ラグナ・セカの対照が、次代を導いている

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【2019.9.22】
インディカー・シリーズ第17戦 グランプリ・オブ・モントレー
(ウェザーテック・レースウェイ・ラグナ・セカ)

不明を恥じねばなるまい、と書き出せるのはなんと喜ばしいことか。前回のポートランドで、2度目のポール・ポジションを獲得しながらも決勝ではタイヤの使い方に難を抱え、少しずつ劣勢に追い込まれて4位に終わったコルトン・ハータについて、おなじく先頭からスタートし大敗したロード・アメリカからの成長を大いに認めつつ、こう書いたのだった。「次の最終戦で彼は「普通のレース」をするだろうし、来季もたぶんそうだろう。初優勝のような幸運に恵まれて実力を超えた望外の結果を手にする日や、反対に何もかもがうまくいかない日が訪れるかもしれないが、そんな「完璧ではない」日常はまだしばらく続くに違いない」――。速さはある。デビューからたった3戦目で、多少の幸運に与った結果として最年少優勝記録も更新した。19歳にして天性の才能を疑う者などすでにいない。ただ、だとしても、運の要素の介在しない展開を正しく戦い抜き、後続を封じきってみせるような完璧な日は、まだしばらくやって来ないと思っていた。今季を振り返ってみればハータ自身の浮き沈みは激しく、所属チームの規模もけっして大きくはない。そういう若手の常で、きっと何度も想定外の出来事に翻弄され、持っていたはずの速さがなぜか消え去る失望を繰り返し、しかしそのたびに前を見据えて、やがて本当の意味で資質を証明する優勝へと近づくキャリアを歩んでいくのだろう。経験が浅い一方で未来に多くの時間を宿す若者は、そんなふうにひとつずつ成長するしかないと信じていたのだ。

 人が予想を遥か超えていく瞬間を見るのは心地よいものだ。当然、2戦連続のポール・ポジションに驚きはなかった。19歳の新人にして3回目。先頭からスタートする権利を3度得たのは他にチーム・ペンスキーの3人(しかもジョセフ・ニューガーデンは予選が中止になってエントラントポイント順でグリッドが決められたポコノを含んでのものだ)だけで、これより多いドライバーは一人もいない。第1ラウンドから最終ラウンドまですべて最速タイムを記録した支配的な予選には、もはや驚愕より納得の感情が先に立つ風格さえ漂っている。最初は「ブライアン・ハータの息子」として名を知られたのに、あっという間にただ「コルトン・ハータ」になってしまった、そういうデビュー年を象徴する予選だったと言っていい。

 ただ、そうはいっても、こと決勝レースに限って言えば懐疑的な気持ちが拭えないのもたしかだった。自分で書いたポートランドの記事に引きずられたのかもしれない。10代のハータがこれから時間を経ることでしか獲得しえない経験を携え、チームと一体となって攻撃を仕掛けてくるだろう強豪たちを完全に封じ込めるレースは、まだ想像できなかったのである。速さは天性の素質が煌めく一瞬だ。たとえどれほど暴力的に振る舞い、車を抑えつけるように屈服させたとしても、1周に記録された数十秒のタイムがすべてだろう。翻ってレースに求められるのは一貫した意志と上品な正しさにほかならず、ハータは百数十分間にわたって正確に戦い続けるために必要な性質を証明してはいなかった。もちろん、過去のチャンピオンたちが例外なくそうだったように、優れたドライバーであるならばいつか証明される日は訪れるはずだが、ポートランドを見る限り、まだ予兆は限りなく小さかった。その日は、きっといつかではあってもたぶん明日ではなかった。(↓)

 

ラグナ・セカの名所「コークスクリュー」を駆け下りる。ハータ(左)は90周のレースのうち83周をリードした

 

 しかし、ハータの2勝目は拍子抜けするほどあっけなくやってきた。ひさしぶりにインディカー/チャンプカーの舞台に帰ってきたラグナ・セカが奏する激しい高低差とは正反対の、起伏の少ない単調なレースぶりで、言い換えればだれにも付け入る隙を与えず、運にも左右されない、他の勝者の可能性をまったく見つけられない完璧な逃げ切りによって。ロード・アメリカやポートランドで敗れた要因となったオルタネートタイヤをさほど使わない展開に後押しされたといえば、あるいはそうだったかもしれないが、だとしてもタイヤへの不安は微塵も見せず、最後まで路面を掴んで離さずに車をゴールへと運んだ事実は揺るぎない。天性の素質はもちろん、盤石な勝ち方には培った素養の確かさが覗いて見える。平均的なペースを刻み続け、ひとつひとつのスティントを丁寧に押さえてつねにリーダーの座を保持し、ポールシッターとして最高の、もっとも安全でもっとも退屈な、繰り返せばつまりは完璧な優勝。「やってきた」などと、ともすれば価値を矮小に受け止めていると思われそうな言葉をつい使うほど自然な勝利。そうするだけでよいレースを、そのとおりに正しく遂行する、それだけといえばそれだけだ。それだけの仕事を3週間前のハータは果たなかったのに、短期間で見違えてしまったのである。

 本当にあっという間の出来事で、彼に対する認識の更新が追いつかない。たとえば、この最終戦を凌ぎきって2度目の戴冠を果たしたニューガーデン――チャンピオンに複数回到達した現役ドライバーは、他にスコット・ディクソンのみだ――にしても、デビュー3戦目の予選2番手とスタート直後の事故で耳目を集めてから、ときどき小さな光を放つ場面はあったものの、最初の表彰台に登るまで1年半を要したうえ、ボルティモアで獲得したその2位も運を味方につけてのものでしかなかったのである。驚嘆のスパートでディクソンを追い詰めて初優勝に手をかけ、しかしピットの馬鹿げた混乱によって手放した2014年のミッドオハイオはさらに1年後で、あのときわたしは彼の成功を確信したが、本当の優勝は翌2015年まで待たねばならなかった。はじめてのポール・ポジションも同じ年だ。結局、ペンスキー移籍と同時に選手権を制覇するまで、デビューから6年、成功を約束せしめたレースからも3年強が必要だった。それでもずいぶん一気に駆け上がったものだと振り返るくらいなのに、ハータはニューガーデンがすべての時間をかけて掴んできたもののおよそ半分を、たった1年のうちにもぎ取ってしまったのだ。所属チームが3強の一角であるアンドレッティ・オートスポートと連携を深め、戦闘力の底上げが期待される来季には、残りの半分さえ涼やかに手に入れてしまうだろうか? さすがにそれは空想がすぎるとしても、2~3年のうちに頂点に立っているかもしれない。そうなったときのハータの年齢がニューガーデンのデビュー当時とほぼ同じと考えると、やはり異質なものを見ている心持ちになる。(↓)

 

やはり最年少のオーナー、ジョージ・スタインブレナー4世と抱き合う。ドライバーの陰に隠れがちだが、チームのマネジメントもこの1年間で急成長を見せた

 

 若手のハータが新しい才能を花開かせようとするラグナ・セカで、かつて若手だったニューガーデンは苦しみを味わった。選手権の状況は2年前のソノマとよく似ていた。追いかけてくるのは同僚のシモン・パジェノーと別のチームからもう一人。40点ほどの差を築いているものの、最終戦は得点が2倍に設定されているために完全に安全圏とまでは言えない。相手の結果にかかわらず自力でチャンピオンを決めるのに必要な順位は4位で、これも2年前とおなじだったはずだ。だが、酷似した状況に反して、ニューガーデンの戦いはおよそ違ってしまった。ソノマでの彼は天真爛漫な速さを発揮し、選手権の行く末などまるで眼中にないといわんばかりにパジェノーと屈託のない優勝争いを演じたものだったが、ラグナ・セカではすっかり精細を欠いて、ハータが率いる先頭集団にまったくついていけず、チームから「いまの状況で終わればチャンピオンだ」と無線を受けてその場を守ることしかできなかった。いや、正確にはその場を守ることすらできなかったと言うべきだ。レース終盤、彼は後ろから迫ってきたセバスチャン・ブルデーにあっさりと7位を譲った。一切の抵抗を見せず、むしろ占有すべき空間を明け渡すようにして。この時点でライバルたちも表彰台圏内から零れ落ちており、ひとつ順位を落としたとしても選手権にはなんの影響も及ばないとわかっていたからだ。それは、キャリアを通じてずっと「眼の前のレース」に情熱を注ぎ続け、どんな状況であっても厳しい攻防に身を委ねて弛まなかったニューガーデンが、もしかするとはじめて、レース以外の結果を欲して選んだ「賢い妥協」だった。

 もちろん、追いついてきた、すなわち自分より速さのある相手に我を張った挙げ句に接触でもしてすべてを失うといった危険を考えれば、妥協は穏当な選択に違いない。実際、彼は抜いていったブルデーの影を追いかけられさえしなかったが、狙いどおりに無難な8番手でチェッカー・フラッグを受け、計算の結果として2019年のインディカー・シリーズの頂点に立った。この厳然たる事実に対して、外野の観客が何を言えるだろう。だが、そうだとわかっていても、そして一般的には喜ばしい結果を手にしたのだとしても、2年前のソノマで優勝など必要なかったにもかかわらずパジェノーに対して数十秒にわたって戦いをしかけた62周目を、2度にわたって低速コーナーの立ち上がりでラインを交叉させ、サイド・バイ・サイドに持ち込みながらも最後には進路を塞がれて退いたあのすばらしい敗北をいまだに覚えているから、短い間隔で連なる上位6人の優勝争いから遅れてひとり取り残され、格下のチームの車にさえ先を譲るラグナ・セカのニューガーデンには、寂しさと失望を禁じ得なかった。失望、そう失望だ。わたしはたびたび彼を贔屓のドライバーだと表明してきたが、個別のレースの敗北を単純に残念だと思う場合はあっても、レースに向かう意志の減衰に対してここまで失望を自覚したのははじめてだった。わたしの愛するジョセフ・ニューガーデンははっきりと運動を失っていた。

 繰り返すまでもなく、彼はチャンピオンとなったのであり、手にした「結果」は讃えられなければならない。しかしこれは結果の好ましさとはまったく異なる問題だ。選手権は1年間の積み重ねで、最終戦だけをあげつらうのは公平さに欠けるとはいえ、ことラグナ・セカの一戦にかんしてだけ言えば、ニューガーデンは自らの運命を他者に委ねるほかなかった。危うい橋だ。ブルデーに順位を明け渡した瞬間、なるほどニューガーデンは首位のまま2019年を終えられる見込みで、事実レースはそのとおり終わった。しかしあのとき、もし何かの事故でフルコース・コーションが導入され、4位を走っていたパジェノーやひとつ後ろのアレキサンダー・ロッシがゴールまでの間に大きく順位を上げるような展開が訪れていたとしたら。もしかしたら、ブルデーを前に置いたことが決定的な敗因となりうる「レースの可能性」はどこかにあったかもしれないのである。2年前と違い、ニューガーデンは自力で敗北の可能性を封じ込められなかった。それは状況的に引き当てる確率の低いクジだったにすぎず、幸運にも――不運ではなかったという意味で――現実に出てこなかっただけだ。運命を外に晒し、賭けの対象としたといってもいい。たとえ配当率1.1倍の、ほとんど勝てる賭けであったのだとしても、ニューガーデンは自分以外の何かに賭けなければならなかった。そんな姿がずっと自らの速さだけで道を切り拓いてきたこれまでと重ならず、寂寥感が湧き上がってくるのを抑えられなかったのだ。(↓)

 

ニューガーデン(上)はブルデーの猛追を受ける。交わされるときも抵抗できず、フィニッシュでは9秒の差をつけられた

 

 すべて終わったあとになって、こんなふうに特定の誰かがことさら不利になるよう設定した仮定を述べるのは祝福に水を差すだけの不当な行いだろうか? そうだと思う。だが、目の前のレースの最善から妥協し、運命の行く先を自分以外に求めて望んだものを失う結末を想像するのは牽強付会な言いがかりではなく、実際に何度もあったことだ。このブログで書いたものならば、2013年のエリオ・カストロネベスや2015年のファン=パブロ・モントーヤがそうだろう。もっと以前の、ずっと選手権2位に終わっていたころのウィル・パワーも、あと一歩を踏み込めればと思わせたものだった。他のカテゴリーに詳しい人なら、きっと似たような事例を挙げられるはずだ。彼らと今回のニューガーデンの違いは、結果が伴ったかどうかでしかない。それは大きな異同であるようでいて、そして事実大きな異同ではあるのだろうが、しかし本質の精神は共通していよう。ニューガーデンは自分とは無関係のところで敗れる可能性があり、しかもそうなる可能性から脱出しようとする意志を表すのではなく、むしろ賢い妥協点を見出した。だからニューガーデンに対しては仮定を弄する意味がある。「もしあの後パジェノーやロッシに逆転を許したとしたら、後悔しなかっただろうか?」――こう問える相手は彼だけなのだから。ニューガーデンを贔屓とするわたしなら、きっと悔やむ。情熱と運動を手放した先の敗戦を、仕方なかったとは割り切れない。実現しなかった可能性への怖れ。そこに失望の核はある。

 ニューガーデン自身がもっともよくわかっているはずだ。失意のレースが終わって車から降り、しかし「チャンピオン」としてマイクを向けられたインタビューで、彼は難しいレースであったこと、この場所を望んでいたことを語り、やがて涙を浮かべて声を詰まらせた。意外だった。2年前、はじめて頂点に上り詰めたソノマでは何度も拳を振り上げて弾けんばかりの笑顔で純粋に喜びを表現し、表彰式では新時代の英雄然とした振る舞いさえ見せていたというのに、むしろ2度目の戴冠となる今回のほうが、複雑な万感の思いを溢れて押し止められなかったのだ。たしかに、最終戦に限らず今季後半の彼は苦しい戦いを続けていた。ミッドオハイオでは最終周で表彰台を狙って果敢に攻撃を仕掛けた結果としてスピンし、グラベルトラップの中でレースを終えた。ゲートウェイでも最後のターン4でミスを犯した相手を抜こうとして交錯しかかり、スピンしながらかろうじて再発進してチェッカー・フラッグに辿り着いた。そこには彼の前向きな精神が見えて、観客にしてみれば好ましく感じられたが、本人にとっては自分に疑問を抱いてしまう瞬間ではあっただろう。ポートランドでは予選第1ラウンドで敗退し、決勝の展開を難しくしてもいる。アイオワで優勝して以降の順位は、14位、7位、5位、7位。うまくいかなかった1ヵ月半の重圧は想像に難くない。そして結局、最終戦も8位で終わった。選手権の状況を見極め、ロッシとパジェノーとの差を指折り数えながら走る妥協を選んだ、選ばざるをえなかった。勝手に推し量るなどできないが、気持ちの中に自分への失望が含まれなかったとは思えない。手に入れたものの大きさと望まない自分の有り様との落差に心は乱されよう。折り合わなかった感情と現実。2年前にはなかった涙は、2度目のチャンピオン決定がほんの少しだけ翳りに侵された事実を示していた。

 ジョセフ・ニューガーデンが妥協に囚われながら現在のチャンピオンとなり、対照的にコルトン・ハータが外連味のない鮮やかな優勝で未来を照らす、そんなふうにして2019年のインディカー・シリーズは閉幕を告げた。もちろん、1度だけのレースをもって世代交代の萌芽に結びつけるのはいかにも短絡的であるだろう。対照を強調したくなるのは、最終戦という舞台によって必要以上に感傷的にさせられているからでもある。しかしさらに年月が経ち、本当にふたりの関係が逆転する日が来たとしたら。そうなったとき、まず振り返るのはきっとこのラグナ・セカだろうと意識づけられたのはたしかだった。情熱を運動に変換し、あらゆる困難をねじ伏せてチャンピオンまでの階段を駆け上がったニューガーデンが選手権の計算を優先せざるをえなかったレースに抱いた失望を、ハータが埋めた。そのときに湧き上がった情動が、数年前にニューガーデンが現れたときに感じたものとおなじなのだとしたら、次の時代はもう見え始めている。■

婚約者のアシュレイ・ウェルチと。難しいレースだったが、もちろん祝福されるべき結末だった
5年前のチャンピオンであるチームメイトのウィル・パワーも祝福。この2人の年齢差は、ニューガーデンとハータの年齢差に近い

Photos by :
Stephen King (1, 3, 5, 7)
Joe Skibinski (2, 6)
Chris Jones (4)

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