【2018.7.29】
インディカー・シリーズ第13戦 ミッドオハイオ・インディ200
ふと切り替わった後方オンボード映像に表れ出たのは、いままで何度となく見つめてきた愛すべきコーナリングだった。インディカーではまだ何者でもなかった2014年に2度のパッシングを成功させ、あるいはステアリングを細かく切り足しながら驚嘆すべき速さで駆け抜けていったコーナーで、その場面はもはや貴重というほどでもないかもしれないと勘違いさせるくらい当たり前のようにして、しかし彼以外にはけっして表現しえない感慨を伴って通り過ぎていったのである。レースが24周目を迎えたころ、先頭をゆくアレキサンダー・ロッシの車載カメラが捉えた後方の映像には、白と黒に塗り分けられた1号車が少し離れたところからついてきているのを認められる。ターン9を抜けて通称「雷の谷」を下り、ターン10から11にかけて、車体に描かれた番号が言うまでもなく示す昨年の王者は前車との距離を縮めたものの、気流に影響されたのか姿勢を乱してしまい、続く加速区間でロッシが優勢を取り返してまた車間が開く。ややあって、そのターン12は訪れる。長い時間をかけて右に180度回り込む形状から回転木馬の意である「カルーセル」と呼ばれる中速コーナーに進入しようとする刹那、不意に2台が急接近するのだ。ロッシは円弧に沿って柔らかく曲がろうとし、追う1号車はといえば、かつて見たのと同様に弧に対して直線的に進み、いったん内につき、遠心力によって外へと引き剥がされ、それから軽やかな動きでくるりと向きを変えてふたたび内に戻っていくのがわかる。ちょうど路面が補修されて継ぎ接ぎになっている箇所で、前者の右後輪は黒く新しさを感じさせる外側の舗装と縁石側の古ぼけた灰色の舗装を分かつ切れ目の内側を通っており、後者は車全体が新しいアスファルトの部分を進んでいる、それくらい両者の走行ラインは異なる。円を描くか、刻みながら曲がるか。1号車は一本の曲線を複数の直線の連続へと描きかえながら走る。この一連の所作のあいだに、追いかける被写体はコクピットに溶け込む色合いをしたドライバーのヘルメットや、外光を反射し内部に隠された表情を窺わせないシールドバイザーさえもはっきり識別できるほど映像の中に大きくなり、カメラの主は脅威を感じのかどうか、内側の縁石を過剰に踏みながら加速を試みる。縁石に乗ったときと降りたとき、振動が2度伝わる。追うほうもほとんど同時に大きく跳ねる様子を見て取れるが、これはどうやらカルーセルの出口付近にある路面の凹凸によるもので、理想的な軌跡は少しも外れていない。それよりも跳ねているのが映像ではっきりと確認できるほど近い位置を走っていることが重要である。2台はスロットルを開け放して最終コーナーを進みコントロールラインに差し掛かる、十数秒前よりも確実に差が小さくなっている。
これはきっと、ジョセフ・ニューガーデンをジョセフ・ニューガーデンたらしめる場面に違いなかった。ミッドオハイオ・スポーツカー・コースのカルーセルは彼の経歴において特別な場所のひとつといって間違いない。4年前、彼はそこで特異なコーナリングを見せてカルロス・ムニョスとセバスチャン・ブルデーを苦もなく抜き去り、スコット・ディクソンまでも追い詰めて、初優勝をすぐ手元まで引き寄せていたのだ。残念ながらピットクルーの看過しがたい愚かな不手際が勝利の機会を儚く失わせたのだが、垣間見えた資質は未来の成功を予感させ、予感は現実として迎えられるようになった。失意から半年後にアラバマで取り戻した優勝の原動力となったターン14での追い抜きは、まさにミッドオハイオのカルーセルと通底する、曲線を直線的な動きに入れ替える運動がもたらしたものだったろう。彼は難易度の高い複合コーナーでエリオ・カストロネベスとウィル・パワーを完璧に攻略し、ようやく才能にふさわしい肩書を得るに至ったのだ。しかも一度や二度ではなく、次の年のアラバマでも、また次の年にもおなじ場面が現れて、表彰台を、あるいは再度の優勝を手にするための直接的な要因にさえなったのである。右に円く弧を描くとき、唯一彼だけがなす魔法のコーナリングがある。そうした甘美な過去をひとつひとつつぶさに記憶しているのであれば、ロッシとの差をわずかに縮めてみせた今年のカルーセルもまた、ニューガーデンが巡らせる才の一覧に新しく付け加えられるに違いなかった。
いまニューガーデンについてこう書き綴ることを、過去の記事を焼き直して何度もおなじ内容を繰り返しているといわれるなら、なるほどそのとおりかもしれない。だがそれも当然で、彼が事あるごとに自らの情熱を再現し、そのたび観客にかつての印象を呼び覚まして焼きつけていくのだから、そうせざるをえないのである。ニューガーデンの情動はことごとく過去から連続している。彼が心を惹きつけてやまない運動を執拗に繰り返す以上、記録している者もまた運動に連れられて記述を繰り返すしかない、それだけのことなのだ。実際、カルーセルで引きずり出された4年前の記憶は、やがて別の甘美な思い出に移ろっていきもする。昨年のミッドオハイオでパワーを捉えて優勝を手中に収める足がかりとなった一幕を、どうして忘れられようか。あのレースの13周目、ニューガーデンは「鍵穴」と称されるターン2を立ち上がると、バックストレートの中途に配されわずかに右に曲がりながら全開で駆け抜けるターン3で同僚のパワーに外から並ぼうとしたが、遠回りしたぶんだけ後れを取っていたのだった。守るパワーはターン3をやや小さく曲がって空間を押さえつつ相手を外側に押しとどめ、次に待ち受けるターン4への優先権を保ちながらブレーキングに備えて自分も外へと寄ろうとする。そこで攻防が落ち着こうとしたとき、想像しなかった運動が現れた。内を塞がれて引き下がるしかなくなったかに見えたニューガーデンが、しかし須臾にして進路を変え、レコードラインに戻りながら減速を開始したパワーの緩慢な旋回の懐を切り裂くようにラインを交錯させて直線的に飛び込んでいったのだ。虚を突かれたパワーは車体をいちど小刻みに揺らす、つまり内側の空間をふたたび守ろうとするがもはや手遅れで、諦めて明け渡すしかなかった、そんな動きを見せた。やがてターン4の手前で2台は完全に並び、ニューガーデンはアラバマのターン14で何度もそうしてみせたように、頂点をわずかに外しながらも、軽やかに、しかし急激に向きを変えてコーナーを掌握する。不意に先頭を入れ替える、妖艶と言うべきパッシング。レースはまだ序盤だったが、以後このすばらしいリーダーについていける者がいるはずもなかった。
こうして当時を思い出すのはもちろん、制動と旋回が破綻の間際で調和し、曲線が直線になり、直線がまた曲線へと戻って場を支配するその追い抜きの軌跡が、1年が経ったいまロッシに対して描いたそれにぴたりと一致してしまうからだ。カルーセルを抜けて最終コーナーを立ち上がったとき、2台の差は少しばかり小さくなっていたのだった。ターン1を続けざまに旋回すると、前方には周回遅れの隊列が果てしなく連なっており、ロッシをわずかばかり怯ませたかに見えた。続く「鍵穴」を立ち上がったニューガーデンは吸い込まれるように相手の背後につき、坂を下りながらターン3を抜けると同時に直線の左側、すなわちターン4に対して外のラインへ移っている。逆にロッシは内側の空間を閉じていて、パワーがそうしたのとおなじく、相手の狙いがそこにないことを見て取ってからブレーキングに向けてすばやくレコードラインへと戻ろうとした――こうして記憶は蘇る。瞬間、ニューガーデンはラインを交叉させて右へと進路を変え、またしてもターン4を見据えて一直線に、そしてロッシよりもわずかに遅れて、減速を開始した。ロッシはその動きにまったく追従できず、1年前とおなじように2台はブレーキングで並走する。懐を抉られたロッシはどうにかコーナーの頂点に向けて内へと車を寄せ、タイヤ同士が擦れんばかりに接近するが、抵抗もほんのわずかな時間のことだ。もはや完全に空間を支配したニューガーデンはやはり1年前とおなじように縦Gと横Gを絶妙に均衡させ、上品でたおやかに向きを変えた。ラインを失って失速する相手を尻目にターン4を押さえると、興奮の余韻だけを残して次のコーナーを左へ切り返していったのである。
いくつかの戦いを象徴的に残しながら、昨年ニューガーデンははじめて年間王者を獲得した。選手権を決定づけたレースをひとつにかぎって挙げるなどできるはずもないが、この年に手にした4つの優勝がどれも重要にして欠くべからざるものだったことは論を俟たない。もちろん、激しい情動とともにパワーを抜き去ったミッドオハイオのターン4も、チャンピオンに至る道程に置かれた美しい一幕に違いなかった。その記憶が、1年経ったいまになって再演され、舞い戻ってきたということである。ニューガーデンの過去はしばしばこんなふうに、しまいこまれる過去の思い出ではなく現在そのものの運動としてわれわれ観客の前に文字どおり立ち現れる。彼の有り様を繰り返し繰り返し書きなおさなければならない理由がわかるというものだろう。
しかも、今回再演されたのはひとつの麗しい場面にかぎらなかった。そう、24周目のカルーセルでニューガーデンがロッシに近づいていくさまが2014年に認めた運動と似ていたのもはじめに書いたとおりだ。彼は秘めた才覚をはじめてあらわにしたときとおなじやりかたで、ロッシを追い詰めようとしていたのである。そのはじまりがあって、そして2017年の年間王者へと繋がったターン4でのパッシングに辿りつく――今年のミッドオハイオの24周目から25周目、ニューガーデンがロッシを攻略した一連の運動は、だとすればインディカーで過ごしてきた彼の来歴そのものになぞらえることができる。カルーセルからコントロールラインを越え、ターン4に至るまで、計ってみればほんの55秒ばかりのできごとだ。だがこの短い時間に描かれた軌跡は、にもかかわらずジョセフ・ニューガーデンという偉大なレーシングドライバーがふもとから頂上に上り詰めるまでの膨大な4年間と逸れることなく重なっている。レースの運動を見つめていれば、これほど重層的な構造が現れることさえあるのだろう。過去を過去とするのではなく、いま現在の振る舞いによって過去のすべてを引き戻すやりかた。ミッドオハイオの55秒間は、彼が描く物語の奥深さを知らしめている。ニューガーデンはカルーセルでロッシに近づき、やがてターン4で抜き去った。もちろんいまとなっては過去に流れていったこの場面も、またどこかで現在の運動として繰り返されるに違いあるまい。
HONDA INDY 200 AT MID-OHIO
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Grid | Laps | LL | |||
1 | アレキサンダー・ロッシ | アンドレッティ・オートスポート | 1 | 90 | 66 |
2 | ロバート・ウィッケンズ | シュミット・ピーターソン・モータースポーツ | 5 | 90 | 15 |
3 | ウィル・パワー | チーム・ペンスキー | 2 | 90 | 9 |
4 | ジョセフ・ニューガーデン | チーム・ペンスキー | 4 | 90 | 0 |
5 | スコット・ディクソン | チップ・ガナッシ・レーシング | 9 | 90 | 0 |
LL:ラップリード |
ピンバック: ジョセフ・ニューガーデンのスピンは、彼の一貫性を証明する代えがたい証明だった | under green flag | port F