もちろん、チップ・ガナッシは帰ってくる

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【2014.7.12】
インディカー・シリーズ第12戦 アイオワ・コーン・インディ300
 
 
 そして1週間が経った。ポコノでチップ・ガナッシが見せた臆病な振る舞いを観客として正しく軽蔑すべきだという趣旨の前回記事を書き終えたころ、このチームの中でも「ターゲット」をスポンサーとするエース格のスコット・ディクソンとトニー・カナーンはすでにアイオワの予選1、2番手を独占していた。それはわたしの浅薄な眼差しをあっさりと蹴散らし、決勝に向けてなによりの楽しみをもたらしてくれる結果だった。ひとつのレースで話を完結させるなんとなくの流儀として記事で触れることはしなかったが、しかし去年同様に7月になってようやくスピードを取り戻してきたチャンピオンチームが、ポコノの頽廃を越えてレースでも王者としての振る舞いを思い出すことができるのか、アイオワ・コーン・インディ300はそれを見届けるにふさわしい準備を整えたように感じられたのである。

 最高のスタート位置を得たふたりはグリーン・フラッグが振られてすぐさま後続を引き離しにかかり、レーススピードでも優勝に値することを示している。ディクソンに関しては他のドライバーに比べてややタイヤの性能低下が大きい傾向にあり、スティント中盤以降に苦しむ姿は見られたものの、それでもチップ・ガナッシのDW12が同条件下で最速の車であることはまちがいなかった。33周目に降雨でレースが中断されても、セバスチャン・サベードラが急激な追い上げを開始したと思ったが早いかウォールにヒットして勝機を失った――このときテレビカメラが捉えたコロンビア人の表情は、インディカー・シリーズの中でもとくに印象に残る哀愁を漂わせていた――レース中盤でも、そして夜の帳が下りて気温と路面温度が急降下していただろう終盤に入っても、そのスピードは一定で、ずっと隙を見せることがなかった。このブログでは速さの証拠としてリードした周回数を持ち出すことが多いのだが、今回も同様にしてカナーンの247周、ディクソンの17周(しばしば2番手を走っていた)とふたりで90%近いラップリードを占めたのだといえば、だれだってアイオワがチップ・ガナッシのためのレースだったと首肯するにちがいない。もし昨年からレース距離が延長されずアイオワ・コーン・インディ250のままであったなら、彼らは1周0.875マイルのショートオーバルを全周回リードしてもまだお釣りが来るほどライバルを圧倒したということさえできる。

 それにしても、今季はどうも「同じこと」が起きるようだ。ウィル・パワーは5度もドライブスルー・ペナルティを科され、佐藤琢磨は自分の責任の有無にかかわらずリタイアを繰り返し、そしてこのアイオワの231周目にはマルコ・アンドレッティのホンダエンジンがテキサスに引き続き白煙を盛大に吐き出してフルコース・コーションを引き起こした。反復されるおなじアクシデントはしばしばレースの歯車を狂わせる要因になっていた(本来なら、パワーはもっと楽にポイントリーダーでいられた)が、マルコがまたしても見舞われた今回の不運に限っていえば、どちらかといえばレースを落ち着けるように思われたはずだ。つまりピットがオープンした234周目からゴールまでは66周で、満タンの燃料で73周走れることを考えると、全員がためらうことなく最後の給油へと向かえるタイミングであることを意味していたのである。先週に続いて中継の解説を担当した松浦孝亮が、このときリーダーだったカナーンについて「ピットアウトで先頭に戻れば勝機は大きい」といった趣旨のコメントを残したのも、ごく当然のことだ。ポコノでは劣勢だったピットクルーの作業もこの週末は完璧で、チップ・ガナッシはカナーンを首位のままコースに送り出したのみならず、4位を走っていたディクソンを2位にまで押し上げて最高の形で最後のスティントを迎えた。もはや最高の王者が帰ってきたと確信するのにためらう理由はなくなっていた。

 にもかかわらず、といっていいだろう。彼らは敗れてしまう。問題は燃料ではなく、ディクソンがずっとその徴候を示していたことに代表されるように曲がりっぱなしのショートオーバルによって大きな負荷がかかり、どの車のタイヤも30周程度しか走らないうちに性能低下を起こしていたことにあった。最終スティントも例外ではなく、260周あたりからすでに全体のペースが落ち込んでいる。それでもレースがグリーン・フラッグの状況下で行われているうちは(ピット作業の間に周回遅れになってしまうオーバルレース特有の事情で)だれもタイヤ交換できない我慢比べが続いたが、282周目にエド・カーペンターがファン=パブロ・モントーヤの進路をブロックしたことで発生した事故によって、展開に綾が生まれた。残り少ない周回数を考えてトラックポジションを優先しステイアウトした5番手までの車と、イエロー・フラッグを逆転する唯一の好機として新品タイヤに交換したライアン・ハンター=レイ以下数台の車へと、リードラップの隊列が2つに分かれたのである。

 グリップダウンは想像以上に激しかったようで、判断が正しかったのは結局後者だった。使いきったタイヤで前にとどまる集団に対し新品タイヤで後ろから追い上げる集団は圧倒的に速く、両者のレーシングラインは291周目のレース再開から間もないうちに何度も交錯する。そうしてついに299周目のことだ。明らかにハンドリングに苦しむディクソンをいとも簡単に料理した一昨年のチャンピオンが、グリップを失ってインサイドへ降りていくことのできないカナーンの左側をもやすやすと通り過ぎていく。最高の戦略を得たハンター=レイはこの周と300周目、たった2周だけリーダーとなって、そのままチェッカー・フラッグを頭上に戴いた。おなじくタイヤを交換したジョゼフ・ニューガーデンにも抜かれたターゲット・チップ・ガナッシ勢は、結局3位と4位でゴールし、またしても今季初勝利を逃した。そういうレースだった。

***

 最後に笑った(つまりもっとも笑った)のはハンター=レイだったとはいえ、GAORAの中継ブースにいた3人全員がいつの間にかカナーンにシンパシーを抱いて肩入れしてしまっていたことに象徴されるように、アイオワの優れた主演がクライマックスだけを攫っていった黄色い車ではなく、つねにスポットライトを浴び続けた赤い車であったことはたしかだろう。カナーンは――もちろんそれはなにより辛いことではあるが――たんに1位になりそこねただけで、きっとその他のあらゆる面では勝者だった。たとえば実況した村田晴郎の振るったコメントがレースの性質をよく表している。「先週のカナーンは戦略に負け、今日のハンター=レイは戦略に勝った」。そのとおり、カナーンはポコノのように惨めに敗れたのではない。最後のコーションでステイアウトしたのは結果的に誤っていたが、レースのリーダーがポジションを最優先で確保するのは当然の戦い方で、当初から疑問だった分の悪い賭けに身を置いたのとは違う。もっといえば、チップ・ガナッシは2番手のディクソンを保険としてピットインさせる選択もありえたのに、結局そうせずにゴール2マイルのところまで1-2態勢を保ち続けた。彼らが繰り広げたのは、逃避にまみれたポコノの再現ではなく、まぎれもなく強者のレースだったのだ。

 そんな、普通に走っていれば勝てると言わんばかりの堂々とした振る舞いに観客の勝手な視線を向けてみると、チャンピオンチームでありレースのリーダーでもある自らの気位をこそ、彼らがこのレースで守るべきものとして戦っていたように見えてくる。村田のコメントには、「カナーンはけっして負けたのではない」という心情が、これ以上なく込められているようだ。ただ完璧なレースに生じた僅かな亀裂に、偶然の展開を味方につけて「戦略に勝った」ドライバーが割り込んだ、ライアン・ハンター=レイという(チップ・ガナッシとは)別のだれかが1位を得ただけのことだったのである。

 もちろんハンター=レイが最高の「ハント」を完遂した最後の10周は、日が暮れた後のレースでもっとも興奮を誘うもので、その走りを称えるにやぶさかでない。インディアナポリス500以降の不調で一度は選手権争いから脱落しかけた彼がふたたび戦線に戻ってきたという意味でも重要な結果だった。しかしそうだとしても、やはりこのアイオワは王者が精神を充足させながら結末だけが慰みにならなかったレースとして印象に残しておくべきだと思われる。一度はレースと正面から戦うことに怯えた王者をモータースポーツという営みの強度のためにこそ軽蔑すべきだと書いたのだから、1週間後のいま、まったくおなじ理由でその敗戦を称揚するのは当然のことだ。君子の豹変は歓迎されるものである。強かったチップ・ガナッシは偶然に翻弄されて哀しみに暮れた。しかしその過程で維持し続けた美しくも清冽な1-2の隊列は、もしかすると優勝者として名前を刻むよりもよほど重要な精神を示していたに違いなかった。

 歴史に残るのは1位だけで、敗者は記憶に残らない、だから勝負は勝たなければ意味がないと言われることがある。だが観客がモータースポーツに求めるのは事後の結果ではなく、いまこの瞬間に湧き上がる情動であるはずだ。われわれはレースをつぶさに見ることで、ニヒルに満ちたそんな文句を否定してしまおう。結果としての勝者とおなじくらい精神の勝者を称えようとするかぎり、2014年のアイオワをなによりもまずチップ・ガナッシのレースとして心に留めておくことは、きっと、さほど難しくない。

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