それでも勝者はわからない

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【2017.6.3-6.4】
インディカー・シリーズ第7-8戦 デトロイトGP

 インディアナポリス500マイルが終わったところで6戦、2017年のインディカー・シリーズはそのすべてを違うドライバーが制している。チーム・ペンスキー4人のうち3人が1勝ずつ上げているのはさすがのチーム力といったところだが、唯一勝利がなく年齢的にも立場が危ういだろうエリオ・カストロネベスが平均的には好調で、選手権ではもっとも上位にいるのだから状況は厄介だ。インディ500のペンスキーは彼が惜しい2位に終わったものの他のレギュラー3人に見せ場はほとんどなく、あげくウィル・パワーとジョセフ・ニューガーデンは184周目の多重事故に巻き込まれてスポット参戦したファン=パブロ・モントーヤが6位になるような有様だった(シモン・パジェノーにいたっては見る影もない!)。2年前のチャンピオンであるチップ・ガナッシ・レーシングはいまだ勝てず、翻って弱小と衆目の一致するデイル・コイン・レーシングとシュミット・ハミルトン・モータースポーツが1勝ずつしているとなれば、およそレース前に結果を予想しようというのは無謀な試みにしか思われない。

 そしてもちろん佐藤琢磨だ。4人のレギュラードライバーを抱えるアンドレッティ・オートスポートは、にもかかわらずすでに2度のレースで全員がリタイアに終わる全滅を喫してしまったものの、F1チャンピオンのフェルナンド・アロンソとジャック・ハービーを迎える6台態勢で臨んだインディ500、佐藤が乾坤一擲のレースで優勝を果たして息を吹き返した。F1デビュー以前から追い続けてきた日本人すべてに感動を与えた佐藤の勝利は、それ自体が偉業であったのは当然のこと、のみならず40歳の大ベテランをはじめての選手権争いへと一躍押し上げる効果を上げた。なにしろ、2度のリタイアのせいもあって第5戦までに97点しか獲得できていなかったのに、予選4位と優勝とラップリードを記録したインディ500だけでじつに137点を稼ぎ出し、首位から11点差、2位とは同点の3位に躍り出てしまったのだ。2つ目のタイトルも十分に射程に入る位置である。インディカーで状況によってドライバーの扱いに差をつけたり露骨なチーム・オーダーを発する文化はあまり馴染まないものの、これから少なくともチームのエースたることは要求され、セッティングの中心ともなるだろう。インディ500王者として多忙きわまる1週間を過ごした直後の週末に慌ただしく始まったデトロイト・レース1で予選3位、レース2でトラックレコードを更新するポール・ポジションを獲得したのは、そうである資格を証明したものといえる。

 しかし、だとしても現代のインディカーでシーズンの「流れ」を掴むのは難しい。他のスポーツにおいてもしばしばそんなものが幻想にすぎないのと同様に、そもそも流れなどないのだと言いきっても構うまい。それはたとえばスーパースピードウェイ、ショートオーバル、市街地コース、専用サーキットとあらゆる種類のレースが脈絡なくカレンダーに配置されていることによって結果的に勢いが堰き止められるからであり、実際インディ500とデトロイトGPで走っている車輌以外に――いや、タイヤ径やコンパウンド、規定されるエンジン過給圧、装着する空力パーツといった諸々の要素を考えれば車輌さえも――共通する部分はなにもない。あるいは視点をシーズンからレースにまで絞りこんでも、コース上でなにかあればすぐさまフルコース・コーションを導入して隊列をリセットするシステムが一貫性を断ち切るようにできている。以前書いたことでもあるが、インディカーの戦いの過程は、スタートからチェッカー・フラッグまで、開幕から閉幕まで一貫した論理を蓄積していく積み木のゲームではなく、最終的にはさいころを振るように運がレースを左右するかもしれない可能性を受け入れつつ、その運が勝敗を決する局面で自分の勝機が最大になるよう主導権を求めていく鬩ぎ合いである。「インディ500の勢いに乗って」という謂は気分以上の問題にはなりえないし、事実としてデトロイトでアンドレッティ・オートスポートの車はブリックヤードほどには競争力をもたなかった。柔らかいレッドタイヤを履いた一発の予選はともかくとして、レースペースでは上位よりも1周0.5秒から時には1秒以上遅かったから、ドライバーがどうにかできる水準にはなかったのだ。だがそれはインディ500王者に対する落胆へと繋がるものではなく、ただただ断続的に繰り返されるインディカーの日常であるにすぎない。作戦を外したレース1の8位も最後のピットストップでペンスキーの作業の速さに屈して表彰台を逃したレース2の4位もたしかに完全に満足のいくレースとはいかなかったが、つねにありうべきことだ。むしろこうした日常的な負け方を過度に惜しまなくてよくなった事実が、佐藤がすでに成し遂げた偉業の大きさと、今の充実した環境を物語っている。

 それにしても、6レースまで優勝者の異なるシーズンで、最初に2勝目を上げるのがそのうちのだれでもない7人目になろうとは、デトロイトのダブルヘッダーが始まる前には想像もできなかった。土曜日と日曜日でそれぞれ予選と決勝を行うためインディカーには珍しく連続性が色濃いイベントだったことが、グレアム・レイホールの完璧すぎる週末を演出したのかもしれない。ここ2年は不安定な天候が両日の展開をばらばらにして思いもよらぬ結果を生んだが、晴天の続いた今年、一度速さを見つけた車はずっと速かった。レース1はピットストップのタイミングを左右する時間帯にコーションとなって作戦に分かれを生じさせる波瀾の要素があり、何人かの有力ドライバーはそれに嵌ってしまった。一転してレース2は66周目までひたすらグリーン・コンディションが続いている。それでも土曜と日曜に劇的な変化があったのはパジェノーとパワーくらいで、6人のドライバーが両日とも一桁順位で終えた。それくらい代わり映えしない、つまり「一貫した」週末だったのである。中でもレイホールは、70周のレースを2回ではなく、あたかも140周のレースを完遂したかのようにひたすら速いままだった。ポール・ポジションから正解だった2ストップを選択したレース1はもちろん、気温と路面温度がやや上昇してタイヤには厳しいコンディションとなったレース2でも、1分14秒台を連発してひとり旅を続ける彼を遮るものはだれもいなかった。残り5周で大きな事故が起き、コーションラップでフィニッシュさせないための少しばかり恣意的な赤旗でレースが止められても、何か変わる気配は微塵も感じさせない。グリーン・フラッグとともにあっさりとジョセフ・ニューガーデンを突き放したレイホールは、中断などなかったかのようにたった4周で1.2秒差を作り出して逃げ切るのだった。敗れた佐藤は「正当な結果だったよ」と言う。それは自らの4位がなしうる精一杯に近かったことを意味するコメントだが、2つのレースすべてにもそのまま当てはめて構わない。レイホールは完璧だった。土曜日に抱いた感想を、翌日そのままリツイートすれば足るような週末。このデトロイトを何度やりなおしてどんな乱数を与えても、レイホールの連勝こそが正しい結果として出力されたことだろう。この2日間、インディカーのサイコロはつねにグレアム・レイホールで埋め尽くされていた。幸運を頼みに賽を放り投げてみたところで、他のドライバーの面が現れる可能性などなかったのだ。

――しかし、だとしても現代のインディカーでシーズンの「流れ」を掴むのは難しいと、ふたたび言ってみよう。これほど完璧な速さを見せたレイホールなのだから、この先選手権争いの主役に躍り出ることはあるのだろうか? 賢しらに未来を断言することは憚られるものの、ひとまずの答えは否であるように思われる。週末の連勝と両レースの最多ラップリード、ポール・ポジションも加えて107点を得たレイホールだが、いまだ首位から52点も離れた6位にようやく浮上しただけだ。その絶対的な点数の少なさが問題なのではなく、それだけ他のレースでは強さがなかった過程に瑕疵を感じずにはいられない。たとえば2015年、6月のフォンタナから突如として速さを得て混戦の選手権争いに名乗りを上げたときも、ミッドオハイオで今は亡きジャスティン・ウィルソンを最高のブレーキングで制したのを最後に1ヵ月余りでシンデレラの魔法は解けてしまい、最終戦は指を咥えて眺めているしかなかった。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは弱小ではないかもしれないが、常時速さを見出だせるほどの力を持っていると言われて頷けるチームでないこともたしかだ。昨年激闘の末に優勝したテキサスでおなじように戦えるかどうかさえ疑問が残るところだろう。だがそうだとしても、インディ500を優勝した佐藤琢磨が次の週末で苦戦を強いられるのとまったくおなじように、結局はすべてがインディカーという営みのなかでまったく不思議のないできごとだ。今日の速さは明日の強さを保証しない。インディカー・シリーズはつねに、混沌としたままシーズンを深めていくほかないのである。

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