【2020.10.2-3】
インディカー・シリーズ第12−13戦
インディカー・ハーベストGP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)
昨季、デビューからほんの2戦目であっさりと成し遂げた初優勝がフルコース・コーションの賜物だったとして疑いの目を向けていた人がいたとしても、いまやコルトン・ハータが次代のチャンピオンにもっとも近い存在になっていることを認めないはずがないだろう。かつてCARTとIRLで4勝を上げたブライアンを父に持つこの2世は、サーキット・オブ・ジ・アメリカズでちょっとした幸運に与った史上最年少優勝を上げた後、ロード・アメリカで予選最速タイムを記録し、そのレースではたったひとつのコーナーまでしか先頭を走れない苦い経験を味わったものの、ポートランドで2度目のポール・ポジションと、最終戦のラグナ・セカで2勝目を記録する最高の結果で新人の年を終えた。
とはいえ、もちろん若くて経験の浅いドライバーのことだから、いい日ばかりであるはずもない。はじめてのインディアナポリス500マイルでわずか3周しか走れなかったのをはじめとして、特にオーバルレースでは苦杯を舐めさせられた。テキサスではあのスコット・ディクソンにドアを閉められて接触する珍しい不運まで味わって、最初の完走はシーズンも押し迫ったボンマリート500まで待たなければならず、それもせいぜい9位でのフィニッシュだった。タイヤの使い方も問題のようだった。入力の大きいコースで、特に柔らかいオルタネートタイヤを履くと、しばしばハータのペースは他の誰よりも早く劣化していった。3度獲得したポール・ポジションのうち、敗北に塗れたロード・アメリカとポートランドは、赤く縁取られたタイヤで大きく失速したことが原因となった。2度の優勝を除けば5位以内が1回だけといった浮き沈みの激しい一年を過ごして、結局ルーキー・オブ・ザ・イヤーは僅差ながらフェリックス・ローゼンクヴィストの手に渡った。チップ・ガナッシ・レーシングに迎えられながら、優勝はなかったドライバーだ。強豪チームを相手にしては分が悪いのは当然といっても、2勝――しかもそのうち1つは選手権ポイントが2倍になる最終戦で、104点を稼いだ――したにもかかわらず後塵を拝してしまったのだから、捗々しくなかったレースで失ったものがいかに多かったのかわかろうというものだろう。
そんな自分に対して考えるところがあったのか、2020年のハータは、ずっと昨季と正反対の日々を過ごしていたように見える。華々しい速さと、裏腹の失速を繰り返して選手権での地位を下げていったのが2019年だったとすれば、2年目を迎えた2020年の彼は、あまり目立たずに、しかし一方でずっと「それなり」の順位を確保して週末を終える。あえてそんな安定志向のドライバーであるよう努めているのだろうか、第11戦のミッドオハイオ・レース2で優勝するまで表彰台で顔を見ることがなかったにもかかわらず、今季の平均順位はここまで7.9位と、昨季の13.3位から大きく良化した。去年の瞬発力を考えると、やたらに4位だの5位だのが目立つ成績に少し寂しさを覚えなくもなかったが、それもミッドオハイオで払拭してみせた。ポール・ポジションからスタートし、75周のうち57周をリードした前回の完璧なレースは、安定感の土台に速さが組み込まれた好例として、彼にとって貴重な成功体験だったはずだ。(↓)
そして、インディカーが三度インディアナポリス・モーター・スピードウェイに戻ってきたハーベストGPにおいて、ハータはまたひとつ、将来への橋頭堡を築いたようだ。レース1とレース2とも敗れはしたものの、しかしこの2レースを通じ一貫して優れたパフォーマンスを示し続けたのは、レース1に優勝して選手権の逆転に望みをつなぐジョセフ・ニューガーデンと、それ以上にハータだけだったと言える。レース1のスタートは圧巻だった。新人ながら進境著しく、ついにポール・ポジションを獲得したオルタネートタイヤのリナス・ヴィーケイに対し、硬いプライマリータイヤのハータはグリーンフラッグ直後から少しずつインに寄せていき、ターン1への減速直前に一気に外側へラインを戻して旋回の空間を確保する。そうして、背後から機を窺うウィル・パワーを気にしたかインサイドを空けられずにラインが窮屈になったヴィーケイの鼻先を、外から掠めて先頭を奪ったのだ。続く2周目には、タイヤが温まってグリップで明らかに上回るようになったヴィーケイがターン4で懐を突いてきたのに対し外側で踏みとどまり、次のシケインで頭を抑えて守り切る。結局、直後のバックストレート終端のブレーキングでさすがに劣勢に立たされて先頭を奪回されることになるのだが、不利なタイヤでスタートを制し、1周半にわたって相手を封じたことがその後の展開を有利にした。ハータは13周目にはやばやとタイヤ交換を行って遅いタイヤを捨てる。そこから5周後にピットストップを行ったヴィーケイがプライマリータイヤを履いて出てきたとき2人の差は2.5秒しか開いておらず、ハータはほんの1周のうちに0.5秒差まで詰め寄ると、いくつかの攻防の末に21周目のバックストレートでふたたび抜き返した。一度は内を閉めたヴィーケイがブレーキングで外へ進路を取り直した瞬間、袈裟斬りにするように斜めに切り込んでいく、美しくも印象深いパッシングによって。24周目には、タイヤが違うとはいえニューガーデンをも抜いてリーダーに戻った。ゆらゆらと、しかし反則にならない程度に進路を揺らしながら牽制を試みる昨季のチャンピオンに惑わされず、ためらいなく飛び込んでいく果敢なブレーキングだった。
その後のハータには、昨季とおなじ苦難が襲った。早めのピットストップを繰り返したせいでスティントの距離が周囲より長くなり、3スティント目には一度突き放したニューガーデンがすぐ後ろに迫ってきていた。苦しい状況での60周目、ターン1でブレーキングとともにステアリングを切ったハータのリアタイヤは簡単にロックし、曲がりきれずにコース外へと逃げざるを得なくなる。これで長きにわたったリーダーの座を明け渡したうえ、直後のピット作業でも問題が起こった。右前輪担当のクルーが、タイヤを外すとき足元に置いたホイールガンを一緒に引きずってしまい、新しいタイヤを嵌めた後にガンを取りそこねたのだ。そこにあるべきはずのものがないことに戸惑ったクルーは動作が浮つき、ガンを一発でホイールの中心に差し込むのにも失敗して、わずかな時間を失った。悪いことに、右前輪担当者はフロントウイングの調整役でもある。給油ホースが引き抜かれると同時にどうにかタイヤ交換を完了した彼はウイングに手を伸ばしかけたが、そのとき車はもう動き出していて、引っ込めざるを得なかった。このとき、ハータはスタートのときに履いていたプライマリータイヤに戻している。週末の2レースで使えるタイヤのセット数が決まっているから、それ以上はオルタネートタイヤを投入したくなかったのだろう。タイヤのコンパウンドに合わせてウイングの角度を変更するはずが、そうするための時間はもうなかった、おそらくはそんな場面だった。(↓)
こうした小さなトラブルが、ハータから優勝を、表彰台を奪っていった。最終スティントで明らかにアンダーステアに苦しむようになったハータとニューガーデンの差は10周もしないうちに10秒以上にまで広がり、逆に後方からオルタネートタイヤを履いたライバルが追いかけてくる。それは去年のロード・アメリカで見たような光景で、ローゼンクヴィストの攻撃はしのいだものの、順位を入れ替えてきたアレキサンダー・ロッシと、一度は下したはずのヴィーケイに抜かれて4位に零れ落ちたのだった。
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ただ、ハータに感銘を受けるのは、チームも含めて犯した失敗を、次の機会にはもう修正してしまうことにある。昨年、ロード・アメリカでタイヤを壊してしまった後、似たような状況に陥ったポートランドではもう少し賢く、冷静に戦って結果を持ち帰った。そして次のラグナ・セカでは、もう完璧に勝ちきってしまったのだ。その意味では、金曜と土曜で2レースが行われる今回のような大会は、ハータを見るためにあると言ってもいい。レース2のハータほど、見ていて感嘆するドライバーがいただろうか。もちろん、優勝したのはウィル・パワーである。それも、ポール・ポジションから、すべての周回をリードする(このブログを始めた2013年以降、最初の事例かもしれない)完璧なレースだった。YouTubeの公式チャンネルが公開したハイライトがわずか3分58秒という動きの少ないレースで、それでもハータに目を奪われるのは、彼の走りがパワーの完璧さによって引き立てられたからだ。
パワーはインディアナポリス・モーター・スピードウェイのロードコースで行われるこのレースを、いつも完璧に勝ってきた。今回も含めた4勝は、すべてポール・ポジションと最多ラップリードも携えた「54点レース」――優勝の50点、ポール・ポジションの1点、ラップリードの1点、最多ラップリードの2点を合わせた満点――だ。その勝ち方は一様で、最初のターン1のブレーキングを的確に押さえ、あとはずっと後続にたいして1秒から5秒くらいの差を維持して、しかし攻撃の機会は決して与えずに悠々と逃げ切る。広く単調なストップ・アンド・ゴーはパワーの速さのすべてを受け止め、ゴールに向かって推進させる。事故も起こりにくく、起こったとしても退避が簡単だからフルコース・コーションは発生しにくい。一度逃げ始めたパワーを捕まえるのは不可能に近い、というより事実不可能であるがゆえに彼はいつも完璧な逃げ切りを決める。(↓)
だから今回の結果を見れば、パワーの一様な勝利にまたひとつおなじ事例が並べられた、それどころか全周回リードの偉業によってさらに先鋭な完璧さが付け加えられただけのレースに思える。だが、にもかかわらず、4度の優勝のうち、敗れるはずのないパワーが敗れる可能性がもっとも高かったのがこのレースだったことも間違いない。ハータは先頭を追いかけ続けた。プライマリータイヤを履いた途中のスティントではペースを落としてロッシの先行を許したものの、最終スティントで抜き返して前日の借りを返し、残り10周を切ってパワーの0.5秒後ろにまで迫ったのだ。それは、後続を見ながらペースを調節して安全に逃げ切るいつものパワーのやりかたではなく、ただ純粋に、ハータのほうが速さで上回る終盤だった。残り6周、ターン10で姿勢が乱れるのを、委細構わずスロットルを全開にしてターン11へ加速していく。残り4周のターン1、周回遅れのコナー・デイリーが進路を譲る方向に迷い、あわや交錯しかけて1秒差に後退するが、ほんの半周のうちに0.5秒差へと引き戻した。
結局、コーナリングでわずかに勝るパワーを相手に0.5秒の壁を突き崩すには至らなかった。しかし、ハータはこのサーキットでパワーの支配を乱し、その領域を侵したはじめてのドライバーになったのだ。2017年と2018年のディクソンでさえ、パワーをここまで追い詰めることはなかった。たとえ1周のリードも得られずに敗れたのだとしても、この事実にハータの将来は明るく見える。シリーズ・チャンピオンとインディ500の両方を手にした稀代の名ドライバーの心胆を、そのもっとも得意とするコースで寒くさせることができたのだとしたら。もちろん、いまやコルトン・ハータが次代のチャンピオンにもっとも近い存在になっていることを認めない人などいないだろう。■
Photos by :
Matt Fraver (1)
James Black (2, 5)
Walt Kuhn (3)
Joe Skibinski (4)