約束された初優勝、あるいは円弧の上のジョセフ・ニューガーデン

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【2015.4.26】
インディカー・シリーズ第4戦 アラバマGP
 
 
 どうやらフロントウイングの角度を調整しようとしたクルーの手の動きを発進の合図と勘違いしたのだろうというのが、日本でのレース中継を解説していた小倉茂徳の見立てだった。その解説が現象のすべてを完全に説明できていたかどうかははっきりしないが、いずれにせよタイヤ交換と給油を終えてピットから出ようとしたカーペンター・フィッシャー・ハートマン・レーシング67号車のクラッチがうまく繋がらず、車全体が不快そうに揺れるとともにエンジンが失速してあやうく止まりかけたのは目の前の事実で、その瞬間、いくつかのレースの記憶が鮮明に蘇ってああまたしてもこうなってしまうのかと悲嘆の声を上げてしまっている。ジョセフ・ニューガーデンがこんな目に遭うのは何回目かわからないものの、前回の悲劇ははっきりと記憶に残っていて、なぜなら息を凝らすほどに美しかった彼の走りがピットクルーの愚かな不作為によってはしなくも断ち切られた昨年のミッドオハイオは、まだほんの7レース前にすぎないのだ。この短期間に彼はふたたび勝てそうなレースを迎え、ふたたびピットでの拙い動きによってその機会を奪われようとしていた。

 あのときと同様、そこまでに至る経緯はすばらしいものだ。予選5番手の獲得さえCFHレーシングにとって十分な成果だというのに、スタートしてターン2を抜けるころにはチップ・ガナッシとチーム・ペンスキーの1台ずつを軽々と攻略しており、その周終わりのターン14では通常より一本内側を通る走行ラインから続くターン14aのクリッピングポイントを礼儀正しく押さえる上質な動きで昨季の王者ウィル・パワーをも翻弄している。ポールシッターのエリオ・カストロネベスが最初のピット作業に手間取ったのはニューガーデンにとって似つかわしくない幸運だったが、先頭に立ってからもその地位にふさわしい速さでなんら怯えるところはなかった。件の失速が起きたのはそういう展開で導入された2度目のフルコース・コーション中のピットストップでのことで、再加速してコースに戻ったときには、ふたたびカストロネベスに前を塞がれてしまっているのだった。そもそも先頭に立てたことじたいが相手の失敗に乗じた結果なのだから元の場所に戻っただけだともいえるし、加速しそこなったのもおおかたドライバー自身の責任だといわれればそうなのだが、それにしてもこういう場面ばかりがついつい目に付く。この若い才能にならもう少し(仏教徒が完全には理解できない)神のご加護とやらがあってもよさそうなものなのに、先頭にだけは嫌われているのかと思うほどだ。

 レースを熱心に見ている人なら程度の大小を問わずそうであるのと同様、わたしにも贔屓のドライバーというのは存在する。その理由は若さへの憧憬であったり、激しさや逆に静謐さへの尊敬であったり、国籍での共感であったり様々ありうるが、たいていはレースの一瞬のうちに目を奪われることでたちまち恋に落ちて、その走りを気にかけずにいられなくなるものだ。シモン・パジェノーがインディカー3度目の表彰台を獲得した2012年のボルティモアで一度ならず見た仮設シケインの様子はそういう刹那の最たるもので、他の全員が品なくサスペンションを上下させながらじたばたと落ち着かない挙動でやっと対抗していた高く不安定な縁石を、魔法でもかかっているかのようにまるで姿勢を乱さず滑らかに踏み越えていく美しさに思いがけず貫かれたときから、次に初優勝を遂げるのはこのフランス人だと断言して憚らなくなった。結局その予感はいくつかの巡り合わせやチーム力の関係で完全に的中せず、2013年になるとジェームズ・ヒンチクリフと佐藤琢磨が先にインディカー・シリーズの優勝者一覧に名前を載せることになったのだが、それでもさほど時をおかず夏のデトロイトで静穏な走りの中に芯となる速さを見せて優勝の順番が回ってきた。さらに衝撃の瞬間から1年経ったボルティモアにおいて信じがたい勇敢な飛び込み(と軽微な接触)で2勝目を挙げた際には、この身が揺さぶられた情動とレースの現象との間に強固な橋が架かることもあるのだと知らしめられて、 表彰台を眺めながらしばらくのあいだ沈黙を強いられさえしたのである。

 わたしにとって、ニューガーデンもまたパジェノーと同種のドライバーだった。チャンプカーが消滅しインディカーと合流して現在に続く時代ができあがってから、遠からず初優勝を上げるだろうと、いやそれどころかインディカーの営みの名誉と強度を守るために勝利のないまま終わらせてはならないという勝手な使命感まで抱かせながら出現したのは、この2人だけだ。下位カテゴリーのインディ・ライツを制したというだけでも十分な可能性を感じさせ、デビュー直後のロングビーチで衝撃のフロントローを獲得した(そしてグリーン・フラッグとほとんど同時にタイヤバリアへと突き刺さった)新鋭の名前を本当の意味で認識したのはたぶん2012年の終わりとなったフォンタナで偶然に1周だけラップリーダーに押し出されたときだったが、次の年のアラバマ――今回とおなじバーバー・モータースポーツ・パーク――でマルコ・アンドレッティやトリスタン・ボーティエを交わした場面にひとかたならぬ光を見て取り、初優勝を上げたばかりの佐藤を5月のサンパウロで追い詰めに追い詰めたことで才能は疑いえないものになった。パジェノーが勝ったボルティモアではじめて2位表彰台に登ったのは速さを反映した結果ではなかったものの、ひとつトロフィーを手に入れたことに変わりはない。そんなふうにしてニューガーデンは少しずつわたしの心に居場所を作っていった。

 ただ、今のCFHレーシング、かつてのサラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングはもとより強いチームではなく、優勝の機会が巡ってくるのに時間はかかる(それはパジェノーにも当てはまっていたはずなのに、2年間で4勝もしてしまったのが非凡さだろう)。だというのに、肝心なそのときにかぎって不幸に見舞われてしまうのもニューガーデンというドライバーだった。先頭のまま最後のピットストップから飛び出した昨年のロングビーチでライアン・ハンター=レイに弾き飛ばされたのは、それもレースの一幕なのだと慰めが思いつくだけまだいいほうで、ミッドオハイオでタイヤ交換用エアガンのホースを踏まされ、ピットクルーが無様に転んだ瞬間には呆気にとられるほかなかった。当時の彼がいかに印象深いレースをしていたかはすでに文字数を費やしている(2014年8月16日付「才能に裏切られるなかれ、あるいはジョセフ・ニューガーデンの25分間に捧げるためだけの小文」を参照のこと)ので繰り返さないが、才能の煌めきがどうしても報われない結果に落胆を禁じえなかったのははっきりと自覚している。その間にカルロス・ウェルタスがヒューストンで幸運以外の何にも起因しない勝利を上げて、「次の初優勝」の予想もまた外れた。このコロンビア人に対する後の処遇を見れば、今からでさえ想像しようもない優勝だったのだが。

 だから払暁のころ、アラバマからの中継に見たニューガーデンの失速に落胆の回数が重ねられたように思われたわたしは、ひとり呻いてしまっている。ところがその失速は過去のありさまと決定的に違っていて、レースを台無しにするほどひどいものにはならず、先頭を――正確には、おなじタイミングで給油を行ったグループの中での先頭を――失う程度のことだった。考えてみれば、スタート直後の状況に戻っただけである。もちろんそれだって場合によっては大事件になりうるのだが、この日のニューガーデンにとってはいささかの障碍にもならず、冒頭の周回を再現すれば済んだ。すばらしい、記憶されるべき場面ではないか。リスタートのグリーン・フラッグが振られた40周目、長く回りこんでいくターン14に対し外から弧を描いて進入したカストロネベスの不用意なラインを嗤笑するかのように、彼はやすやすと内側の空間へ飛び込んでターン14aを奪い取ってみせるのだ。1周目にパワーを完封したのとまったく同様の、礼儀正しく、安全な、美しいやりかたで、もう1台のペンスキーから自分の場所を取り返したとき、ようやく、まっさらなチェッカー・フラッグの輪郭が、はっきりと視線の先に見えた。給油をずらす作戦を採用してひとり燃料切れの心配がないグレアム・レイホールが猛追してきたものの、最終周までのあいだに築いてきた差はしっかりと背中を守ってくれていた。

 終わってからなら何とでも言える。後出しの理屈が無作法なのはわかっているが、それでもアラバマで優勝が巡ってきたのはなかば約束された必然だったと記してみよう。脳裏をよぎるのはふたたびミッドオハイオの情景である。ニューガーデンがまだ見ぬ優勝に向けて突き進んでいた2014年8月のレース中盤、45周目にカルロス・ムニョスを、翌46周目にセバスチャン・ブルデーを抜き去ったのはターン12――日本語で回転木馬を意味する「カルーセル」と名付けられた場所だった。名前の表すとおり長い長い中速コーナーに対して緩やかなラインで入っていこうとする相手を、深いブレーキングでまっすぐ飛びこむやいなや曲線を微分した接線を繋いでいくかのように断続的にステアリングを切りこんでねじ伏せたのだ。それだけでなく抜くべき相手のない単独走行でも挙動はいっさい変わらなかった。64周目のカルーセルはその年に何千と目にしたどんなコーナリングよりも情熱的で、それでいて破綻の予感を微塵も抱かせない冷厳さを兼ね備えている。

 しかしてバーバーのターン14〜14aは、2人の強敵を抜き去り、見る者に強烈な印象を植えつけたそのカルーセルによく似ているのである。そのコーナーでまたしても2人を、それも昨季の選手権1位と2位というとびきりの相手をなんの抵抗も許さず圧倒した瞬間を認めたとき、わたしはニューガーデンの得がたい特質が弧状の長いコーナーにあることをはじめて知った。あれほど視線を注いでいたのに気づかずいた、と言うべきかもしれない。何かが違うとしか思えないのだ。ターン14に高速で進入し、右にステアリングを切って横Gを受けながら14aの頂点に向けて強いブレーキング。書いてしまえばそれだけのものだが、進入速度をわずかでも超過すれば確実にアンダーステアに陥りそうな複合コーナーで、実際オンボードカメラの映像ではみなが操作に抗って外へ逃げようとする車をどうにか手懐けようと苦労しているのが見て取れる。走行ラインを自由に選ぶことなどほとんど不可能なはずだし、だからパワーもカストロネベスもほぼ無警戒に内側を空けておくことができたのだろうに、ニューガーデンは自分のとっておきと言わんばかりにあっさり空間を占拠して、ラインを孕ませることも過度に減速することもなく、クリッピングポイントにぴたりと車をつけて立ち上がっていく。獰猛さなのか繊細さなのか、ドライバーの意志が機械的あるいは電気的に車の運動へと変換されてしまうモータースポーツで真実を直接うかがい知るなどできないが、いずれにせよ高い通過速度と最短距離というコーナリングにおいて相反するはずの物理がしかしこの瞬間だけはなぜか消えてなくなったように、彼はフロントタイヤの舵角どおりに車を曲げ、現象としての美しさだけを残して勝利へ繋がる道を切り開いていった。その道の先に不運の陥穽が待ち構えていたかどうか、ミッドオハイオとアラバマの違いはそれだけだった。

 もちろん、アラバマの展開を振り返れば決して安穏とした勝利ではなかった。もし40周目にニューガーデンがカストロネベスを抜くのに失敗していたら、おそらく勝ったのはチェッカー・フラッグで2.2061秒差の2位にまで迫ってきていたレイホールだったはずだ。彼が自分の物語の一幕を完結させられた要因は、事後的に見ればたった一度、たったひとつのコーナーにだけ存在した機会を、空間を怖れず支配する唯一の運動によって制したことに他ならなかったのである。そしてなにより、優勝を決定づけたそのコーナーがカルーセルを想起させる弧状のターン14〜14aだった事実は、悲運に泣くしかなかったミッドオハイオに見せた潜在的な可能性が未来へと途切れずに繋がっていたことを確信させるものでもあった。ミッドオハイオに敗れたあと、わたしは彼を評してこう言ったのだ。「あの甘美な時間は現在を裏切りはしたが、未来まで裏切ることなどできはしない」。ある優勝が正しく資質を表現するものならば、そこに至るまでの手がかりはどこかに落ちている――あのレースのカルーセルは、長い弧を連続して直線的に切りつけながら回りこんでいった美しいコーナリングは、たしかに8ヵ月後の手がかりとなった。アラバマでのニューガーデンの初優勝はまぎれもなく、あのとき約束された、必然だったのである。

 ミッドオハイオが終わった後に書いたとおり、わたしはニューガーデンが優勝する日が必ずやってくると信じていたのだが、いざ表彰台の真ん中でトロフィーを掲げる姿を見ると、パジェノーのときもそうだったようにいささか呆然としてしまうものだ。しかし、モータースポーツを「見る」という営みの意味がひとつのコーナーに感じた潜在的な資質が具体的な現象によって顕在化する瞬間を見届けることや、そうした運動がレースそのものをあらぬ方向へと変化していく昂奮を感じ取ることだとすれば、観客として、呆然としつつもこれほど優れたレースはなかった。卑小なひとりの観客にすぎないわたしに少しだけ誇れるところがあるとすれば、シケインを美しく踏み越えたボルティモアのパジェノーにせよ、今回の円弧に舞うニューガーデンにせよ、自分が心を寄せたドライバーの資質を、まだ仄かにしか現れていなかったころに見知っていたことだと言えるかもしれない。そんな機会が訪れることなど絶対にないとわかったうえで、もしニューガーデンに会えたとしたら告げてみたいものである。「ミッドオハイオで負けたときから、ぼくはきみがアラバマで勝つことを知っていたんだ」――すべてを見通す炯眼の持ち主ではないか。惜しまれるとすれば、知っていたと知ったのが実際に優勝した後だったということだけだ。

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