困惑のレースが困惑の選手権を導く

【2021.8.21】
インディカー・シリーズ第13戦

ボンマリート・オートモーティブ・グループ500
(ワールドワイド・テクノロジー・レースウェイ)

気がつけばいつの間にか、ジョセフ・ニューガーデンが先頭にいるのだった。いや、その言い方はまったく正しくない。先頭が入れ替わった瞬間は余すところなく伝えられていて、見逃していたわけではなかったのだ。57周目から58周目にかけて、この日3度目となったイエロー・コーション中の集団ピットストップで、3番手から飛び込んできたニューガーデンが5.9秒の手早い作業で発進し、チームメイトのウィル・パワーと、それまでリードを保ってきたコルトン・ハータに先んじてブレンド・ラインを通過した場面。チーム・ペンスキーが鮮やかな手際で自らに主導権を引き寄せたこのレースのハイライトのひとつを、テレビカメラはターン1の高所から捉えている。作戦を工夫してステイアウトした車がいたために数字上は2番手争いではあったものの、その実質はもちろんリードチェンジだ。曖昧なところはいっさいなく、逆転は明確に認められていたはずだった。

 たしかに逆転はなされた。しかし、再スタートの後すぐに事故が起こってまたコーションとなり、長い後始末が済んでようやくレースが再開されてから隊列を引っ張りはじめたニューガーデンに、リーダーとしての風情は感じられなかった。むしろその姿はいつまでも茫洋として頼りなく、だから、気がつけば、と消極的な先頭を思わざるを得なかったのである。もちろん、レーシングドライバーの仕事は速く走るだけではないだろう。燃費、タイヤ、ペースのコントロール……レースが中盤に差し掛かったこのとき、ニューガーデンがゴールに向けていくつもの任務をこなさなければならなかったことは想像できる。だが、だとしても、やはり決定的な速さを見出せないその走りはかりそめの先頭を思わせるものだった。もとより、彼がそこを走っているのはコーション中のピットストップがあったからだ。そういうときにドライバーができることはあまりない。正しく止めて、メカニックの作業を待ち、終わるやいなや正しく発進する。0.1秒を争う中でその操作を正確にこなすのは傍で見るほど容易くはないかもしれないが、しかしドライバーの技術として周縁に属するものであるのもたしかだろう。ニューガーデンはまず仲間に助けられてその場所にいた。それはあくまで外的な要因で、助けられなければたぶんそこにはいられなかった。後方からはリスタート直後にパワーとハータを抜いてきたアレキサンダー・ロッシがついてきて、0.5秒以内の場所から機を窺う様子が感じられていた。(↓)

 

このレース序盤に接触したペンスキーの2人。パジェノー(左)は今季限りでのチーム離脱が確実視されている

 

 ニューガーデンの茫洋さは、その少し前の時間からつきまとっている。最初のコーションが明けた15周目のリスタートのターン1で、インに入ってきたシモン・パジェノーのフロントウイングを左後輪で踏みつけ、あわや同士討ちの事故となるところだったのだ。中途半端にノーズだけ捩じ込んでしまったパジェノーか、委細構わずアウトから降りていったニューガーデンか、原因としてどちらの比重が高いのかは判断がつきかねたものの、いずれにせよ、まだレースの10%も終わっていない時点の動きとしてはいささか緊張感に欠けるようだった。2017年にここで2人が接触したときはレースの優勝と選手権の行方を左右する熱量に溢れた意志の対峙だったというのに、今回ばかりはまったく甲斐がない。パジェノーのフロントウイングはちぎれて吹き飛び、2度目のコーションの原因となったが、それくらいで済んで幸運だったというべきだろう。ニューガーデンのほうには損傷も、ペナルティもなかった。

 ペンスキー同士の無意な接触は、今季の彼らにはびこる、どこかはっきりしない緩慢さの現れだったように見える。76周目のリスタートを凌ぎ、90周目も、100周目も、120周目に至ってもニューガーデンは先頭を走り続けたが、そのありようは接触と同様に漫然としていて、重ねられる周回が勝利へのカウントダウンとはまだ思えなかった。中団のほうが賑やかだったせいもあるだろう。おなじころ、テレビ画面はオーバルデビュー戦でありながら躊躇のないパッシングで勢いよく順位を上げていくロマン・グロージャンを中心に映していて、リーダーの存在感はますます希薄になってしまったのだ。あるいは107周目、ニューガーデンと入れ替わりに順位を失い4番手まで下がっていたハータが、業を似やしたようにペースの上がらないパワーを追い抜くやいなや、数十秒もしないうちにロッシとの4秒差を詰めて先頭争いに加わってきたりもする。その後ろからはパト・オワードも続いた。コース上で起こったこれらいくつかの映える動きに比べるのなら、ニューガーデンには何もなかった。たまたま先頭にいるから、先頭を走っている――トートロジーのような成り行きに、身を任せているだけと傍目には映るのだった。(↓)

 

ペンスキーのストラテジスト、ティム・シンドリック(右)はレースをリードするニューガーデンに何を思う

 

 外からただレースを見ているだけで、だれかが偶然に先頭を走っていると思うか、必然的にそこを占めていると感じるかの区別は直感的で、はっきりとした理由を示せるわけではない。タイム差やラップペースだけを見ても、それがコントロールされたものか、ただ限界がそこにしかないのかはわからない。ただ、レースを支配するべきリーダーが、しかしそうできていないときに生じる弛緩はどこかで感じられて、その構図が崩れる予感が拭いがたくなってしまう。はたしてこのときもそうだったようだ。137周目、上位勢が予定のピットストップを終えた直後にハータはターン3の手前でロッシのドラフティングに入りこんで2番手に上がると、余勢を駆るかのようにして次の周のフロントストレートでニューガーデンを捉え、逆転した。直前のターン4の旋回速度はひと目見てわかるほどにはっきり異なり、ニューガーデンはターン1の手前で大きくピットウォール側へと蛇行して牽制を入れるが、その程度の防御は何の障壁にもならなかった。コーション中のピットという、極端に言えば速さとは無関係な状況での逆転から80周ほどが過ぎ、遅まきながら序盤の支配者が先頭に帰還する。ポールシッターのパワーは速さを失い、この場所にはついてこられなかった。だとすれば、120周あまりを残したレースは、しかしここで決着を見たと言ってもいいように思えた。

 その後、終わってみればニューガーデンが優勝したこのレースについて、どう捉えればよかったのか、まだわからずにいる。本来いるべきだった正しい場所を正義なる速さによって取り戻したハータは、ニューガーデンをじわじわと引き離して1秒強の差を築いたものの、次のピットストップの際にドライブシャフトを破損して駆動を失い、車を降りてしまった。リプレイではジャッキダウンされる前からタイヤが回転する様子が映されていて、不運とも本人の責任ともつかない不思議なトラブルのようだった。最速だったはずのリーダーが消え、あるいはまたロッシも、201周目のターン2で路面の汚れた部分に右のタイヤを載せただけでレースを終えてしまった。旋回中に乱れた姿勢を正すためほんの1回わずかなカウンターステアを当てた、ただそれだけのことだったのに、車幅半分だけラインを外した車はもうドライバーの操作をまったく受け付けなくなって、舵角に抗いながら滑るように外へ外へと逃げていき、そのまま壁に吸い込まれたのである。ハータにせよロッシにせよ、ほんの小さなミスでこのうえなく大きな代償を払わされて、勝てる機会をふいにした。そうしてニューガーデンはふたたびいつの間にか先頭を走っていて、260周目のチェッカー・フラッグまで、燃費とタイヤに気を遣いながら車を運んでいった。その結果が優勝だった、といった次第だった。最終スティントは少しばかり余裕があったようで、一時的にオワードを引き離したのはさすがの風格ではあったが、曖昧な印象は最後までつきまとった。輪郭が薄れ、茫洋とした強さも速さも見えにくい、成り行きのなかにあった優勝。順番としての1位。ライバルが自滅したせいで本当はあったはずの強さが見えなくなった面はあるかもしれないが、やはりこのレースのニューガーデンはどこまでも希薄なまま、しかし結果だけを持ち帰る、そういう一日を過ごしたのだと思われた。どうやって勝ったの、と訊かれて、さあ、と返辞をするしかないような。(↓)

 

ディクソンはリナス・ヴィーケイのスピンにチームメイトのパロウともども巻き込まれた。昨季の王者も苦しいシーズンを送っている

 

 それにしても不思議なものだ。オワードが2位表彰台へ登り、ポイントリーダーのアレックス・パロウと僅差で追うスコット・ディクソンのチップ・ガナッシ・レーシング2人がともに他車のスピンに巻き込まれてレースを失ったことで、シリーズ選手権の争いのほうがにわかに混沌としはじめている。オワードが2ヵ月半ぶりに首位へ返り咲き、たった10点差でパロウが追う展開へと反転した。そして、パロウから12点差の3位に、ニューガーデンの名が浮かび上がっているのだ。この状況に、目を疑ってしまう。ニューガーデンの2021年は開幕戦アラバマの0周スピンに始まり、ペンスキーの緩やかな不調に伴って、ずっと低空のまま続いていたはずだった。チームは21世紀の連敗記録を更新し、ようやく初勝利を挙げたのは第10戦になってからのことだ。得意なコースであるミッドオハイオで手にしたその優勝とて、最後には厳しい追い上げに晒される難しいレースの結果だった。デトロイトの最終盤でオワードに交わされた場面を見ても、今季の中心を占めることを想像できそうにない。それなのに、いまニューガーデンは、選手権争いのただなかに身を投じている。一体どういうからくりなのか、どうにもわからない。

 もちろん、「結果」を見ればちっとも不自然ではない。優勝2回に3度の2位表彰台。重ねてきた数字はすでに他のだれよりも優れていて、むしろアラバマのリタイアや序盤の不調によってこの位置に留まっていると評するほうが正しいのは明白だ。しかし、数字はやはりどこまでも数字であって、実際に観察したレースのことを思うと戸惑いばかりが先に立ってしまう。数字と運動の不整合、衝動よりも困惑を覚える選手権の混迷。今回のショートオーバルの結果が齎し、強調したのはそういう状況だった。138周の最多ラップリードと優勝。ニューガーデンの数字上の完勝は、しかしその走りと裏腹な茫洋さを示した。そのことが茫洋な選手権のありようを導いているのなら、それはそれでひとつの趣向といったところだろうか。■

がんを公表していたジャーナリストのロビン・ミラーを応援するステッカー。残念ながらこのレースから4日後の8月25日に亡くなった

Photos by:
Joe Skibinski (1, 2, 5)
Chris Owens (3, 4)

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