トリスタン・ボーティエの美しい喪失は優勝へと回帰するだろうか

【2017.6.10】
インディカー・シリーズ第9戦 レインガード・ウォーター・シーラーズ600(テキサス)

ほんの2~3時間前はあれだけコース上にひしめいていたはずの車の群れはずいぶんと数を減らしてしまっている。テキサスは「レインガード・ウォーター・シーラーズ600」(5月のインディカーGP同様にレース名がころころ変わってついていけないのだが、昨年までのファイアストン600である)の残り5周、2週間前のインディアナポリス500マイル王者が舗装からコース外の草地へとタイヤを落とす一瞬のミスによって2年前のシリーズ王者を巻き込みながらスピンすると、コース上にはもう10台、最初から最後まで走り続けているリードラップの車に至っては6台しか残っていなかった。壁と見まごうばかりの24度バンクオーバルは、観客に興奮を提供する2列での集団走行を延々繰り広げたのと引き換えに数多の車をセイファー・ウォールの餌食とし、そのエネルギーを吸い尽くした末におもむろに進むイエロー・コーションの隊列に対してチェッカー・フラッグを振るった。

このたびport F1に移転した機会に自己紹介をしておくと、わたしはもう何年も「DNF」というハンドルネームを使い続けている。モータースポーツに多少なりとも馴染んでいる人なら知っているとおり、これはレースにおいて「Did Not Finish」すなわちリタイアなどで完走できなかった結果を表す略語だ。関係者ならもちろん、ファンであっても普通は避けたいに決まっている事態をなぜだかわざわざ名乗っているわけである。そもそも最初に開設したブログは今とまったく違うテーマだったのでかように縁起の悪い名前をつけたことに深い理由はなく、ただこうなってみるとずいぶん皮肉に推移したものだと苦笑する程度なのだが、名付けにあたって無意識に吸い寄せられていたのかもしれないと思う節もある。どこまでもモータースポーツのたんなる観客でしかないわたしは、観客としての特権的な気楽さをもって「DNF」なる悲劇を好んでしまう性から逃れられないからだ。

車輌トラブルやスピン、事故、そしてそれに起因するリタイアは、当然ながらだれも肉体に深刻なダメージを受けないという前提において、時に優勝よりも観客の心を揺さぶってやまないものだ。その情動は残酷な結末に打ちひしがれる人間を安全地帯から見たいといった俗悪な趣味ともまた異なるはずだとわたしは考えている。なるほど優勝とはすばらしい結果に違いないが、しかしまた予定に向かう運動にすぎないのもたしかだろう。すなわちレース終了を告げるチェッカー・フラッグはつねにあらかじめ備えられており、規定周回数を消化すればまちがいなく振られることになる。だからそこに至る過程は、戦いの激しさの度合いにかかわらず最後の一握りの本質においてかならず調和的に違いない。レースは例外なくだれかの優勝が予定されている。予定されたコースを、予定されたゴールに向かい、予定した回数だけ周る。「唐突な優勝」といった結末を――赤旗のままレースが終了する場合もごく稀にないわけではないが――想定するのは難しい。もちろん二十数台の車が走っているさなか、だれが最後に勝つかはわからない。だがだとしても、最後にだれかがかならず勝利することは信じられている。優勝は結果だ。それはレースの予定という枠組みの内に留まりつづけるしかない営みである。

翻ってリタイアはつねに、ありうべきことでありながら同時にありえない空白である。それはいかなる意味においても予定されておらず、全員の願いとはまったく無関係に気配すらなく襲いかかってくる。スピンはドライバーが完全に手中に収めていた制御の「突然の」破綻によってもたらされるだろう。楽器のように澄んだ音を響かせながら滑らかに駆動していた機械は時として「いきなり」破壊されるではないか。コースを外れ、周回を外れ、レースから外れる。モータースポーツにおけるリタイアとは優勝に向かっていく予定の枠組みの外へと放り出される無造作で無遠慮な暴力に他ならない。しかもその暴力に晒される瞬間、レースに予定されている勝者はいまだ決まっていないにもかかわらず、チームやドライバーには自らがすでに敗れたという決定だけが先に突きつけられてしまう。そうした予定と決定の冷淡な不均衡、ありえてはならない不調和こそが、不調和であるがゆえにひとたび発生すると心をざわつかせ、いつまでも記憶に貼りついて離れなくなるのだ。アイルトン・セナとアラン・プロストの関係がいまだ語られるとき、焦点になるのはしばしばどちらかの勝利ではなく相討ちとなった鈴鹿サーキットの1コーナーではないか。ミカ・ハッキネンは選手権争いの真っ只中にスピンを喫し、車を飛び降りてモンツァの森のなかに号泣しているさまを空から撮影されて伝説になった。わたしがふとミハエル・シューマッハについて思い出すのは、91回を数える優勝のいずれよりもまず上海インターナショナルサーキットでの単独スピンや鈴鹿でのエンジンブローであったりする。ジャンカルロ・フィジケラはニュルブルクリンクのスピンアウトで待ち望んだ優勝を手放し、フェンスに寄りかかってうなだれていた。あるいはジョセフ・ニューガーデンがインディカー・シリーズ初優勝に至る前年、ミッドオハイオで披露した美しいスパートとその後のピットでの転落。佐藤琢磨のインディアナポリス500マイル優勝は、かならずやその5年前の最終周と対になっていなくてはならない。ファン=パブロ・モントーヤはポートランドのリスタートでリアのグリップをなくし、ウィル・パワーは追いつめられた雨のオーバルですべてを失った後、レース・コントロールに向けて両手の中指を立てた。偉大なドライバーたちのレースには、ところどころに突然の喪失が潜んでいる。それはただゴールへと向かう物語の中に敗れた結果ではなく、位相の異なる物語への予期せぬ飛躍である。ともすれば単層的な「優勝への過程」から予定を引き剥がし、唐突な破綻によってレースに別の視野を差し挟んで語りを重層化すること。トラブルに、スピンに、事故に、DNFに否応なく惹きつけられる理由はそこにある。

***

テキサスの序盤、観客の視線を独占していたのは紛れもなくトリスタン・ボーティエであっただろう。2012年のインディ・ライツでチャンピオンを獲得しながら、インディカー・シリーズでは環境に恵まれず一昨年限りでシートを失っていた27歳のフランス人は、同郷のセバスチャン・ブルデーがインディ500の予選で負傷し、その代役となったエステバン・グティエレスにオーバルレースの出場資格がなかったことで、代役の代役として1年半ぶりにデイル・コイン・レーシングを運転していたのだった。とはいえそのニュース自体は、本人には悪いがさほど注目されるべきものではなかった。過去最高位4位、オーバルでは1桁の順位すら取ったことのないドライバーがデイル・コインに戻ってきたからといって、実際のところレースの何が変わるわけではないという感想が偽らざる本音だったと振り返らざるをえない。しかし、予想もしなかったことは起こるものだ。久しぶりにインディカーに姿を見せたボーティエは、今季これまでになく好調なチームの後押しを受けて軽快な走りを見せ、予選5番手に飛び込んできた。そのうえ決勝ではなお速く、タイヤのグリップと空気の壁が絶妙な均衡を保って2ワイドが崩れない隊列の中で少しずつ前を捉えていくのである。スタート後、いったんは順位を落としたものの8周目に5番手へ戻り、11周目に4位。14周目に3位。15周目2位。先頭を行くチャーリー・キンボールに並びかけて一瞬だけリーダーになりまた2位。ふたたび同じ動きを繰り返して機を窺いながら、29周目、ついに単独で先頭に立つのだった。インサイドを押さえて譲らない先行車を、勢い任せではなくじっくりと丁寧に飲み込んでいくさまは「正しさ」を感じさせるものだ。ボーティエの速さは地に足がついているようで、けっして泡沫などではなく、正真正銘、優勝を争うにふさわしいと思わせるに十分だった。やがてアレクサンダー・ロッシの事故によってコーションとなり、ピット作業でチーム力に優れるウィル・パワーとシモン・パジェノーの先行を許したものの、それも大した瑕疵にはならなかった。リスタートからしばらくしてパジェノーを抜き去ると、それからほとんどのラップリードこそパワーに譲りこそすれ、そのアウトサイドにずっと並び続けて存在感を誇示している。まだレースは20%と少しが消化されたにすぎないころだ。だがだとしてもだれが速いか名指すことはできた。

次のシートが確約されているわけではないボーティエは、たしかにチェッカー・フラッグに向けて一本の線を紡いでいるようだった。レースが3分の1を越えるころ、タイヤの消耗が激しくなってきたところに、少し前にピットからの発進でスピンするという馬鹿げたミスを犯していたジェームズ・ヒンチクリフが八つ当たりのようなラップバックを試みて集団を荒らした煽りを受けたため大きく順位を落としたが、次のコーションが明けるとまた4位に舞い戻った。日が傾き、薄暮から夜へ向かっていくレースが気温と路面温度を低下させても、速さが失われていく様子はない。1年半ぶりのボーティエは、長いオーバルレースにおいてもっとも重要であろう一貫性を保ち続けていた。序盤の混戦で篩い落とされない集団での強さと終盤に後続を振り切る速度を両立して一体とすることではじめて、オーバルを勝利する最初の資格を得られる。ボーティエには両方が備わっていた。初優勝への道筋を描く権利があったのである。

だが、そう信じたところでレースは儚いものだ。まるでギアボックスのように、たったひとつ歯車が狂うだけですべてが崩壊することもある。138周目、コースに落ちた破片を回収するためにコーションとなり、またもほとんど全車がピットストップを行うと、デイル・コインは作業の速いスコット・ディクソンの逆転を許した。おそらく、そんなことが運命を決定づけたりしてしまうのだろう。6位に落ちても内へ外へ自由に動きながら先頭の脅威となりうる速度を保ち、すぐさまディクソンを攻略しなおしたボーティエだったが、150周目に一度壁際まで出たトニー・カナーンが大きくライン変更しながら戻ってくるのに付き合わされる形でインに閉じ込められて失速し、ヒンチクリフとミカイル・アレシンに順位を奪われる。もちろんこの日の彼がその程度で沈むわけはなく、次の周にはすぐ挽回した。とても素晴らしい速さだった。だが、とても不幸な速さでもあった――。

もし140周目のピットストップでディクソンに逆転されなければ、つまりカナーンをパッシングしうる位置でリスタートを迎えることができていたとすれば、結果はずいぶん変わっていたかもしれない。振り返ってみればそう思わざるをえないほど、ほんのわずかな位置の差が明暗を分けた。事件が訪れたのは152周目である。ターン3の入り口でコーナリングスピードを稼ごうとしたカナーンが、外に並びつつあったヒンチクリフに対して迂闊にも近寄り、リアタイヤで相手のフロントタイヤを弾いたのだ。予想外の舵角が与えられたヒンチクリフの車は簡単にグリップを失うと、さらにその外にいたアレシンに接触して制御の糸が切れ、カウンターステアに抗って内側へ巻き込むようにスピンに陥った。ヒンチクリフのすぐ斜め後ろのインサイドを走っていたボーティエは、結果として9台が絡んだその多重事故で最初の無辜なる被害者となったのだった。

トリスタン・ボーティエの冒険は予定されていたゴールを迎えないままに突如として閉じられる。表彰台の経験はなく、ラップリードすら通算12周しか記録したことのなかったドライバーがあるかもしれない優勝に向かっていく、人がいかにも好みそうなそんな筋書きでさえ、モータースポーツは公平に、あるいは不公平に、不可避の暴力によってゆくりなく断ち切ってしまう。テキサスが示していたのは、何度となく繰り返されてきたレースの無常のひとつだった。ゴールまで一本の線を繋げていこうとした物語は地滑りして断層を生じ、それまでの過程とはまるで無関係なDNFへと飛び出すしかなくなったのである。本人が述べたように、それはとても悲しい終わり方だ。彼は結局、15周のリード以外に具体的な結果を何も手にすることはできなかった。

だがその悲しさは、悲しい印象とともに、最善を尽くしながら151周で途切れた戦いをより彩りもするだろう。もしこんな言い方が慰めになるのなら、ゴールへ向かう物語から切り離されたこのリタイアによって、ボーティエは自分自身に重層的な語りの機会を与えたと信じてみたい。そう、偉大なドライバーたちの足跡にはところどころに喪失の物語が潜んでいる。ジョセフ・ニューガーデンはミッドオハイオのピットですべてを失った半年後に初優勝を果たし、佐藤琢磨は5年、それ以上をかけてインディ500の牛乳へと辿りついた。ウィル・パワーが悲願のシリーズ・チャンピオンとなったのは、中指を立てて多額の罰金を払わされて3年が経ってからのことだ。もちろん、真なる命題の逆はかならずしも真ではない。偉大なドライバーに喪失の経験があるからといって、喪失を経験したドライバーが偉大とは限らないとわかってはいる。だとしても、われわれはトリスタン・ボーティエのテキサスを、その儚くも美しい物語の飛躍を何よりも記憶しておくべきだろう。その価値はある。彼がいつか表彰台の中央に立つときが来るとしたら、きっとこのレースで失われた残り97周が立ち現れてくるに違いないのだから。

LL:ラップリード

RAINGUARD WATER SEALERS 600 2017.6.10 テキサス・モーター・スピードウェイ

Grid Laps LL
1 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 9 248 180
2 トニー・カナーン チップ・ガナッシ・レーシング 4 248 1
3 シモン・パジェノー チーム・ペンスキー 12 248 0
4 グレアム・レイホール レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 11 248 0
5 ギャビー・チャベス ハーディング・レーシング 20 248 0
           
8 マックス・チルトン チップ・ガナッシ・レーシング 6 245 8
9 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 2 243 12
13 ジョセフ・ニューガーデン チーム・ペンスキー 17 201 6
16 トリスタン・ボーティエ デイル・コイン・レーシング 5 151 15
21 チャーリー・キンボール チップ・ガナッシ・レーシング 1 41 26

トリスタン・ボーティエの美しい喪失は優勝へと回帰するだろうか」への2件のフィードバック

  1. asga様

    ありがとうございます。テキサスでは本当に、もっとも印象に残るドライバーでした。シートを継続できなかったことは残念ですが、また帰ってくることを期待しましょう。

  2. ピンバック: トリスタン・ボーティエが戻ってきた! | under green flag | port F

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