ジョセフ・ニューガーデンらしい/らしくない逆転のポール・トゥ・ウィンは2024年のインディカー・シリーズを占うか

【2024.3.10】
インディカー・シリーズ第1戦 ファイアストンGP・オブ・セント・ピーターズバーグ
(セント・ピーターズバーグ市街地コース)

2024年の劈頭にジョセフ・ニューガーデンがポール・ポジションを獲得したのを認めたとき、思わずわが目を疑ったのだった。チーム・ペンスキーのエースたる彼を軽く見るはずはないし、もとよりわたしにとってもっとも愛してやまないドライバーなのだから、侮るなど微塵も考えられないことだった。にもかかわらず、いやむしろ愛し、よく見つめ、知っているつもりだからこそ、最速タイムを記録した予選に驚かざるをえなかったのである。ニューガーデンがポール? セント・ピーターズバーグで? そんなことが本当に起こるものか?

 信じがたく思ったのに理由がないわけではない。というのもニューガーデンは「速い」ドライバーではないからだ。と、これはもちろん誤解を招く表し方であって、インディアナポリス500とシリーズ両方のチャンピオンを獲得した彼がインディカーのグリッドにおいて白眉の存在であるのは言うまでもない。ただ一方で、その速さは決勝レース、わけてもレースの勝敗を左右する数周のあいだにこそ発揮される類のものでもある。通算29勝に対して少なすぎる17度のポール・ポジション――今回それぞれ30勝と18度に増えた――が、彼の性質を端的に表現しているだろうか。まだ無名の23歳だったちょうど10年前、スコット・ディクソンを追い詰めて初優勝に手を伸ばしながらも取り逃したミッドオハイオに失望してから昨年のインディ500での歓喜に至るまでずっと、ニューガーデンはレースに激しい抑揚を刻む稀有なドライバーだった。2時間におよぶレースのうち、決して逃してはならない核心の数分に持てる力のすべてを注ぎ込むような、瞬間的であると同時に継続的でもある彼の速さは、予選の1周に表出されるものとはまた異なる資質に拠っていた。最前列は似合わないのだ。(↓)

ニューガーデンにしては「珍しい」P1アワード

 現に、ニューガーデンは2019年と2020年にセント・ピートを連覇しているものの、予選1位を得た経験はない。開幕戦を先頭でスタートするのもオーバルレースのテキサスで一度あったたけで、ロード/市街地コースにかぎれば同様にはじめてである。想像の外だったとしても無理はなかろう。今年に関してなら、メイヤー・シャンク・レーシングがポール・ポジションを奪うほうがよほどありそうな結果に思えたくらいだ。弱小といって差し支えないこのチームは、なぜかここにかぎって毎年のように予選ファスト6へ進出してくる。今回も、移籍してきたばかりのフェリックス・ローゼンクヴィストが、1000分の6秒の僅差でニューガーデンの隣に並んでいた。あるいは3番手以降の結果についても違和感はなかった。ロマン・グロージャンはフンコス・ホリンガー・レーシングへ「都落ち」したが、それでも昨季のポールシッターとしてファスト6に食い込んだ。昨季のチャンピオンであるチップ・ガナッシ・レーシングも、このレースについては概ね例年どおり低調で、予想される場所にいた。2024年のインディカーを開始するスターティンググリッドで、ニューガーデンだけが異彩を放っていたのである。

 開幕のグリーン・フラッグが振られ、ターン1の混戦を全員が無事に切り抜けてやがて隊列が落ち着きを見せると、レースは淡々と進んでいくのだった。100周の距離で、フューエル・ウィンドウが33周前後であるのだから、燃費の管理がもっとも重要な課題となるのは明白だった。以前の110周から短縮されてすでに5年目、現フォーマットで表彰台に立ったのべ12人は、事故が多発して順調に周回が重ねられなかった昨年を除けばすべて2ストップ作戦を選択したドライバーである(昨年はそもそも2回のピットストップで完走した者がおらず、最少の3ストップが9位までを占めた)。激しいバトルを繰り返したり、事あるごとにプッシュ・トゥ・パスを使ってハイペースで飛ばしたりする戦いはここでは許されず、つねに燃料と速度、加えてタイヤのグリップの適切な均衡が求められる。静かな展開になるのも無理はなかった。

 ただ、今年はおそらくふたつの理由から、例年にもましてその傾向が強まったようだ。ひとつは、フルコース・コーションが非常に難しいタイミングで起こったこと。27周目に入ろうかというころ、マーカス・アームストロングがターン10へのブレーキングで速度を落としきれず、なかば制御を失ってタイヤバリアに側面から激突したのだった。バリアに貼られた広告バナーをリアタイヤで巻き取った11号車はかろうじてレコードラインから外れたものの右前のサスペンションを完全に折損しており、もはや自走できる状態ではなかった。これを受けて管制はすぐさまコーションを導入し、28周目から29周目にかけてピットが開放される。この時点ですでに残り燃料の少ない隊列に選択肢はなく、ほぼ全員が給油へ向かう決定を強いられた。最善のピットストップが33周目だったとすれば、この数周の前倒しは、ますますペースを上げにくくなる状況に押し込められることを意味した。事実、その後ほとんどの車はフィニッシュまでの70周をちょうど35周ずつに2分割して乗り切る以外の手立てを持てなかった、つまり他人に働きかけるのではなく自分を見つめるレースをするしかなくなったのである。

 もうひとつ、異なる仕様のタイヤがほとんど変わらない性能を発揮したのも、レースが動かない原因となった。第1スティントのニューガーデンとローゼンクヴィストの関係を参照しよう。柔らかいオルタネート(サイドウォールを緑に塗られた「グリーン」)・タイヤを履いたローゼンクヴィストは、初期グリップの高さを生かして硬いプライマリーのニューガーデンに最初の数周は食らいついたものの、首位を奪うに至らず2番手についた。そこまではありうべき展開のひとつである。ただ、それから両者のタイヤはほとんど違いを見せず、2秒前後の差を維持したままアームストロングのコーションまでレースが続いたのだった。それは例年と比べると異質に思える光景で、たとえば2022年のウィル・パワーは序盤にひとりだけプライマリーを履いて順位を上げていったものだし、また2021年は最終スティントにオルタネートを選択したニューガーデンが一時的にコルトン・ハータを追い詰めたものの、結局残り数周でペースが急落して大差で優勝を逃している。劣化の度合いに個人差はあれど、いずれにせよ短いスティントを挟めない現在のセント・ピートではかようにオルタネートの使い方も鍵となりうる。だが今回はどうやらその構図が当てはまらなかった。ニューガーデンも1回目のピットストップで緑タイヤを履き、35周を問題なく走りきって最後のスティントに繋げている。中継中に解説の松浦孝亮が「もう少しハードはハードらしく、ソフトはソフトらしくあってほしい」と指摘したその「らしくなさ」が、燃費の問題とあいまってレースの膠着を演出しすぎた感は否めない。

 燃料とタイヤは、レースを構成する要素のうちでもかなり重要な母数である。強力なそれらが固定されたとき、隊列も伴って固着する。撹乱による逆転が困難な展開になれば予選の順が必然的に決勝結果へと反映されやすくなる――今回についていえば、予選上位10人のうち完走した7人全員が、レースでも10位以内に入った――から、ポールシッターのニューガーデンが最多ラップリードを獲得して優勝したのはきわめて順当だったのだろうか。そういう面はたしかにあっただろうし、しかしそう単純ではなかったとも言える。ニュースのヘッドラインよろしく結果だけ取り出してみれば勝者は最終的に8秒差を築いてみせたのだったが、危うい場面もまちがいなくあった。先述した1回目のフルコース・コーションでほぼ全員が同時に給油を行ったときだ。今季初めてとなる実戦でのピットストップがいきなり失敗の許されない過酷な状況になって、ペンスキーが誇る歴戦のクルーたちも余裕を失ったか、給油に際してわずかに時間をかけすぎてしまった。ホースを引き抜くのに手間取り発進が遅れたその脇を、後ろからファストレーンを進んできたローゼンクヴィストとコルトン・ハータが間一髪ですり抜ける。ニューガーデンは実質的に3番手まで順位を落として、再スタートを迎えなくてはならない。(↓)

盤石のはずのピットストップでわずかな遅れ。ニューガーデンは順位を落とした

 展開を考えたとき、これは敗因にもなりかねない逆転だった。この先70周を1ストップで走り切るには慎重な燃費走行が必須であるだけでなく、先行した2人は第1スティントのオルタネートからプライマリーに交換し、ニューガーデンは逆にオルタネートに履き替えて、タイヤの関係がちょうど反転したからだ。結果としてみればオルタネートの寿命は長かったものの、それは松浦の解説のようにレース中盤から徐々に確信が持てた事実で、ローゼンクヴィストの状態くらいしか推し量る材料のないこの時点ではまだ理解が十分に及んでいなかった。とすればポールシッターにとって、スティント前半にタイヤの違いである程度の差を築きつつ、後半のペース低下を最小限に止めて先頭のまま最後のピットへと向かうのが最良の脚本だったはずだ。だが不要な先行を許したために、一転して最悪の展開が現実味を帯びて想像された。すなわち、グリップの優位がある時間に頭を抑えられ、時間が経つごとに後退を余儀なくされて挽回不可能な劣勢に追い詰められる……。実際、オルタネートの過敏さによって大きく動いたレースは、セント・ピートにかぎらず過去いくつもあった。ニューガーデンもその陥穽に落ちる可能性は、十分に考えられるようだった。

 先行状態を何より優先しなくてはならないレースで、不測の事態によって先頭を失った。状況が煮詰まれば煮詰まるほど、攻略のための手立ては減っていく。まだ全体の3分の1にも満たない時期ながら、すでにここが2時間のうちで取り逃してはならない核心となったのは明らかだった。だからだろうか、そのことを誰より知悉しているだろうニューガーデンのモードが、切り替わったように見えたのである。コーションが明けるや否や、ターン4でまだタイヤの温まりきっていないハータに躊躇なく襲いかかって片づけ、厄介な蓋をひとつ取り払う。さらに翌32周目のおなじくターン4。1車身以上離れた後方からローゼンクヴィストのインに飛び込もうと試み、ロックしたタイヤから白煙が上がった。この攻撃は失敗に終わる。進入角度は小さすぎ、曲がりきれずに危うく接触しかけたところを、相手が1本分ラインを残してくれたおかげで難を逃れ、ふたたび背後につく。ターン7では出口でスロットルを開きすぎてリアタイヤがスライドし、トラクションを失って引き離された。だがコース後半の低速区間でふたたび差を縮め、フロントストレッチではプッシュ・トゥ・パスを使っただろうか、背後に潜り込んだかと思った次の瞬間、33周目のターン1を制している。再スタートからわずか2周、ほんの2分のうちに起こった出来事だった。ニューガーデンはこうして元いた正しい場所へと戻り、直後にスティング・レイ・ロブが車を止めて2度目のフルコース・コーションが導入されて、隊列が落ち着いた後はもう、フィニッシュまでだれにも脅かされなかった。(↓)

先頭を奪い返してからは見事なペースコントロールに切り替え、8秒差で圧勝

 結局、再スタート直後の攻防がすべてだった。部分がそのまま全体に押し拡げられるそんなレースを、ポールシッターのニューガーデンは逃げ切ったのではなく、逆転勝ちしたのである。もちろん、逆転の場面を切り取れば明確にタイヤの差はあった。ニューガーデンの後ろではおなじオルタネート・タイヤのパト・オワードもローゼンクヴィストを交わしており、ひとりだけ異質な速さを披露したわけではない。それは理解したうえでなお、これはニューガーデンらしい、ニューガーデンに特有なレースだったと言いたいと思う。本質は実際に追い抜いた場面ではなく、失敗した32周目のターン4にある。素人目にも無理のある距離から、それでもなお攻撃を仕掛けたのは、接触やタイヤを傷める危険を冒してでも相手を抜くことが、何を措いてもあの瞬間に前に出ることが、優勝を取り返すため不可欠だった――少なくともレース進行中はそう考える必要があった――からではないか。ニューガーデンの本質とはつまり、そういうときに絶対にためらわないところにある。捉えなければならない場面を、他の何にも構わず掴もうとする。自分が持てる最大の力を、もっとも重要な時間に表出させようとする。30の優勝、2度のチャンピオン、インディ500。キャリアの要所を支えてきたのは、成功か失敗かにかかわらず、いつもそのような運動に身を委ねて恐れない得がたい資質だった。つまりは今回もその一覧のひとつである。ニューガーデンらしくないポール・ポジションから始まったセント・ピートは、結局、もっともニューガーデンらしい場面を演出したということだった。

 昨季、ニューガーデンは難しい時期を過ごした。念願のインディ500を獲得し、オーバルコース全勝にあと一歩まで迫る4勝を挙げたとはいえ、しかしオーバルが彼自身の勝利のすべてだったのだ。そのオーバルを含めてさえ予選1位は一度もないどころか十数位に終わることもしばしばで、それが今回のスタートを意外に思わせた理由でもあった。市街地/ロードコースではどこかぼんやりとしていて精彩を欠き、全体としてみればチャンピオンとなったアレックス・パロウに圧倒されてばかりだった。年間順位もペンスキーに移って以降最悪の5位で、チームメイトの後塵を拝した。だが、この開幕戦を観ればどうだろう。まだたった1レースが終わったにすぎないが、去年一度も見つけられなかった鮮やかな走りには道標が示されているように思える。もしニューガーデンらしい運動にニューガーデンらしくない速さが加わることがあれば、2024年の勢力図は早いうちに描けるかもしれない。■

レースに集中するためSNS断ちを行う。その効果どうかはともかく、たしかに最高のスタートを切った

Photos by Penske Entertainment :
James Black (1, 5)
Joe Skibinski (2, 4)
Chris Jones (3)

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