シモン・パジェノーの初優勝はブリックヤードへと繋がっている

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【2017.4.29】
インディカー・シリーズ第4戦 フェニックスGP
 
 
 暮れなずむフェニックス・インターナショナル・レースウェイは夜の準備を始めている。砂漠の真ん中に浮かぶオーバルトラックには少しずつ闇が押し寄せ、ヘルメットまで蛍光黄色一色に塗り上げられた1号車はその暗さの底から鮮やかに浮き上がって光り、ひときわ目を引くようになってきていた。際立っていたのは目に痛いほどの明るさばかりではない。追い抜きがきわめて難しいショートオーバルにあって、上位を独占して隊列をなすチーム・ペンスキーの群れの中でもその動きは明らかに優れ、レースの中心としての存在感を放ってもいた。そのうち、70周目のターン1が訪れる。乱気流を怖れず直前のターン4を巧みに立ち上がって12号車の背後についた1号車は、短い直線でドラフティングを利用するまでもなく並びかけ、次のコーナーで黄色い残像とともに主導権を奪い取った。多重事故で始まったレースの序盤に見どころを求めるならこの数秒だったかもしれない。シモン・パジェノーがウィル・パワーを交わした一幕は、固定されて動かない隊列が伸びたこの日、車どうしが交叉する数少ない場面のひとつだった。それは彼がフェニックスではじめて完成させた意味のあるパッシングであり、とある初優勝に、またチャンピオンの立場に大いなる正当性を与えるものだった。少なくともわたしは、まだ4位から3位に上がったにすぎなかったにもかかわらず、とうとうパジェノーにこの時が訪れたのかもしれないと期待を巡らせていた。

 いまさら言うまでもなく、パジェノーは2016年のインディカー・シリーズを制している。優勝5回は近年のチャンピオンが1年間で上げた数としてはもっとも多いもので、その一事だけでも彼の得がたい才能は示唆されるだろう。ただし、その偉業には少しばかり特殊性が伴っている。勝利したサーキットを列挙すると、ロングビーチ、アラバマ、インディアナポリス・ロードコース、ミッドオハイオ、ソノマ――すなわちロードコースで4勝、市街地コースで1勝で、オーバルコースは含まれていない。以前このブログで取り上げたとおり、「インディカー・シリーズ」においてこれは初めてのことだ。1996年に前身のIRLが立ち上がってから2015年に至るまで、シリーズ・チャンピオンは例外なくその年のオーバルで優勝していた。かつてロードの帝王としてオーバルを大の苦手としていたウィル・パワーでさえ、頂点に立った2014年にはミルウォーキーを勝っている。オーバルとインディカーが密接な関係にある中、パジェノーはとうとう楕円と無縁なままに一年を制し、その伝統を断ち切ったドライバーになったのだった。

 ここにたとえば時勢の変化を見て取ることは難しくない。もともとCART時代のインディカーからオーバルが減少していた状況を憂えた勢力によって全戦オーバルを標榜して立ち上がったのがIRL、現在のインディカー・シリーズであり、その王者は当然に楕円の覇者でなければならなかった。だが20年が経つ間に、インディカーはかつてのCARTがそうしたようにオーバルコースをカレンダーから消していき、近年は全体の3分の1程度しか開催していない。別格のイベントであるインディアナポリス500を除けば人気が低迷している以上、オーバルが集客力の高い市街地コースに取って代わられたのは自然な成り行きでもあった。いまのインディカーに、かつてのようなオーバルを「守る」意思はない。インディ500さえ守れるなら、その必要もあまりないのだろう。IRL、インディカーの20年はいわば当初の理念が押し寄せる現実に少しずつ妥協していく過程そのものだった。チャンピオンがオーバルの優勝者だったことは両者の最後の均衡点にも思える。だがそれは半ば偶然的な結末にすぎず、いつまでも続くものではなかった。

 その意味で、楕円を知らない王者は時代の移り変わりの産物だったのだろう。オーバルとチャンピオンが繋がっていたことが偶然なら、それが断絶してしまうのも、レース数からすればむしろ確率の高い偶然だ。だが現実の事情への賢しらな理解とはまったく別にして、そこに僅かながらわだかまりを抱いてしまうのもたしかだった。たとえ数を減らしてもオーバルはIRLの原点であり、インディ500は頂点であるはずだった。その栄光を必要としない王者に対して、どのような視線を向けるべきなのか、答えを見つけられなくなるのだ。もちろんパジェノーの5勝はすべてがすばらしく、どれもインディカーの精神性をこれ以上なく体現していたと確信されるものだと、これまで何度も書いてきた。わたしの愛するフランス人は、疑いなく正当な、そして正統なインディカーの王者だった。ただそこに、具体的なオーバルの輪郭だけが伴っていない。睛の点じられない美しい竜、パジェノーをそう評することもまた可能だったのである。

 パジェノーが、以前のパワーのようにオーバルで目を覆いたくなるほどのドライバーだったかといえば、けっしてそうではない。たとえば2015年のインディ500やテキサスではレース序盤を数十周にわたってリードし、勝利の可能性を感じさせてもいた。だが一方で、全体を通してその速さを維持できない姿もまま見受けられた。目の覚める速さで後続に数秒もの差をつけるような完璧な走りを見せていたのに、状況が薄暮から夜へと移ろったり、路面温度が上昇したり、ときにはたった1回のピットストップを経ただけで、それまでの速さが幻だったように失速し、集団に埋没してしまっていたのである。もちろんオーバルでは車のセッティングが決まっていなければドライバーは手の施しようもないのが常だから、それは本人ではなくチームの問題なのだとも言える。ただそうであったとしても状況の変化に対応しきれずに光を失っていく様子を見ながら、わたしはしばしば疑問と落胆が綯い交ぜになった感情を抱えなくてはならなかった。またあるいは、昨年のフェニックスでは2位だったものの、オーバルでの最高位という良績とは裏腹にドライバーとして優れた面を感じさせたわけではなかった。予選10位からのスタートで優勝まであと一歩のところまで追い上げたといえば驚異的な追い上げも想像されようが、実際はピットクルーの見事な作業で8台を抜いただけで、コース上ではだれも攻略できずに終わったのだ。2位にもかかわらずラップリードは0周、優勝したスコット・ディクソンに手も足も出ず、表彰台はチームに助けられた結果だった。結局のところパジェノーのオーバルとはそういうものだった。内容を見ても結果を見ても、優勝に届く可能性はありそうに思えながら、一貫性や速さを正しいタイミングで使うことができずに果たせなかったのである。

 もしかすると、今年のフェニックスもそうした煮え切らないパジェノーの繰り返しになっていたのかもしれない。1年前と同様、直線が短くバンク角も低いショートオーバルでの追い抜きは困難で、ミカイル・アレシンのスピンを契機として起こった多重事故の後、隊列は膠着していた。ペンスキーの4台は上位を独占して順位を争う理由を失い、パジェノーはジョセフ・ニューガーデンと一度だけ順位を入れ替えたものの数周後には元に戻った。ポールポジションのエリオ・カストロネベスは、最初の給油に向かうまで73周の間、ずっと先頭を走り続けている。レースが動く気配は微塵も感じられず、そのまま250周目まで傾れ込んでいったとしてもまったく不思議はないようだった。

 冒頭の追い抜きの場面は、そんな時間帯に突如として現れている。70周目のターン1への手前でパワーに対して車半分ほど並びかけ、微かな減速を伴って直線的に進入するさまはこの日のどんなコーナリングよりも鋭く、暗くなりつつあるオーバルトラックに一本の黄色い線が引かれたような錯覚を呼び起こした。おそらく、これこそ待ち望まれた瞬間だったのだ。なるほどスティントの最終盤になってパワーのタイヤは消耗しきっており、相対的に優れた状態にあったパジェノーにとって攻略はさほど難しくないように見えた。またここでチームメイトを抜くことに展開上大きな意味があったかといえば、実際のところさほどでもなかっただろう。レースは3割を消化したばかりのころで、前にはまだ2台が走っている。だとしてもだ。昨年ついに成功しなかったパッシングは、このフェニックスで何より美しい物理的現象として見るものに強い印象を残した。その美しさはきっと、パジェノーがオーバルを優勝するために必要としていた資格だった。

 やがて、2週間前のニューガーデンがそうだったように、パジェノーにもまた美しい速さを祝福する幸運が降りかかる。他のすべてのドライバーがピット作業に向かった直後の138周目、彼ひとりがスティントを延ばしてまだコースを走り続けていたまさにその周に、佐藤琢磨が単独事故を起こしてフルコース・コーションとなったのだ。1周20秒にも満たないショートオーバルでは、レース状況でピットに入れば当然周回遅れになる。その中で唯一コーション下のピットストップを行なったのだから、結果は言うまでもない。パジェノーがコースに戻ったのは隊列の最後尾だったが、にもかかわらず彼はリーダーだった。目の前の車はすべて自分よりも1周かそれ以上少ない状態だったのだ。それでもう負ける理由は何ひとつなくなった。

 レースを終えたパジェノーは現地放送のCMが明けるのを待つためコントロールラインの手前に止まり、車を降りるとそのモノコックを何度も叩いて喜びを露わにした。そのはしゃぎようは、あるいは昨年のソノマでチャンピオンを獲得した瞬間よりも激しいとさえ思えるほどで、彼自身がオーバルを熱望していたことを窺わせた。たしかに幸運が手助けをした優勝ではある。だがそれを除いてもなお、彼はレースの大部分でもっとも速く、もっとも強く、そして美しかった。パワーに対するパッシングはそのひとつの証明だったし、幸運とてそれだけ速かったにもかかわらずひとりだけ給油とタイヤ交換を遅らせられるほど繊細に走っていたことが呼び込んだともいえる。事が起きた際、その恩恵に与れる立場にいるのも重要な資質だ。この日のパジェノーには勝利に値する何もかもが揃っていた。オーバルを知らないチャンピオンは、もういない。

 フェニックスを制したパジェノーは、優れたドライバーの枠を超えて米国の英雄になっていくだろう。ロードで圧倒的な強さを誇る直近のチャンピオンがIRLの原点も手に入れたとなれば、それを疑う理由はどこにもない。たとえばこんなふうに言ってみよう。21世紀に入ってから、パワー以前のインディカー・チャンピオンはみなインディ500も優勝している。ヴィクトリー・レーンで牛乳を口にする候補の最上位にいるのがパジェノーだと言っても、もはや何の疑義も生じまい。

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