ターン1の破局が選手権をもねじる

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【2021.9.12】
インディカー・シリーズ第14戦

グランプリ・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

スタート直後、右、左と曲がる狭いシケインのターン1に向かって二十数台が殺到するなか、3番手スタートのスコット・ディクソンが1台を交わし、続けてアレックス・パロウのインを覗いた。ポール・ポジションからスタートしていたパロウは、ややリスクを冒すような動きを見せるチームメイトに対して空間を譲らず車を寄せて相手を右に追いやっていく。その帰結としてコースとピットレーン出口を区切る白線を跨いだディクソンは行き場を失ってわずかに後退し、すると後ろからはよく似た彩色のフェリックス・ローゼンクヴィストが勢いよく迫ってきているところで、目の前の減速に反応が遅れ、慌てたようなブレーキングとともに左へ避けた。あるいは軽く追突したのかディクソンの後輪から妙な白煙が一瞬だけ上がったものの、大事には至らずやり過ごす。そうして逃げたローゼンクヴィストはパロウもすんでのところで回避して、そのままコーナーへ進入することなく退避地帯へ進んでいった。

 毎回のように多重事故が起こるこの場所でひとまず先頭集団が難を逃れたと思ったのもつかの間、ほぼ同じタイミングで、速度を落としきれなかったディクソンが意図的か止むなくかパロウのインに飛び込み、やはり曲がれずに直進する。翻ってパロウは正確に右に切り込もうとしたものの、進路は暴走するディクソンに塞がれてしまっており、正しい進入を諦めて追従するしかなかった。直後についたアレキサンダー・ロッシは旋回のとば口で姿勢を乱したようにも見え、破綻を嫌ったか進入を躊躇して同様にコースを外れる。ようやく正規に回っていったのは7番手スタートに過ぎなかったパト・オワードで、ターン1までの直線で2台を交わすと、やや窮屈なラインから進入しつつそれでもしっかりと曲がり切って、ターン2の頂点をはじめてなぞった。ところがそれでも収拾はつかず、続いて減速が遅れてしまったオリバー・アスキューが周囲との衝突を避けようとスピンし、あるいはもっと後ろでロマン・グロージャンがとんでもない速さで飛び込んできてジェームズ・ヒンチクリフの横っ腹に突っ込むのを認める。グロージャンの進入速度に惑わされたのか――解説者の中野信治は、こういう状況では周囲に合わせてブレーキングするしかないと言うのだった――F2からやってきたばかりのカラム・アイロットも減速を間に合わせることができず、スコット・マクロクリンに追突してイン側の壁に引きずり込まれそうになると、反射的に当てたカウンターステアの振り戻しで今度は車が外を向き、エリオ・カストロネベスとウィル・パワーを弾き飛ばして被害を及ぼした。加害者と被害者が入り乱れる混沌が巻き起こり、しかしそれもレース速度のなかで数秒のうちに過ぎ去ると、ターン1には何台かが動けず止まっている。しばらくするとフルコース・コーションが導入され、そうしてとりあえず、レースにひとときの平穏が訪れた。(↓)

 

スタート直後の大混乱。ディクソン(右端)はチームメイトのパロウを押し出し、ローゼンクヴィスト(右から3台目)はすでに明後日の方向へ。後方でも接触が頻発した

 

 やがてコーションのさなか、レース・コントロールはコースを正規に走行しなかった車両に対し、隊列の後方に回るよう指示を送るのだった。「最初」にターン2を通過したローゼンクヴィストはもちろん、ディクソン、巻き込まれただけのパロウ、ロッシその他数台が後ろに下がり、コースのありさまは予選結果と似ても似つかないものになる。最初のグリーン・フラッグで先頭にいたパロウはいまや16位を走り、オワードはリーダーの座を確かなものにした。それは、たとえば選手権の文脈を導入するなら、ポイントリーダーが優勝にもっとも近い位置を占め、追いかける立場の者が下位に沈んでいる状況だった。ほんの少し前まで接近が見込まれていた両者は、一度の混乱によってその居場所も、得点すらも引き離されてしまった。特に、自らは咎がなかったにもかかわらずチームメイトの行為によって引きずり降ろされたパロウの心境はいかばかりだったろうか。彼は前のレースでも他者のスピンに巻き込まれ、さらにその前はエンジンのトラブルでレースを失い、選手権の首位を明け渡したばかりだった。

 そのままチェッカー・フラッグまで進んでしまえば、このポートランドは競走の興趣を削いだ後味の悪いレースとして終わったかもしれない。元より狭く長い直線のない追い抜きの難しいコースで、ひとたび落ち着いてしまえば、あとは周回を重ねるだけになる展開もありうべき可能性だった。だが、このスタート直後の波瀾は、結果として別の意味でレースを大きくねじることになる。パロウたちは後方へ下げられた直後の9周目の終わりにピットへと向かい、タイヤ交換と給油を行った。前方にいれば不可能な、すでに順位を失ったあとだからこそなしうる決定によって、スタートから走り続ける車に対してコーションラップにして9周分の燃料の余剰を得たわけだった。ターン1を短絡した者たちになかば成り行きで与えられたずれ。この違いが、全110周のレースの走り方を大きく左右し、終幕にも影響を与えたのである。

 オワードは順調に先頭を守っていた。予選上位がことごとく後退し、引き連れているのが相対的に速い相手ではなかったとはいえ、背後に留まるグレアム・レイホールを別にして、3位以下に3秒超の差を開いた走りは十分な速さを印象づけるものだ。平凡な中団の一角を占めるにすぎなかったはずの車が、幸運であっても前に躍り出るや突然に輝きを放ちはじめるのはインディカーにおいて珍しくないが、オワードも唐突には速さを手に入れたのだろうかと思わせた。コースもはたして最初の混乱が嘘のように淡々と流れ、途中グロージャンがライアン・ハンター=レイとサイド・バイ・サイドとなってコースオフしたのが目立つくらいで、あとは何事もなく過ぎた。そういう中で、オワードは29周目の終わりに、給油のためピットレーンへと足を向けた。

 29周目。歓迎できる数字ではない。ここまで順調そのものだったオワードのレースに、このピットストップが困難を生じさせたのは明白だった。すなわち110周のレースで30周に満たず最初の給油を行うのだから、彼は確実に3回のピットストップを必要とするようになったという計算がここにはある。もちろん、周囲も同じ条件で走っていれば何ということはない話だ。満タンで走れる周回数は三十周数と見込まれており、オワードの給油はたしかに早かったが、35周まで延ばしたところで3スティント105周でレース距離にはまったく足りないのだから、細かな2~3周の違いが作戦に影響するわけではない。2ストップを成功させようとすれば相応の覚悟を持って低いペースでの燃費走行を続けなければならず、そうであればたしかに3ストップが常道である。通常に想定される構図は3ストップ勢が遅い2ストップ勢をコース上で手こずらずに交わしていけるのか、あるいは途中で入るかもしれない不測のコーションがどちらに幸運を恵むのか――2ストップ勢の燃費を助けるのか、3ストップ勢が余分なピットストップで失うタイムを帳消しにしてくれるのか、という程度のもので、多少の有利不利はあるかもしれないが、おそらく力の差をひっくり返すほどの決定的な違いにはなりえなかった。その意味で、オワードのピットストップは間違っていたわけではない。

 そう、そのときのオワードの決定は、彼自身が持つ論理において、間違っているわけがなかった。彼はあのようにレースを戦う以外できなかった。だというのに、最初のスティントをずっと先頭で走っていたはずの彼はこのポートランドを失意の14位で終えることになる。結果的にそうなったのではなく、あの29周目の時点で、ピットストップ以外できなかったオワードが、しかしそうしたために敗北する未来が明確に想像されてしまう展開だった。というのも、レースの前提がすでに変化した後だったからだ。最初の混沌が導いた長いフルコース・コーション。黄色の時間が10周におよんだために、このレースは本来の110周から100周へと短縮されたのと同じ意味を持った。100周なら満タンで33周走れば2回の給油でゴールに届く。元に比べてずいぶんと現実的な計算に変わる。そしてこの計算を成立させられる者たちは実際にいた。後方に下げられ、9周目に給油したパロウたちは、100周に置き換えられたポートランドを燃料満載で、リスタートではなく、「スタート」していたのだった。

 燃料搭載量が不公平な状態で「スタート」が切られた、「100周」のレース。だとすればこのレースの本質は、すべての出来事を実際の周回からマイナス10周することで見えてくる。「スタート」の時点で燃料が減っていたオワードの最初のピットストップは総距離の2割も進んでいない「19周目」であり、これで3ストップ以外の選択を失った。当初2番手を走っていたレイホールも同じく燃料は足りず、1回目のストップを「25周目」に行ってオワードをオーバーカットすることには成功したものの、2回目を「64周目」にまで延ばすため過度な燃費走行を強いられてペースを上げられず、順位を大きく下げた。一方満タンで「スタート」したパロウは「34周目」と「69周目」にピットに入っている。「100周のレース」をほぼ均等に3分割する、単純にして完璧な2ストップをこなした、というわけだ。同様にロッシも、ディクソンも、ローゼンクヴィストも、みな同じ展開に沿って「100周」をきわめて効率的に走破した。こんな物語が、10周の減算によって浮かび上がってくる。(↓)

 

事実上11周目から始まったレースを、パロウは2ストップで楽にこなした

 

 こうして見れば、オワードの敗北が最初のピットストップで明らかであったことがわかるだろう。それは彼自身の論理において間違っているわけではなかったが、レースそのものの変容が論理を根底から破壊し、誤りへと置き換えてしまったのだ。「100周」のレースであるならば、彼の最初のスティントはあまりに短すぎた。オワードだけではなく、後に続くレイホールも、エド・ジョーンズも、マーカス・エリクソンも、開幕の混乱で前を得た者は、しかしすでに変わってしまったレースからそっぽを向かれ、否応なく取り残されるしかなかった。だが、やり直す術はもうなかったのである。

 こうしてレースはねじれる。前方の集団が混乱の中で丸ごと後ろに回ってひとつねじれ、そのことでリ/スタートにおいて燃料を満載できた彼らだけが燃費と距離のバランスの中に正しい作戦を得て、またひとつねじれた。いつの間にか常道に引き戻されて進んだパロウはもともとの速さも相まって着実に順位を上げ、全員が最後の給油を終えた86周目(正真正銘の86周目だ)、とうとう予選とおなじ場所に帰ってくる。後ろにはロッシとディクソンが続く。次にようやく文字どおり110周レースを戦ってきたジャック・ハーヴィーとジョセフ・ニューガーデンがいて、いの一番にコースを飛び出したローゼンクヴィストも6位になった。一度ねじれ、再度ねじれれば、あるいは元に位置に戻るということだろうか、にわかには信じがたいものだが、終わってみればこのポートランドは予選の上位3人がそのままの順番で表彰台を占める結果となった――衒学的に付け加えれば、今季はじめて。オワードが14位に沈んだのはすでに書いたとおりだ。

 それにしても不思議なものだ、と前のレースで抱いた感想を繰り返してみよう。前回のリタイアで選手権のリーダーの座をオワードに明け渡したパロウは、ポートランドでポール・ポジションを獲得し、しかし数秒でその場所を失った。レースはねじれた。代わりに先頭に立ったのがオワードで、ところが再度のねじれによって大敗へと突き落とされ、パロウが優勝を手にする。レースは二度にわたってねじれ、この結果として、パロウはオワードを逆転してポイントリーダーへと復帰した。不思議なもので、選手権はレースを引き写すのだろう。前回は困惑とともにニューガーデンが優勝し、選手権に困惑をもたらした。そしてポートランドだ。ねじれたレースが選手権もねじったというのであれば、なるほどこれはなかなか洒落が利いているかもしれない。■

 

ついにディクソンを超える存在を手に入れたオーナーのチップ・ガナッシと抱き合う。このまま駆け抜ければ、9年ぶりに「チーム・ペンスキー所属、ないしディクソン以外のチャンピオン」が誕生する

Photos by:
Joe Skibinski (1, 4)
Matt Fraver (2)
Chris Owens (3)

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