コルトン・ハータはまだ未来を見ている

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【2021.9.19】
インディカー・シリーズ第15戦
ファイアストン・グランプリ・オブ・モントレー
(ウェザーテック・レースウェイ・ラグナ・セカ)

長くレースを見ていると、レーシングドライバーに対して抱いていた当初の印象を書き換えられる場面に出合うことがある。ドライバーの性質は一貫して同じなのではなく、ふとした瞬間に、まったく別の顔を見せて大きく飛躍していく。そうした変化の過程を見届けられるのは、観客として喜ばしいものだ。かつて事故の多さを批判されていた佐藤琢磨は、戦略的で冷静なレースぶりでインディアナポリス500を2度制し、最後尾から逆転優勝を挙げる離れ業も2回披露した。かつてオーバルコースが最大の弱点と言われていたウィル・パワーは、その評を覆すレースを少しずつ積み重ね、ついにはインディ500に辿り着いた。ドライバーの変貌は形となって現れる。誰某はつまらないミスをする。誰某は傍若無人で強引。誰某はリスクを嫌いすぎる、誰某は接触事故が多い、誰某はオーバルレースが苦手……そういった数々の思い込みを人々から引き剥がし、真実の姿を正しく浮かび上がらせるレースが、優れたドライバーの経歴には必ず潜んでいる。

 コルトン・ハータがインディカーにデビューしてたった3レース目、2019年3月24日に18歳11ヵ月で遂げた史上最年少優勝は、驚嘆すべき偉業でありつつも、しかしある程度幸運なレース展開に恵まれたもので、才能の所在を探るには不十分だった。それよりも彼の1年目に対して残っている印象は、予選の速さと、決勝でも変わらぬ局所的な爆発力を持ち、一方でその代償かのようにタイヤの消耗が極端だったというものだ。やはり最年少ではじめてポール・ポジションを獲得した同じ年のロード・アメリカで、ハータはスティント序盤に良好なペースを刻み、しかし周囲よりも早くタイムを落としてしまうレースに苦しんでいた。タイヤ交換が近づくころになると挙動を乱すことが多くなり、直角ターンを曲がりきれずに大きく芝生へ飛び出す場面も見られたものだ。速いときはとことん速く、そしてその速さが唐突に終わる。タイヤが使えなくなり、失われていくグリップを補うために操作が過剰になって、そのせいでますますタイヤが消耗していく悪循環に陥っていった。あのとき、彼は最終周だけで3つも順位を落としている。その中には、通常であればただの全開区間に過ぎないターン11で限界を超えてしまいグラベルに飛び出す場面もあった。10代にして2度目のポール・シッターとなったポートランドでもそうだ。ロード・アメリカ同様、スティント終盤で周囲よりも早くタイヤを終わらせてしまい、ほんのわずかな時間で先頭から5位にまで転落する失望を経験したのだった。才能を振るう予選と、経験不足を露呈する決勝。1年目のロード・アメリカとポートランドで見せた大きな落差は、それだけでハータを特徴づけることになった。もちろん、直後にラグナ・セカで行われた最終戦でほとんど完璧な2勝目を見せることになるのだが、タイヤを傷めて失速していく姿を脳裏から拭い去るには至らなかったのである。

 2年ぶりにインディカー・シリーズのカレンダーに戻ってきたラグナ・セカで、ハータは当時と同様の完璧なレースを披露することになった。いや、レースぶりの完成度で言えば当時をさらに凌ぐだろう。2年前に90周中83周だったラップリードを、今回は95周中91周も記録したという外形的な数字だけの話ではない。今回のラグナ・セカは、おそらく2年前と比べても遥かに、タイヤの寿命が重要な鍵を握るレースだった。コースにいる多くのドライバーが、装着が義務づけられる2種類のタイヤのどちらを履くかにかかわらず即時的かつ極端なグリップの低下が起こり、タイムをどんどん落とす苦境に陥ったのだ。2回のピットストップで走り切るのは現実的でなく、それどころか解説の松浦孝亮が「4ストップのほうが速いかもしれない」とまで言い、実際4ストップを採用したジョセフ・ニューガーデンが17番手スタートから7位にまで上がってくるようなレースで、かつてのロード・アメリカやポートランドを参照してしまうなら、ハータにとっては簡単な展開にならないかもしれなかった。

 もちろん、いまさらあえてその2レースを参照する必要などない。書いたように失意の敗戦を喫した直後のラグナ・セカでは見事な勝利を飾ったのだったし、2年目のシーズンである昨季は、うまく自分を律するすべを覚えたかのように、乱高下を抑えて安定的に上位でフィニッシュするレースを繰り返していたのだから、当時の弱点はとっくに克服されていたと捉えるべきなのだろう。ただあのときの負け方、速さに身を委ねながらも最後にはコースに車を留めておくことすら困難になってしまう落差があまりに鮮明で象徴的に思えてしまったから、その姿を上書きする機会をなかなか持てなかったのもたしかだ。昨年唯一の勝利となったミッドオハイオ・レース2も、今季優勝した開幕戦のセント・ピーターズバーグも、どちらもすばらしいポール・トゥ・ウィン(思えば、彼は最初を除くすべての優勝をポール・ポジションから達成している)だったが、ことさらタイヤに焦点が当てられたりはせず、ほとんど全員が簡単に2ストップを乗りこなして速さの順で順位も決まるような、ある意味では単純なレースだった。(↓)

 

ラップリード率95.8%。開幕戦のセント・ピーターズバーグに続く、完璧なポール・トゥ・ウィンを成し遂げる

 

 1年目の、あの悪夢のようなふたつのレースを、まったくおなじ状況で覆せるようなときが来るとしたら。今回のラグナ・セカはハータにとって格好の舞台だった。あのときの過剰さはすでになく、速さと洗練された繊細さを両立させて何周でも走り続けられると証明するときが訪れたのだ。ポール・ポジションからスタートし、誰よりも長くタイヤを持たせる。論理的に負けるはずがないレースを、ハータは成した。95周中91周のラップリードとはそういうことだ。タイヤを傷めて周囲よりも早くピットに入っても、スティントの終盤でペースを大きく低下させて後続からアンダーカットされても、これだけの周回を先頭で走れはしない。周囲に対してピットストップを少しだけ我慢しながら、しかし逆転を許さない程度には速さを保ち、均衡を崩さずにいること。異常なまでにタイヤに厳しいとされたレースを、ハータがかつてもっとも弱点を露呈したのと同種のレースを支配し勝利したことで、印象は完全に過去のものとなった。

 レースは最後のスティントに少々の刺激を与えられる。周囲より5周以上タイヤ交換を遅らせて状態のいいタイヤを履いたロマン・グロージャンが、28秒離れた後方の7番手から1周あたり1秒から2秒も上回るスピードで上位を猛追しはじめたのだ。元F1ドライバーが見せる、タイヤの履歴差を生かした――まるで現代F1のような――スパートはペースの上がらないコースの中にあって異質で、10周も経たないうちにシモン・パジェノー、マーカス・エリクソン、パト・オワードを手もなくひねった。ことに81周目のオワードに対するパッシングは信じがたく、直角のターン3で外から相手に並びかけ、そのまま外側を走り続けて抑え込んでしまうものだった。それほどグリップに差がある状況でグロージャンのペースは衰えず、とうとうグレアム・レイホールも捉えて表彰台圏内の3位に上がってきたのである。(↓)

 

 

 しかし一方で、そうやってレースに熱量を与えたかに見えたグロージャンの追い上げさえ、ハータには届くべくもなかった、というところにおそらくこのレースの本当のポイントはある。レイホールを交わしたグロージャンはまだ10秒前にいるアレックス・パロウを、さらに5秒先をゆくハータを追いかけたが、チェッカー・フラッグでようやくパロウの真後ろに辿り着くのが精一杯だった。途中、コークスクリューで周回遅れを交わす際に交錯し1~2秒を失った事態もあったとはいえ、たとえそれがなかったところで、グロージャンがハータに追いつくことはできなかっただろう。フィニッシュでの4秒差は追ってきた者の凄みを伝えはするものの、ハータにとっても十分余裕をもった逃げ切りと言える。グロージャンの奇襲は明らかに功を奏したが、もっとも成功したその相手にさえ影を踏ませなかった。91周をリードするというのは、そうやってあらゆることを完封してみせるということだ。ハータは見事にそれを成し遂げた。荒々しい操縦の果てに失速していく姿は、もう想像できそうにない。

 ハータがインディカー・シリーズに現れたとき、輝かしい未来を想像したことはまだ覚えている。あれから2年半が経って、本当ならその未来は到来していなければならなかったのかもしれない。彼から1年遅れでデビューしたパロウは瞬く間にチップ・ガナッシ・レーシングへと駆け上がり、2年目にしてシリーズ・チャンピオンになろうとしている。そのパロウと争うのもフル参戦開始から2年目のオワードだ。2人とも年上ではあるが、新世代の台頭という文脈ではハータのほうが先んじるべき相手だったろう。この2~3年間の、これまでにない速さで移ろっていくインディカーの時の流れの中で、皮肉なことにその中心的存在だったはずのハータ自身の出世が、すでに遅れてしまっている。だがもちろん、遅すぎるということはない。現時点で選手権においてパロウにつけられた115点の差は決して小さくないが、今季のハータを振り返れば、避けられたはずの失策で失ったレースは相応にあった。1年目のタイヤの問題を次第に克服してこのラグナ・セカの飛躍に至ったように、不必要な事故を減らしていけば、すぐにでも望む位置を得られるだろう。未来はそうやって少しずつ作っていくものだ。ハータは変わる。変われることをすでに証明している。■

 

チーム・メカニックのリッキー・デイヴィス(右)とパロウ。24歳のスペイン人は、チーム移籍1年目でチャンピオンに王手をかけた

 

Photos by:
Joe Skibinski (1, 2, 5)
James Black (3, 4)

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