リスタートでもっとも危険なターン1をことさらに防御することもなくやりすごし、直後に再び水を差したコーションでも同じようにして、ゴールまで着々と車を進めるのだった。
脅威にまったく曝されなかったわけではなかった。83周目の最後のコーション明けから90周目あたりの時間帯に限って言えば、おそらくニューガーデンが履くオルタネートタイヤのグリップがハータを上回っており、0.5秒を巡る攻防を戦わなければならなくなったからだ。それは1週間前のアラバマで失態を演じたニューガーデンにとっては巡ってきた最後の機会に懸けたぎりぎりの追い上げだったが、それとて見た目の近さとは裏腹にハータが余裕を持っていなしているようで、順位が入れ替わる予感を抱かせるコーナーはひとつも現れなかった。ハータのブレーキングは深く、旋回からの立ち上がりでは車を綺麗に直進させて効率よく加速していく。だれよりも果敢に相手のインに飛び込むことで勝利を重ね、2度のチャンピオンを獲得したニューガーデンも、その息を呑むほど整然とした加速と減速の繰り返しを前に観客となるしかなく、そのうち消耗したタイヤが速度を支えきれなくなって、2秒後ろに後退した。100周目のチェッカー・フラッグは、たぶんハータが計算したとおりの、静かで、穏やかで、孤独なレースの終わりを告げるものだった。(↓)
97周のラップリード。先頭からスタートを切ったハータは、レースのなかでたった3周しかその座を譲らなかった。もちろん抜かれたのではなく、ピットストップのタイミングでステイアウトした車に、少しだけ文字どおり「譲った」だけだ。そのたった3周の狭間で、スパートをかけたアレックス・パロウにファステスト・ラップもリーダー・ファステスト・ラップも明け渡してしまったものの、裏を返せば、そんなふうに速さを誇示しながら勝負をかける必要がまったくなかった余裕こそがそこに見えてもくる。ハータは2021年のセント・ピーターズバーグでもっとも速い人間として最後まで振る舞い、逃げ続け、まとめきった。毎年繰り返されるパワーの喜劇的な失速――20位からスタートした彼は、そんなときにかぎっていくつかの印象的なパッシングで大いに目立ち、8位にまで浮上してゴールして、またひとつ彼らしい齟齬をこの地に刻んだ――にともすると忘れそうになってしまうが、速さを誇るポールシッターがなすべきレースとは、きっと本来こういうものだろう。ハータはいわば、自分自身で課した責任を果たしたのだ。■
Photos by :
Chris Owens (1, 2, 6)
Chris Jones (3, 4)
Joe Skibinski (5)