デイヴィッド・マルーカスの運動が選手権を希薄にしてゆく

【2022.8.20】
インディカー・シリーズ第15戦

ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500
(ワールド・ワイド・テクノロジー・レースウェイ)

2022年のインディカーも閉幕が近づいてきて、あまり興味の湧かない選手権争いにいまさら目を向けてみたところ、首をかしげてしまう。417点のアレックス・パロウが5位にいて、その上に428点のジョセフ・ニューガーデン。マーカス・エリクソンが438点、スコット・ディクソンの444点と上がっていき、もっともチャンピオンに近い場所に居座っているのが、450点のウィル・パワー? もちろんこれは意図してとぼけた修辞的な書き方であって、本当にいまはじめてこの得点状況を知ったわけではないが、理解したうえで順位表を見直したところでやはり釈然とするわけではない。なんなのだろう。ひとつひとつのレースをその1回かぎりの印象で消化していると、どういう経緯でこのような並びになっているのかわからなくなってしまう。いったいどういう手品を使って、パワーはこの入り組んだ選手権にあって少しだけ頭を出しているのだろうか。記録上は1勝、それも16番手スタートからずいぶんと「うまくやった」デトロイトでのことだ。2位も1度しかない。

 なるほど3回だった予選1位は今回のセントルイスでまたひとつ増えてはいる。これで3レースあったショート・オーバルのポール・ポジションはすべてパワーのものとなった。特筆すべき数字に見えるものの、しかしダブルヘッダーのアイオワ決勝はともにジョセフ・ニューガーデンに行く手を阻まれ、今回もまた、先に結果を書いてしまえばおなじだった。週末全体を支配するような彼らしいレースぶりはいまだ影を潜めたまま、茫洋とした印象ばかりがつきまとう。にもかかわらず数字のうえで選手権をリードしている要因は勝てないながらに上位に生き残ってフィニッシュしているからで(なにせ3位表彰台なら5回登っていて、開幕から5戦は3、4、4、4、3位という判で押したような数字が続いた)、ジャーナリストのジャック・アマノこと天野雅彦はそれをパワー自身の「モデルチェンジ」と評するわけだが、たしかに起伏の激しい順位の並びが特徴的だった以前とは趣が異なるものの、それが意図的な「チェンジ」なのかどうかは判然としない。たとえばトロントでのとある進入は例年のパワーを彷彿とさせる無茶なブレーキングだったし――トロントではいつもそうだ、米加の国境を越えるとなぜだか必要以上に楽観的になる――、あるいは今回、佐藤琢磨に抜かれる際にふとインへ下りてしまってホイール同士を擦ったある種の迂闊さを見ても、本質的な変化に至ったというよりは、深い理由のない成り行きとして4位前後で妙に安定してしまっただけのように感じられる。むしろパワーを芯のない選手権リーダーたらしめているのは、彼自身の中心に生じ備わった安定感ではなく、周囲の浮沈の大きさに要因があるだろうか。上位を見渡すとトラブルなく順調にレースを重ねてきたドライバーがほとんどいないシーズンで、だからこそパワーが、歩みは遅くとも結果として隊列を率いているようだ。

 実際、どのドライバーにもここに至るまで何かしらの瑕疵があって、パワーの存在感が希薄でこの地位にいる事実に釈然としないとしても、ではだれがポイントリーダーなら落ち着くのかという問題に答えるのは意外に難しい。エリクソンのインディ500はすばらしい優勝だったものの、こと選手権にかんしてはそのときに得た通常の倍の点数が効いているだけであるのも事実だ。ディクソン。ここに来ての追い上げは2013年や2015年を思い起こさせる。だが裏を返せば、当時とおなじくずっと前を追いかける展開が続いているということでもあって、いまの首位にはそぐわない。4勝しているニューガーデンは唯一ふさわしい存在どころか、本来なら独走していてもおかしくないはずだが、周囲から抜きん出た数の優勝は、また逆説的に彼を見舞った不運やミスを強調し、伸び悩む現状に妙な納得感を与えてしまっている。パロウ? 0勝のドライバーは論外で、まだ2勝している次点のスコット・マクロクリンやパト・オワードのほうが首肯できよう。よく中継画面に映り込むコルトン・ハータとアレキサンダー・ロッシの名前はここに至っても出てこない。こうやって “Through The Field”(レースが膠着した時間帯に、1台ずつアップで映すあれだ)のように順に眺めていると、だれかがかならず首位であることは自明なはずなのに、だれが首位であったとしても違和感が拭えないように思えてくる。10人近くがチャンピオンの可能性を残す大激戦の表層を一枚剥がせば、得たのではなく失った点の数を競っている実態があるといったところだろうか。遡って調べてみると、パワーの450点というのは14戦終了時点のポイントリーダーとしてはかなり少ない。例年なら530点前後は稼いでいるころだから、2勝分近くが薄く散らばってしまった計算だ。なるほどたしかに、おぼつかないシーズンがずるずると引き延ばされているようである。

***

 セント・ルイスは、ショートオーバルらしくタイヤの状態によって著しくタイムが変わるトラック状況がピットストップのタイミングを難しくさせ、作戦に冴えを見せた車に優位を与えたレースとなった。一例は佐藤であり、2020年のテキサスでそうしたように、2回目のピットストップを周囲の上位勢より20周以上も早い102周目に行って、新品タイヤのグリップを生かして大きなペースの差を作っている。もちろんその間にコースのどこかで事故が起こってイエロー・コーションとなればすべてが台無しになる不確実性を伴った作戦だったが、幸いにもそれはないまま過ぎて、第2スティントがひととおり終わった127周目には狙いどおり先頭に立ったのである。奇襲に成功した佐藤とデイル・コイン・レーシングは、しかしその後145周目からのコーションに際してピットとドライバーのあいだで再度タイヤを交換するか走り続けるか意見が対立し、ピットオープンのタイミングを逃したために巡り巡って優勝の機会を逸するという惜しまれる結末を迎えたが、タイヤの履歴の価値を強く知らしめる中盤の展開であったことは間違いなかった。

 佐藤が逡巡した――リプレイでは、ほとんどピットレーンへと針路を向けながら、直前でコースに残った一連の動きが示されている――148周目に決断を下したのが、4位のマクロクリンと6位のニューガーデンだった。直前のタイヤ交換からまだ30周も経っていなかった彼らは、しかしここで余分なストップによって順位を明け渡す対価として速いペースを選んだのである。もっとも、直前の佐藤の嫌厭とは裏腹に、そこで失うものはさして大きくなかった。順調に進んだショートオーバルのレースは速度の足りない者たちを次々と篩い落としてリードラップに8台しか残しておらず、佐藤のストップが1周遅れた不手際も相まって結局マクロクリンとニューガーデンはそれぞれ6位と7位で再スタートを迎えることができたからだ。先頭争いとのあいだには周回遅れが何台か挟まってはいたが、それを含めたところで、新品タイヤを履く2人のチームメイトにとってスピードに欠ける隊列は何の障害にもならなかった。

 ことにニューガーデンの機動は、注視する者に驚嘆を引き起こさずにいない。わずか数十mに何台もがひしめく混雑した空間で、あるときは外に、次の瞬間には内に、周りのすべての動きが見えているかのように最適な位置を都度見つけ出し、躊躇なく並んでは抜いていく。そうして画面が切り替わるたびに彼が演じるべき場面も目まぐるしく変わっていて、外で見ているだけなのに追いつけなくなってしまう。今回もそうだ。157周目のグリーン・フラッグで、ニューガーデンはタイミングを合わせられずに加速が遅れた。1つ前のマクロクリンはターン1の飛び込みで一気に3台を抜き去り、あっという間に先へ行ってしまう。そのはずなのに、パワーがオワードに先頭を明け渡したやりとりにカメラが引き寄せられた後、ふたたび俯瞰してみれば、外、外、外と回っていたニューガーデンが、フロントストレッチで瞬時に内へと矛先を変えて挽回する様子が映されているのだ。ターン1に進入したニューガーデンはディクソンに横から押さえつけられ、前が壁になりながらも、構わずスロットルを開け放ってその位置を支配する。次の標的であるパロウは外から。インに入るときは進入で一気に奥まで飛び込み相手を退かせ、逆に外から交わすときは少しだけ高い速度を保ちながら並走して、コーナーひとつを使い丁寧に抜ききる。そんなふうに内と外を巧みに使い分けながら隊列の隙間を縫っていくと、一度は遠ざかったマクロクリンがふたたび目の前に現れ、そのチームメイトが周回遅れと3位のエリクソンからなる集団に手こずって動きが鈍った隙には、もう集団ごと呑み込んでいるのである。やはり外と内を使い分けて。このようにして、2人の間に再スタート直後と同じく3台が走っているにもかかわらず、挟み込む互いの位置関係だけがひっくり返った不思議な状況が展開する。わずか5周で起こる反転。ニューガーデンはいまや3位になっていて、そこから1周ごとにパワーとオワードを、周回遅れを処理するのと変わらない容易さで抜いた。追随するマクロクリンが2位に上がってきたのはそれからようやく13周も後になってからで、すでに8秒近い差が開いている。(↓)

マクロクリンは互いのピットストップの間にチームメイトに対して先行したが、コース上では膝を屈した

 タイヤの差はこうして新品を履く者に利益をもたらし、また同時に新品を履く者同士の優劣もあらわにした。後退したパワーは、アイオワでもそうだったように、その先二度と先頭に立つことはなく6位で終える。そして古いタイヤを押しのけていく過程で、ニューガーデンとマクロクリンには決定的な差がついた。彼らがタイヤ交換を決断してから30周ほどのあいだに過ぎた経緯は、そのまま2人の――少なくとも現時点での、またこのコース、このレースでの――能力の違いのようだ。やがて互いが単独走行になるとマクロクリンが素直な速さを生かして2秒差まで詰めてはきたが、戦うことにかんしてはニューガーデンのほうが一枚も二枚も上手だった。ニューガーデンは最後のピットストップの際に周回遅れに前を塞がれて速度を失ったせいでマクロクリンにふたたび逆転を許したが、降雨による長い赤旗中断を挟んで、予定外のナイトレースに変わった再スタート直後、躊躇なくインに並んで簡単に先頭を取り返してみせる。225周目のそれが最後のリードチェンジで、ニューガーデンはそのまま逃げ切り今季5勝目を上げた。終わってみれば、148周目のあのときにタイヤ交換の判断ができたかどうかが、勝機の有無を決定的に分けることになったのだ。まずそこにひとつめの焦点があった。だが、レースのすばらしいハイライトはその先にもうひとつ用意されていたのである。そう、ニューガーデンがおなじ条件でマクロクリンを下したように、新しいタイヤ同士で優劣が分かれる。最後のリードチェンジがなされたおなじころ、3秒後方ではデイヴィッド・マルーカスがパワーとのサイド・バイ・サイドを制して4位に上がっていた。

 230周目のターン3からターン4にかけてポイントリーダーの外に並びきり、振り払うように抜き去ったパッシングは見事なものだった――もっとも、解説の松浦孝亮は「まだまだ危なっかしい抜きかた」と評してはいる――が、もちろんここにはタイヤの差がある。マルーカスもまた、ニューガーデンたちとおなじコーションのタイミングでタイヤを交換し、最後のピットストップもパワーより20周遅らせていた。美しいパッシングではあったが、けっして困難な相手ではなかった。244周目に交わしたオワードに対してもそうだ。5位で赤旗明けを迎えたデイル・コインのルーキーが4位にまで押し上げて来たのは十分に想定される展開だった。むしろパワーからオワードを攻略するまで15周近くを要したことは、その程度の速さしか持っていないとさえ想像された。

 だがマルーカスはそれから、先をゆくニューガーデンとマクロクリンをも追い詰めはじめたのである。そればかりは予想できない、驚きを伴う最終盤だった。たしかにマルーカスのタイヤは作戦を成功させた上位2人よりさらに新しくはあったが、それはせいぜい4~5周くらいのものだ。パワーに対して持っていたような、決定的なオフセットではなかった。にもかかわらず、フィニッシュまで残り15周の時点で3秒もあった差が、2.5秒、2.1秒、1.6秒、1.1秒と見る間に縮まってゆく。255周目、それはとうとう0.9秒、マクロクリンからは0.3秒となって、3台がひとつの画面の中に連なっていた。259周目のターン4、タイヤ幅ひとつ分広いラインで、ぎりぎりの壁際まで使い切った加速は、数々の名ドライバーが見せてきたのと同じ獰猛さを思い起こさせる。コーナーの脱出からフロントストレッチに向かう一瞬、その最初の直進で、マルーカスが吸い寄せられて前に近づいた。インへの牽制に追従し、入り口の狭いアウトを選んだ動きに、マクロクリンは対応しきれない。ターン1でマルーカスは今季2勝を上げている相手を、線路の上を走るような平行のラインで内側にぴたりと封じ込めながら旋回し、バックストレッチの入り口で前に出る。そのままの勢いでニューガーデンに近づきかけたところが、チェッカー・フラッグの舞うスタート/フィニッシュ・ラインだった。(↓)

最後の15周に速さを得たマルーカスは、ファイナルラップで優勝争いに加わった

 すばらしい運動、信じがたい2位だった。重ねていえば、彼らのタイヤ履歴は、せいぜい5周しか違わなかったのである。タイヤの差こそが猛威を奮ったこのショートオーバルで、しかしマルーカスは突如として手に入れた速さをもって、選手権を戦う強力な相手を打ち倒し、追い詰めてみせた。その要因は、見ている者にはわからない。もしかすると、赤旗によって偶然にも日没を過ぎたそのコース状況が、車にぴたりと合致したといった幸運があっただけなのかもしれない。ただ、よしんばそうだったとしても、ひとり異質な速さで周回を重ねたマルーカスの時間は、その才能を示した事実としてまったく揺るがないだろう。259周目のターン4を何度でも見てほしい。あの、ちょうどセイファー・バリアが途切れて直線に入っていく場所で、まさか目の前の空間を切り取って短く繋げたのかと疑ってしまうほどの、須臾に現れて消えた、驚愕の加速を。そしてあるいはその先の、コンパスで一息に描いたような、歪むことのない美しい円弧のラインで相手を封じ込めたターン1も、何度でも見てほしいと思う。セント・ルイスの最後に大きな熱を供給したこの15秒間は、沸き上がった感情とともに観客の記憶に残り続ける。だが、将来マルーカスが優れたドライバーとしてインディカーを支えていくとしたら、最初の偉大な一歩として歴史に残るだろう。だから、何度でも見て、脳裏に焼きつけてほしいと思わずにいられない。終わってみれば、そればかり考えるレースだった。

 だからである。マルーカスの美しい運動は、パワーの失速もあいまって選手権の数字をどこかへ追いやってしまった。眼前で現れては消えるレースの興奮と、ノートに書きつけられ記録された計算はいつだって噛み合わない。ニューガーデンが今季5勝目を上げ、しかしパワーは3点差でかろうじてポイントリーダーの座を守ったようだ。だがわかるだろう。選手権と無関係にヒーローは生まれる。その瞬間を見届けた幸運に比べたら、チェッカー・フラッグが振られてから電卓を叩くなんて、セックスのあとコンドームをゴミ箱に捨てに行くようなものだろう。ずいぶん間の抜けた姿ではないか! ■

ニューガーデンは他を圧倒する今季5勝目を上げながらも、いまだ選手権2位。インタビューで「うまくいかないことも多かった」と答えていたとおり、起伏の激しいシーズンを送っている

Photos by Penske Entertainment :
James Black (1, 4)
Sean Birkle (2, 3)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です