どこで勝者を見つけるか、観客としてレースを捉えるということ

Photo by: Joe Skibinski

【2018.4.8】
インディカー・シリーズ第2戦 フェニックスGP

 レースの勝者を決するのが、最終周の完了すなわちチェッカー・フラッグが振られるときであるのは言うまでもない。あるいはそれは、スタートの時点では無数にあった、すべてのドライバーが勝ちうる可能性の糸がひとつずつ途切れていった末に、一本だけ残った先端である。最初にグリーン・フラッグが振られ、多くのドライバーにとっては、と同時にほとんどすべての糸が切れてしまう――勝利の見込みが潰える。やがて周回が重ねられるにつれ、残っていただれかの糸が1本途切れ、まただれかの糸も1本途切れ、2本途切れ、最終的にたったひとつの可能性に現実の展開が追いついてチェッカーへと収束していく。並行するあらゆる事象への分岐を断ち切った果てに結末へと到達する営み、たとえばレースをそんなふうに表現してみてもいいだろう。競技者は自分の速さによって他者の可能性を途切れさせ、自らの可能性を維持しながらフィニッシュへと進むのだと。

 さて、もしレースがこのように可能性の絞り込みによって記述できるとすれば、最後の糸は必ずしも結果によってはじめて明らかになるわけでないと考えられるだろう。即詰みの筋に入った将棋がもはや一直線に終局へと向かうほかないように、レースにおいても、他のすべての可能性が途切れ勝敗を覆しようがなくなる場面は、しばしばチェッカーより前に訪れているのではないか(もちろんモータースポーツにはあらゆるトラブルがつきまとう。2016年のル・マン24時間レースで、トヨタがあと5分を走れなかったように、また2011年のインディアナポリス500マイルで、J.R.ヒルデブランドが最後のターン4の壁に吸い込まれたように。だが速さによって大勢が決した後にリーダーの事故や故障を想定するのは相手の二歩を期待するようなもので、競技の本質からは外れている)。勝敗が事実上決定づけられる「回復不可能」な一点は、レース途上のどこかに隠れている。文字どおり刻一刻と変化し、各人の思惑が複雑に入り組む展開の中、仮にそんな一瞬をふと捉えられたとしたら。レースの状態をつぶさに観察することによって、投了図に至る「詰めろ」の局面をたしかに見極められたとしたら。専門家ではないただの観客にとって、その発見は無上の喜びとなりうるだろう。それはもしかしたら、自分こそが勝利しようと願っている競技者自身には持ちえない、メタな視点でレースを俯瞰できる観客だからこそ得られる特権である。

 ロバート・ウィッケンズは、1ヵ月前のセント・ピーターズバーグですばらしい週末を送っていた。途中から小雨が降りはじめる難しい状況ながら最後のアタックでウィル・パワーからポール・ポジションを奪い取った予選から、先頭に立てば後続を寄せつけず、一時的に隊列が乱れてもペースを弛ませることのなかった決勝に至るまで、およそデビュー戦とは思えない盤石さで支配していたのである。フルコース・コーションが多発する難しい状況下でつねに5位以内を保ち続けた数字上の秀逸さはもちろん、ただただ走りを見るだけでもウィッケンズは図抜けているようだった。ターン1から2へと切り返していく際の静謐だが鋭い挙動、ターン4のブレーキングでは路面に吸いつくような安定感で大きなうねりに跳ねる車をぴたりと収めて進入を開始する。危険な中速のターン10はアンダーステアの徴候さえ見せず綺麗にコーナーの頂点を掠め、一気に車速を落とした後の最終ターン立ち上がりはだれより乱れることがない。その運転は、たとえばデビューしたころのシモン・パジェノーの静かな速さを連想もさせた。新時代のチャンピオンに通ずる滑らかな走りは、ベテランたちが暴発して荒れるレースの中で明らかに異彩を放っているのだった。あたかも一人異なる平面でレースをしているかのように、ウィッケンズはだれとも交わることなく勝利へと向かった。ポール・ポジションと最多ラップリードを携え、「54点満点」を獲得する優勝。ドイツ・ツーリングカー選手権6勝に代表される欧州での豊富な実績をもつ29歳の新人は、米国でもまたひとつの成功を収めつつあった。

 デビュー戦での完全優勝という偉業が、あっけないほどたやすく達成されようとしていた。それほどウィッケンズの速さは群を抜いており、追随できる者などいようはずがなかった。セント・ピーターズバーグの開幕戦がただ普通のレースとして進行したのなら、ウィッケンズは他と交わらないまま、確実に歓喜のときを迎えただろう。しかしインディカーには、本来重なるはずのない者同士が重ねられる偶然が、複数のレイヤーが突如として統合される場面が、必ずといっていいほど訪れるものだ。毎年のように事故が起こるターン10はこの日ずっと平穏に安らいでいたが、とうとう102周目、アンダーステアに陥ったレネ・ビンダーが曲がる素振りすら見せずにタイヤバリアへ突進してコーションが発令される。それがすべてを狂わせた。ウィッケンズは107周目のリスタートを守ったものの、圧縮された集団の中で今度はマックス・チルトンがターン8に刺さり、再度のコーションが明けるリスタートでアレキサンダー・ロッシに懐を抉られた。ウィッケンズの優勝以外に残っていなかったと思われたレースの可能性は、漁夫の利としかいえない形でセバスチャン・ブルデーのものへと移ろった。減速しきれなかったロッシに弾き飛ばされたウィッケンズは、スピンを喫して車を降りたのである。

 こうして無情にも、わずか残り3周でウィッケンズは完璧な初優勝を失った。本人の失望がどれほどのものか、想像もできない結末だった。だが、快挙にこそ繋がらなかったものの、その走りは彼が二度と訪れない千載一遇の好機を逃したわけではないことを確信もさせた。それは2014年のミッドオハイオでやはり勝利を逃してしまったジョセフ・ニューガーデンが、しかし遠からず表彰台の頂点に上がるだろうと信じたのとまったくおなじ予感である。当時のニューガーデンがわずか半年の後にアラバマで美しい初優勝を遂げたのと同様に、ウィッケンズにもふたたび機会は巡ってくるだろう、辿りつけなかったチェッカーを見ながら、そう考えるのは自然なことだった。ニューガーデン以降のインディカーに印象的な新人がなかなか現れず、「次の初優勝」をだれが達成するか予測するのは困難だったが、その対象はあっというまにウィッケンズでしかなくなったようだった。

 事実、ウィッケンズはフェニックスでもたしかに優勝へと近づいていた。はじめてのオーバルコースをものともせずに予選5番手の好位置を獲得した彼は、順位の変動がないまま第1スティントの周回を重ね、最初のピットストップで上位3台がいっせいに問題を抱えて後退したのに乗じて3位へと浮上する。次の長いスティントもまた3位を完全に固定したまま乗り切り、115周目に給油とタイヤ交換を終えてコースに戻ると、先行していたウィル・パワーとニューガーデンのチャンピオン2人をアンダーカットした。そして149周目には、1周早くピットストップして逆転を許していたシュミット・ピーターソン・モータースポーツの同僚ジェームズ・ヒンチクリフ相手にこの日はじめての追い抜きを成功させ、とうとう先頭に躍り出たのである。レースはまだ100周ばかりを残していたが、その瞬間、ウィッケンズは優勝への筋道を想定できる唯一の立場になったといっていい。抜きにくいショートオーバルにあってはこのリードを一時の勢いと軽視することなどできはしない。ウィッケンズ自身がここまで1度しかコース上でライバルを捕まえられなかった事実が証明しているとおり、ポイントを押さえ、ピット作業を的確に行いさえすれば、順位が入れ替わる場面などそう簡単には現れないのがフェニックスというレースなのだ。このショートオーバルでは、たとえどの時点であっても、つねにリーダーこそがもっとも勝利に近い場所にいる。過去2年もそうだった。昨年のパジェノーは116周を、一昨年のスコット・ディクソンに至っては155周をリードして安穏と逃げ切ってしまっているのだ。今年もおなじように、隊列が維持されたままチェッカーへとなだれこんでいく可能性はじゅうぶんにあった。

 長く3番手を走っていたとはいえ、ウィッケンズは開幕戦のように突出した印象を与えていたわけではなく、淡々と周回を重ねているにすぎなかった。いわば平凡ですらあった彼が、たった一度のピットを挟んだだけで先頭に替わっている。チームメイトを交わしたことはボーナスに過ぎなかった(ヒンチクリフは単純にペースを上げられずにいたのだ)ものの、それは少しばかり意外な成り行きだった。しかしここでの順位変動にこそ、レースの鍵はあったといっていい。そこには、このフェニックスを正しく戦うための解答すべてがたしかに示されていたのである。第3スティントの隊列を振り返ると、上位6人はパワー、ニューガーデン、ウィッケンズ、ハンター=レイ、ヒンチクリフ、エド・ジョーンズの順で、それぞれ124、119、115、112、114、117周目に2度目のピットストップを行った。長いスティントの後半でペースはすっかり固定化され、彼らの具体的な違いはこのピットのタイミング以外にはなかった。だが、にもかかわらず、全員がコースへと戻ってあらためて隊列が確定したとき、その順番はヒンチクリフ、ウィッケンズ、ハンター=レイ、ジョーンズ、パワー、ニューガーデンと、ほとんど対称に入れ替わっていたのだ。個々の車の戦闘力、給油に要した時間に細かな差があったとしても、傾向としては完全に、早めに動いた者が前を取り、引っ張った者は大きく後退してしまったのである。そしてこの順序は、3回目のピットストップが近づいてくるころまで、ウィッケンズがヒンチクリフを抜き、グリップを失ったパワーが壁に接触してリタイアした以外は変化することがなかった。コース上でなにか起こすことはほとんど不可能だったのだ。

 燃料を満載して走れる70周――といわれていたが、パワーの第3スティントを見るかぎり実際には80周――に対して、タイヤのグリップ低下のほうが遥かに早くやってくることがこの状況をもたらしていた。履き替えたばかりのタイヤは数十周を刻んだ中古よりも1秒は速く、ものの数周で前との差を覆してしまった。一方でピットを引き延ばして相手より後に新品タイヤに替えたとしても、5位に落ちたニューガーデンが順位を回復できなかったことが示しているように、数周程度の履歴差では相手を攻略するための決定的な違いを生み出せない。これこそフェニックスの「答え」であった。第3スティントを観察しながらそこまで把握できたとすれば、結末までを見通すのは容易だったはずだ。すなわち、最後のピットストップを全員が終えたときのリーダーがそのまま勝者となる、そしてそれは、真っ先にピットへと飛び込んでくるドライバーに違いない。満タンでゴールまで走りきれる状況になったなら、すぐさまピットストップを行うべきだと。もちろん、レース状況で給油とタイヤ交換を行うと2周遅れにまでなるショートオーバルでは自分だけがピットストップしたタイミングでコーションが導入されれば一巻の終わりだ。その意味で先に動くのはつねに賭けである。だが今回にかぎっては、リスクを負ってでもそうする価値はあった。それが絶対的な立場である先頭を得るための、ほぼ唯一の手段だったからだ。

 皮肉にも、そのことに気づいたのは一度成功を収めたウィッケンズとシュミット・ピーターソン・モータースポーツではなく、優位を奪われたチーム・ペンスキーのほうだったようだ。残り75周を切った176周目、ニューガーデンはまだ60周強しか走っていなかったにもかかわらず、ピットレーンへと進路を変えた。実際には直前を走るジョーンズに対してこそ1周遅いタイミングだったが、トップチームらしい迅速な作業で逆転し、11番手でレースへと復帰していったのだ。最初にピットを出た者が、そのスティントのリーダーとなる――はたして、予測は当たった。ウィッケンズは2周の後にピットへと向かったものの、出てきたときにはニューガーデンのみならずジョーンズの後塵をも拝した。たった2周で、2人の間には3秒の差が生まれていた。1周の15%に相当する、ショートオーバルでは決定的な差である。以後も10周にわたってニューガーデンの前を走るドライバーたちが次々と作業を終えてはコースに戻ったが、結局機先を制した者を上回る存在は現れなかった。コーションも起きなかった。

 レースの可能性がひとつに絞られる瞬間。もしそんなものが本当に存在するのだとしたら、ここでこそ見出せたのだろう。最後のピットを全員が終えたときに先頭に立っていた者が、きっとこのレースを優勝する。もはやあらゆる行く末は、中盤で一度はそれを掴みかけた、掴むためのヒントも得ていたウィッケンズではなく、ニューガーデンへと収束している。その予感もまた、違わず実現した。最後のスティントで、ジョーンズもウィッケンズも、ニューガーデンに対して機を見つけられなくなってしまった。後方で唯一、序盤の手痛い失敗によって作戦を変えざるを得なかったロッシが次元の違う速さで次々と順位を上げていたが、先頭まではまだ遠く、追いつくころにはタイヤを使い切っているだろう。レースはもはや完全に決着しているようだった。

 もしかしたら波乱を呼びうるかもしれない事件が起きたのは、229周目のことだ。2番手を走っていたジョーンズがわずかにラインを外して汚れた路面に乗り、そのまままっすぐ壁へと突き進んだのである。すぐさまコーションが発令されると、リーダーのニューガーデンはその座を捨ててピットへと向かい、新品タイヤを履いてリスタートに臨む勝負を選択した。対して、2番手に上がったウィッケンズはコースへと残り、トラックポジションの優位に望みを託した。それはなかなか追い抜きを仕掛けられないこの日の状況と、残り周回数を天秤にかけた賭けだったが、60周も履歴の異なるタイヤでは、リスタートからの7周すら凌ぐことはできなかった。4位に落ちたニューガーデンは244周目、おなじくステイアウトしていたロッシとヒンチクリフをまとめて薙ぎ払い、一瞬にしてウィッケンズの背後に舞い戻る。失った初優勝を取り戻そうとしていた新人は、圧倒的劣勢の中で執拗にインサイドを守りとおす欧州出身者らしい守備で耐え忍んだが、ついに247周目、ファステストラップを記録した昨年のチャンピオンに速度差だけで外から斬り伏せられて膝を屈した。セント・ピーターズバーグとほとんどおなじ、残り4周での無情な逆転劇だった。

 あとわずか3周半。ウィッケンズは、惜しいところで掴みかけていた勝利を逃したのだろうか。たしかにそうも思える。たとえばもしジョーンズの事故がなく、隊列が維持されたままレースが進んでいれば、おそらく彼はリーダーに手を出すことすら叶わず、3位のまま、場合によっては(またしても!)ロッシに攻略されて4位でゴールすることになっていただろう。だとすれば、ウィッケンズにあの瞬間、望外の好機が転がり込んできたと見えても不思議はない。レースの可能性はまだ彼にも残っていた、実戦では結局抜かれてしまったが、正しい選択をすれば異なる結果に至る分岐があったのではないかと。懸命な守りに胸を打たれた後ならば、そんなふうに考えたくもなる。しかし考えれば考えるほど、どうやらそううまくはいかないようだ。ジョーンズの事故が起こったとき、たとえばもしウィッケンズも新品タイヤに替えていたら? 当然、両者の順位は元のままで、おなじタイヤなら逆転はありそうもない。ではニューガーデンのほうがステイアウトを選択していたら? もちろんウィッケンズとの位置関係は変わらない。そして事実ステイアウトしたウィッケンズが2位に留まった以上、ニューガーデンの勝利が揺るがされるはずもない。ならば、いっそ事故がなかったら。だれがリーダーを脅かせただろう……。

 そう、事実上の決着はチェッカーの手前で訪れる。ニューガーデンが最終スティントの入り口で先頭に立った瞬間、もはや他の糸はすべてが途切れ、可能性はひとつに絞られていた。ウィッケンズの最後の抵抗は、すべてが終わった後の儚い形作りであり、本当に大事なポイントはもっともっと前に存在していたのだ。それに気づいたとき、このフェニックスの一貫した深い繋がりを噛みしめずにはいられまい。しかも勝敗を分けるポイントがどこにあるかをあらかじめ知らしめていたのがもっとも惜しかった敗者だったのだから、その皮肉に同情さえ感じてしまう。当事者すら捕まえそこねるレースを俯瞰して正しく捉えること、観客だけに許された特権的な楽しみ方。単調なパレードが長く続いたフェニックスは、だからこそレースの正しい構造をわかりやすく教えてくれる格好の材料だったのである。

Desert Diamond West Valley Casino Phoenix Grand Prix
2018.4.8 ISM Raceway

      Grid Laps LL
1 ジョセフ・ニューガーデン チーム・ペンスキー 7 250 30
2 ロバート・ウィッケンズ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ 6 250 44
3 アレキサンダー・ロッシ アンドレッティ・オートスポート 4 250 1
4 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 17 250 0
5 ライアン・ハンター=レイ アンドレッティ・オートスポート 8 250 5
6 ジェームズ・ヒンチクリフ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ 5 250 20
9 グレアム・レイホール レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 12 250 7
10 シモン・パジェノー チーム・ペンスキー 2 250 3
13 セバスチャン・ブルデー デイル・コイン・レーシング 1 249 60
22 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 3 153 80
LL:ラップリード

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