ペンスキーはその充実によって混乱を呼びうる

【2015.3.29】
インディカー・シリーズ開幕戦 セント・ピーターズバーグGP
 
 
 村田晴郎が快活な調子でグリーン・フラッグの一声を上げて数秒と経たないうちに、スタート/フィニッシュラインからすぐのターン1、弧を描いて右に曲がりこんでいく最初のコーナーへ、ポールポジションからスタートしたウィル・パワーに続き、赤いターゲット・チップ・ガナッシの2台が並んで入っていこうとしたのだった。内側に2004年の王者トニー・カナーン、外からは2年前の選手権を制したスコット・ディクソンで、内と外が入れ替わる次のターン2での攻防が期待された瞬間、やはりチャンピオン経験を持つ黄色い車のライアン・ハンター=レイが明らかに間に合いようのないタイミングまで減速を遅らせ、回避運動能わずタイヤをロックさせながらカナーンに追突する。直前まで整然とした秩序を保っていた隊列が突如として乱れる中をシモン・パジェノーが涼しい顔で潜り抜け、8番手前後にいた佐藤琢磨も難を逃れて大幅に順位を上げたのだが、スピンした車を回避するときに運悪くフロントウイングを接触して支持を失いかけており、結局交換のためにピットへ向かわざるをえなくなった。事故現場に視線を戻すと、予選で快走を見せて上位にいたジョセフ・ニューガーデンが不運にも行き場をなくして止まってしまい、人差し指を立てた右手を回しながらコースマーシャルに向かって早くエンジンを再始動してくれと懇願するように急かしている。

 ――といったずいぶんに具体的な夢を見たのは、ブラジリアで予定されていたレースがどうやら開催地側の一方的な通達によって中止の憂き目に遭い、例年どおり3月下旬にセント・ピーターズバーグで開幕することになった2015年インディカー・シリーズがはじまる週の月曜日の朝だったのである。年々悪化する花粉症のせいでこの時期浅い眠りに悩むわたしは、鮮明にスタート時の光景を思い浮かべられるのに結果がまったく記憶に残っていない自分の頭に呆れ、そうかレースの途中で眠ってしまったのかと悔恨に囚われさえしたのだが、憂鬱な出社のためしょうことなしにうつつへと覚醒していくにしたがって、その映像が自らつくり出した幻にすぎず今年のレースがまだ1インチも進んでいない事実をようやく理解するのだった。わかってしまえば映像の細部が甘い夢で、セント・ピーターズバーグ市街地コースであるにもかかわらずターン1がフェンスで囲まれておりどことなくロングビーチの雰囲気と混ざったようなサーキットだったし、ここ数年春先はいつも不調のチップ・ガナッシが上位を争っているのもおかしな話だった。今季から採用されたエアロキットをだれもつけておらず、チーム・ペンスキーへと移籍したはずのパジェノーはいまだシュミット・ハミルトン・モータースポーツの77番である。顔を洗ってようやく本格的に目が覚めてくると、わたしは昨季の閉幕から7ヵ月もの間が空いたインディカーをこれほどまでに待ち焦がれていたのかという自分の心持ちに苦笑するばかりだった。

 ただ、いかにおぼろげなまま現実とのあわいに漂う頭だったとはいえ、その夢が本当に起こったことだと須臾にでも信じこませるほど真に迫っていたのは間違いなかった。そこでこれがなにかの予兆だった、といえば出来の悪い創作の始まりくらいにはなるだろうが、知ってのとおり実際に行われたレースのスタートはおおむね穏やかで大きな混乱はなく、ホンダのエアロキットを装着した車が小さな接触によって破片をコースにばら撒きフルコース・コーションをもたらした程度のことで収まった。だが同時に、予兆でありえたかもしれない瞬間もまたたしかにあった。パワーは予選でもっとも速く、8番手だったハンター=レイは案の定ブレーキングで失敗を犯し、大きな衝突こそしなかったものの最初のターン1を大きく外してあっという間に17位まで順位を落とした。もちろん開幕を告げる村田の調子は心地よく耳に響き、そしてシボレー勢に圧倒されるホンダの希望となりつつある佐藤もまた、これはレース3分の1を過ぎた36周目になってからのことだが、コーション明けのリスタートで接触したためにウイングを壊し予定外のピット作業を余儀なくされたのである。

 なるほど予知夢としてみれば精度は悪くなかったと強弁してもいいだろうか。いやそうではない。パワーがこの地でポールポジションに就くのはここ6年で5回目のことで、ハンター=レイが迂闊なブレーキングで迷惑を撒き散らすのも珍しくないと知っている。昨年の佐藤――2010年代に唯一パワーからセント・ピーターズバーグの先頭スタートを奪った――はしばしば自分の責任とそうでないものが綯い交ぜになった事故に泣き、ニューガーデンの透明な速さはいつも結果に繋がらなかったものだ。そうしてみれば、開幕戦に見た幻のあれこれなど近年のインディカーに頻出してきた典型的な風景にすぎないとすぐさま気づく。起きそうなことを無意識に作り上げる、それこそ夢のありかただろう。わたしが眠りながら見たのは未来ではなく、何層にもわたって記憶に積もってきたありふれた過去であった。そして実際に、記憶してきた小さな出来事のひとつひとつが語られるべきインディカーの日常なのだと声をかけてくるかのように、レースはおぼろげな夢をいくつか再現したということである。パワーの速さのみならず、ハンター=レイの飛び出しや佐藤の破損ももはや調和にちがいない。そんなふうに、重ねられた記憶が作り出した夢が現実のレースと緩やかなつながりを結んでいく時間をテレビの前で過ごしながら、わたしは2015年のインディカー・シリーズがようやく始まったことを本当に知った。急速にその相貌を変化させているF1に比して、ゆったりとした時間が流れるインディカーが、些細な落とし物ですぐにレースがリセットされ、ストリートコースであいも変わらず悠々と先頭を走るウィル・パワーに安堵の眼差しを向けてしまうインディカーが、始まったのだ。
 

 とはいえ、当然に夢の大半が現実とはならなかったのと同様、なにもかもがおなじ繰り返しになるはずもないのだろう。たしかにパワーはポールポジションという常連の席に座り、決勝に至ってもロード/ストリートコースでの速さに疑いを抱かせなかったし、エリオ・カストロネベスは目立たないながらにトップ5を手に入れた。たとえばペンスキーにとっていつものことであるそれらの光景は、開幕戦でも揺らぐことなく保たれたわけである。例年夏の入り口まで先行してシーズンの主導権を握る総合力は今季になってもどうやら健在で、4ヵ月後には優位な立場で終盤戦を迎えていることを確信させもする。

 だがそのように個々の出来事を調和的な日常として捉えようとする眼差しを向けるとき、わずかばかりの綾によって勝敗に分かれが生じたセント・ピーターズバーグの結論に不意を突かれずにもいられない。ペンスキーがパワーに対して83周目に施した最後のピット作業があきらかな瑕疵であったことは事実だ。タイヤ交換と給油を滞りなく終えてスタートできる態勢が万端整っていたにもかかわらず、なぜかペンスキーのリアジャッキはパワーの車を持ち上げたまま、まるで全員の盲点に入ったかのようにだれにも触れられることなく打ち遣られていた。左リアタイヤを片付けて仕事を終えようとしていたピットクルーが佇むジャッキに気付き慌てて車を下ろすまで2秒、パワーが失ったのはたったそれだけに過ぎなかったとも言えるが、しかしいつもどおり開幕戦で最速を誇った男にとってこのわずかな時間が致命傷になった。速度制限もどかしくおもむろにピットレーンから合流地点のターン2へと戻ろうとしていくその刹那、おなじ車のファン=パブロ・モントーヤがすぐ前を通り過ぎてラップリードを奪い去ったのである。

 それはレースが決着した瞬間だった。2番手に後退した王者は、結局、思いどおりに事が運ばないときに苛立ちを露呈させる弱点をまたしてもさらけ出してチェッカー・フラッグを迎えることになる。いやそれどころか、最悪の場合ゴールに辿り着けない可能性すらあった。101周目ターン10での無謀なブレーキングによってモントーヤに衝突し、この週末にチームが捧げてきた努力のすべてを水泡に帰せしめかねないところだったのだ。2013年トロント・レース1の85周目を思い起こさせる、離れたところからありもしない空間へと乱暴に飛び込んでいく行動は、当時のような最悪の結果には至らず済んだものの、ペンスキーが圧倒したレースの優勝者を思いがけずカナーンにしてしまってもなんら不思議はない愚行だった。この事故でフロントウイングを破損したパワーは残りの9周半をおとなしく走らざるをえなくなり、楽勝と思われた週末を失望の2位で終えた。

 むろんパワーにだって言い分はあろう。1周前にピット作業を終えていたモントーヤのアウトラップが決定的に速かったのは間違いないが、それでも2人の静止時間が2秒も違っていなければ、冷たいタイヤをなんとか駆使してその頭を押さえ、危険なターン4を凌ぐこともできたはずだ。ラップタイムを見れば、ピットアウトから接触事故までのあいだどちらが優勢だったかは言うまでもない。まして敵ならともかく、同じチームの中で生じた作業時間の差によって失った順位である。パワーにしてみれば本来の位置へとごく自然に戻ろうとしただけで、自分には当然そうする権利があったと、それぐらいの理屈が心のうちに湧き上がったとしても無理からぬことだ。

 ただその感情を押し通すには、逃げるモントーヤの運転はあまりに巧みだった。若いころとはまるで正反対の滑らかで掴みどころのないコーナリングを継続して危険な地点を封じつづけた同僚に対し、カーナンバー1が有効な攻撃を加えられる機会はまったく訪れなかったのだ。そういうときに事故は起こる。自分が最速だと知っているにもかかわらず追い抜くだけの決定的な力点を見出せない展開、それもチームのミスでもたらされた展開に、18周にわたって蓄積した感情の圧力がついに逃げ場を失って爆発した結果、パワーは無謀なブレーキングに、もしかしたらほとんど危険を顧みないまま身を投じてしまった。そんな解釈にも無理があるわけではないだろう。だとすればセント・ピーターズバーグは最終的にパワーの粗野な面が露出しただけのレースとして単純に片付けることができる。

 上で挙げた一昨年のトロントや、あるいは昨年のデトロイトに代表されるように、パワーが速さの裏に横暴きわまる一面を備えているのはよく知られた事実だ。その意味では結果的に最悪の被害をもたらさなかった捨て鉢なブレーキングもわたしにとって調和に収まる範囲の出来事であり、夢に見たような日常的なインディカーは歴史性の中で新しいレースに向かって照射されたのだといえる。だがまた、パワーのキャリアに積み重ねられてきた紙一重の二面性の両面が出現するまでのたった十数周、まさに紙一枚しかないほどの薄い隙間に挟まれた事象は、あらゆるモータースポーツのなかでもっとも禁忌とされる、同じチームでの、それもほんの少しの自制心さえ備えていれば防げたはずの事故、すなわち調和とはもっとも対極にある破綻だった。本来それは起きてはいけない事故だ。しかしその本来はモントーヤによって、事故にならざるをえないほど接近したチーム内での争いによって突き崩されたのである。調和の狭間の混沌。本来、セント・ピーターズバーグはパワーのものだった。本来なら、ピット作業に9.4秒も要するはずがなかった。いや、よしんば失敗があったとしても、本来、その程度の遅れで抜かれるわけがなかった。本来なら、目の前にモントーヤがいるはずはなかった。本来だったら……。最速のパワーが自らを律しきれないもうひとつの姿を見せるまでの間には、そういったいくつもの「本来」との逕庭が積み重なっている。

 たぶん重要なのは、しかしそうせしめたのがまぎれもなくパワーの所属するペンスキーであることだ。接触した相手がモントーヤであり、このレースの4位にカストロネベスが入賞したことは、パワーを取り巻く状況の大幅な変化がいよいよ現実のものとなって顕在化しつつあることを仄めかしている。本来なら――いや正確にはこれまでなら、あの事故は起きることもなく圧倒的に速いパワーの日常が繰り返されるだけだったはずである。相手がカストロネベスだったとしたら、ピットでの停滞を突いてパワーの前に出るなどという芸当をもうほとんど期待できそうにないからだ。

 15年にわたってカストロネベスを起用し、その相手を緩やかに入れ替えることでチームを組み上げてきたペンスキーが、1999年に分裂時代のCARTを制しながらF1やNASCARではついに完全な成功を収められなかったモントーヤを迎え入れたのは昨年のことだ。復帰年でいきなり優勝を遂げてその腕が衰えていないことを示したベテランは、今年になってさらに順応する気配を漂わせている。そこへもって近い将来王者となるだろうシモン・パジェノーが加わり、ペンスキーにはついに最高の才能が4つも揃った。もはやドライバーの質と量において並び立つほどのチームは皆無となり、無欠な姿を取り戻しつつあると言って構わないところまで来ているだろう。

 パワーが加入してからカストロネベスが選手権で上回ったのは2013年の一度きりだが、そんな関係からも垣間見えるように、ライアン・ブリスコーとともに所属していた初期のころから、また最近は特に、彼はパワーが優位なレースで強く抵抗することができないでいる。先行するチームメイトを追いかけて際どい勝負に持ちこんだ場面が皆無とは言わないが、少なくともパワーが悠々と後続との差を広げていく展開に比べれば多くはない。そのはっきりとした両者の力の差が、ここ数年のインディカーを似たような結果に誘導してきた面もあるだろう。ロード/ストリートコースの帝王としてシーズン序盤を圧倒するパワーに対し、抗えない5位以内を重ねてかろうじてついていくカストロネベスは終盤戦に選手権を争う仲間を援護するでもなく走り、結果ペンスキーは毎年のように僅差で王座に届かなかった。カストロネベスが唯一パワーに勝った2013年は、シーズン前半の混乱によってその構図が崩れた年でもあったのだ。脆さを抱えるペンスキーの2人が織りなす物語はそのまま2010年代のインディカーの調和だった(わたしの夢にカストロネベスが出てこなかったのは、たぶんそういう理由である)。

 だがパワーとカストロネベスが揃ってからはじめて戴冠した昨季を経て、モントーヤを加えて2年目となりパジェノーまでも手に入れたペンスキーはあきらかにより強くあろうとしている。セント・ピーターズバーグにおけるペンスキーは、たしかに最後の作業で余計な時間を消費した。だがそれでもカストロネベスだけが相手だったなら、事実彼が82周目の時点で先頭から14秒も後方を走っており、最終的にもカナーンの後塵を拝したことからわかるように、パワーはほんの少し肝を冷やす程度のことで先頭を保つことができたはずだ。しかし勝敗を左右するもっとも重要な第3スティントで、モントーヤが1秒差までパワーを追い詰めて安楽な逃げ切りを許さずにいたのである。つまり9.4秒というパワーの長すぎる静止時間が決定的な敗因になったのは、ピット作業が失敗されたことそれ自体ではなく、いままでのカストロネベスには見ることのできなかったレースへの躍動によって、モントーヤがパワーの背後に迫っていたからに他ならない。ストリートコースを逃げるパワーという合意された取り決めのような展開に、カストロネベスではないペンスキー、この5年間を変質させようとする別のペンスキーが割って入った。パワーの逆転負けや、チームメイト同士の衝突はその結果として起こった現象だった。結局のところ、インディカーの調和を突き崩しペンスキーの日常を阻んだのは、より完璧な姿へと変貌する過程にあるように見えるペンスキー自身だったのだ。
 
 この週末、ペンスキーのドライバー4人は予選4番手までを独占し、決勝110周のうち最終周を含む105周を先頭で通過し、表彰台に2人を送り込んで、全員が5位以内に入った。ひとつのチームがこれほどの完勝を見せたレースはほとんど記憶になく、2015年がペンスキーを中心として回っていくことはほぼ間違いないように思える。だがそこまで盤石な陣容が固まったとして、インディカーが必ずしも安定しないことは最初のレースによってすぐさま示されたということでもあるだろう。最高のチームに最高のドライバーが揃うことで安寧がもたらされるのではなく、お互いの斥力のために混沌を呼び起こす。モントーヤがパワーに対してわずかな失敗すらも許さず打ち破ったチェッカー・フラッグはそんな可能性を示唆している。わたしの夢は少しだけ当たり、いくつかは想像もしないことが起きた。過去の経験が未来の現実へと伝搬していかないその原因が、おなじ物語を紡いできたペンスキーの充実すぎる充実にあるのだとしたら。今季のインディカーは、圧勝の陰に皮肉な波乱の芽がほんの少し顔を覗かせながら、幕を開けたのである。

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