コルトン・ハータは一段だけ進歩の階段を登った

【2019.9.1】
インディカー・シリーズ第16戦 グランプリ・オブ・ポートランド
(ポートランド・インターナショナル・レースウェイ)

インディカー・シリーズのカレンダーに復帰して2年目を迎えたポートランドは、波瀾を含んだ幕開けとなった。選手権を争うドライバーがことごとく予選の早いラウンドで敗退したのだ。ポイントリーダーにして2年ぶりのシリーズ・チャンピオンを見据えるジョセフ・ニューガーデンと2位のシモン・パジェノーは簡単に第1ラウンドで姿を消し、それぞれ13番と18番グリッドで確定した。上位の失策に乗じたかった3位のアレキサンダー・ロッシまでもが第2ラウンドで敗退し、計算上の可能性は残るが現実的に逆転は難しいと見られるウィル・パワーとスコット・ディクソンがなんとか2番手と3番手に収まるのみだったのである。シーズン残り2戦の大詰めになってさえ上位陣が突然の低調に見舞われるのは一貫性の乏しいインディカーの愛すべき一面――ポコノのスーパースピードウェイ、1.25マイルオーバルのゲートウェイを経て今回がまるで性質の違うロードコースだから、もちろん日程からして「一貫」などしていない――ではあるものの、この予選結果は、選手権の観点においては大きな動きのない週末となる展開を予想させるものだった。得点差を次の最終戦に繰り越すためのレース。いわば、数字の計算で構成される選手権という擬制のシステムをしばし忘れ、コース上で起こる出来事だけに目を向けるようしむけた予選といった趣だったろうか。(↓)

 

土曜日には、直前のFIA F2ベルギー・レース1で事故死したアントワーヌ・ユベールに黙祷が捧げられた。近年のインディカー・シリーズでは2015年にジャスティン・ウィルソンが、2011年にダン・ウェルドンが亡くなっている

 

 勢力図のリセットボタンが押されたような難しいポートランドの予選で最速タイムを記録し、ポール・ポジションを獲得したのがコルトン・ハータだった事実にたぶん示唆はある。デビューからわずか3戦目のインディカー・クラシックで史上最年少優勝を達成し、ロード・アメリカでポール・ポジションの年少記録をも塗り替えた2000年生まれ(!)の19歳は、またしてもすばらしいスピードを発揮して、2つの記録の裏にまぎれもない才能を湛えていると示した。一定の結果を出したドライバーに対して才能のありかを述べるのは、すでに知られている事実を繰り返すだけになってしまって少々滑稽だが、滑稽とわかっていても強調する価値はあるだろう。現代のインディカーで最初から成功を収めるのは簡単ではない。後に王者となるニューガーデンにせよパジェノーにせよ、最初は光る一面を見せて少しずつ初優勝へ近づく、いわば「典型」からはみ出さない一流選手のキャリアを歩んできた。比してハータの順調さには目を瞠る。所属するハーディング・スタインブレナー・レーシングは、アンドレッティ・オートスポートの技術支援が入っている点では多少恵まれているとはいえ、そうはいっても資金不足のために2台目を走らせる予定が叶わなかった規模のチームである。まして似た立場に置かれるマルコ・アンドレッティの現況を鑑みれば、彼の能力がチーム力によって嵩増しされた欺瞞だとは考えにくい。2度目のポール・ポジションが真にドライバー自身の才覚を示すものだと信じる理由は十分に思える。

 ただ、評価にはまだ留保もつくだろう。たとえばサーキット・オブ・ジ・アメリカズでの初優勝は、もちろん速さを十分に持っていた前提のうえでも、決定打となったのはフルコース・コーションのタイミングという幸運であり、完全に実力で手にしたものではなかった。あるいははじめてポール・ポジションに就いたロード・アメリカではたったひとつのコーナーしか先頭を守れず、ロッシに抜かれてからは予選で履いたオルタネートタイヤを早々に壊したうえ、最終スティントでも同タイヤを最後まで使いきれずに次々と順位を落としてしまった。最終周のなんでもないターン11でラインを外してグラベルに飛び出し、結果として8位で終えたのは、予選での速さとは裏腹の失望だったと言える。インディアナポリス500マイルはトラブルのためたった3周しかできなかった。こういった意味で、一定の才能を疑いえない結果が伴っているとしても、われわれはまだハータの完璧なレースを――ニューガーデンの初優勝にあった、鮮やかで、情動に溢れる、ただ称賛以外の言葉が出てこない美しい瞬間を――目撃したわけではない。彼の現在は故事成語のいうとおりに画竜点睛を欠く。本物と見紛う美麗な竜だが、実際に目を入れたら頂へと飛びだっていくのか、その最後の一点が描き込まれるかどうかだけは、まだわからないでいる。(↓)

 

ポール・ポジションに贈られる「P1アワード」。ハータにとっては早くも3つ目の勲章となった

 

 ふたたびポール・ポジションからスタートしたこのポートランドは、そんなハータの行く末にある程度の予感を抱かせるものだったかもしれない。グリーン・フラッグは決して完璧ではなく、加速は遅れた。だが2番手以降の実力者たちに迫られながらもピットウォールにぴたりと沿って露骨に空間を閉じながらラインを維持し、ターン1の進入で一気に外へと持ち出して中間のラインから深いブレーキングを敢行する。タイヤがロックして白煙が上がり、ターン2に向かってふらふらとよろめいた。だがそれでもハータは車をコースに留め、先頭を確保してターン3から4へと立ち上がっていく。時を同じくして、ターン1に差し掛かった後方の集団ではグレアム・レイホールが曲がれるはずもない最内の空間からブレーキングを誤ってザック・ヴィーチを弾き飛ばし、都合12台が程度にかかわらず何らかの形で巻き込まれ、うち4台がレースをふいにする直接の衝突に見舞われた多重事故を引き起こしていた。当然、レースはすぐさまフルコース・コーションが発令され、隊列は固定される。1周目のラップリードはこうして確定した。はじめてのポール・ポジションのときには行く手を阻まれた関門を、ハータはまず通過したわけだった。もちろん、ポールシッターが1周目を先頭で戻ってくるなど、簡単な、ありふれた日常の出来事に過ぎない。だが、ありふれた経過であるのは百も承知のうえで、だとしてもまっさらな新人ドライバーが刻んでいくべき履歴のひとつには違いないと受け止められよう。以前に失敗したことを実現する一歩は、たとえ些細であっても無価値ではない。それに、あえて選手権を持ち出せばこのラップリードで1点を獲得した実際上の意義もある。これもロード・アメリカでは取れなかった1点だった。こうした仕事を積み重ねた先に、きっと大きな結果は待っている。ハータが走ったのは、そんな未来を感じさせる1周目であり、最初の2つのコーナーだった。

――結果を書いてしまうと、優勝したのはパワーだった。52周目に先頭に立ったパワーはしばらくのあいだ決して無理はせず、しかし着実に少しずつ2番手との差を広げてゆき、やがて最後のピットストップを終えると隠していた余力の大きさを知らしめるかのごとくただひとり59秒台を連発して、瞬く間に6秒から7秒のリードを築き上げた。シーズン序盤の不調を取り返す静けさと速さのコントラストは、かつて彼自身がロードコースを席巻していた時代を髣髴とさせる鮮やかさを誇り、残り7周でフルコース・コーションとなって差が水泡に帰してもなお逆転の可能性などいっさい感じさせず、リスタートと同時と言っても言い過ぎではないほど簡単に1秒を作り出して、悠然とチェッカー・フラッグを迎え入れたのだった。パワーがようやく感嘆すべき優勝を取り戻し、もちろん妻のリズが手にするペットボトルが握りつぶされる運命を脱せなかったのに対して、たとえばスコット・ディクソンは不運に囚われた。パワーより以前、37周目には先頭に立っていかにも彼らしく逃げ切るかと思われたのに、エンジンに問題が生じて3周遅れに後退してしまったのだ。「アイスマン」と呼ばれるディクソンも今季は少しばかり熱が高かったと見えて、情熱が前面に現れる走りで上位を賑わせる一方、意外な操縦ミスやトラブルでレースを失う場面も目立つ浮き沈みの激しい日々を過ごしてきたが、ポートランドはどうやら象徴的な結果に終わったのだった。(↓)

 

1周目ターン1、ハータ(左から3台目)は深い進入でタイヤをロックさせる。この動きが始まりだったかはわからないが……

 

 スタートから3分の1を過ぎて以降のレースは、こんなふうにしてディクソンの落胆とパワーの歓喜に染められ、すでにハータの存在感は消えていた。原因は明白で、ロード・アメリカでそうだったように、結局彼は予選で履いたオルタネートタイヤを第1スティントでだれより早く潰してしまったのだ。12周目のリスタートがライアン・ハンター=レイのスピンと事故の誘発で台無しになり、18周目に再度のリスタート――事実上ようやく最初の争いの火蓋が切られてから、ハータが先頭を走ったのは20周ばかりである。序盤に確保したはずの安定的なリードは少しずつ失われ、35周目を迎えるころには後続が完全に追いついてきて、5番手のフェリックス・ローゼンクヴィストまでが2秒以内に連なる集団が形成された。そして、状況を苦しいと思うまもなく、限界はすぐに明らかになる。37周目のターン2では、立ち上がろうとしてリアタイヤを激しく滑らせ、車をコースに残すために外から見てもはっきりわかるほど大仰なカウンターステアを当てなくてはならなかった。そのたった一事であっという間に劣勢に立たされ、ディクソンに張りつかれたハータは、さらにターン5でアンダーステアを招いて切り返しのターン6が窮屈になり、加速を鈍らせる。もうトラクションもかからなかった。ターン7こそインサイドに居座って守りきったものの、すぐ先に待ち受ける長い全開区間を前にしての無理なコーナリングにはまもなく代償が請求された。本来なら争いになるはずのないターン8でディクソンが外からかぶさってくる。内と外が入れ替わるターン9は、少しうねった直線といった程度でしかない地点だが、並走したなら優劣は生まれる。距離をわずかに利したディクソンはバックストレートで完全に並び、やがて鼻先、頭、車体半分と前に出た。直線の終わり、高速を維持したまま進入するターン10で、ハータに勝負する余力は残っておらず、早めのブレーキングで撤退の意思を表明するしかなかった。パッシング・ポイントとは言えない場所でのパッシング。予選から保っていたハータの輝きは、ここに至ってとうとう失われた。(↓)

 

スコット・ディクソン(手前右)を抑える。奮闘は37周目まで続いた

 

 先頭を譲ったのみならず、ハータは直後のホームストレートでパワーにあっさり先行を許した。ターン1で内を覗いてきたロッシに対してはターン2の立ち上がりの時点でまるで勝負にならず、続くローゼンクヴィストにも簡単に追い抜かれて、わずかの時間に5位にまで転落してしまったのである。ラインを交叉して追い抜く直前、ローゼンクヴィストのオンボードカメラが捉えたハータのターン6からは苦悩がありありと見て取れよう。進入から余裕がなく、コーナー中間ではアンダーステアをきたして外へ逃げていく。そして出口に差し掛かると今度はグリップを失ったリアからオーバーステアが引き寄せられて車は横を向き、加速を拒絶する――だめなコーナリングの見本市で失速したハータの姿は、ロード・アメリカで見せたものと重なっていたようだ。以降チェッカー・フラッグまで、彼が先頭に戻る機会は二度と訪れなかった。

 ふたつのレースに現れた光景から想像するかぎり、進境著しい10代の弱点はどうやらここにあるようだ。注視していると、なるほど他のドライバーと比較してもステアリングをこじるような動きが目につくようではある。タイヤへの入力が大きいのか、思い起こせば新品のオルタネートタイヤで臨んだロード・アメリカの最終スティントでも、走り出しの数周が非常に速く、しかし最後にはグリップを失って最終周で順位を大きく落としたのだった。ロード・アメリカにせよポートランドにせよタイヤの寿命が結果に直接すぎる影響を与える展開になったのはハータにとって不運といえば不運だったが、せっかくのポール・ポジションを生かせずに終わった原因が、彼自身のタイヤの使い方にあったのは間違いない。35周目から38周目にかけての極端な失速さえなければ、パワーを脅かして優勝を狙えたとまではいかなくとも、表彰台は現実的な想定に入ったはずだったのだから。

 ハータは天性の速さをすでに証明し、同時にまだ才能をレースに注げていない。彼が観客の心を震わせる完璧な瞬間を手にするには、克服すべき課題がいくつもある、そういうことなのだろう。しかし、兆しは見える。以前はひとつのコーナーしか守れなかった先頭を、ポートランドでは保持した。それは些細な、しかしたしかな進歩の跡だった。タイヤを保たせられなかったのは悔やまれるが、そこからの対処は評価に値するはずだ。グリップをなくしてコースを飛び出し、(ピット作業の不手際もあって必要以上に順位を落とした事情もあったとはいえ)激しい順位争いで何度も危うい場面に遭遇したロード・アメリカに比べ、今回はずいぶんと落ち着いたもので、タイヤを換えてからはしっかりとペースを取り戻した。特にターン1へ深く深く進入しながらブレーキングをぴたりと押さえ、ポイントリーダーのニューガーデンを鮮やかに差した67周目は、彼がいつか偉大なドライバーとしての地位を確立した未来に思い出されるべき一幕となっただろう。最終的に得た4位は、ロード・アメリカの半分の順位だ。3位のロッシに対しては、一時は10秒の大差を背負ったが、最終盤のフルコース・コーション直前の時点で1秒差まで追い上げた。それほどの、おそらくは優勝したパワーに次ぐ速さを、まぎれもなくハータは持っていた。最後に破綻した前回のポール・ポジションとはまるで違うレースぶりだった。

 ポール・ポジションという基準点を設定してふたつのレースを重ねると、ハータからはかように好ましい差を発見できる。完璧な優勝を手に入れるにはまだ遠かったが、それでもポートランドの彼は進歩の階段を着実に登った。もちろんこれは小さな段差で、明日突然に飛躍が訪れるわけでは、きっとない。次の最終戦で彼は「普通のレース」をするだろうし、来季もたぶんそうだろう。初優勝のような幸運に恵まれて実力を超えた望外の結果を手にする日や、反対に何もかもがうまくいかない日が訪れるかもしれないが、そんな「完璧ではない」日常はまだしばらく続くに違いない。だが、そうした日々に今回見つけたような小さな進歩を認められれば、その繰り返しがやがて高いところの果実に手を届かせるはずだ。時間はたっぷりある、19歳の前には数え切れないほどのレースが待ち受ける。以前に失敗したことを、次の機会に乗り越える――ロード・アメリカからポートランドへ至るふたつの敗北は、コルトン・ハータを未来へと正しく導いていく。■

苦しんでいたウィル・パワーも今季2勝目。ガッツポーズは派手だが、この男には涼やかな逃げ切りがよく似合う

Photos by :
Stephen King (1)
Joe Skibinski (2, 3, 4, 6)
Chris Owens (5)

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