インディ500の夢が去り、シリーズの現実が帰ってくる

【2023.6.4】
インディカー・シリーズ第7戦 シボレー・デトロイトGP
(デトロイト市街地コース)

夢のようなインディアナポリス500が終わって、すっかり気が抜けてしまった。この1週間、ジョセフ・ニューガーデンの500マイルと、チェッカー・フラッグを仰いだ最後の1周と、そこに至るまでの歳月を思い返して、何度胸を詰まらせたかわからない。わたしにとっては本当にすばらしい、奇跡的な結末で、次の週末にもうデトロイトが迫っていることなど忘れてしまうようだった。勝者当人にとってはもっと切実な物理的問題が押し寄せたはずだ。栄冠の翌日から各種イベントにひっぱりだこで、家に帰れたのは3日後だったというから、レースに向けてまともな準備などできたものではなかっただろう。デトロイトでのニューガーデンは予選こそ5位に入ったもののスタート直後のターン1で運悪く行き場を失って後退してしまい、その後もペースを上げられず10位に終わった。

 ただ、これは事前に予想されたとおりの結果でもあった。インディ500とデトロイトが連戦として開催されるようになって以降、両方を満足に過ごしたドライバーは皆無に等しいからだ。最高の5月を味わったドライバーはみんな、月が改まると嘘のように失速した。例外は2020年の佐藤琢磨くらいで、インディ500の6日後に際どい鍔迫り合いを演じて2位表彰台を獲得したのだが、これはCOVID-19の蔓延に伴って8月に延期された変則開催だったし、次のレースもデトロイトではなくセントルイスのショートオーバルだったから、ぜんぶが例外的な状況だった。過去に何度か書いてきたとおり、220mphで駆け抜ける2.5マイルのスーパースピードウェイと凹凸だらけで減速中にどこへ飛んでいくかもわからない市街地コースの連戦に接点を見出すほうが難しい。今季からデトロイトは慣れ親しんだベル・アイル・パークからダウンタウンの特設コースへと場所を移したが、そこかしこで車が跳ねるような舗装の状態は何も変わっていなかった。それに、そもそもニューガーデン自身が悩めるシーズンを送っているという現実もある。2勝はしているがともにオーバルで、激戦を制したといえば聞こえは良いが、裏を返せば絶対的な支配力には欠けていた。先週の優勝は、本当に奇跡に近いなりゆきだったのだ。ましてロードや市街地コースにいたってはまったく冴えない。今回の予選5位はオーバルのテキサスを除けば今季最高位、ファスト6に残ったのもようやく初めてである。ニューガーデンのデトロイトを冷静に捉えるなら、インディ500の反動を言い募る以前の問題で、現状の反映にすぎなかったということだ。(↓)

優勝争いを演じたチームメイトのパワー(奥)に対して、ペースが上がらなかったニューガーデン。今季2勝も、全体的には苦戦が続く

 いや、たぶんニューガーデンだけではない。デトロイトのダウンタウンは、あらゆるところで今季のインディカーを映し出していたように見える。たとえばパト・オワードがそうだ。インディ500で最多ラップリードを記録しながらスピンで散ったアロー・マクラーレンSPのエースは、優れた速さを発揮しながらも自らのミスや小さなトラブルに遭って優勝に手が届かないもどかしいレースを続けている。この日も決勝のスピードには見るべきものがあり、10番手スタートながら5位前後まで順位を上げてきていたが、最初のピット作業の不手際で1周遅れに後退し、やがてターン9でアンダーステアに陥るとバリアに突き刺さった。開幕からもっとも印象深いパフォーマンスを安定して発揮しているにもかかわらず、それを結果に結びつけられない現状が、そのままデトロイトに表される。シーズン当初はチャンピオンも狙えるかという存在だったのが、いつの間にか選手権5位にまで後退している。

 たとえばスコット・ディクソンには、少しずつ落潮の陰が迫っているのかもしれない。長きにわたってチップ・ガナッシ・レーシングのエースとして数々のチームメイトたちを撥ねのけてきたこの「アイスマン」も、いまや絶対的な存在ではなくなりつつある。一昨年にアレックス・パロウがシリーズ・チャンピオンとなり――チーム・ペンスキーのドライバーとディクソン以外が戴冠したのは9年ぶりのことだった――、昨年はマーカス・エリクソンがインディ500を制して、チップ・ガナッシといえば必ずディクソンを指す状況ではもはやない。彼自身はいまだ彼らしいレースを走っているのだ。周囲と微妙に作戦をずらし、展開の盲点のような瞬間を突いて巧みに順位を上げる戦いぶりは変わらない。だが、かつては最上位まで自らを押し上げてきたその方法が、いまや優勝にまでは届かなくなっているのではないか。作戦を遂行するためのスピードが足りない? いつもうまくいくものではないとはいっても、セント・ピーターズバーグにせよ、GMR GPにせよ、工夫した狙いが功を奏さずそれなりの位置に留まったのはたしかだ。今回もおなじように、周囲よりも数周早いピットストップに何かありそうだと思わせながら、決定的な変化を作れなかった。そんな低空飛行の現状がディクソンにはある。

 そしてもちろん、たとえばパロウである。昨夏、F1も絡んだ二重契約問題の末にチップ・ガナッシに残留した現役最年少チャンピオンは、5月になってから明らかにシリーズを圧倒する存在感を発揮している。GMR GPではだれも追随できない速さで最終スティントを支配して17秒の大差を築き、クリスチャン・ルンガーの初優勝を阻んだ。さらにこのデトロイトではポール・ポジションから74周をリードし、終盤になって立て続けに導入されたフルコース・コーションでレースがリセットされてもすべて跳ね返して圧勝したのである。91周目のリスタートは彼の経歴に刻まれる印象的なハイライトとなろう。長い長い直線で、柔らかいオルタネート・タイヤのグリップを活かして外から並んできたウィル・パワーに対し、圧力をかけつつターン3に向かって深いブレーキングを敢行した。粗い路面で完全な減速は得られず、神経質なリアタイヤをねじ伏せるようにステアリングを2度切り込み、頂点を外しながらも先入する。旋回中、さらに外へ逃げようとするリアを抑え込み、出口でインに入り込もうとするパワーの行く手を遮った。小さく回ってラインを交叉させようと目論んで速度を落としていたパワーは、その瞬間ディクソンの軽い追突を招き後退する。後方で起こった事故でまたすぐにコーションとなったが、パワーに代わって2番手に上がったアレキサンダー・ロッシに最後のリスタートで勝負をしかける機会はなかった。レースは決着する。欧州から日本を経由して渡米した経歴からか、インディカーのなかでは滑らかな運転で速さのメリハリが見えにくいパロウにして、内なる凶暴性を一瞬だけ表出させる異質な機動だった。(↓)

パロウ(手前)は盤石。74周の最多ラップリードで後続を封じ続けた

 ニューガーデンが偶然に導かれたインディ500と、パロウが盤石な自力で引き寄せたデトロイト。続けざまに行われた2つのレースに見えた対照は、シリーズの一貫性を巡る説明不能な不可思議さを示しているようだ。本当なら、GMR GPも含めてパロウが3連勝してもおかしくない状況だったのである。デトロイトを制したパロウは、対極にあるインディ500でも明らかにもっとも優れたドライバーだった。ブリックヤードの94周目にピットロードでスピンした車に巻き込まれるという予想もできない不運がなければ展開はがらりと変わり、勝者も違っていた可能性が十分にあったのだ。だがインディ500は、もっとも速いレースであるがゆえにむしろ最後は速さを超える物語をドライバーに求める。パロウは惜しくもそこに辿り着くことはできずに敗れ、しかしデトロイトでは速さを頼みに結果を得た。翻って純粋な速さは足りなかったニューガーデンは物語によってインディ500の牛乳に浴し、ほかのレースでは霞んでいる。彼らが見せたパフォーマンスと結果は、そのままインディ500とインディカーの関係によく当てはまる。

 単なるジンクスにすぎないのか、それとも何かしらの必然が働いているのか、パロウを除く21世紀のシリーズ・チャンピオン経験者がみなインディ500を優勝した一方、インディ500の勝者はもう何年もおなじ年のチャンピオンを逃しているという事実がある。両方を同時に獲得した最後のドライバーはダリオ・フランキッティで、2010年のことだから13年も前の話だ。それくらいインディ500は特別なレースなのだとも言えるし、特別すぎてシリーズのありかたと乖離しているのだ、とも言えるかもしれない。選手権ポイントが他のレースの2倍に設定されていた去年までの数年間を含んでさえそうなのだから、横並びに戻された今年はますます選手権と切り離される結果になりうるだろう。現にニューガーデンの選手権順位はインディ500で勝った時点でも4位にすぎなかったし、デトロイトが終わった今もオワードの自滅のおかげで3位に上がってはいるものの、パロウとはまた差が開いて70点以上も後れてしまった。インディ500に見放されてしまったパロウのほうは、まるでその補償を受けるかのように首位を独走しはじめている。選手権そのものはどういう結果になろうと構わないが、その不均衡なありかたはやはり興味深い。まるでニューガーデンのために設えられたかのようだったブリックヤードの舞台装置と筋書きは、一方でデトロイトのダウンタウンにはいっさい用意されず、ただ速さの違いだけが現れてパロウが浮かび上がってくる。今季の状況を素直に見れば、どちらが今後の主導権を握るのか明らかだろう。インディ500が一夜の夢物語だったとすれば、デトロイトはこれから待ち受けるインディカー・シリーズの現実への再入場口だったと、あるいはそんなふうに捉えられるだろうか。■

インディ500を挟んで「非オーバル」2連勝。ライバルより一段上の速さで、2度目の選手権制覇も見える

Photos by Penske Entertainment :
James Black (1, 4)
Joe Skibinski (2, 3)

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