【2017.7.30】
インディカー・シリーズ第13戦 ミッドオハイオ・インディ200
この結果を迎えるのは最初から予想できていた、などというと事が済んだ後からいかにも賢しらな理屈をくっつけて得意気になっているふうに思われそうではあるものの、4月に行われたアラバマGPでジョセフ・ニューガーデンがチーム・ペンスキーに移籍後はじめての優勝を果たした直後、実際にわたしは、7月末のミッドオハイオもまた彼のものとなる――優勝と断言できたらよかったのだが、元来の臆病を伴った慎重さゆえ複勝にしかベットできず、「少なくともすばらしい走りをする」に留めてしまったのが惜しまれる――と自分のTwitterで発言していたのだった。インディカー・シリーズにデビューしてまだ5年と少しの才能がトップチームの重圧に負けない存在であることを証明してから4ヵ月、この間わたしが自分の予感を疑う機会は一度たりとも訪れなかった。前戦のトロントでは優勝した当人ではなく不運の前に敗れたエリオ・カストロネベスに注目しながらも、その記事を紹介するツイートで「ミッドオハイオはニューガーデンが勝つ」と今度ははっきり優勝を口にした。それほどまでにわたしは、ここを走るニューガーデンに盲信にも近い期待を抱き続けているのである。
ひとつには、彼のインディカー初優勝の舞台にして3年連続で表彰台に登ったバーバー・モータースポーツ・パークとミッドオハイオ・スポーツ・カー・コースがよく似た雰囲気を纏っていることが理由となるだろう。高低差が大きく、ハードブレーキングよりも旋回Gをコントロールすることのほうが重要となる中速コーナーの多い古風なサーキットを攻略するとき、ニューガーデンは明らかに他を圧倒する輝きを放っている。アラバマでの2勝は単純な逃げ切りでも幸運による結果でもなく、難所の複合ターン14で彼にしかなしえないパッシングを幾度となく成功させてもぎとったものだった。その鮮やかなコーナリングがミッドオハイオでも同様に現れると考えるのはごくごく自然な連想に違いあるまい。
だがわたしにとってニューガーデンのミッドオハイオとはそうした表層の可能性だけにあるのではなかった。移転してくる前からの読者ならまたその話かと苦笑いのひとつも浮かべるだろうが、他でもない、ここはわたしがはじめてこの若いアメリカ人の虜になったサーキットなのである。2014年のミッドオハイオで、まだ才能を表しているとは言えないニューガーデンは初優勝に向けて突き進んでいた。その43周目から65周目の25分間、とりわけ63周目からの3周を、わたしは忘れがたく鮮明に記憶している。細身の刀で切り裂くような鋭利極まりないターン1への進入。慣性を消し去ったように軽やかに切り返しながらエッセを攻略し、出口のターン9では縁石いっぱいまで左のタイヤを載せて細やかさと荒々しさを両立させながら力強く立ち上がる。そしてカルーセル――回転木馬と名付けられた円く長いコーナーを、微分し接線を繋ぐごとく細かく断続的にステアリングを切り足しながらだれよりも速く駆け抜けていく。息を凝らして見つめずにはいられないその走りによって、ニューガーデンは抜きにくいこのコースで何度かのパッシングを成功させ、前年のチャンピオンであるスコット・ディクソンを追い詰め、そしてとうとう相手が先にピットへ入った63周目、瞬時にファステストラップを記録して逆転に必要なリードを作り出した。一流のドライバーがなしうる時宜を得た完璧なスパート。66周目に最後のタイヤ交換と給油を済ませるべくピットロードに車を向けたとき、ニューガーデンはまちがいなく初優勝を手元に引き寄せていた。それは言葉にならない美しい物語が完成する瞬間のはずだった。
その先、ニューガーデンが勝利を失ったのはまったく本人の責任ではない。当時の67号車がサラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングのピットボックスに静止した直後、われわれは信じられない光景を目にした。停車した車の後ろから右リアタイヤへ回り込もうとしたメカニックが突如としてうつ伏せに倒れこんだのである。この前代未聞の失態によって当然タイヤ交換は遅れ、ニューガーデンは再発進までに十数秒もの余分な時間を要して4位に落ちてしまった。しかもその後のリプレイが、転倒の原因がとんでもない愚行だったことまで明らかにした。ピットストップの直前、チームは徒や疎かにもホイールガンのホースを停止位置に放り出したままにしていたのだ。進入してきた車がそれを踏んで車体に絡まり、ガンを持って車の右側に回ろうとしたメカニックの動きを止めるというこれ以上なく馬鹿げた寸劇こそ、ニューガーデンから優勝を奪った顛末だった。
この一連の出来事でピットでの安全義務違反によるドライブスルー・ペナルティまで受けたニューガーデンは、結局12位で3年前のミッドオハイオを終えている。貴重な機会を逸した失望は大きかったはずだ。当時の彼はまだなにも成し遂げていない若者で、トップチームに所属しているわけでもなく、次が巡ってくる見通しが簡単に立つような立場ではなかった。しかしそれでも、美しいのみならずレースに裏切られる儚さまで付け加えられたこの悲劇を見て、わたしは彼が遠からず優勝を遂げることになるだろうと強く確信したのである。「ミッドオハイオにおける25分間に、45周目と46周目の華麗なパッシングに、63周目から65周目の圧倒的なスピードによって、ニューガーデンは才能の証明に重要な一文を追加した。あの甘美な時間は現在を裏切りはしたが、未来まで裏切ることなどできはしない。だからいつかかならず、彼にもレースに拒まれることなくチェッカー・フラッグを戴くときが来て、そのときわれわれは無邪気な笑顔とともに祝杯を上げる愛嬌あふれる若者を見るはずだ」(「才能に裏切られるなかれ、あるいはジョセフ・ニューガーデンの25分間に捧げるためだけの小文」2014年8月16日付)とは、そのときの謂だ。確信はわずか8ヵ月後のアラバマで現実となり、わたしは自分の見立てが完全に正しかったことを知った。
ミッドオハイオをニューガーデンが勝つと予感した理由にアラバマとの類似を挙げたのは、この意味で順番があべこべである。むしろアラバマこそ、カルーセルで2度もパッシングを決め、だれよりも速く駆け抜けてながら失望の蹉跌を味わったミッドオハイオから続く、彼の物語の序章が書き上げられた場所に他ならなかったからだ。2014年のミッドオハイオはジョセフ・ニューガーデンというドライバーの輝かしい未来を予測させる本質に溢れていた。その未来がひとつずつ実現しながら現在へと移ろい、ペンスキーの一員として最高の車を手に入れた今となっては、3年前に失った優勝を取り戻すと信じるのは当然のことだ。もちろん2週間前のトロントでまさに本人が幸運な1位を手にしたように、インディカー・シリーズでは突き詰めればだれが勝つかはわからない。だが仮に、結果として勝つのではなく最初から勝つべきドライバーといったものがいるのだとしたら、ミッドオハイオでのそれはニューガーデン以外にありえない、それがレース前にわたしが抱いていた確信だった。そしてその信念はまたしても現実へと辿りついたのである。それも、3年前を超える想像以上の美しい場面を伴って。
ニューガーデンがレースの核を捉えて放さない優れた資質を持っていることは、もう何度となく証明されてきた。初優勝のアラバマではターン14でエリオ・カストロネベスとウィル・パワーを停滞なく料理して2秒差の逃げ切りに繋げ、翌年は最終ラップでパワーを抜き去って3位表彰台を奪い取った。今季もおなじコーナーでスコット・ディクソンを片付けると、終盤にリーダーがトラブルに見舞われたこともあって優勝を手にしている。あるいは昨年のアイオワは次々と前を塞ぐ周回遅れを躊躇なく抜いていく速さによってつねに安全圏でピットストップできる状況を生み出し、ショートオーバルとは思えないほどの圧勝を演じた。結果にこそ繋がらなかったが、そもそも件のミッドオハイオがまさに勝利を的確に引き寄せる走りを見せたはじめてのレースである。勝利に直結する場面に情熱的な運動で表現される卓抜した速さ。ただ無邪気に速いのではなく、正しく速いからこそ、彼は若くしてインディカーにおける特別な存在にまで登り詰めてきた。
今回のミッドオハイオは、そうした資質を語るに際して付け加えられるべき1頁となるに違いない。予選2番手からスタートしたレースの13周目、ニューガーデンは The Keyhole = 鍵穴と呼ばれるターン2のヘアピンを立ち上がり、全開で駆け抜けていくターン3でチームメイトのパワーに対して外から並びかけようとしていた。コーナー番号がついてはいるが、スロットル操作が必要な区間ではない。パワーはレコードラインのほんのすこし内側を通って空間を主張しつつも、外を走る相手にやや警戒を緩めたのか、ターン4への進入にそなえてじわじわと外のラインへ戻っていく。その瞬間、予想もしていなかったことが起こった。優先権を取られたニューガーデンは一瞬にして進路を内側へと変え、右に回り込んでいくターン4の頂点に向かって直進し、パワーに並びかけながら手遅れとも思えるタイミングでブレーキングを敢行したのである。
「チャイナ・ビーチ」と呼ばれる広大なグラベルトラップを正面に置くターン4は、一見すると単純な90度コーナーのようでありながら実のところ進入から頂点に向かってわずかに曲がりこんでいるコーナーであり、どの車も外側から少し斜めに減速しつつ早めにクリッピングポイントへと近づいて通過していくので、ブレーキング勝負だけで内を突くのはけっして容易ではない。しかも全開の登り区間からコーナー手前で一気に下りへと変わるために制動には繊細さが要求され、ひとつ間違えればグラベルの餌食となってしまう(2010年、予選3位を獲得していた新人時代の佐藤琢磨が止まりきれずにタイヤバリアまで突き進んでリタイアを喫したのがこの場所である)。実際、パワーは外から手前のクリッピングポイントに向かって鼻先を向けて少しずつ内に寄りはじめており、ニューガーデンはラインの自由度をほとんど失っていたはずだった。だが、チームメイト同士で接触する結末まで脳裏に浮かんだその刹那、ニューガーデンは自分の居場所を主張したまま、少しラインを膨らませつつもターン5に向かってくるりと向きを変えてしまっていた。
虚を突かれたというほかなかった。たしかにニューガーデンはパワーの背後をつねに脅かし、機を窺いながらレースを進めているようだったが、本気で追い抜きを狙う素振りはまったくといっていいほど見せていなかった。10周目前後からテレビカメラが中団の戦いを中心に映していたのも、まさか先頭がこれほど激しくやり合い、一瞬にして決着がつくなどとは思いもよらなかったからに違いない。前段では攻防の一部始終を見届けたように書いているが、実際のところはテレビ画面が切り替わったときにはすでに2台はサイド・バイ・サイドになっており、その直前の激しい機動はリプレイでようやく確認できただけである。そんなふうに、おそらくは抜かれたパワーも含め全員が油断していた隙を突くようにして、ニューガーデンは自力で先頭を奪い取るパッシングを完成させた。そして、レースはそのまま決着した。それ以降、充実のニューガーデンより速く走れるドライバーなどいるわけがないのだった。
そう、レース前から予感していたとおり、これは当然そうなるべき結果だった。才は巡る。制動の縦Gと旋回の横Gとの美しい調和、静謐から激情へと躊躇なく移行する情動。その物理と精神の両立は、2014年のミッドオハイオにはじめて現れ、後のアラバマでターン14を支配した運動そのものだった。結局のところ、3年前のミッドオハイオの蹉跌はアラバマでの優勝を導き、今度はアラバマでのパッシングが舞い戻って、当時の情熱にようやく報いたのだ。このレースは、ニューガーデンに続くそんな物語を見届ける以外に何も必要のないものだったと断言しよう。もちろん重要なことは他にもあるように見える。なるほどトロントからの2連勝によって彼はとうとうポイントリーダーに躍り出た。シーズンも押し迫った時期の結果に、そうして選手権の付加価値を見出すことも不可能ではない。だがそれとて、レースの純粋な運動の美しさに比べたらほんの些細なエピソードにすぎないだろう。本当に大事なことは、突き詰めればレースの中にしか存在しないものだ。自分の信じたドライバーが、まさに信じたきっかけの場所で信念を結実させる運動を表現する。それはモータースポーツのもっともすばらしい面だ。わたしはその瞬間を見届けた。ひとりの観客として、これ以上の歓びがあろうはずはなかったのである。
HONDA INDY 200 AT MID-OHIO 2017.7.30 ミッドオハイオ・スポーツ・カー・コース |
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Grid | Laps | LL | |||
1 | ジョセフ・ニューガーデン | チーム・ペンスキー | 2 | 90 | 73 |
2 | ウィル・パワー | チーム・ペンスキー | 1 | 90 | 14 |
3 | グレアム・レイホール | レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング | 4 | 90 | 3 |
4 | シモン・パジェノー | チーム・ペンスキー | 7 | 90 | 0 |
5 | 佐藤琢磨 | アンドレッティ・オートスポート | 3 | 90 | 0 |
LL:ラップリード |
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