We’ve come back to Texas

【2023.4.2】
インディカー・シリーズ第2戦
PPG375
(テキサス・モーター・スピードウェイ)

昨年のテキサスで、力強くレースをリードし続けたスコット・マクロクリンと、そのチームメイトをフィニッシュまで数秒の瀬戸際で抜き去り優勝したジョセフ・ニューガーデンが抱擁を交わして互いの健闘を称える美しい光景を見ながら、もうこのレースに触れる機会はないのだろうと、寂しさを禁じえなかったのを覚えている。インディカーとテキサス・モーター・スピードウェイの開催契約は2022年で終わり、更新される見込みは薄そうだとそのころ報じられていたのだ。モータースポーツの世界を眺めていると、契約にまつわるこの手の憶測は楽観的なものほど裏切られ、「次はない」という悲観的な予想はたいていの場合現実になるとわかっていたりする。ニューガーデンは優勝インタビューで、仲のよい年下の僚友(本当に仲がよいことにニューガーデンのYouTubeチャンネルでは彼らふたりのシリーズがあり、ブランドまで展開している)がチェッカー・フラッグ直前に周回遅れの隊列に捕まった隙を突く形で優勝を攫った申し訳なさを口にした後、こう述べた。最後の周、最後のコーナー……これがテキサスでのすべてなんだ、ここに戻ってきたい、戻ってこよう。その言葉は力強く、愛に溢れ、しかしまたこの独特なハイバンク・オーバルがすでに麗しい望郷の対象になってしまった後であると感じさせる色を帯びてもいた。だってそうだろう、予定があれば願う必要などない。戻るのを望むのは、つまり戻れないからだ。

 だから、2023年のカレンダーが発表され、第2戦にテキサスの開催を認めたとき、意外ななりゆきに驚きつつも喜びが溢れたものだ(もしかしたら発表以前に継続の事実は報じられていたのかもしれないが、認識したのはそのときが最初だった)。またあのすばらしいテキサスが行われるのだと。もちろんそれが、なくしたと思いこんでいたものの再発見による過剰な感情の揺り戻しであったのは否定しない。たしかに昨年は初優勝を上げたばかりの若手による支配的な展開と、切なささえ覚える大逆転に彩られた劇的なレースが行われたが、その前年はNASCAR用に路面に塗布されたトラクション増強剤が仇となって、ピットストップ以外で順位を変えることがほぼ不可能ないささか見どころを欠くパレードラップが繰り返されるばかりだった。COVID-19の流行に祟られて6月の開幕戦となった2020年も、タイヤ性能の問題でスティントを35周に制限され、なかば人為的にコントロールされたレースになってしまった感は否めない。モータースポーツの興奮は儚いものだ。車とトラックの状態、拮抗する力関係、気候、タイヤ、はてはドライバーの挑戦心まで、きっとすべてが噛み合わなければ、満ち足りた週末を堪能するのは難しい。テキサスを走るインディカーを見続けられるのは喜ばしく、しかし昨年のニューガーデンが興奮気味に口にしたものと同様のレースとなるかどうかはわからないというのもまた、偽らざる心境だった。観客の立場など勝手なものである。

 しかしそれは浅はかな予防線でしかない想像だったのだろう。レースを長く見ていると、自分の慎重な予感を後から自嘲しなければならない機会はしばしばあるわけだが、今回もそうした一覧に加わったようだ。終わるかもしれなかったテキサスで新たに行われたのは実際、 ”That‘s what it’s all about at Texas.” と言うべき、すばらしい、記憶に刻みつけられて消えないレースの再現だったのである。スタートから長い時間、昨年のマクロクリンがそうしたのと同様に、特定のドライバーによる支配が続いていた。少し異なっていたのは、その担い手がひとりではなく、ニューガーデンと、開幕戦のトラブルで惜しくも優勝を逃したパト・オワードが図抜けた速さを持っていたことだ。終盤に至るまでずっと、ふたりはレースを完全に分け合った。ラップチャートをあらためて見れば、全250周のレースで、最初の100周のほぼすべてをニューガーデンがリードし、次の100周はオワードが取って代わる、そんな伯仲した戦いだったのだ。お互い速さの出しどころが違い、またペンスキーよりも少しだけマクラーレンのほうに優位があったか、一時的にオワードが10秒近くニューガーデンを引き離した時間帯はあったものの、それは後続を圧倒する高い水準にあってさらに生まれた微差のようなもので、ふたりの、ふたりだけのレースであるのは何も変わらなかった。その極致が174周目にある。周囲より少しピットストップの時期を遅らせていたフェリックス・ローゼンクヴィストが給油へ向かったとき、リードラップを占めるのはとうとうオワードとニューガーデンだけになったのである。タイヤ交換後に周回を重ねるとグリップ低下に伴って縛りつけられるように走行ラインを固定せざるをえなくなる中で、彼らだけが内に外にと自由に移動し、まるで動かない障害物をちょっと避けるといった程度の容易さで周回遅れを飲み込んでいっていた。その動きには優雅ささえ漂っていて、追従できる者などいるはずがなかったのだった。

周回遅れからコーションを利して優勝争いに加わったパロウ(左)だったが、わずかにスピードが足りなかった

 ふたりだけの領域に埋没していった200周弱は、そのまま優勝争いへの前段となった。直後にタイヤを交換したばかりのローゼンクヴィストが単独事故を起こしてイエロー・コーションとなり、3番手にいたアレックス・パロウ以下がピットストップをずらしてリードラップに戻ってせっかくのリードが無になっても、決定的な速さまでは覆らなかった。182周目のピット開放で給油を行ったオワードは、ラップバックのために一度ステイアウトを選択して188周目まで給油時期を延ばした後続とそこにタイミングを合わせて燃料を注ぎ足したニューガーデンと比べてやや燃費を絞る必要がある状況に追い込まれたが、それでも速さはほとんど失われなかった。新品タイヤを履いたパロウたちも一時的に息を吹き返し、本来なら勝ち目のなかったレースを奪い取るべく再スタートで一時的にリードを得たりもしたが、すぐにニューガーデンが取り返し、オワードも続く。それから2度のコーションが挟まって燃料の心配がいっさいなくなると、レースは最終的に、序盤を支配したふたりのもとへと戻っていったのだ。

 再スタート直後の239周目にリードを得たパロウとすぐ後ろについたオワードに、ニューガーデンが外側のハイラインから襲いかかり、242周目にリーダーが入れ替わる。完全に車1台分前に出て最内のラインに下りたニューガーデンに対しパロウに反撃の力はなく、今度はオワードが外を選んだ。243周目、スタート/フィニッシュラインの一瞬だけ、オワードがニューガーデンを交わす。わずか1万分の25秒差。ターン1からターン2、バックストレッチにかけて内のニューガーデンがじわじわと前に出るが、ターン3からターン4は外の速いラインでオワードが押し戻してくる。244周目、リーダーはニューガーデン、0.0152秒差。245周目、ニューガーデン、0.0217秒。その争いのドラフティングを利して246周目だけはパロウが2番手を取り返したがそこまでで、それ以上はついていけなかった。マクラーレンが速い。ニューガーデンは車幅4分の1だけ外を走って相手を牽制するが、オワードは委細構わず、むしろ少しずつ抜き去るべき場所を調整し、計ったように周回の完了にぴたりと合わせてくる。247周目、リードチェンジ、オワード、0.003秒差。ほんのわずか、フロントウイングの分だけ前に出ている。反撃を試みるニューガーデンと、相手のラインを尊重しつつも引かないオワードがターン1で接近した。微かに当たったかもしれない。ターン2、距離の得を生かしてニューガーデンが先行し、対して車速を高く保つオワードが即座に並ぶ。ターン3は同体で入り、同じやりとりが繰り返される。位置取りではニューガーデンが利を得るが、速さはオワードがわずかに優れる。しかし「D」の形をしたテキサスのオーバルは、外の速さをたしかに愛でるのだ。248周目、ふたたびオワード、0.0128秒。コーナーだけはニューガーデンが制するが、順位を決めるその一点において、オワードは相手を倒す方法を確立している。2周を残すのみになった。ターン1、ターン2ではまたニューガーデンが取り戻し、オワードはバックストレッチでドラフティングに潜り込もうとしていた。

数十インチの差で優勝を争うニューガーデン(手前)とオワードの戦いは、意外な形で決着することになる

 少しばかり寂しい終わりかたではあった。250周目のラップリードから逆算して組み立てているかのようなオワードの攻勢も、速さで振り切ろうとしたニューガーデンの防戦も、まったく関わりのない出来事で断ち切られる結果になったのである。もとより、レースとは、ましてインディカーのオーバルとはそういう可能性もあるものだ。予見は決してできないが、ありうべき事態のひとつとして受け入れるしかないことなのだろう。以下のような結末であった。ニューガーデンがターン2を立ち上がってバックストレッチに向かい、すぐ後ろをオワードが追随する場面をテレビカメラが正面から捉えていたその後方で、ロマン・グロージャンの黄色い車が横を向き、リアからセイファー・バリアへと打ちつけられる光景が映ったのである。事故は当然にすぐさまコーションを召喚し、残り2周を切ったレースは赤旗によって止めることもできずに順番を固定したままチェッカー・フラッグへと流れてゆくしかなくなったのだった。そうして、スタート/フィニッシュラインに照準を合わせていたオワードの目論見は外れ、それ以外のすべての区間でリードを保ったニューガーデンのもとへと唐突に優勝が転がりこんだ。最後の1周半は幸運にも与って凌ぎきったニューガーデンのウイニング・ランへと変更され、激闘はパレードの隊列へと収められて、静かに、またおもむろに幕を下ろしていったのである。

 予定されたチェッカー・フラッグを、予定外のイエロー・フラッグが上書きして事前に勝者を確定したレースというわけだった。最後まで走ればどうなっていたかはわかりようがない。オワードの攻撃が成功して、フィニッシュの瞬間だけ1000分の十数秒だけ前に出ていたかもしれないし、ニューガーデンがこれまでにもしばしば見せてきた獰猛な側面を表して、厳しい防御でそれを許さなかったかもしれない。その決着に辿り着かぬまま閉じられてしまったことは惜しまれよう。”Last lap, last corner…” 昨年ニューガーデンが語った瞬間は訪れなかった。しかし、だとしてもだ。序盤と中盤における序列の形成から、終盤の戦いに至るまで、すべての過程が、わたしたちが望むテキサス、難しく、美しく、卓越した接近戦が繰り広げられるハイバンク・オーバルに他ならなかっただろう。“I hope we come back. Let’s come back.” みなが願い、そしてインディカーはテキサスに戻ってきた。結末なんて、時におまけにすぎないものだ。そこで行われていたレースそのものが、賢しらで悲観的な予測も、失望に対する予防線もすべて覆した、すばらしい現実だったのである。■

際どい戦いを制し、ストラテジストのティム・シンドリック(左)と握手を交わす。巧みなピット作戦もニューガーデンの連覇を後押しした

Photos by Penske Entertainment :
Joe Skibinski (1, 2)
Chris Owens (3, 4)

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