【2023.5.13】
インディカー・シリーズ第5戦 GMR GP
(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ・ロードコース)
ここ2~3年、インディカーの勢力図が変化して、シリーズのなりゆきを読めなくなることが増えた。もとより未来の展望など簡単ではないし、観客の立場としてそうする意味もあまりないとはいえ、レースを観戦していると気づけば自分の想像とまるで違った隊列が形成されたりしていて、しばしばうろたえる。反動的な意味もあろう、ドライバーやチームに着目すると2010年代のインディカーにはあまり変化がなかったと以前に書いた。似た風景――それを代わり映えしないと厭うのではなく、好ましく思っていたのだ――の中に長くいたせいか、新しい世代の台頭をなかば意識が拒絶するかのように見逃してしまっている。このGMRGPにしても、予選からしてクリスチャン・ルンガーがポール・ポジションを獲得するなんて、どんなに想定を巡らせてもまさか出てくるはずがなかった。こんな益体もない文章を書き続けて11年、益体もないなりに他人よりは多少真剣にインディカーを見てきたつもりだが、要するに老いたということだろう。思考はすっかり硬直し、これで「昔はよかった」などと言いはじめればめでたく老害の仲間入りである。
とはいえ自分の不明を棚に上げるなら、今季は予測が立たないばかりでなく、事後的になりゆきを見てもちぐはぐに思えよう。消化した4戦すべての勝者が異なり、そしてまたこの週末で5人目が生まれたからではない。その程度ならインディカーでは珍しくない話だ。そうではなく、混戦を呈している現在の状況と、レースの中で生まれ、観客として受容する感覚が上滑りして噛み合わないのである。たとえば開幕から8レース続けて違う優勝者が生まれた2021年には、歯車が狂って勝ちきれないチーム・ペンスキーが逆説的な軸として存在していた。不定愁訴のごとく原因の判然としないまま勝利を逃し続ける強豪が、シリーズの混戦を皮肉に裏づけていたのだ。あるいは他の年であれば言うまでもなく、ペンスキーとチップ・ガナッシ・レーシングを中心とした戦いにアンドレッティ・オートスポートが絡み、ときどき他のチームが望外の活躍を見せる、といった構図に収まることがつねだった。ところが今季のここまでは、どちらにも当てはまるようで当てはまらないのではないか。
現時点でシリーズを力強くリードする存在がないのは、結果が示すとおりだ。ここまでの優勝者はマーカス・エリクソン、ジョセフ・ニューガーデン、カイル・カークウッド、スコット・マクロクリン。加えて今回アレックス・パロウが勝った。ペンスキーとチップ・ガナッシが2勝ずつ、アンドレッティが1勝という言い方もできる。こうしてみるとそれぞれに意外なところはなく(シリーズ・チャンピオンが2人、インディアナポリス500の優勝者が1人いるわけである)、順当に3強チームが勝利を独占しているようでもあるが、しかしレースをつぶさに見ていれば、彼らの中のだれかが速さの中心を占めていないことは自ずとわかるはずだ。ポール・ポジションを2度獲得しているロマン・グロージャンの名前はここになく、キャリア初優勝を果たしたカークウッドはロングビーチを除いて真価を見せているとは言い難い。何より今季もっとも印象深い強さを表しているのは、間違いなく、いまだ勝者の一覧に並んでいないアロー・マクラーレンSPである。パト・オワードが2位を3回記録(セント・ピーターズバーグでシボレーエンジンのターボが一瞬失速しなければ、優勝もしていただろう)し、フェリックス・ローゼンクヴィストはテキサスの予選で最速だった。GMRGPではアレキサンダー・ロッシも含めて2、3、5位を占めている。結果だけでなく、彼らの橙色の車はコースも時間帯も問わずどんな場面でも上位に顔を出し、息を呑むほど美しい動きで優勝に手を伸ばしているのだ。その鮮烈さに比べれば、ペンスキーやチップ・ガナッシはどこか頼りない。とくにニューガーデンは深刻で、突如としてタイヤの使い方に難を抱えるようになり、周囲の一足先にオルタネート・タイヤを潰すレースを繰り返している――テキサスは、その問題が現れないオーバル・レースだった。もちろん、その他も大なり小なり速さに一貫性を欠いている、少なくともマクラーレンほどの一貫性はない。このように、結果ほどにシリーズを支配しているわけではない者と、印象に結果が伴わない者が交叉するようでしないまま、インディ500を迎えるところまで来てしまった。予想など立たないし、回顧してもなお実像を捕まえられないでいる。
GMRGPでは、解説の松浦孝亮がしきりに首をひねっているのだった。ポール・ポジションから硬いプライマリー・タイヤでスタートし、最序盤のグリップに苦しみながらも周回を重ねるごとに速さを取り戻していたルンガーが、にもかかわらずオルタネート・タイヤ勢とさほど変わらない20周目にタイヤを交換してしまったからだ。オルタネートを履いたパロウはスタート直後にルンガーを抜いて差を広げていたものの、スティント後半にはさすがにタイヤを使い切り、ピットストップ直前にはふたたびペースが逆転しているところだった。セオリーからすればルンガーはできるだけ長く、満タンの燃料を使い切る25周前後まで走り続けるべきなのに、これはどういう意図なのだろうかと、だれよりも戦略の読みに優れる松浦は疑問を呈していたのである。
その解説が挟まれたからか、それとも元からそういった雰囲気が漂っていたのか、どうにも捉えどころのない不思議なレースだった。隊列自体は、インディアナポリス・モータースピードウェイのロードコースらしく概ね落ち着いている。F1の開催に適合するほどの広いコースだから混乱は起こりにくく、スタート直後に発生した事故によるものを除いてフルコース・コーションもなかった。実力がそのまま結果に反映されたレースで、序盤から主導権を握ったパロウは全体の6割を超える52周を先頭で回り、最終的に17秒近い大差をつけて圧勝している。申し分のない支配的な優勝だったことは明らかで、これによってポイントリーダーとしてシリーズを牽引する立場にもなった。すなわちニュースなどでは「シーズンの流れを引き寄せる力強い1勝」とでも書く場面であろう。にもかかわらず、パロウの勝利がすっと胸に落ちてこない感覚が残るのである。
釈然としないこの感覚の根底に、たぶんルンガーの不可解な戦い方がある。どういう理由があったか知る由もないが、まだ使えたはず――パロウが12周目あたりからタイムを落とし続けたのに対し、ルンガーはずっと均等なペースで走れていた――のプライマリーを早々と「捨てた」ために、彼のレースはずいぶんと窮屈になってしまったように見えた。最初のピットストップでプライマリーに交換したパロウは入力への感度が低いタイヤを温めるのに時間を要し、第2スティントをかなり遅いペースで走り始めた。しかしルンガーはその停滞を利用しようとせずに自らも追随したわけである。ちょうどパロウと反対にオルタネートを履いたルンガーは、初期のグリップを生かしてピットから出た直後に自己ベストタイムを記録し、27周目にはターン7でタイヤをロックさせながらも深いブレーキングを放ちパロウを抜き返してみせている。それ自体は好調を感じさせるハイライトだったが、ここに至るまでの過程を考えると、性急だったのではないかという印象は拭えない。松浦の疑念に従えば、この場面は27周目ではなく、5周ほどあとの32周目ごろに起こってもよかった。そうできる条件は整っていたのだ。そしてすべてを5周繰り越して行っていれば、もう少し違うレース展開があったのではないかと思えてしまう。17周目にリーダーのパロウがいち早くピットストップしたとき、ルンガーとの差は4秒近くあった。一方で、ふたたび先頭に立った第2スティントのルンガーがひどいタイヤブリスターを抱えてペースを急落させ、42周目のターン1でパロウから再逆転を許した直後に、交換へ向かうことを余儀なくされた。つまりレースをちょうど半分に割った前半で、約5秒の損得をやりとりしたことになる。もちろんそれはあくまで5秒であって、17秒差で圧勝したパロウと4位に終わったルンガーという最終結果からすれば決定的な違いではないのだろう。だが、タイヤを使い切ってしまった与しやすい状態の相手を労せず攻略できたパロウの展開がとても楽になったのはたしかだ。リーダーを明け渡したルンガーがたまらずピットストップを行ってプライマリーに戻した3周後、パロウもタイヤ交換に向かう。もちろんピットレーンとコースが合流した場所ではパロウのほうがはるか前にいて、あとは逃げ切ればいいだけになった。翻ってルンガーは3回目のピットストップも早めざるを得ず、フィニッシュまでロングスティントを強いられてマクラーレンの2台にも膝を屈する形となった。ポールシッターとして本意とは言えないなりゆきだった。
結局、松浦の見立てをもとにこうやって概観してみるのなら、パロウの強さを認識したうえでそれでもなお、ルンガーを惜しみたくなるレースだったわけである。そして、だからこそ今季5人目となった勝者にも、まだ中心を見出せずにいる――予想は立たないし、回顧しても実像は捉えられそうにない。戦前、自分なりにこのGMRGPはグロージャンが勝つのではないかと思っていたし、カークウッドはもう少しやるのではないかと期待していた。だが彼らはレースの中にまったく姿を見つけられず、ことさら平凡に終わってしまった。対してパロウのほうも想定外だった。彼が優勝に値するドライバーであるのは言うまでもないが、このコースでチップ・ガナッシが速さを見せることがそもそも想像できていなかったのだ。それくらい、今のインディカーがわからずについ呆然としてしまう。これを書いている時点で、インディ500のプログラムはすでに始まっている。初日が雨で流れたために最初の練習走行となった2日目では、オーバル専任としてチップ・ガナッシのシートに座る佐藤琢磨が最速タイムをマークした。インディカーでもっとも成功した日本人である46歳が3本目の牛乳を口にする可能性を語るのはまったく夢ではない。ただ、本当にそんなことになるのならこの混乱にはますます拍車がかかりそうで、それだけは悩ましい。■
Photos by Penske Entertainment :
James Black (1)
Joe Skibinski (2, 3)
Travis Hinkle (4)