優れたドライバーの精神がレースに熱量を与える

【2017.8.26】
インディカー・シリーズ第15戦 ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500(ゲートウェイ・モータースポーツ・パーク)

 
 ゲートウェイ・モータースポーツ・パークでインディカーが開催されるのは14年ぶり、まだインディカー・シリーズではなくインディ・レーシング・リーグ=IRLだった時代の2003年以来だというから、さすがにここで語れるほどの詳細な記憶は残っていない。「前回」のポールシッターかつ優勝者が当時から今まで一貫してチーム・ペンスキーで走り続けているエリオ・カストロネベスで、2位もいまだ第一線で戦うトニー・カナーンであることにあらためてその偉大さを噛み締めはするものの、その事実が長い空白の時を経て何らかの意味をもたらすことはないだろう。現代では追い抜きが難しいとされるショートオーバルで、まして路面が一新され、どのチームもまともなデータなど持たない中でのナイトレースは、競技者にとっても観客にとっても困難をもたらすと予想された。だれがいつ足を掬われるか想像もつかず、生き残った者どうしでフルコース・コーションのタイミングにすべてを委ねる大荒れの展開か、そうでなければ全員の針が慎重に振り切れてしまう退屈が待ち受けているのか、どちらかだろうか。いずれにせよ、わかりやすい正当性の現れるレースになるかと言われれば、首を縦に振るのは難しいことのように思えた。

 実際の始まりは予想を超えていたとも言える。ウォームアップを兼ねた5周のパレードラップの最中に、コースの内側に引かれた白線をわずかながら掠めただけのカナーンがあっさりとリアのグリップを失ってスピンし、後ろ向きでセイファー・ウォールに突き刺さったのには呆然とするほかなかった。さらに、事故のためにパレードがキャンセルされてそのままコーションラップへと移行したためこの日最初のグリーン・フラッグとなった5周目の「リ」スタート直後にも事は起こった。いかにも恐る恐るといった速度でターン1へと進入したポールシッターのウィル・パワーを、ジョセフ・ニューガーデンが少しだけ恐怖を振り払うような危うい挙動で外から抜き去り低いラインへと戻ろうとした瞬間のことだ。つい1週間前に目覚ましい大逆転を果たしたばかりだった現代最高のオーバルドライバーは、右前方から目の前に降りてくるチームメイトの動きで空力バランスを乱したのか、カナーンと同じようにリアを振り出して制御を失い、なすすべなく壁へと吸い込まれていった。加えてすぐ後ろの集団では、オーバルレースを専門とするわりに最近はどうも動きの怪しいエド・カーペンターが混戦の中でやはりリアのルーズ状態に陥り、劣勢の予想されたショートオーバルで予選6番手を獲得して期待を持たせていた佐藤琢磨を巻き込みながら、先にスピンしていたパワーの車に乗り上げる大きな事故を起こしたのである。パワーの頭部付近にカーペンターの車体が乗りかかる――場合によっては命に関わりかねず、F1で賛否両論喧しい「Halo」の有用性にある種の根拠を与えるような――危険な場面だった。

 幸いにもパワーは何事もなく自力で車から脱出したものの、レースが始まる前に1台、事実上のスタートからほんの数秒で3台が車を制御できなくなるようなグリップ感を見るかぎり、正直なところまともにレースなどできないのではないかという危惧さえ抱いたものだ。パワーたちの事故によってレースはふたたびフルコース・コーションとなったが、リスタートで隊列が圧縮されていることそのものがまた事故の原因となってコーションが繰り返されるのはインディカーにありがちな光景でもある。解説を担当した黒澤琢弥の見立てによると新しいゲートウェイの舗装はざらつきが少なく摩擦が小さそうということで、リスタートと事故の反復でどんどん台数が減っていくような展開も可能性としては十分に考えられた。

 だが事故によって針が慎重に振れたのか、はたまたさすがはインディカーのドライバーと言うべき順応を果たしたのか、18周目のリスタート以降レースは一転して膠着する展開が待っていた。1周目にパワーを交わしたニューガーデンが昨年のアイオワを思わせる盤石さで先頭をずっと維持し、カストロネベスと、おなじくペンスキーのシモン・パジェノーがひたすらその後ろに付き従い、隊列はほとんどの時間帯で一列のまま維持されている。ちょうど今回とおなじく久しぶりの開催だったフェニックスの時がそうだったように、グリップに不安を抱えダウンフォースへの依存度が高い場合のショートオーバルの典型的な展開のまま、レースは淡々と周回を重ねていったのである。

 こうしたときに結果を左右するのは、往々にしてコース外での出来事だったりする。たとえばパジェノーは昨季のフェニックスで、10番手スタートのうえコース上で一度も追い抜きをできなかったにもかかわらず、チームの手際よいピット作業に助けられて2位表彰台にまで上がったのだったが、今回もレースが進行するに連れてそんな形でしか順位が変動しない雰囲気が色濃くなっていった。折よくと言うべきか、ゲートウェイは前日にインディアナポリス500マイルのイベントを模した「ピットストップ・コンペティション」を開いてピット練習の時間帯を注目すべきショーとして彩ったばかりだった。それはまるでピット作業が重要な主役となる展開を予期していたような采配だったが、実際の展開でも、レース自身がそんな意思を持っていると錯覚するほどに、絶妙なるタイミングでコーションが誘われたのである。レーシング・コンディションの下60周目前後に行われた最初の給油から40周が経った102周目、セバスチャン・サベードラがアンダーステアを発して壁に擦ると、ピットへの進入が許可されるやいなやほとんどすべての車が一斉にレーンへとなだれこんできた。混み合うピットの中で、リーダーのニューガーデンは後ろから来ている車のためにほんのわずか発進を遅らせる。その一瞬の躊躇によって、2位を走っていたカストロネベスが前に出たのだった。

 逆転が果たされたスティント以降、ニューガーデンがカストロネベスの隙を窺う機会はほとんどなかったと言っていい。2号車と3号車の位置が入れ替わっただけで、結局コース上はまったく膠着したまま、序盤と変わらない光景で周回数だけが積み上がっていった。これはつまり、最後のスティントの入り口で先頭に立ったドライバーがそのまま優勝する以外にないレースになるだろうことを意味していた。しかして次の給油はふたたびレース状況で行われ、カストロネベスはわずかな不手際で先頭を失ったが、そうして4位へと転落した以降はまったく勝機が訪れなかった。混沌が予想されたレースは、もはやひとつの緩みも許されないほど厳しくタイムを争う戦いになっていたのだ。

 一方で先頭に戻ったニューガーデンにしても、ゲートウェイは勝ち目のないレースのはずだった。彼はつねにチームメイトのピットストップに脅かされていた。203周目にライアン・ハンター=レイが100周前のサベードラそっくりの事故を起こし、最後の給油がコーション下の接近した状況で行われると、今度はパジェノーに先頭を奪われたのだ。作業場所がピットレーンの前から2番目だったパジェノーは、幸運にもすぐ前の位置を使用する佐藤がすでに戦列を離れていたために、給油リグが抜かれると同時に遠慮なくまっすぐ進んでいくことができた。発進の際にステアリングを切るか切らないか、そのわずかな違いが出口でパジェノーの鼻先だけを前に出し、重大な逆転に結びついたのだった。

 すなわちこの文章は、「ペンスキー同士で争ったこの瞬間がレースの決着だった」と締められるのが本来のありかたである。ニューガーデンは実に百数十周のラップリードを刻んだが、完璧に収められるはずの勝利はより優れた味方によって阻まれたのだと、そんな結び方だ。スローVTRでパジェノーが前に出ているのが確認された直後に映し出されたピットクルーの喜ぶ姿は、もっとも重要な場面で自分たちのドライバーを先頭へ送り込んだ達成感の表出である以上に、優勝を確信したもののように見えた。それほど決定的な逆転劇だったのだ。14年ぶりのゲートウェイはピットで相手を討ち果たしたパジェノーが優勝する。コースでの順位変動がまったく見られないここまでのレース展開を見ていれば、それは少々退屈で正当さには欠けるかもしれなくとも十分に予想される結末だった。

 だがドライバーの強い意志は、スポットライトの照らす先をほとんど無理やりコースへと変えてしまうものらしい。そのたった一度の機動で、だれしもこのレースに大きな価値を見出せたことだろう。接近戦こそ続くものの2台が並ぶような場面は訪れず、大勢は概ね決したと思われた217周目、ニューガーデンは自己最速タイムを叩き出してパジェノーの背後についた。コントロールラインを通過した昨季のチャンピオンは、これまで何度となく印象深いパッシングをやり遂げてきたチームメイトに対して警戒をまったく怠らず、ターン1に向けてインサイドを閉める。十全なコーナリングに必要な空間は1台分か、それよりもわずかに狭い。通常なら飛び込むことなど不可能なその場所に、しかしニューガーデンはためらわず自分の車を押し込んだ。それは驚きを伴った、ともすれば危険な動きで、進入の直前に2台の側面が接触し、大きく外に弾かれたパジェノーは壁に近づいてスロットルを戻さざるを得なくなり、ずっと歯牙にもかけていなかったスコット・ディクソンにはじめて先行を許してしまう。本当のレースの決着はそうしてついた。チップ・ガナッシ・レーシングの車にニューガーデンを追う速度はなく、一方でパジェノーもディクソンを抜き返すことはできないまま、その瞬間にだけ発せられた熱量が嘘だったように、残り30周が静かに消化されていくのだった。

 かくして一回きりの機会を捉えきったレース後のニューガーデンは、自らの走りに確信を持った表情で勝利者インタビューを受けた。もちろん、200mphの高速で接触しながらチームメイトを交わしていったその動きには是非が分かれるだろう。膠着したまま終わるはずだったレースにハイライトをもたらしたそのパッシングは、はたしてすばらしい運動だったのだろうか? 当事者のパジェノーは怒り心頭に発し、「そこにいたのが自分でなければ、彼は相手と一緒にフェンスの餌食になっていただろう」「チームにとって怖ろしいことだ。当面、彼とは本当に話をしたくない」「彼は僕に対して敬意を持っていない」と、チームメイトに対するものとは思えない言葉を並び立てている。実際、2度にわたって失った先頭を自力で引き戻したニューガーデンが上品さを欠いていたのはたしかだ。一歩間違えれば2人そろってリタイアする可能性は十分にあったし、そうなれば漁夫の利を得たディクソンが選手権の先頭に躍り出ることにもなっていた。ペンスキーとして最悪の結末は、1-3-4フィニッシュの成功と表裏一体で待ち構えていたのである。危険性だけに焦点を当てれば、とても歓迎できる勝負ではなかっただろう。

 しかし、だとしても、と無責任な観客のひとりとしてわたしは思う。これは疑いようもなく、ジョセフ・ニューガーデンというドライバーの特質を余すところなく表現した一瞬だった。これまでの記事で何度となく述べてきたように、アラバマにせよミッドオハイオにせよ、ジョセフ・ニューガーデンというドライバーは弛まぬ意志の力を推進力に変えてレースの勘所を制し、優勝を手元に引き寄せてきた。危険はもちろんあったが、ニューガーデンが発揮する特別な存在感に魅入られてしまっている観客にとって、この走りを否定することなどできそうもないのである。いや、この感情はニューガーデンだけに向けられるものではない。怒りに満ちているパジェノーもまた、ロードレースとオーバルレースという大きな違いがあるとはいえ、時に相手を弾き飛ばす激しさで優勝を手にしてきたことをわたしはよく知っている。だから非難を口にする資格などないと言いたいのではない。相手の技量までをも信頼の材料にして刹那に賭けることの価値を知っている点で、2人はまったく同じであるはずなのだ。あるいは価値を知っているからこそ、つまりニューガーデンにチャンピオンたる自分を照射しているからこそ、パジェノーは厳しくチェックに行き、結果敗れたのではないか――。リスクを振り払って情動に身を委ねるのはレースを正しく制するために重要な資質だ。あの攻防が、昨季のチャンピオンと今季チャンピオンになるべきドライバーに共通する精神の、文字どおりぶつかりあいだったのなら、もはや結論はひとつしかない。もし218周目のターン1がなければ、久方ぶりのゲートウェイはひたすら隊列の連なった、ドライバーの意志が見えづらいパレードとして印象づけられたはずだった。だが、ただ優勝だけを見つめる2人の視線が膠着を溶かすほどの熱量を供給し、レースに意味を与えた。それは必要以上の危険と隣り合わせだったかもしれないが、モータースポーツの何物にも代えがたい瞬間に違いなかったのだ。

 

BOMMARITO AUTOMOTIVE GROUP 500 2017.8.26 Gateway Motorsports Park

      Grid Laps LL
1 ジョセフ・ニューガーデン チーム・ペンスキー 2 248 170
2 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 7 248 0
3 シモン・パジェノー チーム・ペンスキー 4 248 13
4 エリオ・カストロネベス チーム・ペンスキー 3 248 52
5 コナー・デイリー A.J.フォイト・エンタープライゼズ 11 248 0
10 セバスチャン・ブルデー デイル・コイン・レーシング 21 248 5
17 マックス・チルトン チップ・ガナッシ・レーシング 16 164 3
20 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 1 5 5
LL:ラップリード

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