ビアンキはペナルティを無視していない

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 F1モナコGPでジュール・ビアンキが9位入賞を果たし、マルシャは前身のヴァージン・レーシングから数えてF1参戦5年目にしてついにポイントを獲得しましたが、この結果について、わたしのツイッターTL上ではいくつか疑問と不満が渦巻いていました。中継で川井一仁氏が発言したことも多分に影響していたのでしょう、いわく、「ビアンキはペナルティを消化していないのではないか」というものです。仮にビアンキが本来科されなければならない罰則に従っておらず、レース走破タイムに大きな加算があったり、最悪レースから除外されることになったりした場合、今度は逆にマーカス・エリクソンが10位入賞となり、ケータハムが初ポイントを獲得することになるのですから、これは下位でたったひとつの順位争いにしのぎをけずる両チーム、ひいては唯一の日本人ドライバーである小林可夢偉の未来にとっても重要なことです。日本のF1ファンにとって大きな関心事であったことは想像に難くありません。

 結果としてビアンキは決勝終了後、「レースタイムに5秒加算」という罰を受けて8位入線から9位へと順位を落とし、最終順位が確定しました。この処分でビアンキが不当に得をしたと思っている人も多いようです。彼がレース中に科せられた罰則は今季新しく導入された「5秒ペナルティ」でしたが、ペナルティなのだからピットに戻って5秒停止しなければならない=ピットレーンでの時間ロス+5秒静止で約25秒を失わなければならないのに、タイム加算は5秒しかなく、ほとんど損をしていないと、そういう理屈をしばしば見かけます。小林自身もそのように語っていたようですが、まず結論を言ってしまえば端的に誤解です。ビアンキは不当に得をしたわけではなく、規則の穴を突いたわけでもなく、規則が予定したとおりに行動し、規則が予定したとおりの罰則を受けて、ほんのすこしだけ順位を落としたのです。2014年F1スポーティングレギュレーションを紐解きながら、そのことを見ていきましょう。

 

【2014 FORMULA ONE SPORTING REGULATIONS】
(http://www.fia.com/sites/default/files/regulation/file/1-2014%20SPORTING%20REGULATIONS%202014-02-28.pdf)

 とその前に、この件についてはレース後、わたしがツイッターでフォローしているクル氏(https://twitter.com/Sdk0815)が詳細な説明をなさっています(この記事を書くにあたっても参考にさせていただきました。この場を借りて感謝申し上げます)。またAUTO SPORTS Webでも関連記事が配信されており、やや焼き直しの感もありますが、まとめておくことも無駄ではなかろうということで公開することにします。
 
 さて前述のように、今回のビアンキはスタート位置の異同という軽微な反則によって序盤に「5秒ペナルティ」が科せられました。これがどういうものかは、上掲リンク16条「INCIDENTS」(事故・事件)に書かれています。該当するのは3項a)で、以下のようなものです。

16.3 The stewards may impose any one of the penalties below on any driver involved in an Incident:
a) A five second time penalty. The driver must enter the pit lane, stop at his pit for at least five seconds and then re-join the race. The relevant driver may however elect not to stop, provided he carries out no further pit stop before the end of the race. In such cases five seconds will be added to the elapsed race time of the driver concerned.)
b) (略・ドライブスルーペナルティ)
c) (略・10秒ストップ&ゴーペナルティ)

If either of the three penalties above are imposed during the last three laps, or after the end of a race, Article 16.4b) below will not apply and five seconds will be added to the elapsed race time of the driver concerned in the case of a) above, 20 seconds in the case of b) and 30 seconds in the case of c).

(16.3 スチュワードはインシデントに関わったあらゆるドライバーに、以下の罰則のうちいずれかを科すことができる。/a)5秒ペナルティ:ドライバーはピットレーンに入り、自らのピットに少なくとも5秒静止してレースに復帰しなければならない。ただし、レース終了までにさらなるピットストップを行わないならば止まらない選択をすることができ、その場合レースタイムに5秒が加算される。(略)上記の罰則がレース残り3周以下またはレース後に科せられた場合、16.4 b)は適用されず、a) については上記と同様に(5秒)、b)(ドライブスルーペナルティ)については20秒が、c)(10秒ストップ&ゴーペナルティ)については30秒がレースタイムに加算される)

 
a) はほぼ丸ごと今季改正分です。もともとa) がドライブスルー、b) がストップ&ゴーでしたが、それぞれb) c)に移されました。a) →b) →c) と進むに従って重い罰則になるよう構成されています。
また後半に書いてある「16.4 b)」は、ペナルティをどのように消化しなければならないかを定めたものです。
 

16.4 Should the stewards decide to impose either of the penalties under Article 16.3a), b) or c), the following procedure will be followed :

a) 略
b) With the exception of Article 16.3a) above, from the time the stewards’ decision is notified on the official messaging system the relevant driver may cross the Line on the track no more than twice before entering the pit lane (略). However, unless the driver was already in the pit entry for the purpose of serving his penalty, he may not carry out the penalty after the safety car has been deployed.(略)

(スチュワードが16.3 a)、b)、c) の罰則を決定した場合、以下の手順に従う。/a)(略)/b)16.3 a) を除き、ドライバーはスチュワードの決定がオフィシャルメッセージシステムで通知されてから3周以内にピットレーンへと向かわなければならない(ピットレーンに向かう前に2回までコントロールラインを通過することができる)(略)。しかし、罰則を消化するためすでにピットに進入しているのでない限り、セーフティカーの導入中に罰則を受けることはできない(略))

 ペナルティが通告されたら、3周以内にピットレーンへと向かわなければならないとされています――ただし、article 16.3 a)=5秒ペナルティを除いては。要するに、ドライブスルーペナルティと10秒ストップ&ゴーペナルティの場合はすぐにレースから離れなければならないのですが、5秒ペナルティは自分のピットタイミングのときに消化すればよく、16.3 a) のとおりピット作業の予定がないならば、罰を受けるため「だけ」にピットレーンに向かう必要はありません。ビアンキはこの規則に忠実に服していたのです。

 この5秒ペナルティの処理については、規則意図を踏まえればすぐに理解されるでしょう。昨季までの規則だと戒告の次に重い処分はドライブスルーで、科されるといきなり20秒を失ってしまう厳しいものでした。逆に言えばスチュワードも相応の行為にしかペナルティを出すことができず、今回のビアンキのような軽微な違反については戒告で済ますしかなかったため、実被害はないも同然だったわけです。5秒ペナルティは、その隙間を埋めるために作られています。ピットボックスに停止後5秒間の作業を禁ずる(16.4 c))というのはなかなか妙案で、ここで5秒だけを失わせることによって「ドライブスルーは厳しすぎるが、戒告で終わらせてはやり得」と考えられる反則をしっかり処分できるようになりました。今季に入ってペナルティが増えていると感じられるとしたら、こういった罰則の細分化も影響しているかもしれません。

 5秒ストップは、タイムペナルティの項の先頭に挿入されたことからもわかるようにあくまで「ドライブスルーよりも軽い罰則」であり、ピット作業のついでに消化させるものというのが原則です。必要がないのにピットに戻すのではほぼ「ドライブスルー+5秒」のロスで逆に厳罰となってしまい、規則の精神に大きく逆らいます。なので、ピットに入らない場合はレース後に5秒を加算することで同等の罰則を実現しているのです。厳密に言えば、レース中の5秒静止とレース後の5秒加算ではトラックポジションを失いやすい点で前者のほうがやや重たいため不公平とは言えるかもしれませんが、(1)5秒の罰を与える適切な方法が他にない、(2)すべてのピットスケジュールを完了しているとすれば通常はレース終盤であり、影響はそれほど大きくない、(3)ドライブスルーやストップ&ゴーでも結局提示されるタイミングによって損得は生じる、といった観点から合理性の範囲は逸脱しないものと考えられます。そもそもピットに戻らないことを選べるのは「作業がない場合」であって、チームの裁量で決められるものではありませんし、条件はどのドライバーでも同じことです。反転可能性という意味では公平なものでしょう。

 ではこのペナルティを巡って、モナコGPにおけるビアンキの動きを見てみます。最初のスティントでソフトタイヤを履いた彼はスタート時にグリッドをはみ出した廉で序盤に5秒ペナルティを通告されます。前述のように、これは次のピットストップの際、5秒間無作業とすることで消化しなければなりません。ですが、彼が26周目にスーパーソフトタイヤへと交換するためピットインしたのはセーフティカー導入中のことでした。当然、規則によればここで消化はできず、ペナルティは次のピットストップに持ち越しとなります。

 しかし「次」は訪れませんでした。50周の超ロングスティントをスーパーソフトで乗り切るという勝負に出たビアンキは、レース再開後一度もピットに戻ることなく、見事チェッカーフラッグに辿り着いたのです。そして、実現しなかった5秒静止の代わりとして彼はレースタイムに5秒を追加され、ひとつだけ順位を落としました。もはや明らかなとおり、すべてが規則どおりです。不備を突いたわけでも、ペナルティを無視したわけでも、ましてそれに対してスチュワードが大甘な裁定を下したわけでもない。作業がなかったからピットには入らず、ピットで消化できなかったからレース後にタイムが加算された。ただそれだけのことでした。得したことはまったくありません。

 マルシャが規則を守るつもりだったことは、ビアンキが唯一のピットストップを行った際に5秒間無作業静止してしまったミスが証明しています。セーフティカー中はペナルティを消化できないのに、うっかり無意味に止めてしまったわけです。当然スチュワードがこれを認めるわけがなく、61周目に「Bianchi under investigation for serving five second stop/go under safety car」セーフティカー中に5秒ペナルティを行ったことについて審議となり、66周目にあらためてペナルティを受けるように通告が出されます。川井氏はこれと他チームの「ビアンキにはペナルティがある」という無線によってピットに戻らなければならないと勘違いしたと思われ、TLも騒がしくなっていったわけですが、最初のペナルティが持ち越されただけのことですから、もちろんその必要はありませんでした。仮に戦略に失敗してスーパーソフトが持たず、再度のタイヤ交換を余儀なくされていたとしたら、そんなもしもの世界で行われたレースではきっと静かに5秒間止まるビアンキの姿を見られたことでしょう。

 

 最後に、ビアンキは36周目にラスカスで小林可夢偉をオーバーテイクする際、ぶつけながらインをこじ開け、相手の車を壊しています。前に出たビアンキは入賞を果たし、逆にフロアを含めて車の右半分を大きく壊した小林はまともに走れなくなったわけですから、結果的にこの瞬間が彼らの明暗をわける岐路になりました。これに対してわたし自身は特段強い感想を持っていません。レースによくある場面のひとつに過ぎないとは思っていますが、一方で怒る人が(特に小林ファンの中で)いるのも理解できます。しかしひとつたしかなのは、この場面はビアンキのペナルティには一切関係がないということです。モナコであったいくつかの審議のなかに、小林とビアンキの接触は含まれていないはずです。見逃したのか、軽微な接触と軽く見たのかどうか、ともかくスチュワードはなんの行動も起こしませんでした。それはもしかすると見る人の正義にはかなわなかったかもしれませんが、審判の問題にならなかったことは正義とは別の単純な事実として存在します。接触とペナルティを合わせて捉えるのは正しくありません。

 このレースで日本のファンの一部はビアンキに対する心象を悪くしたかもしれません。ただ、ラスカスの場面についてはそれぞれの視点があることなので審議にしなかったスチュワードを含め正当な範囲で批判すればいいと思いますが、ペナルティに関して言えばビアンキもマルシャも不当なことはいっさいなかったということも把握しておいていいでしょう。いまの日本のF1にとって直接のライバルだけにいろいろな感情が混淆しやすいのはわかりますが、彼らに対してどういう立場をとるにせよ、現象を区別することは非常に有意義であるはずです、といったところで自分らしくない文章を閉じることにします。

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