道に迷った牛乳配達人

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【2011.5.29】
インディカー・シリーズ第5戦:第95回インディアナポリス500マイル
 
 
 GAORAの中継では、ファイナルラップの最終ターンを俯瞰映像で映し出していた。まずJ.R.ヒルデブランドがスピードを乗せられず周回遅れに甘んじたチャーリー・キンボールを避けようとアウトサイドにマシンを出しながらフィニッシュラインのほうへと抜けていき、カメラはインディ500という祭典の終幕を惜しむように、2番手のダン・ウェルドンがもはや届くはずのない位置を追走していることを教えながら、少し遅れてパンニングした。インディアナポリスの快晴が感傷的な余韻を生んで、二転三転したレースの最後のリーダーを務めるルーキーを祝福する準備が整っていた。クレバーな走りでリードラップに居座り続け、若さに見合わぬ燃費走行まで見せつけた新人が乾坤一擲のピット戦略で名だたる強豪を出し抜き、ボトルの牛乳を一気飲みして見せる――それは100年目を迎え新たな歴史に向かうインディ500にとってたしかに、ありうる美しいシナリオのひとつに見えた。薄れてきた記憶からファン・パブロ・モントーヤ以来のルーキーウィナーになることを手繰り寄せ、ついでに父マイケルのアシスト虚しくサム・ホーニッシュJr.にゴール寸前で屈して偉業を逃したマルコ・アンドレッティが敗れた年のことも思い出していた。結局オーバルのマルコはあれ以来チャンスが来ないままだ。

 嫌な予感がした、とあとから回想するのはいかにも気障にすぎて好ましくないことは重々承知のうえだが、しかし実際ヒルデブランドがキンボールをラップしていく寸前、軽い違和感はあった。いや、予感と言うにはもう少しはっきりしており、わたしは画面下のほうに映るヒルデブランドが選んだラインが、ハイサイドのレコードラインからさらに車体半分だけはみ出していることを一瞬とはいえたしかに見て取っていたのである。30台ものクルマが800kmの距離を走ったインディアナポリス・モータースピードウェイでは、レーシングラインとオフラインが鮮やかなグラデーションを描き出していた。ヒルデブランドはその右輪だけを、マーブルだらけの汚れた路面に乗せたのだった。

レースはフィニッシュまでなにが起こるかわからないという警句は、裏を返せばたいていの場合はなにも起きやしないからこそ生じる油断に対する戒めだったりする。事実ファイナルラップ最終コーナーでのとんでもない逆転など、毎週末のようになにかしらのレースを観ていてもそうそう遭遇するものではない。小林可夢偉がセバスチャン・ブエミのインを差したバレンシアはタイヤの差があったし、ポジションとしてもせいぜい7位の争いだった。マニ−クールのファイナルラップでヤルノ・トゥルーリがルーベンス・バリチェロに表彰台を譲ってしまったのも懐かしい記憶へと変わり、もう2人とも当時のチームにはいない。ホーニッシュJr.のインディ500は歴史に残る大逆転だったが、「歴史に残る」とはようするにそれだけ珍しいということである。たしかにオーバルではクロスフィニッシュが多いものの、それはオーバルレースがそういう性質のものだからであって、5秒のギャップを築いていたリーダーが残りたった500mでレースを一瞬のうちに失うなんてことが起こりうるという想定がおよぶところではない。理屈としてはありえても現実には一笑に付すくらいの話である。

 力強かったロードコースとは打って変わってまるでいいところがなかったチーム・ペンスキーのライアン・ブリスコーと、予選の速さを決勝に持ち込めなかったサム・シュミット・モータースポーツのタウンゼント・ベルが交錯した結果のフルコース・コーションは、158周目というストラテジストに困難な決断を強いるタイミングで提示された。ダニカ・パトリックをはじめ数台がすぐさまピットへと入って燃料を満タンに積んだが、フューエルウィンドウ約35周のコースではよほどの幸運に恵まれないかぎり200周目まで走り切ることは困難に思えた。上位勢はステイアウトを選択し、チェッカーフラッグまでアンダーグリーンで戦われることを願った。そしてリーダーのダリオ・フランキッティとヒルデブランドは、少し我慢してコーションラップが終わる直前に給油を行って、トラックポジションを失う引き換えに最後まで走り切る権利を得た。

 ステイアウト組が178周目前後で次々にピットインし、最後のインディ500と噂されるパトリックが一度はトップに立つものの、189周目のピットインで万策尽きてチャンスを逸する。オーバル慣れしていないベルトラン・バゲットはスピードに賭けたが、さすがに空の燃料タンクのまま走ることはできなかった。労せずしてリーダーの座へと舞い戻りあとは走りきるだけとなったフランキッティの戦略に隙はないように見えたが、給油が完全ではなかったか、タイヤを交換しなかったことが影響したか、あるいはその複合なのか、1周ごとに5mphもラップの悪化するペースダウンを喫して、198周目、ついにヒルデブランドがトップに立つ。ウェルドンはまだ後方だった。

 最近のダン・ウェルドンには不遇の印象がつきまとう。シリーズチャンピオン経験者で2位も2度獲得しているほどのドライバーにもかかわらずチップ・ガナッシではスコット・ディクソンの影に隠れがちで、パンサー・レーシングに移籍したもののチームにチャンピオンを獲得したころの戦闘力はすでになく、今季はついにレギュラーシートを失った。そんな苦境にあってインディ500で2年連続2位に飛びこんだのはさすがにオーバルのスペシャリストの貫禄だったが、昨年などはどちらかと言えばすんでのところで勝利を逃した感のほうが強い。ファイナルラップでマイク・コンウェイの危機的なクラッシュが起こらなければ、アンダーグリーンのウェルドンは過度の燃費走行を強いられていたフランキッティを捉えていた可能性が十二分にあった。

 シートをかろうじて手に入れたウェルドンのインディ500は、今年も2位で終わりそうだった。シリーズコンテンダーではないことや参戦の経緯を考えれば望外の成績である。ウィナーのチームがパンサー・レーシングという結果は皮肉としてもちょっとスパイスが利きすぎていたが、残り1周を示すホワイトフラッグを受けながら、チャンスをくれたブライアン・ハータ・オートスポート・ウィズ・カーブ/アガジェニアンの働きに贈る賛辞をコクピットのなかで考えてもいい頃合いだった。牛乳配達人がボトルの届け先をいきなり変更するなんて気まぐれは、どんなに楽観的に考えてもあるはずがなかった。そういう品に欠けた期待はするものではないのだ。

 どうやら脚本家は最後の1行を書くのに慌てたようだ。スマートなルーキーが3年連続で2位に甘んじていたチームをついに優勝へ導くという新たな100年を祝うにふさわしいシナリオは、不遇に置かれた気難し屋のベテランが表彰台に帰ってくるという100周年を締めくくるにふさわしいシナリオへと不意に書き換えられた。どちらでもよかったし、どちらにせよインディ500が選びうる美しい結末で、ひとつを捨てなければならないことが惜しまれた。最後の最後のクラッシュばかりは、歴史に対するサービスのしすぎだったかもしれない。若いドライバーがそういうこともあるんだと言いきるには、まだ少し時間が必要になるだろう。はたしてファイナルラップ最終ターン、ヒルデブランドが駆るパンサーは、3時間かけて路面に積もったマーブルに右輪を乗せ、タイヤが作る舵角にまるっきり抗いながらほとんどまっすぐ進んで、セイファー・ウォールと悪夢のように情熱的なディープキスをかわす。壁に生気を吸い取られすでに息絶えたマシンは残った左の2輪でただ慣性にだけ身を任せてフィニッシュラインへと壁伝いに滑っていったものの、そのインサイドをウェルドンが軽やかに抜けていった。

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