【2021.6.27】
インディカー・シリーズ第9戦 REVグループGP
(ロード・アメリカ)
今年に入って、チーム・ペンスキーがどことなく調子に乗り切れていないことには早いうちから気づいていた。開幕を迎えたアラバマの、あろうことか1周目でジョセフ・ニューガーデンが数台を巻き込むスピンを喫したミスがすべての始まりだった、と言ってしまうのはなんの因果もない勝手な物語の捏造だが、3人のチャンピオン経験者と1人の新人がその後どれだけのレースを走り、のべ何周を走っても、噛み合うべき歯車が欠けたまま上滑りしたような印象がずっと付き纏っていたのはたしかだ。事実、彼らは第8戦のデトロイトに至っても表彰台の頂点に顔を出せずにいたのである。GAORAで語られたところによると、ペンスキーが開幕から8連敗を喫したのは、第8戦で優勝した2013年を超える最悪の記録(歴史を遡ればもっと悪い年もあるので、これはおそらく2002年にCART/チャンプカーからIRL/インディカーへ移って以降で、という話であろう)のようだから、なるほどかつてない非常事態であるようにも見える。
ただ、この春にペンスキーが陥った不調について考えようとすると、どこかその中核を捕まえきれない空漠とした謎にも囚われる。実際のところ、深刻な不振と呼ぶには結果がそれなりに伴ってもいるのだ。チームのエースが早々にいなくなった開幕戦はベテランのウィル・パワーが失地を挽回して2位、ダブルヘッダーのテキサスではスコット・マクロクリンとニューガーデンが続けざまに2位。開幕戦で失態を演じたニューガーデンは、このテキサスを含めて3度の2位でひとまず汚名を雪いだ。3位表彰台も、シモン・パジェノーが2回とパワーが1回。あと一歩で優勝に届いた惜しいレースがこれだけあれば、勝利がないのは偶然のなりゆきと片付けることもできそうではあろう。8レースで2位を5度獲得し、表彰台22席のうち7つを占めた。積み上がった数字としてはなにも悪くはないはずだ。だから、ペンスキーを見舞っているのはきっと、ちょっとした不運にすぎない――。
――のだろうか。と、こんなふうにふたたび歯切れが悪くなってしまうのは、字面だけならそこそこであろうここまでの経緯に、しかしはたしてどれほどの勝機が伴っていたのか、まったく自信が持てずにいるからだ。たとえば開幕から3つのレースで、結果的にすべて2位に入ったにもかかわらず、ペンスキー勢が先頭にいたのは全372周のうちたったの5周だった、という事実がある。どれも終わってみれば2位だったというだけで、他のチームにありとあらゆる局面を支配され、実態としては何もできなかったと評するのがふさわしいレースだった。セント・ピーターズバーグのニューガーデンは1度もラップリードを刻めず、テキサスのマクロクリンは15番手スタートにしてイエロー・コーションの妙で手品のように順位を上げていったにすぎず、0.3秒差のフィニッシュという見た目の僅差とは裏腹に、212周中206周をリードしたスコット・ディクソンに対して勝負を挑む権利すら与えられずに終わっている。翌日のレース2ではニューガーデンがようやくのこと、はじめて現実的な優勝の可能性を得て25周を先頭で走ったが、最後にはパト・オワードの純粋なスピードの前に敗れた。これらの完敗は、たとえ展開の綾でレースに別の可能性が生じていたとしても、彼らはけっして勝てなかった事実を示しているように見える。(↓)
同様に結果表の上位に名を載せながらほとんど存在感のなかった5月のインディアナポリスを経て、シボレーの地元であるデトロイトでようやく復調の気配が見えても、漠然とした物足りなさはつきまとった。レース1では先頭を走っていたパワーが2度目の赤旗の際にECU過熱によってエンジンが再始動できず最後尾へ転落する本当の意味での不運に見舞われて勝利を逃したのだったが、それとて序盤はディクソンから10秒以上も引き離される展開を、1度目の赤旗のタイミングに救われて先頭に立てただけだったし、リーダーになってからの30周ばかりずっとマーカス・エリクソンに追い立てられて、速さを印象づけられることはなかった。ホームストレートで目をみはる動きを見せたオワードや、ロングスティントでいくつものパッシングを披露した佐藤琢磨のほうが、よほど優れて見えたものだろう。それは序盤の幸運と終盤の不運が突き合わされて、後者の分量が少し多かったにすぎないレースだった。不運の裏にある、絶対的な速さの、かすかな欠如。ペンスキーのここまでが上滑りしているように感じられるとしたら、たぶんそのためだ。
デトロイト・レース2からロード・アメリカにかけてのニューガーデンも、あるいはその浮ついた不調のさなかにいることを示しただけだったのかもしれない。デトロイトでは70周のうち67周をリードし、しかし最終スティントで寿命の短いタイヤを履いた判断が祟って、残り3周でオワードに膝を屈した。いくつかのコーションによって築いたタイム差が無になったのは不運といえば不運ではあったし、タイヤの問題をドライバーに解決することが不可能であるのも事実だが、しかしそれでもなお、勝敗に直結する場面で正しく速さを発揮できず竜頭蛇尾に陥ったのは、つねに勝負所を捉えて離さずに優勝を積み重ねてきたニューガーデンらしくない姿だった。
そしてロード・アメリカもまた、掴みどころのない茫洋とした印象から逃れられないレースとなってしまったのである。スタートから順を追ってみれば、決して悪い戦いではなかった。今季2度目のポール・ポジションも、スタートから後方の激しい順位争いを尻目に7秒まで差を開いたことも、たしかにすばらしい強さを表しているのだ。途中3速ギアに入らなくなったと訴える無線もあったが、どうやらコンピュータのリセットで元に戻り、事なきを得ていた。そこまでは、細かなトラブルはありつつも大きな瑕疵なく無難に戦えていたわけだった。(↓)
実際、レース序盤で作り上げたリードは小さいものではなかった。15周目から25周目にかけて2度のフルコース・コーションが入らなければ、その差を生かしてこれまでの不調が嘘のように逃げ切ってしまえたのかもしれないと思うほどに。そういう結末になったなら、ずっと拭えなかったペンスキーに対する漠然とした困惑など、簡単に消えてくれたことだろう。だが過去9レースがずっとそうだったように、はたしてコーションが明けてふたたび接近戦を強いられるようになったあとのニューガーデンは、それまでの冴えた走りとは打って変わって動きが緩慢になり、パロウを振り払えないのである。2人の差はいつまで走っても1秒以上に開くことはなく、0.5秒前後で推移するばかりだった。おなじころ、後方ではチームメイトのパワーがアレキサンダー・ロッシの攻撃にさらされ、5番手を明け渡している。ターン5で外から被されながら抵抗できずに一歩引いたパワーの姿はどこか象徴的だ。走っている場所は悪くなく、局所的な速さも他に劣っているわけではないのに、肝心な場面でこそ失速して勝負の綾を手放してしまう。ニューガーデンが自己最速タイムを記録したのは5周目、まだレースが始まったばかりのころだ。そんなふうに、今季のペンスキーにつきまとう上滑り感はここに至っても頭を擡げている。
ニューガーデンは敗れたのだった。2番手のパロウを突き放せないながらも周回を重ね、レースが膠着したままフィニッシュに向かおうとしていた残り4周のころ、ターン12でエド・ジョーンズが単独スピンを喫する。そこで導入されたたった1周のコーションが、結果として転落へと繋がった――のだろう。52周目のグリーン・フラッグとともにリーダーは加速を始めるが、インを閉めるためにピットウォールのほうへ車を寄せて間もなく急激に加速が鈍り、簡単にパロウの逆転を許してしまう。燃料残量を気にしてプッシュ・トゥ・パスを使えなかったのかと思えばさにあらず、ターン4から5にかけての長い直線でも中間加速から最高速にかけての区間で停滞し、5台が次々と脇をすり抜けていく。明らかに高いギアを失ったであろう失速。トラブルだった。自分ひとりの力ではどうにもならない事態によって、ニューガーデンは目の前にあった今季初優勝を、チームのワースト記録を止められるはずだった優勝を手放し、21位にまで沈んでレースを終えた。(↓)
彼を襲ったのが純粋な不運であったのは間違いない。デトロイトのパワーは、制御不能な他者が引き起こした赤旗が思いもよらないトラブルの原因となって敗れたが、あるいは今回のニューガーデンも、最後までレース速度で走る展開になっていれば過大な負荷の変化が起こることなく無事に走りきれたかもしれない。そうであれば、これはただの不運ではなく、二重に用意された罠に嵌ってしまった敗北なのだ、と言っていいだろう。ロード・アメリカも、デトロイトのレース1も、そして考え方を間違えなければレース2さえも、ペンスキーが勝って不思議はないレースだったし、その場合はむしろ反撃の狼煙を上げる3連勝として認知されていたはずだ。だから彼らの現状を、実力以上に勝利の女神から見放されている苦難と捉えるのはきっと正しい。
ただそれでも、とこの文章を煮えきらないまま書き終えねばならないのだ。不運によって敗れた6月の3レースが、そのあまりに強く印象づけられた不運のまさにそのために、彼らの本当の苦難――つまり例年に比べ、スピードで周囲を圧倒する展開を生み出せていないこと――を過小評価させてしまったとしたら。つまり敗因を対処のしようもなかった不測のトラブルにばかり求め、どのレースにあってもじつは要所で絶対的な速さを持ちえなかったことを見過ごしてしまうなら、この漠然とした不定愁訴のような不調は尾を引くかもしれない。敗因を運に求めてはならない。どれだけの作戦を用意しようとも、相手の予測を超えた奇襲を仕掛けようとも、何より運が味方しようとも、レースを制する力は結局速さにしか還元されない。ペンスキーが、ニューガーデンがこの苦境を脱却するとすれば、それはきっと、速さに身を任せて他のあらゆる要素を振り切ってしまうときなのだろう。■
Photos by :
James Black (1-4)
Joe Skibinski (5)