見損ない続けるわたしたちの視線によって、レースは生まれる

【2020.7.17-18】
インディカー・シリーズ第5−6戦

アイオワ・インディカー250s(アイオワ・スピードウェイ)

日曜日に行われたアイオワ250のレース2を、200周以上にわたってリードしたジョセフ・ニューガーデンが圧勝しようとしているころ、中継するGAORAの実況陣がその戦いぶりを絶賛している。昔は躍起になって走っていたのが今は落ち着きを得て、忠実に任務をこなすようになったといった内容で、ここ数年最大の敵として彼の前に立ちはだかり続けるスコット・ディクソンの姿を見て学んだようだ、と話は締めくくられるのだった。ニューガーデンはそれからゴールまで危なげなく数秒の差を保ったまま逃げ切り、遅まきながら2020年の初優勝を上げた。

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不測のコーションが、またひとつ日常をもたらす

【2020.7.4】
インディカー・シリーズ第2戦 GMRGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

昨年の5月、フランス人として99年ぶりにインディアナポリス500マイルを優勝したシモン・パジェノーは、その2週間前に同じコースのインフィールド区間を使用して行われるインディカーGPを制している。その前の年、2018年のウィル・パワーもまた、同じくインディカーGPとインディ500をともに手にして、歓喜の5月に身を沈めた。まだ世界がこんなふうになるとは思いもしなかったころだ。パジェノーは最終周のバックストレートで走行ラインを4度も変える決死の防御を実らせた果てに、一方パワーはフルコース・コーションに賭けた伏兵が燃料切れになってピットへ退いた後に、チェッカー・フラッグのはためくフィニッシュラインを真っ先に通過していった。激動、あるいは静謐。対照的な幕切れは、しかしどちらも感動的で感傷に溢れた、見る者の涙を誘う初優勝だった。インディカーのあらゆる感情は、5月に溢れ出して引いていく。

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すばらしいインディ500に、「あなた」は何を見ただろう

【2019.5.26】
インディカー・シリーズ第6戦 第103回インディアナポリス500マイル
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)

この結果を心の底から望んでいたし、不遜な言い方をすれば最初からこうなるとわかってもいた、といかにもすべてを知悉しているかのように微笑を浮かべてみようか。後出しで賢しらに言っているのではなく、たとえば2週間前に行われたインディカーGPについて書いた前回の文章を読んでもらえば、わたしが迷いを抱きながらもシモン・パジェノーのインディアナポリス500マイル優勝を先見していたと知れるはずだ。その来歴と、来歴を表現する走りそのものを信じるかぎり、世界でもっとも偉大なレースを彼がいつか制するのは自然ななりゆきだったに違いない。パジェノーはすでにブリック・ヤードのヴィクトリー・レーンにふさわしいドライバーになっていて、あとは実際にそこへ足を踏み入れればいいだけだった。昨年のウィル・パワーにとって、一昨年の佐藤琢磨にとって、またもっと以前の勝者みなにとってそうだったように、パジェノーにとってもこのインディ500は長いレース人生を表す「最後のほんの500マイル」としてあった。事実、2019年5月26日に過ぎ去った200周は、まさにわたしが見続けてきたシモン・パジェノーそのものに思えたのだ。静謐に積み重ねられる速さと、一瞬で立ち上がる情動。静けさとけたたましさ、滑らかさと荒々しさの両立。一見して相反するこれらの性質は、根底に流れる繊細な才能によって矛盾なく一個に統合されている。すなわちだれよりもしなやかな技術を持っているからこそふだんは流れるようにレースをたゆたい、まただれよりもしなやかな技術を持っているからこそ、要諦では衝動的な戦いに身を任せながらも破綻せず、激しい印象とともに結果を手元に引き寄せられる。2013年のボルティモア、セバスチャン・ブルデーを文字どおり弾き飛ばして優勝を奪い取った69周目を思い出してもいい。2016年のアラバマで迫りくるグレアム・レイホールに対してあくまで先頭にこだわってラインを閉めて接触した瞬間を振り返るのもいい。あるいは同じ年のミッドオハイオの66周目、パワーの厳しく執拗なブロックをことごとく撥ね退け、とうとうターン12でラインを交叉させながら抜き去った30秒間の攻防でも、もちろんつい先日、雨のインディカーGPで最後の最後にスコット・ディクソンに並びかけた場面でも。パジェノーの有り様には、穏やかな流れの大河が時に氾濫する様子を感じられる。その時々に見せる顔は違っても紛れもなく同じ一本の川の本質であり、そして両面があるからこそ大地に恵みがもたらされる。

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ドライバーの本質すべてを表したシモン・パジェノーの20秒間は、きっと500マイルに繋がるだろう

【2019.5.11】
インディカー・シリーズ第5戦 インディカー・グランプリ
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)

そういえば2017年の夏だったか、長きにわたって勝利から遠ざかったままだったエリオ・カストロネベスについての観察を述べたまさに直後のレースにおいて、彼はちょうどわたしが弱点と見なした一瞬の情動の欠如を埋める走りを表して表彰台の頂上をもぎ取ったのだった。何かの拍子に紛失しずっと探していたジグソーパズルの最後の一片を絨毯の裏からようやく見つけ出し嵌め込んだ、本当に足りない要素だけを正しく補った優勝だったことを、いまでも好ましく覚えている。観客としての視線だけに頼りながらひとつのレースカテゴリーについて何年も文章を書いていれば、こんなふうに感覚と現象がきれいに接続される――順接にせよ逆接にせよ――瞬間に恵まれる機会にも遭遇するのだろう。チップ・ガナッシ・レーシングの振る舞いを難じたところやはり次のレースで心変わりしたかのように戦ったこともあったし、あるいはジョセフ・ニューガーデンの歩みとこのブログのいくつかの記事はある程度重なりもする。ウィル・パワーのインディアナポリス500マイル優勝を半年前からぴたりと言い当てる結果になったのはさすがにできすぎだったとしても。

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ろうたけたアレキサンダー・ロッシが感傷を呼び起こす

【2019.4.14】
インディカー・シリーズ第4戦 アキュラGP・オブ・ロングビーチ
(ロングビーチ市街地コース)

大会の冠スポンサーが替わったところでレースの本質じたいにさほど影響があるはずもないのだが、とはいってもトヨタが44年間支えてきたロングビーチGPから手を引くと伝えられたときには少なからぬ感慨が生じたのだった。世界最大級の自動車メーカーの判断に対して、モータースポーツの支援には文化的な価値があるはずだなどと身勝手に難じようというのではない。企業が当然に利益のため種々の活動を展開する中で、ロングビーチが「利益」の対象とはなりえないのではないか、それがインディカーの現状であるのだろうかといった漠たる不安――長年チップ・ガナッシ・レーシングを支えてきたターゲットが撤退したときに感じたのとおなじ――が心に差した程度の話である。もう13年も前に競技者としては撤退したトヨタの名前がいよいよインディカーと完全に切り離され、過去の残り香が拡散して消え去っていくような一抹の寂しさもあった。もちろんこれはしょせん「現在」を感じにくい遠く日本から眺めているだけの部外者が抱く勝手な思い込みにすぎないのであって、伝統のレースは今年も人気を博し、週末の3日間で前年より1%多い18万7000人の観客が訪れたと伝えられている。喜ばしいことだ。トヨタに代わってアキュラのブランド名でスポンサーについたホンダにしても、お披露目のレースで自分たちのエンジンを積むアレキサンダー・ロッシが2連覇を達成したのは最上の結果だっただろう。

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その1周を見れば、ドライバーのすべては象徴されている

【2017.9.17】
インディカー・シリーズ第17戦(最終戦) グランプリ・オブ・ソノマ

 
 前回の記事に書いたとおり、最終戦を前にしてもわたしはインディカー・シリーズの選手権がどのような結果に終わるかどうかは瑣末な問題だと思っている。ただ、ある種の身勝手な理想主義をもって、仮に正しい結末と呼べるものがあるとするならジョセフ・ニューガーデンの戴冠以外にはありえないと信じていたのもたしかだった。シリーズ・チャンピオンという概念がその年の様相を正確に表す手段なのだとしたら、他にどんな結果が許されるだろう。だれにも真似できない妖艶さと果敢さを併せ持つパッシング、息を凝らして見つめるしかないほど鋭利なスパート、そして幾許かの幸運によって、ニューガーデンはことあるごとに観客の視線を奪っていった。シーズン4勝はだれよりも多く、そのうえいつも決然たる意志を明確に感じさせる純粋なものだった。ニューガーデンが優勝するとき、それは――トロントは除いて、という註釈はつけてもいいかもしれないが――ニューガーデンが優勝すべきレースに紛うかたなき正当な結果をもたらしたことを意味していた。以前からニューガーデンとシモン・パジェノーを贔屓のドライバーとしていると述べているわたしの文字どおりの贔屓目はあるにしても、2017年のインディカーでもっとも自らの才能を表現したのが、このシリーズにおいてはきわめて若い部類に入る26歳のアメリカ人であることはまちがいなかった。これも書いたことだが、積み重ねられた選手権の得点がスコット・ディクソンとわずか3点差で最終戦を迎える状況が、すでに狐につままれたような事態でさえあったのである。
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優れたドライバーの精神がレースに熱量を与える

【2017.8.26】
インディカー・シリーズ第15戦 ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500(ゲートウェイ・モータースポーツ・パーク)

 
 ゲートウェイ・モータースポーツ・パークでインディカーが開催されるのは14年ぶり、まだインディカー・シリーズではなくインディ・レーシング・リーグ=IRLだった時代の2003年以来だというから、さすがにここで語れるほどの詳細な記憶は残っていない。「前回」のポールシッターかつ優勝者が当時から今まで一貫してチーム・ペンスキーで走り続けているエリオ・カストロネベスで、2位もいまだ第一線で戦うトニー・カナーンであることにあらためてその偉大さを噛み締めはするものの、その事実が長い空白の時を経て何らかの意味をもたらすことはないだろう。現代では追い抜きが難しいとされるショートオーバルで、まして路面が一新され、どのチームもまともなデータなど持たない中でのナイトレースは、競技者にとっても観客にとっても困難をもたらすと予想された。だれがいつ足を掬われるか想像もつかず、生き残った者どうしでフルコース・コーションのタイミングにすべてを委ねる大荒れの展開か、そうでなければ全員の針が慎重に振り切れてしまう退屈が待ち受けているのか、どちらかだろうか。いずれにせよ、わかりやすい正当性の現れるレースになるかと言われれば、首を縦に振るのは難しいことのように思えた。
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シモン・パジェノーの初優勝はブリックヤードへと繋がっている

【2017.4.29】
インディカー・シリーズ第4戦 フェニックスGP
 
 
 暮れなずむフェニックス・インターナショナル・レースウェイは夜の準備を始めている。砂漠の真ん中に浮かぶオーバルトラックには少しずつ闇が押し寄せ、ヘルメットまで蛍光黄色一色に塗り上げられた1号車はその暗さの底から鮮やかに浮き上がって光り、ひときわ目を引くようになってきていた。際立っていたのは目に痛いほどの明るさばかりではない。追い抜きがきわめて難しいショートオーバルにあって、上位を独占して隊列をなすチーム・ペンスキーの群れの中でもその動きは明らかに優れ、レースの中心としての存在感を放ってもいた。そのうち、70周目のターン1が訪れる。乱気流を怖れず直前のターン4を巧みに立ち上がって12号車の背後についた1号車は、短い直線でドラフティングを利用するまでもなく並びかけ、次のコーナーで黄色い残像とともに主導権を奪い取った。多重事故で始まったレースの序盤に見どころを求めるならこの数秒だったかもしれない。シモン・パジェノーがウィル・パワーを交わした一幕は、固定されて動かない隊列が伸びたこの日、車どうしが交叉する数少ない場面のひとつだった。それは彼がフェニックスではじめて完成させた意味のあるパッシングであり、とある初優勝に、またチャンピオンの立場に大いなる正当性を与えるものだった。少なくともわたしは、まだ4位から3位に上がったにすぎなかったにもかかわらず、とうとうパジェノーにこの時が訪れたのかもしれないと期待を巡らせていた。
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レースは過去に照らされている

【2017.4.9】
インディカー・シリーズ第2戦 ロングビーチGP
 
 
 シモン・パジェノーが予選第1ラウンドでおなじチーム・ペンスキーに乗るエリオ・カストロネベスの進路を妨害した廉でその時点でのトラックレコードとなる1分6秒5026のトップタイムと2番目に速いタイムをまとめて抹消され、ポールポジションさえ狙える状況から一転していちばん後ろのグリッドに着かなければならないことが決まったとき、わたしが愛してやまないこのフランス人がロングビーチで意味のある結果を持ち帰る可能性はほとんど見当たらなくなってしまったようだった。なるほど開幕戦のセント・ピーターズバーグではセバスチャン・ブルデーが最後方スタートから文字どおりの「Biggest Mover」――これ以上の逆転はない――となって優勝したが、それはどうやらインディカー史上わずか4例目の稀なできごとであったらしく、続けざまに起こることを期待できるようなものではなかった。たしかに土曜日のパジェノーはとびきり速かった。 続きを読む

優雅な閉幕は優れた資質の証明である

【2016.9.18】
インディカー・シリーズ最終戦 ソノマGP
 
 
 2010年代のインディカー・シリーズを振り返ってみると、2015年までのあいだに選手権2位を獲得したドライバーが3人しかいないことがわかる。2010年から2012年の3年連続でウィル・パワー、2013年と2014年のエリオ・カストロネベス、2015年のファン=パブロ・モントーヤである。6年間の3人は共通点を持っている。全員がチーム・ペンスキーに所属していたことには気づきやすいはずだ。この間ペンスキーが王者を輩出した(つまり選手権で1位と2位を独占した)のは2014年にパワーが制した1回きりで、あとはチップ・ガナッシ・レーシングが4度、アンドレッティ・オートスポートが1度だから、近年このチームの勝負弱さは筋金入りである。だが仔細に見れば似通っているのは車ばかりではない。 続きを読む