だれも優勝へ導かれたりはしない

【2022.6.12】
インディカー・シリーズ第8戦 ソンシオGP・アット・ロード・アメリカ
(ロード・アメリカ)

いつごろからなのか定かでないが、GAORAのインディカー中継でアレキサンダー・ロッシが画面に映し出されると、実況の村田晴郎が「ロッシはもう長いあいだ勝利から遠ざかっています」と伝えるのが恒例になったかと思う。その「長いあいだ」の期間もどんどん延びていて、1年半が2年になり、2年半になり、いよいよ3年に手が届く比おいに来てしまった。2016年のインディアナポリス500で奇跡的な初優勝を上げ、またたく間にキャリアの階段を駆け登っていったはずだったのに、「最近の優勝」はいつまでも2019年ロード・アメリカで更新されず、「7」に張りついたままの通算勝利数はすっかり固着して剥がすのに難儀しそうだ。当時は主役だった選手権争いからもすっかり後退して、今となっては10位前後をうろうろしている。

 何かが悪かったのだろうか。惜しいレースはいくつもあった。それこそ先のデトロイトでは主流でない作戦を成功させた唯一のドライバーとしてごく僅差の2位に入り、見劣りしない速さを示したばかりだ。最後に優勝して以来、3年間で表彰台は10度。多いとまでは言えないが、あとひとつが届いてもおかしくはなかった。ただ、そう言ってみたところで刻まれる履歴は順位の数字なのだという冷淡な事実はある。それに、時が経てば周囲の環境だって変わる。気づけばアンドレッティ・オートスポートにはコルトン・ハータなる若い才能が頭角を現し、浮き沈みを経ながらも徐々にエースの座を確立していった。ロッシが勝てなくなった2019年に実質的なデビューを果たしたハータは今に至るまで7勝を積み上げている。2人の優勝回数がぴったり同じなのは単なる偶然とはいえ、どことなく皮肉めいた入れ替わりを感じないでもない。そう、入れ替わってゆくものだ。ロッシはアンドレッティとの契約を更新せず、来季アロー・マクラーレンSPに移籍するとすでに発表されている。思えば、ロッシ以前に長くチームに在籍したライアン・ハンター=レイも3年間勝利から遠のいた末に引退した。いまのところアンドレッティ最後のシリーズ・チャンピオンである功労者にしてもそうだったわけである。事情も年齢もなにもかもが違うし、契約の主導権がチームとドライバーのどちらにあったのかもわからない(報道によれば、昨年夏の時点でロッシの心は移籍に傾いていたという)。ともあれ3年というのは熟慮し、決断し、そして公にするまでに十分な時間であるのだろう。

 このロード・アメリカで、ロッシは3年ぶりに――前回は最後の優勝よりさらに少し遡った2019年のデトロイトだった――ポール・ポジションを獲得した。これをもって、移籍発表直後のデトロイト2位に次ぐ目覚ましい活躍は現状からの脱却を決めた心境の透明さを表している、と考えるのは浅はかだろう。勝利から遠ざかっているとはいえ、もともと表彰台にも予選上位にも当たり前のように顔を出すドライバーであるのもたしかなのだ。契約状況と成績を関連づけるのは、無関係であるはずの出来事を勝手につなぎあわせて語りたがる観客の都合のいい解釈でしかない。ただ事実として、開幕から歯車の噛み合わないレースが続いていたロッシはインディアナポリス500マイルの5位から調子を取り戻しつつあり、ロード・アメリカで3年ぶりの優勝を期するに至っている、たぶんそれだけのことだ。そしてそれだけのこととして考えても、実際に勝機は十分だった。第1スティントで頻発した事故によって導入された数度のフルコース・コーションは、長いフロントストレッチで2番手のジョセフ・ニューガーデンに攻撃を仕掛ける好機を与えたが、ロッシはグリーン・フラッグが振られるたびにそれを退け、先頭を堅実に守ってみせた。たとえば4周目には巧みにリスタートのタイミングを外して相手との距離を取り、安全にターン1を抑えている。逆に7周目には目に見えて近づかれたものの、まるでインディ500かのような、数えて6度の進路変更でドラフティングに入ろうとする相手を振り払い、インに飛び込ませる隙を作らなかった。内と外を大胆に使い切る守備は、ともすれば攻撃的にすぎると称されるロッシの、危ういながらしかし彼らしい運動であっただろう。最大の抜きどころであろうターン5の手前では、奥深いブレーキングで車体を揺らしながらも頂点を外さずに駆け抜けていく様子が認められる。あるいは11周目のグリーン・フラッグはふたたび、先んじた加速で丁寧にターン1を守っている。硬軟織り交ぜたそのような隊列のコントロールを見れば、素直にこれはロッシの日になるだろうと思われてならなかった。ロード・アメリカは例年、力強く走る者に正当な結果を保証してくれる。まさに、3年前のロッシが2周目以降すべての周回をリードして圧勝したようにだ。あのときとおなじコースで、ポール・ポジションから最多ラップリードを刻んでの逃げ切り。以来遠くへ去ってしまった優勝をふたたび手元に引き寄せるのに、これ以上の冴えた脚本はないようだった。少しばかり劇的に作りすぎのきらいもあるが、得てしてそういうものだと思う。(↓)

 ニューガーデンとのせめぎあいは続いている。リスタートでこそ凌いだものの、ロッシが最後の勝利を上げた年にシリーズ・チャンピオンとなったこの強敵は、つねに0.7秒差前後で背中を追いかけてきてはいるのだった。とはいえその1秒弱は、一見すると小さいようでいながら実際の攻略には困難な、硬さを備えた差のようにも感じられた。11周目以降、当然2人は何度となくターン1や3、5といったパッシング・ポイントを通過したが、そこで何かが起こるような気配はまるでなかったのだ。もちろん、速さが必要な場面を的確に捉えるのが得意なニューガーデンのこと、いたずらに仕掛けず機を窺っている状況だったのかもしれないが、一方でロッシが順位の入れ替わりうる要衝を鞏固に抑えている構図でもあるようだった。ロード・アメリカは抜けないコースではないものの、しかし起伏が大きく微妙に湾曲しているコーナーへの進入点がためにパッシングに際しての危険性も高い。序盤に導入されたコーションのうち2つは、ターン5での事故が原因だった。ロッシ自身もかつて、ここで危うい接触を経験したことがある。ブレーキングに注意を払い、タイヤを的確に使い切れば、僅差を維持されても守り切ることはできるだろう。ずっと似たような隊列を率い続けて、五十数周を渡りきるのだ、たぶん。

 このレースに唯一分かれがあったとしたら、15周目から16周目にかけてのことである。相変わらず0.7秒程度の小さな、しかし十分なリードを保ったロッシが給油とタイヤ交換のためにピットへと進路を向けると、ニューガーデンも追従した。グリーン状況で僅差の最上位2台が同時にピット作業を行う珍しい場面が訪れる。結果を見れば、この経緯によってロッシの手から3年ぶりの優勝が零れ落ちた、ということになろう。ピットレーンに進入したとき、ロッシとニューガーデンの間にはざっと2車身の距離があった。ところが2人が出ていくときには、同じくらいの距離感で、しかし順番だけが綺麗に入れ替わってしまっていたのである。アンドレッティ・オートスポートのクルーは手早く作業を完了してロッシを送り出したように見えたが、ペンスキーはそれに輪をかけて速かった。それがもう10年タイトルから遠ざかっているチームとチャンピオンとの違いだ、と結論することもできるだろう。だがそれにしたって、あまりに鮮やかすぎる手際を見せつけられて狐につままれたような気分にはなる。ピット出口を正面から捉えた映像では、ニューガーデンが壁の死角から突然飛び出して前に出たように映ったからなおさらだ。こうしてある意味では理不尽に、リードチェンジがコースの外で起こる。そしてロード・アメリカの常として最後までその順序が元に戻ることはなかった。ロッシがそれまでそうだったように、ニューガーデンはチェッカー・フラッグまで首位を維持することになる。

 同時にピットへ入った展開が、ロッシには望ましくなかっただろうか。ニューガーデンは先に飛び込んだロッシを目標にして速度制限区間へ向け減速できたようにも見えて、ピットレーンを進む2台の差は想像以上に小さかった。もしストップのタイミングがずれていたら、こうはならなかったかもしれない。あるいはそれだけでなく、たとえペンスキーの手際が現実どおりアンドレッティより優れていたとしても、たとえばロッシが1周遅く入って、コースの合流時点で少しでも前に出ていれば――交換直後の冷たいタイヤではペースを上げられないのだから――、プッシュ・トゥ・パスとブロックラインを駆使して抑え込める可能性もあったかもしれない。ピットレーンは走る速度で差をつけられない一方で、作業さえ先んじてしまえばどこよりも「追い抜き」が容易な区間だ。そこでペンスキーと真っ向から勝負せざるをえなくなった結果として、ロッシは敗れてしまった。そういうことだったのだろうか。

 もちろん燃料残量に左右されるピットストップの時期を臨機応変にできるわけはない。後ろにいるニューガーデンの動きを見ながら戦い方を変えることだって不可能だし、またペンスキーの側にとっても同時になったのはきっとたんなる偶然で、逆転を狙った作戦を成功させたわけではないだろう。だからこれは結果論にさえなっていない暴論であって、ただただ実際に起こってしまった展開を惜しんでいるだけである。3年ものあいだ勝てずにチームを去ることを決めたかつてのエースドライバーが最後の優勝を上げた場所で調子を取り戻し、惜別のチェッカーを受ける。できすぎな、気取った脚本であったとしても、そうした麗しい筋書きが見えているとどこかでその実現を願い肩入れする気分が芽生えてもくる。ロッシの優勝が叶ったとしたら、それはいかにも喜ばしい大団円ではあった。ただ、速度がすべてを決定するレースは、どんな期待も物理的な現実をもって裏切りうるのだろう。成り行きを左右した最初のピットストップ以降、ニューガーデンはじわじわとロッシを引き離し、遠ざかったままの優勝はさらに遠のいていった。一時は7秒まで開いた差を終盤に3秒弱まで詰めてきたのはデトロイトを髣髴させる速さだったが、あるいはそれも先頭ですべてをコントロールしたまま終えようとしていたニューガーデンの思惑の内にすぎなかったのかもしれない。順調に流れていたレースは最後の最後に2回のコーションを呼び寄せたがロッシにとって恵みにはならず、それどころか最後のリスタートでマーカス・エリクソンに捉えられて、3位でフィニッシュを迎えることになるのだった。

 あらゆる要素がひとつの結果を導くかのように整えられていると思っても、もちろんそれはただの錯覚だ。どんなあらましも、伏線も、切なる願いも、エンジンの出力やタイヤのグリップを向上させることはない。ポール・ポジションを獲得したロッシにとって、このロード・アメリカはたしかに勝利のためにすべてが揃えられたかのようで、しかし単純に速さと強さで上回る相手がいた。たぶんそれだけのことだった。ロッシの連敗は続いている。次のレースでもまた、村田晴郎が「ロッシはもう長いあいだ勝利から遠ざかっています」と言うことになるだろうか。■

Photos by Penske Entertainment :
Joe Skibinski (1)
James Black (2)
Chris Owens (3)

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