アイオワのショートオーバルにジョセフ・ニューガーデンが舞う

【2023.7.22-23】
インディカー・シリーズ第11戦 ハイビー・ホームフロント250

インディカー・シリーズ第12戦 ハイビー・ワン・ステップ250
(アイオワ・スピードウェイ)

去年のアイオワのVTRだと言われても信じたかもしれない。単独走行に強いウィル・パワーが土日のダブルヘッダーのポール・ポジションを独占し、決勝ではクリーンエアを生かしてリードを確保しようと試みる出だしだったのである。ところがしばらくするとチームメイトのジョセフ・ニューガーデンが追随してきて、単純なスピードの差で、あるいは周回遅れを交わそうとするときにほんのわずか躊躇したその失速の隙を突いて、あっという間に隣に並んだかと思うと次の瞬間には完全に位置関係が入れ替わっているのだった。タイヤを使い古してもニューガーデンの速度は衰えを見せず、どんな手品を使っているのか、つねに内へ外へとラインを自在に変えながら、1周20秒しかないショートオーバルに次々と押し寄せる壁をすり抜けていく。優雅に舞い踊るかのような美しい動きは見惚れるほどで、パワーは時間を追うごとに引き剥がされるばかりだった。本当に、何も変化のない光景が繰り返されていた。この2年で違っていたのは、せいぜい先頭が入れ替わるまでにかかった時間の長さと、日曜日のレース2で234周目になってもニューガーデンの車が壊れずに走り続けたことだけだ。去年も本当ならニューガーデンが土日を連勝するはずだったし、今年は実際にそうなった。いや、去年だけの話ではない。2年間のカレンダー落ちを挟む前の2019年もほとんどおなじ構図で、49周目にパワーを交わしてリードを奪ったニューガーデンがそのまま圧勝した。だれもニューガーデンに追随できないアイオワで、パワーはまるで引き立て役のようである。損な役回りだが、なまじ同じ車に乗って、なまじ単独では速いだけに、タイヤの使い方と集団の処理の差が際立って見えてしまう。

 土曜日レース1の序盤はまだ静かだった。当初は逃げるパワーをもう1人のチームメイトであるスコット・マクロクリンが一定の距離で追いかける展開で、3番手のニューガーデンは先頭争いから2秒以上も遅れ、ずっと影を潜めたままだったのだ。テキサスとインディアナポリス500の2つのオーバルを優勝した一方で、ロード/市街地コースでは苦悩が多く――あんなに得意なアラバマもミッドオハイオも、まるでいい面がなかった――ちぐはぐなシーズンを送っているニューガーデンだから、この時点ではいつものアイオワと同様になるかどうか半信半疑だった。たとえば2スティント目のなかばごろ、全員のタイヤが苦しくなってくる時間帯にもパワーに速さは残っており、昔のゲームセンターでよく見かけた『アウトラン』のように至るところで遅い車が現れて邪魔をしてきても、まだ丁寧に捌く余裕があった。その過程でときどきマクロクリンが攻撃を仕掛けてきたが、何度かインに飛び込もうと試みる相手をハイラインで受け止めきって退けてもいる。ここまでだけを切り取ればパワーはたしかに充実していて、少なくとも土曜日は彼の日になりえそうだった。(↓)

ポール・ポジションを獲得し、単独では速かったパワー(手前)だが、チームメイトの攻撃になすすべがなかった

 だが、結局のところその好調も前段に過ぎなかったのである。レースがそろそろ半分を迎える120周目ごろに、前触れがほとんどないまま様相が一変した。混戦の中でようやくニューガーデンがマクロクリンを交わして2番手に上がり、しかしリーダーからはまだ0.3秒以上の遅れた状況下での出来事である。周回遅れながら一足先にタイヤを交換した効果で速いペースを刻むクリスチャン・ルンガーが、さらに続いてマーカス・エリクソンがリードラップの車を抜き返して周回を取り戻していく最中だった。121周目のターン1からターン2にかけてグリップの高いエリクソンにインを押さえられたパワーは、中途半端なミドルラインに位置して十分な旋回速度を得られないままバックストレッチの壁際から立ち上がろうとする。と、次の瞬間、ついさっき4車身ほど後ろを走っていたはずのニューガーデンが、すでにパワーの隣に並んでいたのだった。なにをどうしたら、こんな不可解な事態になる?

 一瞬のことだ。インに下りない相手に対してターンの入り口でその空間に飛び込むのではなく、小さい角度のラインで進入し早めに向きを変えて、出口に向かって一気にスロットルを開ける。それだけでニューガーデンの脱出速度はパワーをはるかに凌駕して並びかけ、そして直線の入り口ではもうフロントノーズを先行させていたのだった。この場面を再生してみれば、きっとエイペックス以降における2人の速度差に目を瞠らずにはいられないはずだ。似た履歴のタイヤを履いているにもかかわらず、旋回の小ささも、加速の鋭さも、すぐ前に5台の周回遅れがいて複雑に乱れているだろう見えない空気の流れの中を押し通る力も、あらゆる点が決定的に異なる、そんな一幕だった。ひとたび並んだニューガーデンは勢いのままに相手を壁際に押し込んで動きを制限すると(チームメイトに対しても厳しいチェックを厭わないのはいつもどおりだ)機先を制してターン3を回り、あとは簡単に周回遅れを飲み込んでいくのである。守ってきたリードを天敵に明け渡したパワーはその機敏な処理についていくどころか、模倣不可能な動きを目の当たりにして緊張が切れたように推進力を失い、ほどなくマクロクリンにも追い抜かれた。それからたった25周、時間にして10分も経たないころになると1位と2位の差は6秒にまで拡大し、パワーはといえばターン4でアンダーステアを発してセイファー・バリアに車の右側をしばし擦りつけている。リタイアこそ免れたもののパワーが優勝争いに顔を出す機会はもう二度となく、ニューガーデンが1位でチェッカー・フラッグを受けたときにはすぐ目の前にいた。つまり120周までリーダーとして走っていたというのに、レースが終わるときにはほぼ1周遅れに追い込まれたという結末だった。

 単純に見えるオーバルの、たったひとつのコーナーを曲がるだけのことに対するわずかな違い。しかしそのわずかな違いが、2人のあいだに決定的な隔たりを作り出す。躊躇のない鮮やかなリードチェンジが翌日も同様に繰り返されたのを見れば、これはアイオワに関する資質の差だとしか考えられない。そう、日曜日のレースも同じだった。レース1が去年のVTRだったように、レース2の中継が前日のVTRだと言われてもやっぱり信じられただろう。今度はもっと早くレース序盤の、31周目のことである。リーダーのパワーがターン1で周回遅れの懐に飛び込もうとするが果たせず、速度を鈍らせながらターン2で外に針路を取りなおしたところだった。すぐ後ろには、2位のマクロクリンがおなじラインで続いている。その動きを俯瞰的な位置から見通せた有利はあったかもしれない――しかしそうだとしても、やはりニューガーデンの旋回の様子はまるで違った。パワーがまさに失速したターン1とターン2の中間で、3番手にいた彼は最内のラインから吸い寄せられるように近づいてマクロクリンを抜き去ったかと思うと、バックストレッチに立ち上がった次の瞬間、つまりコースのアウト側に設置されたカメラからイン側のカメラによる映像に切り替わったちょうどそのときにはもう、前日と寸分違わぬ構図でパワーの隣を占めていた。(↓)

後続にとってチャンスはリスタートの瞬間だけだったが、すべて撥ねのける

 2日とも同じ形でパワーを捕まえた場面は、ニューガーデンにとってそれぞれ最大の価値があり、そしてまた唯一のものだった。ひとたび先頭に立ってしまえばその座から降りることはなく、優勝するためにだれかを攻撃しなければならない場面は二度と訪れなかった。数少ない貴重な瞬間となったそのときの動きは、それにしても感嘆してしまう。アイオワのターン1や3は、入り口でインに飛び込んでパッシングを狙っても失敗する場合が多い。進入の一瞬だけ横に並べたとしても、わずかに小さくなっていく曲率のために窮屈な旋回を強いられて、バンクを利用する外側の相手を捕まえきれないばかりか、想像以上に速度が鈍ってむしろ後退してしまうからだ。ぽっかりと空いたインサイドは、じつのところ罠である。まさにこのときのパワーが周回遅れに対して陥ってしまったように、この罠に嵌る車を何台見かけたかわからない。そうではなくて、ターンの奥に対してインに寄っていき、出口のほうへしっかり向きを変えて即座に加速すれば、もたつく相手を直線の入り口で正確に仕留められる――書くだけならいかにも単純なのだが、ことタイヤが古い状態になると、これはニューガーデンにしかできないやりかたのように見えるのだ。他のドライバーはみな、アンダーステアのせいか車幅1台分イン側にぴたりと収めて曲がるなどという芸当はできない。いかなるときもコーナーの出口へためらいなくアクセルを踏み切ること。それはたぶんアイオワを攻略する方法のひとつにすぎないが、そうすることができる特異な技術は結局のところコース全体に敷衍し、レースを支配する力になる。

 アイオワのニューガーデンは、そのような特異で唯一なる技術の持ち主だと思われてならない。もちろん、タイヤが新品ならだれだって速く走ることができる。遅い車であっても少しピットの時期をずらして早めに交換を行えば、それだけでタイヤの差をもって最速車に変身し、簡単に周囲を圧倒できさえする。その限定的な一時になら、それこそニューガーデンを相手にしても優位に立てる。だが何でもできる魔法の時間はせいぜい15周で終わり、すぐに現実が訪れるだろう。グリップが低下して車の動きが自らの意思から剥離する。ステアの最中にリアはとつぜん外へ流れはじめ、アクセルペダルを踏めばフロントが壁に向かって逃げてゆく。アイオワを戦うとはつまり、そうした試練に長く耐えつづけることである。たとえばパト・オワードはタイヤを交換して20周も過ぎればすべてが浮ついてしまうようで、どのコーナーでもひっきりなしにカウンターステアを当てながら走っている。左に曲がりながらステアリングを右に切っているオンボード映像を見れば見るほどコース上に留まっているのが奇跡に思えるほどで、せめてコーションでレースがリセットされるときを待つしかなかった。オワード以外のドライバーも大なり小なり似たようなものだ。実際、逆転の可能性があったとしたら全員が新品タイヤを履いてかつ周回遅れの邪魔がないリスタートの瞬間だけで、週末で数回訪れたその機会に後続車はリーダーに食らいつこうとしたのだが、それも数十秒程度の寸劇に過ぎず、5周もしないうちに隊列はすっかり固定された。1周たった20秒のコースだから周回遅れはすぐにふたたび現れ、するとニューガーデンはまたひとりひらひらと隙間を縫って差を拡げていくのだ。刻一刻と低下していくグリップの最上限へつねに接近し、タイヤを使い切れない者から順々に振り落とされる。使える領域のわずかな違いが、数十周を走るうちに顕著に現れる、アイオワではニューガーデンを基準としたそんなレースが行われているように見える。

 ニューガーデンを追いかけていると、ショートオーバルを勝つ理屈がひどく簡単に思えてくる。要は、周りがみな遅くなったときに自分だけ少し速く走り続ければいいのだと。だがその簡単な理屈を実践するのは難しく、結局ニューガーデンにしかできないことなのである。観戦中に思わず声を上げてしまった、印象的な数秒を記録しておこう。土曜日のレース1、198周目終わりの出来事だった。ターン3の中間から終わりにかけて周回遅れのカラム・アイロットを大外からスピード任せに交わしたニューガーデンは、次にターン4で目の前を塞ぐ形になったクリスチャン・ルンガーに対し、一瞬でインに切り込んで抜き去った。にわかに信じられる動きではなかった。それくらい自由な、まるで瞬間移動したかのようなライン変更で、抜かれた2台はほとんどいないも同然だったのだ。すべてを支配する運動。もとよりニューガーデンが優れているとわかっていても、あらためてこんな象徴的な場面を見せつけられては、いったい彼以外のだれがアイオワを勝てると思えただろう。ラップチャートを確認してみれば、タイヤ交換から40周以上が過ぎた後で、10周後には次のタイヤに履き替えている。潰れかけたボロボロの靴で、ニューガーデンはあれほどまで美しく優雅に踊ってみせたというわけだった。後続は4秒も離れている。どうやらダンスパートナーは見当たりそうにない。■

トラフィックでも慌てるどころか、むしろ軽快に捌いて差を拡げるチャンスとする。他の追随を許さない圧倒的な連勝だった

Photos by Penske Entertainment :
James Black (1, 4)
Travis Hinkle (2)
Joe Skibinski (3)

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