ウィル・パワーのオーバルは正しさに満ちている

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【2018.8.27】
インディカー・シリーズ第15戦 ボンマリート・オートモーティヴ・グループ500(ゲートウェイ)

 
 118周目にピットへと戻ったシモン・パジェノーは給油を受けながら4輪の交換を終えた、左フロントタイヤ担当のメカニックがフロントウイング脇のノブをつかんで回すのが見える。時計回りに半回転、つまりウイングを立てて前輪のグリップを増やそうと試みている。続けて回そうとしているようにも思えたが、その先はわからない。画面が突如としてホームストレートに切り替わり、ウィル・パワーが気づけばスコット・ディクソンのすぐ背後についているのだ。それは瞬間的に見れば少しばかり奇妙な映像で、前後の2台が観客席側のレコードラインを当然のこととして走っているのに、この2人はそこから大きく外れ、コースとピットロードを隔てるコンクリート壁のすぐ脇で戦っている、ディクソンが内側を差されないためにラインを変え、パワーが追随した結果だろう。通常だれも通ることのないその場所はレースの半分近くを消化したいま細かい埃がすっかり積もっており、タイヤの回転によって灰色の塵がぱっと高く舞い上がる。観客席の上から投げかけられる照明が進行方向の左側、画面向かって右に黒い影を落とし、またピットレーンに並べられた低い位置の照明によって反対方向には薄く長い影が伸びている。ターン1が迫り、パワーは一瞬早くディクソンの背後から抜け出すとほんの1秒のうちにコースの大外までラインを戻す、ディクソンも動きを合わせるが、対応が遅れて外から並びかけられる。すぐ後ろではずっとレコードラインを走っていたアレキサンダー・ロッシが危険な動きを避けるように進路をやや外に向けている。先にディクソンの長く薄い影がパワーにかぶさり、すぐさまパワーの短く濃い影が接近して2つの影が重なったかと思うとターン1へと進入していった。オーバルコースにしては珍しく赤と白に塗り分けられたゲートウェイ・モーター・スポーツパークの縁石すぐそばをかすめるディクソンにパワーが覆いかぶさろうとするとき、今度は守るディクソンの車載映像へと画面が変わる。2台が並べていたのはわずかな時間のことだ。最適なラインを無視して速度だけで相手を抑え込もうとしたパワーだったが、遠心力に負けて徐々にコーナーの内側から軌道が剥離していき、グリップの限界を越えたとたんにすべての勢いをなくして失速するさまがはっきりと映し出されたかと思うと、須臾のうちにその姿ははるか後方へと消え去ってしまうのだった。

 それは、昨年に引き続いて捉えどころの難しいパレードレースとなりつつあったゲートウェイの空気がはじめて激しい先頭争いの緊張感に包まれた10秒間だった。戦前から空力面でもコース特性の面でも追い抜きがきわめて難しいと考えられていたこのレースの雰囲気は、1周目にセバスチャン・ブルデーが集団のなかで姿勢を乱してスピンし、あっさりとリタイアしたことで決定的になったといえるだろう。昨年はパレードラップと1周目の事故で都合4台が消えてその後のレースを停滞させたのだったが、様相は今年も変わらなかった。予選が雨で中止となり選手権の得点順にグリッドを並べられたことにより幸運にも先頭からスタートする機会に恵まれたディクソンはその座をまったく脅かされることなく、ピットストップのあいだに順位を下げたわずかな時間を除いて、このときまでずっと先頭を走り続けていたのである。だれもが強さを知っている選手権リーダーが優位を築いている完璧なレース。ディクソンがこの手のレースをまず失わないことを考えると、もしかするとそれは最後まで続くかもしれなかった。

 だから、118周目から119周目のターン1に至る攻防は、画面が切り替わった瞬間のインパクトの強さもあいまって想定の外にあったなりゆきだったといえる。たしかに1回目のピットストップを消化して以降、パワーはディクソンの背後に迫りつつあり、たとえば40周目ごろの2秒差に比べれば十分に接近していたのだが、それは抜きにくい周回遅れの存在によってできあがったある程度作為的な状況で、実際に仕掛けるのは容易ではないと見えていたのだ。刻々と環境の変化する夜のレースにあってもディクソンの速さには一貫性があり、歯車が狂っていたわけでもない。実際、冒頭の攻撃は大きな損失をもたらす失敗に終わった。ターン1で外から並びかけ、パッシングまであと一歩まで迫ったパワーだったが、バンク角の浅いコーナーでその場所を維持することはかなわず、路面の汚い部分に差し掛かってまったくスロットルを開けられなくなると、ディクソンの真後ろに戻るどころかロッシにまで抜かれ、あっという間に2〜3秒の後方に下がってしまったのである。オーバルの繊細さ、難しさをこれでもかというほど思い知らされるやりとりだった。

 2回目のピットストップを過ぎても、ディクソンのレースぶりに隙はなかった。彼はレースを支配し、かといって強さをことさらに誇示もせず、淡々と確実に最初のチェッカー・フラッグへと進んでいるようだった。後から見れば圧勝なのにレースのさなかにはあまりそう見えない、その愛称「アイスマン」のとおりに勝ってしまう、いかにもディクソンらしい戦いでこのゲートウェイはしめくくられるだろう。唯一彼に仕掛けることのできたパワーが失速し、すでに4番手まで下がってしまった130周目すぎ、レースはすでに決着しているようにしか思われなかったのだ。

 だが、いまや一頭地を抜いたオーバルのドライバーとなったパワーの存在は、観客の視界から外れたところでディクソンが固めるレースの膠着を溶解しつつあったのである。それが露わになったのは141周目のことで、20周ほど前の対ディクソンと同様にホームストレートでパジェノーを捉えると、インを絞っていくチームメイト相手にためらわず鋭くラインを移動させてなかば強引にその場所へ飛び込み、今度こそターン1への進入で完全に前に出ているのだ。このスティントの彼は明らかに速さを持っており、わずか4周後にはあっさりとロッシを捕まえ、やはり鋭い進入でターン1のインを奪い取ってターン2を制している。抵抗を試みたロッシは大きく姿勢を乱し、1周目のブルデーのように壁へと吸い込まれそうになるのを必死のフルカウンターで防ぐのが精一杯だった。そうしてハイライトはふたたびディクソンとの攻防へと戻る。攻撃を退けられてからちょうど30周を経た149周目のターン3から4にかけてパワーが見せたコーナリングは、2018年のインディカー・シリーズにもっとも記憶されるべき瞬間のひとつだ。今年の車はオーバルでダウンフォースが足りず、乱気流にも敏感で前の車に近づけないと繰り返し悪評をぶつけられているのが信じられないほど、パワーはコーナーの入口ですぐ前のディクソンに吸い込まれるように近づいていった。録画したこの場面を何度再生しても混乱するばかりだが、バックストレートの終わりではどう見ても車5〜6台分は差があるのに、ただターン3に飛び込んだだけで、すでに真後ろについてしまっているのだ。周回遅れの車を前にして加速を鈍らせているディクソンに対し、パワーは乱気流など浴びていないかのようにターン4でさらに差をつめ、ホームストレートに勢いよく飛び込んでくる。それでもう勝負は決していた。ディクソンはコントロールラインのあたりで車を振って牽制の素振りを見せたものの、パワーはもはや委細構わず一直線にインサイドを確保して、あっという間にターン1を駆け抜けていったのである。

 今年のインディアナポリス500マイルをパワーが制したとき、しばしば「苦手なオーバルをとうとう克服し」といった評を目にしたのだが、率直に言ってしまえばそれはけっして正確ではなかった。このブログで以前から何度も記事にしていて、レース前から確信めいた予感を抱いていたとおり、彼はオーバルにおいてとっくに現役最高の存在で、インディ500は最後まで取り残していた宝物をもっともふさわしい立場から手にしたに過ぎなかったのだ。疑いようもないその実力は、まったく追い抜きが不可能だと思われていたゲートウェイでわずか10周にも満たないあいだに3人もの強敵を完璧に抜き去ったことであらためて示されただろう。たとえ膠着したレースであろうとも、スピードによって停滞を打破し、自分の手元へと無理矢理にでも引き寄せてしまう。いまやパワーのオーバルにはそうした瞬間の楽しさが溢れているといっていい。昨年のポコノで不運なトラブルに見舞われながら目を見張るスパートで10秒を稼ぎ出したときもそうだった。燃費作戦で幸運を掴もうとするライバルを少しずつ蹴落としていったインディ500もそうだった。はじめてフルレースのオーバルを勝ったフォンタナも、2014年のチャンピオンを引き寄せたミルウォーキーも、すべてそうだ。オーバルを勝つとき、彼はいつも外連味のない速さと戯れている。

 ゲートウェイのレースは75周を残したところでフルコース・コーションが導入され、最後の作戦に分かれが生じることになった。3位を走っていたロッシは、2016年のインディ500に勝ったときと同様に、燃費走行を駆使して最後の給油を省略する方法を選んだ。それは裏口を叩いて成果を得ようという少しばかり矮小なやり口ではあったが、選択した甲斐はあってそれなりにうまく運んだ。燃料の一滴一滴を絞るように使い、なんとかゴールまで辿りついてみれば、ディクソンの前に出て2位に上がっていたのだから。だがその「賢い」やりかたは結果を手にするための作戦ではあっても、レースを戦って勝つ意志に満ちた方法ではまったくなく、パワーに対する敗北宣言に等しいものだったろう。実際、パワーはロッシの思惑のはるか上空で舞うように、いつまでも速さを楽しんでいるように見えた。ゴールまで残り18周の230周目で最後の給油を行い、一度後退したパワーがロッシとふたたび交錯したのは236周目のことだ。足りない燃料をもどかしく節約する以外になかったロッシの左側をパワーが加速しながら加速していく場面は、パワーの無邪気な速さを際立たせて過ぎていく。ウィル・パワーに敵はない。それは現役最高のオーバルドライバーが、どんな方法よりも正しい勝ち方がどういうものか、だれしもに教えてみせた瞬間だったのである。

 

BOMMARITO AUTOMOTIVE GROUP 500
2018.8.27 
Gateway Motorsports Park

      Grid Laps LL
1 ウィル・パワー チーム・ペンスキー 4 248 93
2 アレキサンダー・ロッシ アンドレッティ・オートスポート 2 248 4
3 スコット・ディクソン チップ・ガナッシ・レーシング 1 248 145
4 シモン・パジェノー チーム・ペンスキー 6 248 0
5 ザック・ヴィーチ アンドレッティ・オートスポート 16 248 2
           
9 佐藤琢磨 レイホール・レターマン・ラ二ガン・レーシング 13 247 4
LL:ラップリード ※予選中止につきスターティンググリッドはレース開始時点でのエントラントポイント順

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