グレアム・レイホールはたった一度のブレーキングで醜聞を忘れさせる

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【2015.8.2】
インディカー・シリーズ第14戦 ミッドオハイオ・インディ200
 
 
 それが故意だったのかたんなる時宜にかなった偶然だったのかはすでに藪の中である。レース後の水曜日に出されたレポートにはいかなる処罰も記載されておらず、あらたな疑惑になりえた事件はレースにおいてありうべき出来事にすぎなかったとして幕が引かれた。公的な結論としてはそれ以上でも以下でもない。たしかにミッドオハイオの66周目に起きたセージ・カラムのスピンはあまりに「できすぎ」ていたように見える。ターン4の出口で彼が車の制御を失ったのは、選手権を争うチームメイトのスコット・ディクソンが最後の給油とタイヤ交換を完了したたった3周後のことであり、おなじころ、ポイントリーダーであり最近にしては珍しくレースの先頭を走っていたファン=・パブロ・モントーヤはまだ1回のピットストップを残していたのである。カラムが車を止めてしまったことによって導入されたフルコース・コーションは両者の差を無にし、そのうえ隊列が整ってからようやくピットに向かったモントーヤは12番手まで順位を下げて、最終的に11位でチェッカー・フラッグを受けた。「幸運」のおかげで4位に入ったディクソンのみならず、グレアム・レイホールまでもが漁夫の利を得て優勝した結果、レース前には40点以上の差があったはずの選手権争いは2戦を残してにわかに混沌としてきている。レイホールとモントーヤの9点差は、最終戦の得点が2倍に設定されていることを思えば、ほとんどないに等しい。

 もちろん「被害」に遭ったチーム・ペンスキーはレース直後からそこに悪意があったと疑いの目を向けている。チップ・ガナッシは新人のレースを犠牲にすることによってフルコース・コーションを喚起し、エースを助けようとしたのではないかと。それほど素晴らしいタイミングで、カラムは見事にターン5の路上に車を止めてみせた。ご丁寧に、すぐ復帰できないよう進行方向と逆に車を向けて。モントーヤは確実に順位を落とし、引き換えにディクソンが上位を窺うチャンスを得る、チップ・ガナッシはその「作戦」を完璧に成功させたのだ――かろうじて首位を守ったポイントリーダーはレース後のインタビューで、16年前に自分がデビューしてチャンピオンとなったチームを詰り、「調査が必要だ」と不機嫌を隠そうともしない。なにか指示があったのだろう、と言いたげだ。実際のカラムはブレーキバイアスを調整するよう指示されたところでターン4の外に片輪を落としてスピンを喫したのだったが、それともこれは暗号だったと主張すべきだろうか?

 レースを見ていればこんな「偶然」が起こる場合もある。2006年のソノマで、初優勝に向けて最後のスティントを戦っていた新人のマルコ・アンドレッティはゴールまで燃料が足りるかどうか心もとない状況にあった。最後の周回で止まるかもしれないと思われていた中、残り7周で「幸運」にもおなじアンドレッティ・グリーン・レーシングのブライアン・ハータがスピンして動けなくなったのだった。2周にわたるフルコース・コーションによって燃料は節約され、マルコはフランキッティの追い上げを振り切っている。今は亡きダン・ウェルドンはそのスピンを「間違いなく意図的だった」と言ったわけだが、もちろん結果が覆されることはく、マルコは2011年に至るまで勝利のない七光りドライバーと評され続けたかもしれない未来を避けられたのである。

 もちろんF1を見続けている人ならば、2008年のシンガポールGPで起きたいわゆるクラッシュゲートを思い出すことだろう。フリー走行で好調だったにもかかわらず予選でのトラブルで15番手スタートに沈んだフェルナンド・アロンソを救うため、ルノーチームは誰よりも早くタイヤ交換を行ったうえで、直後第2ドライバーとして扱っていたネルソン・ピケJr.に命じてターン19の壁にぶつけさせ、セーフティカーを呼び込んだ。そうして隊列が整った後にピットへと向かった他車を尻目にアロンソは労せずして順位を上げ、そのまま優勝を果たしたのだ。当初「幸運」と見られていたこの事故の真相が明らかになったのは1年後のことで、ルノーを解雇されたピケJr.の告発によって故意であったことが証明され、フラビオ・ブリアトーレとパット・シモンズに追放の処分が科せられる「ゲート」へと発展した。疑惑が証明された数少ない事例といえる。

 ただこれだけの不正が明るみに出たにもかかわらず、遡ってアロンソの優勝が取り消されることはなく、レース結果は保持された。この手の事件で「正しい」処分が難しいのは、たとえ裏に悪意が潜んでいたのだとしても、その悪意と受益者に直接の関係がないことにある。ピケJr.の事故やカラムのスピンが意図的な行為であり、罰せられるべきだったとしても、アロンソやディクソン自身にいったい何の瑕疵があったのかと言われれば、言葉を返すことはできない。被害者が真に処罰したいのは、特に選手権を争っているような状況下では、濡れ手に粟で利益を得たドライバーたちに他ならないはずだ。だが彼ら自身だけを見るならば真っ当にレースを戦った結果として上位でゴールしたのである。それをどんな理由で処分すればいいのだろう。チームが罪を犯したから? ではチームの罪にドライバーが連座しなければならない理由は? 罰則の軽重/有無の線引きは? これは正解のない問題である。何を選択しても恣意的な判定の誹りは免れない。がしかし、受益者を罰する理由は何にもまして存在しない。

 罰する術がないからこそチームには悪意を発露する動機が生まれる――というのは正確ではない。チームに悪意を発露する動機が生まれると疑う理由が生まれると言ったほうがいい。今回のカラムのスピンがチームの意図するものだったかはわからないことだ。事実として命令があり、かつ彼がチームからの扱いに耐えかねて口を開くような事態にならないかぎり、結論が出ない話である。そしてだからこそ、だれしもその可能性を疑うことができる。実際、2年前のソノマでペンスキーとチップ・ガナッシは逆の関係にあった。選手権を争っているエリオ・カストロネベスを助けるためだったかどうかは、もちろんいまもって明かされていない。その64周目に起きた現象だけを述べるなら、優勝をほぼ手中に収めていたディクソンが、ピット作業を終えて発進する際にペンスキーのもう一人のドライバーだったウィル・パワーのピットクルーに接触してドライブスルー・ペナルティを与えられたというものだ。撥ねられたクルーはだれが見ても通常の作業とは違う、接触して不思議はない場所をピットの喧騒に似合わずおもむろに歩いていたのであり、加害者であるディクソンのほうが「blatant」なやり口だと非難したのだが、インディカーはなんの動きも見せなかった。

 当時とて、仮にクルー(あるいはその裏にいるチーム・ペンスキー)に悪意があったと証明されたとしても、当事者がパワーである以上は、真の受益者でありながら事故とは無関係な場所を走っていたカストロネベスを罰しようがないのは明らかだった。規則は現実の危険を見張るために存在しているのであり、裏に潜む悪意を裁くようにはできていない。ペンスキーはまんまと「blatant」に見える――あくまで「見える」――な作戦をやりおおせ、カストロネベスはポイントリーダーのまま次のレースへと駒を進めた。結局、ミッドオハイオにおけるカラムのスピンもそういった出来事である。仮にそれが暗号化された指示によって引き起こされたのだとして、善意をもって真摯に走っていた(だろう)ディクソンに、ペンスキーが望む罰を与えることは難しい。何より疑惑に過ぎない中で非難を喧しくするのは天に唾するだけのことである。彼らは、あるいはもっと危険な状況でそれをやった――のかもしれない。チップ・ガナッシがやった――かもしれないことを批判する資格などありはしないし、そのことを自覚していたのかどうかはともかく、モントーヤの憤慨とは裏腹に、チームとしては沈黙を保った。仮にこれが選手権を左右する事件となったとしても、それは互いに受け入れる必要のあることに違いない。

***

 それに、まったく悪意を持たないまま本当に利益を得たドライバーは別にいる。グレアム・レイホールがピットレーンへ進入したのはカラムのスピンによってフルコース・コーションが通知されピットが閉じられるまさに直前のことで、その一瞬の差が隊列に埋没するか先頭に躍り出るかの分かれ目となった。直前まで3位を走っていた彼のピットインが空振りに終われば、1位から12位まで落ちたモントーヤよりさらに酷な結末が待ち受けていることは目に見えていたはずだが、彼はすんでのところで作業を認められ、レースのリーダーとして69周目のリスタートを迎えることができたのだった。「カラムはぼくの相棒だ」とレース後に笑ったのも頷ける展開で、レイホールは勝利を手元に引き寄せたのである。

 アラバマとインディアナポリスGPで2位表彰台に登ったとはいえ、2015年のシーズンが中盤まで進んだころであっても、レイホールが2戦を残して首位からわずか9点差の位置で王者を窺うことになっているとは、だれも信じなかっただろう。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングはこの10年間で優勝は1度きり、それも7年も前の思い出になっているようなチームであり、彼らが採用するホンダエンジンと空力効率はシボレーに劣るとしか思えなかった。そもそもグレアム・レイホール自身が、ときどき速さを見せるだけの荒々しい、というよりは粗鬆さを隠せないドライバーで、デビュー戦で危うい橋を勢いだけで渡りきったような勝利を挙げて以来一度も表彰台の頂上に立ったことはなかった。チップ・ガナッシに所属した2年間でも、3度の2位とインディアナポリス500の3位が精一杯だった。いい加減未熟さが抜けてもおかしくないほどの経験を積んでもしばしば無用な事故の原因になり、レース全体を戦える俯瞰的な能力が備わる様子はいっかな見えず、いつまでも才能の開花しない、もしかすると才能などはじめからなかったかもしれないと疑いの目を向けたくなる二世ドライバーだったのである(マルコ・アンドレッティと同様に!)。父のチームに息子が加入して3年、そのほとんどは二桁の順位で終わり、力を証明する機会は訪れなかった。それなのに、レーシングドライバーは魔法をかけられたかのように姿を変えることがある。2ヵ月強の間に4度も表彰台に登り、うち2回は優勝してしまった。7年間にわたってずっと「1」のままだった通算勝利はあっという間に3へと伸びた。近5戦で獲得した得点はだれよりも多く、もはや堂々たる挑戦者として自身に満ち溢れた運転を見せつけている。

「魔法」の正体がチーム力、車の戦闘力であることはまちがいない。いつもいつも糸を引きちぎらんばかりに張り詰めさせて速さだけを追い求めていた走りは影を潜め、今季はスピードの使い方を弁えているように見える。ホンダが復調の気配を見せ始めたのは6月に入ってからだったが、以来車の戦闘力の向上に伴って運転に余裕ができ、チームの判断にも選択肢が生まれている。大混戦で物議を醸したフォンタナはいい例で、レイホールがレースをリードしていた時間は決して長くはなく、これまでなら無謀なアタックでリタイアしても不思議ではなかった場面でも、最後のスパートを信じて我慢しつづけたことが破綻を回避させ、最終的な勝利を呼び込んだのだった。次のミルウォーキーで3位表彰台、アイオワで4位と上位を維持して、このミッドオハイオで再度優勝したのは偶然ではない。たしかに先頭に立つまでの経緯にはチップ・ガナッシとペンスキーの神経質なやりとりによる幸運があった。しかしレイホールが漁夫の利を得られたのはカラムがスピンした瞬間まで丁寧でありながら攻撃的な姿勢を崩さずに3位を走り続けていたからという単純な事実を見逃してはなるまい。それは与えられた優勝では断じてなく、自分自身が手を伸ばして手に入れたものだったのだ。

 ミッドオハイオでレイホールが見せたたった一回のブレーキングを堪能するだけで、その優勝の価値は揺るぎないものになるだろう。84周目にこの日最後のフルコース・コーションが明けたとき、彼はブースト圧を上昇させて一時的に出力を高めるプッシュ・トゥ・パスをすべて使い切っていた。ターン2を立ち上がってバックストレートで再スタートが切られると、45馬力の余剰出力を得たジャスティン・ウィルソンがすぐさま外に並びかけてくる。全開のターン3を抜けて直角のターン4へ。パワーの差はだれの目にも明らかで、ブレーキングポイントに差し掛かった瞬間、ウィルソンはたしかにレイホールより車1台分も前に出ている。しかしクリッピングポイントへ向かってまだ開いたままだったインサイドの空間を、赤い情熱に彩られたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングが真っ直ぐに切り裂いていった。かつて見たこともないような深い、あまりに深いブレーキングは、しかしコーナーの頂点をいささかも外すことなくレイホールを守り切った。どれほど醜聞にまみれようと、終わってみれば、それがこのレースのすべてだ。

 父のボビー・レイホールがこのレースを優勝して29年、サーキットの近くで育ったグレアムにとってこれは格別な優勝であると同時に、夢にさえ見る権利もなかったはずの選手権を現実に引き寄せる前進となった。この勝利でついに、彼はペンスキーの、モントーヤの視界に侮りがたい敵として入りこんだのだ。もちろん残る2戦、はたして7年もの間停滞を続けたドライバーに、戦い抜く意志と背中合わせの沈着を保つことを期待していいのかどうかはわからない。もしかしたらいまレイホールにかかっている魔法は一時的なもので、ポコノの500マイルオーバルに舞台を移せば幻のように解け、だれかとあっさり接触して車を降りるかもしれない。これまでの足跡を考えれば、グレアム・レイホールの名前が上から2番目に記されていることにはつい懐疑的になってしまう。次のレースであっさりと後方に消えたとして、不思議に思う理由などどこにもない、グレアム・レイホールとレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングはまだそんな存在にすぎないだろう。とはいえ真相の分からないスピンによって醜い疑心暗鬼に囚われたレースで、自分の進む道以外のすべてを振り払ったレイホールのブレーキングに何より衝動的な美しさを感じ取ることができたならば、彼をインディカーの新たな王者として讃えたいという気持ちも大きくなってくる。権謀術数、政治的駆け引き、心理戦。そういった要素がモータースポーツの魅力の一部であることを否定まではしない。だがそんな矮小なやりとりがすべて白くかき消されてしまうほど、84周目のターン4は眩すぎた。結局どれほど知った風にレースを見ようとも、心を揺さぶる運動の前にはたわいないものだ。そんなモータースポーツの純粋な情動に青臭い夢を託してもいいではないか。8月が終わったとき、2015年のインディカー・シリーズを決定づけたのが記憶されるべき最高のブレーキングだったと断言できるなら、きっとそれはなににもまして幸福なことである。

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