そろそろインフィールドには飽きたかい

Photo by: Walter Kuhn

【2018.5.12】
インディカー・シリーズ第5戦 インディカーGP

セント・ピーターズバーグのロバート・ウィッケンズ、ロングビーチのアレキサンダー・ロッシ、アラバマのジョセフ・ニューガーデンと、今季ここまで行われた3つのロード/ストリートレースにおいて、最多ラップリードを記録したのはすべてポール・ポジションからスタートしたドライバーだった。これはインディカー・シリーズにおいて少々珍しい現象である。たいていの場合は決勝で絶妙なセッティングを見つけた車が浮上してきたり、悩ましいタイミングでフルコース・コーションが導入されて順位がかき混ぜられたりして、両方を独占する結果には意外となりにくいものだからだ。昨季の開幕戦のように、たった1度のコーションで上位8台と下位8台がほぼ丸ごと入れ替わる事件さえ、いやむしろ「事件」とは呼べない程度の蓋然性の高さをもって、このカテゴリーでは起こりうる。開幕から(オーバルレースを除いた)3戦連続でポールシッターと最多ラップリーダーが一致し、ましてそのどれもが6割以上の周回で先頭を占めるなど、そちらのほうがよほど事件に近い印象すらあろう。3レースのうち2つはそのまま優勝も付け加えられた。優勝の50点、予選最速タイムの1点、ラップリードが1点に最多ラップリードは2点。選手権の満点54点の大安売りである。取り逃したウィッケンズにしたところで、残り3周のリスタートでロッシによるほとんど自爆まがいの(わたしにはそう見えた)攻撃によってスピンさせられなければ、確実に勝っていたはずだ。

稀な出来事が起こるとついつい根拠を、たとえば今季から導入された共通エアロキットの影響が、などと考えがちだが、それはおそらく賢明ではなく、多分に偶然的な成り行きでひとつの結果が導かれているだけだったりするのだろう。レースではどんなことも起こりうる。なにも起こらないということも含めて、といったところだ。実際、アラバマは降雨やコーションのタイミングひとつですべてが変わる可能性があったし、セント・ピーターズバーグでは昨季に比べて追い抜き自体は増えたという。「レースの側」から見れば、今季にだってリーダーを追放しうる要素はいくつもあった。それでも各々のレースでポールシッターとリーダーが合致して圧倒し続けた理由があるとしたら、結局、彼らがただ速く、また要所において正しい選択をしたからという以外にない。1行目が固定されたラップチャートは、レースに乱されない彼らの正当性を示している。

そんなレースが続いていたから、インディアナポリス500マイルへと向かう2週間の開幕となるインディカーGPでウィル・パワーがポール・ポジションを獲得したのを見たとき、決勝はきっと平穏に満ちた、ともすると退屈とさえ評される展開になるだろうとすでに確信しているのだった。最高の予選アタックを決め、グリーン・フラッグと同時に後続の攻撃の機を奪い、あとは適切に差を管理しながら無難にゴールを迎える。チームのピットクルーたちは手際よくタイヤ交換と給油を済ませ、決してドライバーに負担をかけることがなく推進を手伝う。もっとも簡単で、しかしもっとも難しい仕事。インディカーでそんなレースぶりが似合う人がいるとしたら、パワーをおいて他にはありえない。ひとたび地位を得た彼は、他者のすべてを封じきってレースを完遂する。語ろうとする言葉さえも封じて、ただ自分だけの世界に潜っていってしまう。

実際、このレースに何を語ろうというのだろう。起こった出来事を言葉にしようとする観客にとってそう書くことが完全なる敗北宣言だとわかっていても、そう思わずにいられない。スタート直後に発生した事故によるコーションが4周目に明けた後、パワーは2番手から迫るウィッケンズに対してずっと1秒の差を維持しながら第1スティントを走っていた。しゃにむに飛ばすことも、また苛烈な攻撃を受けることもなく、鷹揚に、あたかも回送バスを車庫に戻すだけといった趣で周回を重ね、なにもないまま上位陣としては最初にピットストップを行った。第2スティントだけは、ほんの少し危険が顔を覗かせた。2種類の使用義務が課せられるタイヤのうちコンパウンドが硬いほうのプライマリータイヤを履いたものの、曇り空が広がり路面温度の低かったこの日はまったく性能を発揮できず、ペースを落としてしまったのだ。同時にピットへ入ったウィッケンズが第2スティントも柔らかいオルタネートタイヤを選択した結果、速さに差が生じて22周目のターン7で逆転を許す。だがそれは結局、タイヤの関係が変わればおなじような再逆転が見られるだろうことを予想させる場面に過ぎなかった。そしてもちろん、オルタネートに履き替えた後の51周目にパワーはターン1でプライマリーのウィッケンズを抜き返したのである。半周をかけてコーナーのたびに数インチずつ差を縮め、翌々週の日曜日には反対向きで走ることになるオーバルコースからインフィールド区間に向かっていくフルブレーキングは、平易に、確実に、この日のパワーを、このレースそのものをまったく象徴するような静けさで、勝つべきドライバーを淡泊に正しい位置へと戻したのだった。起こったのはそれだけのことで、レースはほとんどそのまま終わった。56周目、ジョセフ・ニューガーデンのカーナンバー1らしからぬ失敗によるコーションが全員同時のピットストップを招いて、波瀾の芽さえ摘まれた。シュミット・ピーターソン・モータースポーツは可能な限り素早く給油とタイヤ交換を終えてウィッケンズを送り出したが、遅れて発進したパワーには車半分届かなかった。それが勝者と敗者の接近した最後の瞬間で、最終スティントは第1スティントを再生するように過ぎていく。64周目にウィッケンズとスコット・ディクソンが入れ替わり、迫ってくる相手はさらに強力になったが、パワーはやはり後続との距離を固定したまま走り続けた。見事なものである。チェッカー・フラッグが振られたときの差は2.2443秒。数字上は3秒以上開いた周回さえ一度もなかった。にもかかわらず、激戦の気配はまるで漂わないままだった――勝者が気配を封じ込めてしまったのだ。

もちろん、当人にとっては簡単な戦いだったはずがない。パワーは、レース全体を通してこんなに厳しく攻めたことなんかなかったよ、と85周を振り返る。いつだって100%を出したんだと。ニューガーデンが引き起こしたコーションは、そのタイミングによって全員に速さと燃費の両立を強いる困難な最終スティントを要求していた。その中でパワーは燃料の節約に長けたディクソンに好機を与えないよう、差を保ちつづけることに全力を注ぎつづけたのだ。彼はひとこと付け加える、疲れたよ。だがその厳しさはあくまでその水面下で進んだ当事者だけのもので、コース上に決して現れることはなかった。画面に映ったのはあくまで鷹揚に、優雅に美しく逃げ切ってみせる彼の姿だけだ。バトルなどいらない、ただ速さの美酒に酔っていればそれでいい。これほど54点満点が似合うドライバーなどいるはずがないだろう。終わってみれば、ポールシッターはレースの3分の2をリードした。チーム・ペンスキーのインディカー通算200勝目は、そのうち30をともにしたウィル・パワーの、どこまでもウィル・パワーらしいレースによってもたらされたのだった。

気づけば2018年だ。時間が経つに連れて、パワーの立場もありようも少しずつ変わってきた。かつては圧倒的なロード/ストリートの帝王として君臨し、とくにシーズン前半を完全に掌握する(そして後半に失速して涙を呑むのだ)のがあたりまえの風景だったが、2014年に年間王者となって以降、それまで組んでいたエリオ・カストロネベスに加えて、ファン=パブロ・モントーヤ、シモン・パジェノー、ニューガーデンと、毎年のように偉大な才能が同僚となり、相対的にチームの中での影響力が、そしてなにより観客に与える印象が薄れるようになったように思える。いや、実のところ成績自体が大きく低迷したわけではなく、2016年などは4勝を上げて選手権争いを演じているのだが、まさにその年のセント・ピーターズバーグ決勝で疾病による欠場を余儀なくされて出遅れたことが象徴するように、開幕から主導権を握れないためにどうしても主役としての存在感を維持できなくなった。記憶が正しければ、2015年以降、彼が選手権の首位に立ったことはおそらく一度もなく、いつもおなじチームのだれかが前を走っているのを追いかける立場に留まっている。

だが一方で、好ましい変化もたしかにある。以前の彼の勝負弱さは、精神的な脆さもさることながら、純粋にオーバルレースという形態を苦手とする物理的な側面にも起因していた。とくに2010年代の前半、天敵ダリオ・フランキッティの前にことごとく大逆転を喫したのは、オーバルがシーズン後半に集中していた日程の綾でもある。あのころのパワーは、オーバルでは40分で終わる250kmの分割レースを1度勝ったきりの凡庸なドライバーで、もっとも得意とするブレーキングを必要とされない繊細な楕円の舞台に上がるだけで平均順位を2倍にまで落とすほどだった。だがそれも、今は昔の話だ。王者となった年以降、彼はシリーズでもっとも多くの楕円を制するほどになった。ロード/ストリートでの強さが薄れ、総体としての存在感をチームメイトたちに譲った引き換えに、もはや当代一と言っていいほどのオーバルマスターになったのだ。まるで、年間王者に登り詰めたあと、残された最後の、そして最高の栄誉へと辿りつくため、意図的に自らを作り変えたのかとさえ思えるほどに。だとすれば――。

速さと脆さが同居する本質だけは、37歳となってもずっと持ち続けている。その本質が、一瞬にしてすべてを失いうるオーバルとは噛み合いにくいこともわかっている。だがそれでも、実績、速さ、背景の物語などあらゆる面で、いまのウィル・パワーほどあのヴィクトリー・レーンにふさわしいドライバーはきっといないと、ここ数ヵ月ずっと考えてきた。インディアナポリスの2週間の開幕を告げるレースで見せた完璧な振る舞いは、そんな思いをあらためて確認させるものがある。まだ5回しか開催されていないインディカーGPを3度も優勝したパワーが、この地に愛されているのは間違いない。だけどいい加減、インフィールドには飽きただろう? ブリックヤードの女神はまだ手招きをやめていない。そろそろ、牛乳瓶を渡されてもいい頃合いだ。

 

 

INDYCAR GRAND PRIX 2018.5.12 Indianapolis Motor Speedway

      Grid Laps LL
1 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 1 85 56
2 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 18 85 0
3 ロバート・ウィッケンズ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ 2 85 20
4 セバスチャン・ブルデー デイル・コイン・レーシング 3 85 1
5 アレキサンダー・ロッシ アンドレッティ・オートスポート 8 85 2
9 グレアム・レイホール レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 17 85 3
11 ジョセフ・ニューガーデン チーム・ペンスキー 6 85 1
19 カイル・カイザー フンコス・レーシング 24 85 2
LL:ラップリード

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です