レースは過去に照らされている

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【2017.4.9】
インディカー・シリーズ第2戦 ロングビーチGP
 
 
 シモン・パジェノーが予選第1ラウンドでおなじチーム・ペンスキーに乗るエリオ・カストロネベスの進路を妨害した廉でその時点でのトラックレコードとなる1分6秒5026のトップタイムと2番目に速いタイムをまとめて抹消され、ポールポジションさえ狙える状況から一転していちばん後ろのグリッドに着かなければならないことが決まったとき、わたしが愛してやまないこのフランス人がロングビーチで意味のある結果を持ち帰る可能性はほとんど見当たらなくなってしまったようだった。なるほど開幕戦のセント・ピーターズバーグではセバスチャン・ブルデーが最後方スタートから文字どおりの「Biggest Mover」――これ以上の逆転はない――となって優勝したが、それはどうやらインディカー史上わずか4例目の稀なできごとであったらしく、続けざまに起こることを期待できるようなものではなかった。たしかに土曜日のパジェノーはとびきり速かった。幻となった新記録自体は路面状態が良化した十数分後にあっさりと塗り替えられたからさして惜しくもないが、第1ラウンドで抹消されたタイムは2番手を0.2秒以上も上回るものだったのだ。大差である。パジェノーは進路妨害の大元の原因が別の同僚であるウィル・パワーの胡乱な動きにあったと自らの善意を主張したわけだが、実際には却下されたこの抗議がもしも受け入れられて予選2次ラウンド、さらに最終ラウンドへと駒を進めていたら、カストロネベスが残した1分6秒2254を破って真のレコードとポールポジションの両方を獲得していたとしてもまったく不思議はなかった。彼は昨季もっとも多くの予選最速タイムを記録したドライバーであり、何よりチャンピオンなのだ。その資格は十分にあったはずだった。だがどんなに速かろうと記録自体を消されてしまっては元も子もない。

 セント・ピーターズバーグをしてブルデーに奇妙で鮮やかな逆転劇を演じせしめたのは1周目の混乱と望外のタイミングで導入されたフルコース・コーションだったが、ロングビーチでその種の僥倖が後方を走るドライバーたちに降ってくることはなかった。いくらインディカーが運に左右される場合があるといっても、さすがにあれほど極端なレースの反転は年に1回か2回あるかどうかの十分に珍しい部類のできごとで、ロングビーチは一転して淡々と、しかし正当な順位争いをコースの各所に分配しながらごく普通に進行したものだった。ポールシッターこそ最初の加速に失敗し、始まりからわずか数秒のうちに3年も勝利のないトップチームのドライバーなる汚名を雪ぐ機を逸したものの、その後のラップチャートは適度に平穏な、言い換えれば平凡な動きを示している。1周目から先頭に立ったスコット・ディクソンをライアン・ハンター=レイが16周目に交わす。30周目にピットストップが絡んで入れ替わり、また一度入れ替わり、やかてゴールまで残り3分の1ほどになって、追い縋っていたジェームズ・ヒンチクリフが先頭を奪い去っていった。優勝争いだけに視線を固定すれば、ディクソンの最後の給油でピットクルーがリグを差し込むのに失敗して脱落した以外に特異な事件はなく、結局レースリーダーはこの3人に留まった。3度導入されたコーションも車同士の差が縮まる以上の意味をもたらさない普通の黄旗にすぎなかった。そうした展開であるかぎり、最後尾から進むドライバーが何らかの存在感を示す場面などあろうはずがない。どれほど潜在的に優れているとしても、ふとした弾みで後方に下げられてしまった者はもはやその場所にふさわしいレースしかできなくなると、4週間前の開幕戦は教えていた。無関心に覆われるとき、速さは唐突に失われる。現象としてそうなってしまう。

 しかしレースが中盤の入り口に差し掛かろうとするころ、テレビカメラは優勝争いからはまだ遠い位置を走るパジェノーの姿ばかりを追うようになっている。普段と異なる派手な蛍光黄色の特別色に彩られた1号車は、後方に追いやられた失望とわたしの勝手な不安とは裏腹に速さを失うことなく、スタートから十数周のうちに順位を一桁まで戻すなどして、コース上でもっとも見せ場を提供していた。6周目、8周目、15周目、18周目に見せたオーバーテイクは動きの多くなかったレースにあって中継のスイッチャーに仕事をさせるにふさわしい場面で、きっとそれだけでも王者を映しつづける価値は十分あったに違いない。違いないのだが、そのときのわたしにはパジェノーがカメラを捉えて離さない理由がそれだけとも思えなかった。たしかに注目に値するほど速く、また追い抜きの場面は映える。しかしそういったわかりやすい事象以上に、もっと情熱的な根源、いわばレーシングカーを観察する歓びといった感情がパジェノーを通して溢れかえってしまい、だからこそみな彼に囚われていると考えずにいられなかったのである。

 米国オープンホイールレースの経験者であり、この日、日本でのインディカー中継で解説を務めていた黒澤琢弥は何度も画面に映るパジェノーの1号車に対ししきりに肯定的な評を与えていた。曰くこんな内容だ、サスペンションがよく動いている、この柔らかい脚の動きがタイヤを路面に追従させて高いグリップをもたらし、速さを生むのだと。当然の物理的帰結を理解しやすくまとめているにすぎないといえばそれまでかもしれない黒澤の解説は、しかしもしかすると今までレースについて発せられてきたどんな詩的な言葉よりわたしの心を打った。わたしにとって、その柔らかさこそパジェノーを語るためのすべてだったからだ。チャンプカーからインディカーへと移ってきて間もないころ、彼が弱小チームで時おり見せる優れた能力の片鱗はいつも柔へと向いていた。はじめて表彰台に登った5年前のロングビーチでも、またデトロイトでも、車を地面に繋ぎとめるのが困難な粗い市街地コースでこそ際立って見えたのだが、中でも忘れられないのが同じ年のボルティモアで、ストレートの途中に設けられた小さく縁石の高い高速シケインを、まるで魔法の絨毯に乗ってでもいるかのように姿勢を正したまま踏み越えていったのである。わたしはたったそれだけのことで虜になった。一人だけ縁石を柔らかく去なし、弾かれることなく地面と平行を保ったままシケインを通り抜けていく様子を正面から捉えた映像を見ながら、自分の心がまだよく知らないこのフランス人と否応なしに出合ってしまったことを自覚した。あるいは偶然にその周だけうまくいっただけだったのかもしれないが、だとしても構わなかった。

 パジェノーが見せた一瞬の柔らかさに、わたしは本物の才能を知った気がしたのだった。きっと遠からず勝利を挙げ、いつかシリーズ・チャンピオンをも視野に入れるだろうと確信し、それどころかインディカーは価値ある営為でありつづけるためにこの男を勝たせる義務があるとまで焦がれた。はたしてその直感が本当に正しかったのかどうかはわからない。冷静に考えれば、サスペンションの動きはまず車のセッティングに依存するはずだ。脚が見事に上下動して路面を掴んでいるからといって、そこにドライバーの特質が見出せると考えるのは飛躍している。たとえば今回のロングビーチでも、黒澤はレース後半になると優勝したヒンチクリフの車に1号車とおなじ評価を下しているが、同様の解説はたぶんいつでもどこでも転がっている。要するに特徴的な柔らかい動きは何も特定のドライバーの特権などではなく、エンジニアとの共同作業によってだれにでも再現できる現象にすぎないのだろう。しかしそうであっても、やはりわたしにとってパジェノーの挙動はパジェノーにしか表しえないものだった。繊細にペダルを踏みしめる両足と、滑るようにステアリングを切り込んでいく両手。たとえ具体的な物理的事実がどれほど荒唐無稽と嗤おうと、仮にテレメトリーデータが否定してこようと、シモン・パジェノーという中心があってはじめて、ボルティモアのシケインは柔らかく美しく乗り越えられるのだと信じ込んだ。それは2012年9月2日――日本時間なら3日だろうか――に手に入れたわたしだけの真理だった。1台のレーシングカーの挙動は、ただの観客にこれほど強い信念を宿してみせる。結果から遡れば、わたしの感性はどうやら正解を選び取っていた。いうまでもなくパジェノーはそれから1年も経たないうちに初優勝を遂げ、やがてペンスキーへと移籍する機会を得て本当にチャンピオンとなった。もちろん、そこに至るまでの5年には、つねにボルティモアで見たしなやかな走りと、内に秘めた情熱があった。

 黒澤の評した柔らかさとはパジェノーがインディカーの階段を登っていく過程に他ならなかった。ロングビーチを走る蛍光黄色の1号車は、その挙動によって中心に座るドライバーの来歴さえも表していたのだ。そう意識したとき、せいぜい8~9番手の位置を走っている一人のドライバーに画面が独占される理由がわかった気がした。カメラがその姿を追いかけずにいられなかったのは、速さより何より、パジェノーがインディカーで過ごした時間そのものに抗いがたく吸い込まれてしまったからではないかと。それは馬鹿馬鹿しい妄言だろうか。たしかにわたし自身、こんな発想はきわめて勝手な創作にすぎないとも知っている。だが他者なる観客はきっとレーシングカーを見ることによって物語を作り上げる権利を持っているだろう。ただただ見る。目にした光景に意味を与える。この日のパジェノーはそうしたくなる感情を喚起する存在で、だから自分が好むばかりの自由な解釈を練り上げた。長い間画面に映し出されるチャンピオンのいつにもまして柔らかい一挙一動を通して、わたしは限界を求めて走る車を見つめる幸福感にしばし浸っていた。泣いていたかどうかはわからない。

 レースの瞬間は永遠になりえない。幸せな時間はチェッカー・フラッグまで続かなかった。典雅を誇ったパジェノーの走りは後半に向かうに従って少しずつ失われていき、気づけば周囲と変わらない存在になってしまっていた。中盤以降順位が上がる機会はほとんどなく、最終的に5位を得たのはアンドレッティ・オートスポート勢がことごとくおなじトラブルに見舞われたおかげだったから、予選の落胆に較べればずいぶん挽回したといっても、昨年このレースで優勝した王者としては満足から遠い結末だった。終わってみれば凡庸だというならそう間違ってもいないかもしれない。だが、そんな結果など些細なことだ。無機質で硬質な、わずかでも触れるもののすべてを破壊し尽くしてしまうほどに暴力的な速さを表すレーシングカーが、愛すべきドライバーの手によって、愛した瞬間そのままに繊麗な柔らかさを奏でている。わたしはレースを見つめながら最高の時を過ごしていた。はかなく消え去ってしまったとしても、いったいそれ以上何を望む必要があったというのだろう。

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