勝負への期待によってレースを捉えそこねる

James Hinchcliffe sprays the champagne in Victory Circle after winning the Iowa Corn 300 at Iowa Speedway -- Photo by: Shawn Gritzmacher

Photo by: Shawn Gritzmacher

【2018.7.8】
インディカー・シリーズ第11戦 アイオワ・コーン300

レースを観戦していて勝敗をわかちうると直感される場面に出くわしたとき、いったい自分ならばどういう決断を下すだろうかと思案するのは、モータースポーツの知的ゲームの一面として多くの観客が大なり小なり試みる楽しみかたのひとつであろう。われわれは当事者ほどには情報を持っていない代わりに、当事者が囚われがちな勝利への過度な欲求や捨てきれない諦念、あるいは単一のレースだけでなく年間の選手権を視野に入れた賢しらな計算といった、思考を曇らせるノイズからは自由という優位性を持っている。こうなってほしいという願望ではなく、外形的な条件だけをもとに全体を把握し、起こりうる結果から逆算した場合に有効な手立てを考えられるのは、レースを楽しめるか否かの感情以外に利害関係を持たない(もちろん、失うもののない気楽さも含まれる)観客の特権で、その客観性はときに当事者の不純な思惑が混じった楽観的、または悲観的すぎる予測を超えるときがある。傍目八目とはよく言ったものであるが、わたし自身、生中継を見ながら想像した危険がそのまま現実となり、結果として無為に勝利を失ったチームを詰りたくなった機会も一度や二度ではない。だが、純粋でいられる観客の平静さえも超えて、正しい判断など絶対に不可能なレースが存在するのもまたたしかなのだろう。結論を言えば、今回わたしはこの賭けに「敗北」した。観客として見立てた行動は、滑稽にさえ見えるほど失敗だったのである。

***

2016年のアイオワを前にして、もしジョセフ・ニューガーデンが優勝すると言われていたとしたら、頭がおかしくなったと一笑に付すくらいのことをしていたかもしれない。それを予想できた人間など、熱心なファンのなかにだってまずいなかっただろう。なにせその数週間前、彼はスピンした車に巻き込まれて車が裏返ったままセイファー・ウォールに激しく衝突し、右手と鎖骨を骨折する重傷を負ったばかりだった。直後に復帰したロード・アメリカでは8位に踏みとどまったものの、インタビューの表情には疲労の色がありありと浮かんでおり、強烈なGを絶え間なく受け続けるショートオーバルを走る体力さえ心配になるような有様だったのだ。体調はきっと限りなく最悪に近かったし、そして言うまでもなく当時の彼が所属していたのはエド・カーペンター・レーシングで、後の移籍先のように当たり前に表彰台を狙えるようなチームとはお世辞にも言いがたく、付け加えればニューガーデン自身もオーバルレースでまだ一度も優勝したことのない若手だった。そんな状況にあって、ポイントリーダーであり最終的にこの年の王者となるシモン・パジェノーに次ぐ予選2番手を獲得したのだから、それだけでもう成果を上げたようなものだった。

いったいどんな想像をすれば、ニューガーデンが300周のうち282周をリードして圧勝する展開を導けたというのか、いまもって理解できない。ふとそのときの気持ちを思い出したくなって録画した映像を見返す。なにがわかるというわけではないが、彼が油断していた観客を茫然とさせるスピードで、1周0.894マイルの短いコースを自分だけのものにしていったのは歴史的な事実として残っている。ポールシッターのパジェノーはたった2つのコーナーを守ることすらできずに1周目のラップリードを明け渡し、その後はあらゆるドライバーが、年間王者経験者が、インディ500優勝者が、ものの数十周で飲み込まれて周回遅れにされていく、そんなレースだった。その日最初のコーションが発令された109周目、まだ全体の3分の1と少しを消化したころまでにニューガーデンと同一周回を走っていたのはパジェノーを除いてだれひとりおらず、結局チェッカー・フラッグまでどんな波乱の可能性も彼を脅かすことはないまま過ぎていったのである。200mphの速度で乱気流の中を進んでいるにもかかわらず、平行移動するかのように内へ外へと自由に走行ラインを変更しながら周囲の車を置き去りにしていく様子は違うカテゴリーが混走しているようで、寒気すら感じずにはいられない。ひとりが独走する展開はともすると退屈と評されがちなものだが、この走りを見ていれば順位の興味など失せてしまうだろう。あの日、観客はみなニューガーデンの速さにただ耽っているだけでよかった。結果さえもが陳腐に矮小化された些事にしか思われなかったのだ。

そうして今回のアイオワは、たしかに2年前を髣髴とさせながら推移していた。さすがに当時の勢いには及ばなかったものの、予選2番手からスタートして24周目にウィル・パワーを交わしてから先、ニューガーデンは共通空力規格によってオーバルコースでの追い抜きが困難となった今季の鬱屈をことごとく吹き飛ばすように、数秒おきに現れる遅い集団をなんの躊躇もなく交わし去る。マルコ・アンドレッティやセバスチャン・ブルデー、カーペンターたちは30周のうちに周回遅れとなり、ほどなくグレアム・レイホールにピゴット、そして選手権の首位を走るスコット・ディクソンまでもが抵抗もできずに吸収された。まったく2年前と同様だ。レースが半分に迫ろうとする139周目に最初のコーションとなったとき、リードラップに残っていたのはたった4人しかいない。だとすれば、これはふたたびニューガーデンへの憧憬とともに覚えておかなければならないレースになるはずだった。

だが、圧勝の記憶はまた別の過去へも伝播していく。たとえば2013年、現在よりも50周少なく「250」を名乗っていたアイオワで、全体の90%におよぶ226周のラップリードを記録したジェームズ・ヒンチクリフのこともまた、思い出される必要があった。このときもポールシッターのパワーは1周さえその座を守り切ることができず、2番手からスタートしたヒンチクリフが淀みないスピードで後続を引き離している。単独で速く、集団でより速く、だれよりもタイヤを長い時間機能させることのできたリーダーは、スタートから118周目までずっと先頭を走り続けたのである。単純な勝負で彼を制することはおよそ不可能で、他のドライバーにとっては、コーション明けのリスタートでタイミングよく加速したレイホールがコントロールラインの前後だけ100分の数秒ばかり先行したのが唯一の抵抗と言ってよかった。当時のラップチャートには、ヒンチクリフのカーナンバーだった「27」が一番上の行に連なるなか、160周目にだけ、レイホールの「15」がひっかき傷をつけている。だが結局のところ危ない場面はそれだけで、あとは250周目までヒンチクリフの独演会が続いていた。

2つの糸が撚られて1本になる、2018年のアイオワはそんなふうに2016年のニューガーデンと2013年のヒンチクリフを重ねあわせて見るレースになったのかもしれなかった。一時は19台を周回遅れにし、もはや2年前を再演する以外にないと思われたニューガーデンの勢いは、224周目からの最終スティントを走るうち、急激に翳りはじめた。ラップタイム自体はそれほど落ち込んでいないのに、いざ集団の後ろにとりつくと、乱気流の中で自在にラインを選びながら迷いなく周回遅れを作り出していくあの軽快さだけが消えてしまったのだ。明らかにアンダーステアの兆候をきたしてコーナリングが窮屈になり、相手のインに飛び込めないまま後方に控える場面が増えるにしたがって、ほんの数分前には3秒も築いていたリードが見る間に削られていく。一方でおなじころ、ヒンチクリフは当時を思い出したように突如として躍動をはじめ、5年前に歓喜を味わった250周目に、この日もっとも印象深いターン4の立ち上がりから一気に加速してスペンサー・ピゴットを交わすと、それからわずか3周でニューガーデンの背後を脅かした。そうして256周目、2人の前には3台の周回遅れが居座っている。もはや障害を排除する力を完全に失ったニューガーデンはインサイドに張りつくヒンチクリフの鋭いコーナリングに太刀打ちできず、それまでの1時間半が幻だったように先頭を明け渡すのである。その先にあったのは、ヒンチクリフにとって2013年には存在しなかった50周を継ぎ足す完璧なレースだ。5年前、たとえ地平線まで走り続けたとしても優勝の可能性は他にありえなかったと、いまさらそんな感慨を掘り起こす速さで、彼はニューガーデンの視界から遠ざかっていくのだった。

***

エド・カーペンターがターン2でタイヤのグリップを失って完全に車が横を向き、制御を失ってしまったところに、すぐ後ろを走っていた佐藤が偶然にも巻き込んだフロントを逆向きに押してくれたおかげで体勢を立て直したのは294周目のことだ。幸運な成り行きによって大事故は免れたものの、カーペンターは接触によってウイングの破片をコースに落として減速し、レースは即座にフルコース・コーションとなったのだった。はじめ、それはニューガーデンに挽回の機会を、ヒンチクリフには最後の試練を与え、2016年と2013年の記憶を交わらせる運命の黄色い旗になるのだと思えた。ゴールまでの残りはたった7周だが、幸いコース上に車が止まるような事故にはならず、破片は速やかに回収されるだろう。残り3周か2周、遅くとも最終300周目にはリスタートがかかり、かつてこの地で他を圧倒し、巡り巡ってこの日にもまた主役を演じた2人がその来歴にふさわしい最後の決着をつける数十秒を戦うのだろうと、そう思っていたのである。

勝つためにはタイヤを交換すべきだ、というのがそのときのわたしの直感だった。もちろん、ピットに入れば順位を落とすことになり、ゴールまでほんのわずかな周回で挽回しなければならなくなる。だが勝算はありえた。このときリードラップには5人――ヒンチクリフ、ニューガーデン、ロバート・ウィッケンズ、ピゴットと、そして危ういところで難を逃れた佐藤――しか残っておらず、最悪でも5番手に下がるだけで済む。そしてこの5人はいずれも最後のピットストップから60周以上を走っており、タイヤは限界を迎えている。交換したばかりの新品と比べれば、その差は2秒から3秒。単純な計算なら1周だけでリスタート時の差は帳消しになるはずだ。こんな青写真はどうだろう。リスタートで加速のタイミングを合わせ、コントロールラインで並びかけつつターン1で大外から2台を料理。ターン2で2位の真後ろに迫り、立ち上がり速度の差を利してバックストレートでインに回って直線の半ばでバスすると同時に1位を射程に捉える。ターン3を抑えようとするリーダーの動きを観察し、最終ターンで内か外、相手が守ろうとする逆側から攻略して、最後は車1台半分前に出て優勝する――。

それは簡単ではなくとも十分な可能性がある脚本と言えるはずだ。たとえば2016年のテキサスで、完璧なリーダーであり続けたヒンチクリフは、判断の分かれる場面でステイアウトを選択したために新品タイヤ勢の攻勢にさらされ、最後の最後で勝利を明け渡した。今季のフェニックスでも、リーダーのニューガーデンがコーションでのタイヤ交換を優先して順位を落としたものの、数周のうちにふたたび1位へと戻ってきた。もっと近い状況の例もある。2014年のテキサスで、パワーがコーション中の244周目にタイヤ交換を行ってリードラップ最後尾の6位に後退した後、リスタートからゴールまでのたった3周で2位にまで浮上したのだ。これらの過去は、タイヤの状態がラップタイムに直結するコースであるならば、レースの残りの周回数がどうあろうと新品タイヤより優れた要素はないことを明確に示している。その経験と、リードラップ5台という絶好の条件とが重なって、わたしは思考をピットストップへと走らせたのである。

その想像どおりに2位のニューガーデンと3位のウィッケンズがピットへと向かったのは、フェニックスががあったからかもしれない。両者はまさに、そのレースでタイヤを交換してコースで逆転した勝者と、ステイアウトを選んで抜き去られた敗者そのものだった。ニューガーデンは成功体験を再現しようとし、ウィッケンズは苦い記憶に操られるようにして、297周目に新品タイヤへの交換を決断したように見えたのだったが、わたしはそれを正解だと、少なくとも分の悪い賭けではないと確信していた。最終スティントのヒンチクリフの速さは群を抜いており、逆転するには圧倒的な速度差が必要だったからだ。ピゴットと佐藤がステイアウトしたことで順位は下がったが、それまでの勢いを考えればこの2人はリスタート直後に攻め落とせるだろう。それから、先頭を失わないためにやはりステイアウトしたヒンチクリフを、チェッカー・フラッグまでに捉えられるかどうか。2016年と2013年のふたたびの邂逅。そんな決着こそを望んでいたに違いなかった。

レースを観戦していて勝敗をわかちうると直感される場面に出くわしたとき、いったい自分ならばどういう決断を下すだろうかと思案するのは、モータースポーツの知的ゲームの一面として多くの観客が大なり小なり試みる楽しみかたのひとつであろう。われわれは、レースを楽しめるか否かの感情以外に利害関係を持たない者の特権によって、それを正しく行えるときがある。だが、どうやら今回ばかりは例外だったようだ。わたしは観客として、「勝負」や「決着」という、まさにレースの運動を期待しすぎていた。それがリスタート後の激しい戦いを当然に想像させ、本来持ち合わせているはずの客観性を失わせて結論を失敗させたのだった。こんな結末になるとは思ってもみなかったが、終わってみれば滑稽に感じたりもするだろう。おもむろに隊列を先導するペースカーは299周目になってもコーションの継続を意味するランプを点灯させたまま、最終周の計測が始まるコントロールラインを跨いだ。緑の旗が振られることは、ついぞなかったのである。

IOWA CORN 300 2018.7.8 Iowa Speedway

      Grid Laps LL
1 ジェームズ・ヒンチクリフ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ 11 300 45
2 スペンサー・ピゴット エド・カーペンター・レーシング 18 300 0
3 佐藤琢磨 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング 10 300 3
4 ジョセフ・ニューガーデン チーム・ペンスキー 2 300 229
5 ロバート・ウィッケンズ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ 7 300 0
6 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 1 299 23
LL:ラップリード

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