アレックス・パロウはインディカーに消化試合を見せるか

【2023.7.2】
インディカー・シリーズ第9戦

ホンダ・インディ200・アット・ミッドオハイオ
(ミッドオハイオ・スポーツカー・コース)

いまのアレックス・パロウの充実について、どのように表せば足りるのだろう。折り返しの7月を迎えたインディカー・シリーズはいま、たったひとつの才能だけに焦点を当て、称えるばかりの時期を迎えている。3連勝。あるいは直近5レースを4勝。好調の一言では片付けられない。この2ヵ月弱、インディカーはパロウのためにあった。不規則な路面で減速と加速を繰り返す市街地コースでも、リズミカルに中速コーナーが続く起伏に富んだ常設サーキットでも、そしてオーバルコースであっても、この若いスペイン人は図抜けた存在で、つねにレースを掌握し、速さと強さの両方を兼ね備えて先頭に立ち続けた。選手権の首位を独走しはじめたこの間、パロウの優勝に幸運が絡んだことは一度もなかった。むしろ画竜点睛を欠いたインディアナポリス500のピットレーンで起こった不運な接触がなければ、5月からすべてのレースを勝ち続けた可能性すらあった。すべて実力に基づいた結果だ。チップ・ガナッシ・レーシングで同じ車を走らせているはずのスコット・ディクソンとマーカス・エリクソンさえ手も足も出ない。このミッドオハイオも、眺めてみれば同じことだった。

 予選の4位はさほど問題ではなかった。5月からの4勝でパロウがポールシッターとなったのは1回しかなく、逆転優勝こそが繰り返されるパターンである。といってもそれは戦略的にうまく立ち回って先頭を掠め取るといった状況に左右されやすいやり方によるのではなく、最速のスティントを繋ぎ合わせてレース全体を貫く速さと、ときに激しい攻防も厭わない強さによるものだ。特にミッドオハイオでは前者が際立った。2戦連続でポール・ポジションを獲得したコルトン・ハータをはじめ、周囲の予選上位者が最初のスティントを柔らかいオルタネート・タイヤで走ることを選ぶなか、パロウ(と、真後ろに位置したディクソン)はプライマリー・タイヤでスタートを切った。狙いは明白だ。発熱しやすくピークのグリップも高い一方で寿命の短いオルタネートは、スティント序盤でこそ速いペースを刻めるもののピットストップ直前には大きくタイムを失うことになる。対して長持ちするプライマリーで後半に挽回し、さらに先にタイヤが終わる相手がピットへ向かう瞬間にスパートをかける――地力が十分にあれば、そのようにして逆転し、レースの主導権を奪うことができるだろう。

 このような脚本をパロウは完璧に演じた。スタート直後、もうひとりのチームメイトであるエリクソンがマクラーレンに乗り上げる事故を起こして早々にレースから去り、4周のフルコース・コーションが導入されてオルタネート勢に多少の優位をもたらす状況で、遂行しなければならない作戦を完璧にやりきったのだ。逃げるハータとグレアム・レイホールから15周あまりで3秒強の差をつけられることは想定どおりに違いない。そこから先はペースが逆転し、パロウは70秒台後半でしか走れない相手に対して70秒台前半から時に69秒台の周回を記録して少しずつ位置関係を元に戻していった。27周目、ハータが最初のピットストップを行ったときにはもう1秒の間隔にまで縮まっており、レイホールをすぐ背後から追い詰めている。次の周にはレイホールがタイヤ交換に入り、前が開いたパロウは1周だけ余分に周回を重ねると、29周目には自らもピットへ向かった。そうしてそれぞれの手続きが一巡すると、隊列の順序はパロウ‐ハータ‐ディクソンへと変わっている(レイホールはピットの作業に手間取って大きく順位を落とした)。相手の新しいプライマリー・タイヤが温まる前に動いて捉える逆転劇だった。(↓)

ポール・ポジションからスタートしたハータはピットレーンでリミッターボタンを押しそこねて速度違反を犯しペナルティを受けた。しかし順調でも勝ち目はなかったか。

 もちろん、2種類のタイヤをかならず使う規則が定められるインディカーにおいて、この逆転はタイヤを使う順番を材料にした交換取引でしかない。第2スティントでハータはプライマリーに乗り換え、パロウは使用義務の残るオルタネートを履かなければならない。両者のレース運びがまったく同じであるならば、結局、2度目のタイヤ交換が終わったとき――つまり、フィニッシュに向かう最終スティントの入り口――にはまた元の順序に戻る計算になるだろう。ハータもそれを見込んでいたはずだ。ところが中盤の展開はまったく想定できないものだった。思わぬトラブルが起こったのではない。コーションの外乱に掻き回されたわけでもない。ただただパロウが速すぎたのである。30周が過ぎた路面はグリップ力を増していたから、オルタネートに交換したパロウが当初のうちに68秒台を記録したことに不思議はなかった。おなじ時間帯に、プライマリーのハータも69秒台を刻んでいる。だが特異であったのは、柔らかいタイヤにもかかわらずほとんどペースが衰えなかったことだ。先頭を確保したパロウはグリップを活かして差を広げつつもタイヤを巧みに扱い、スティント後半でのペースの低下を最小限に食い留めた。15周を走ってもなおラップタイムは70秒近辺で安定し、後続をいっさい近づかせない。驚嘆すべきは50周目と51周目である。ピットアウトから20周を過ぎたパロウは、しかしなんとふたたび70秒を切り、この時間帯に懸けていたはずのハータをむしろ突き放したのだ。71秒でしか走れなかったハータはこのたった2周で2秒も後れを取り、パロウが最後のピットストップへ向かう直前には8秒以上の差が生じていた。

 異なるタイヤを交換するはずだったレースは、こうして一方的な取引に終わった。ペースを保てなかったハータは最終スティントのアウトラップでディクソンに抜かれ、さらにピットレーン進入時の速度違反でドライブスルー・ペナルティを受けて後退する。やがてピットストップを引き延ばしていたパト・オワードが下がってディクソンが名実ともに2番手に上がり、隊列はチームメイトとの1-2態勢へと移行したが、そのころにはもう11秒の余裕があった。パロウに残された仕事は、その11秒をうまく消費しながら、80周目の最後に振られるチェッカー・フラッグまで大切に車を運ぶだけだった。(↓)

ディクソンもパロウには白旗を上げざるをえない。車に自信を持ちながら、今季いまだ優勝できずにいる

 レース後のパロウは語る。「ミッド・オハイオでは前の車についていくのが大変だから、序盤はプライマリーを選んだ。少しリスキーだったけれど、1周目で順位を落とさず乗り切ればうまくいくはずだった。燃料を節約して、27号車がタイヤに苦労するのを待ち、コルトンとレイホールよりもほんの少し長く走ってリードを奪うことができた。楽しかったよ。すべて狙いどおりで、最高だった」。なるほど勝者は無類のタイヤマネジメントを生かして冷徹に計画を完遂した。だがまた、これはただの作戦勝ちに留まるのではなく、リードを得るまでの過程にはドライバー自身のすばらしい運動も表れていた。27号車、つまり予選3位だったカイル・カークウッドとのやりとりだ。コメントのとおり、一足早くタイヤが垂れてペースを落としはじめたカークウッドにパロウが襲いかかったのは、19周目のターン4でのことだった。目の前に「チャイナ・ビーチ」と呼ばれる広いグラベルトラップが待ち構える下りの右の90度コーナー。踏み込みすぎればレースを失う可能性がある場所で、しかしパロウは勇敢な深いブレーキングでフロントを先行させ、厳しい旋回で相手を押し圧しながら抜き去ったのである。カークウッドにはかろうじて車1台分が通りうる空間が残されていたものの、パロウの圧力にさらされてたまらずインへと大きく切り込んでしまい、縁石に深く乗り上げてスピンを喫した。軽い接触もあったかもしれない。抜かれたほうに不満はあろうが、しかし車載映像を見るかぎり過剰にラインを潰したとも言えない、正当な、また情動に満ちた優れたパッシングだった。

 パロウにとって、際どいせめぎあいを制したこの攻防には4位から3位への浮上にとどまらない重要な意味があった。2周前、17周目にも彼らは同じ場所で戦っている。このときはカークウッドがターン4のインを守り切ったが、そのあいだにハータから1秒遅れて4秒差にまで拡大することになった。それ以上手間取れば先頭との間隔はますます大きくなり、ピットストップの間際で1秒差に戻ることは困難になっていたかもしれない。厳しい抵抗を受けてもすぐさま態勢を立て直し、2度目の機会で細い攻略の糸を手繰り寄せたからこそ、パロウは次のピットで逆転を果たし、タイヤだけに集中できる状況を作り出すことができた。だとすれば、このミッドオハイオの行方を左右したのは――のちにハータとレイホールがピットのトラブルに見舞われ、いずれにせよ自滅したという経緯とは無関係に――19周目のターン4、その一点だったのである。

 一見すれば序盤に起こったその場かぎりの何気ない戦いであっても、振り返ると勝敗に直結していたと気づく場面がレースにはしばしばある。そういったわかりにくい機微を離さず捕まえられる者こそ、すなわち「勝てる」ドライバーに他ならない。そうでない者は、たとえば偶然のフルコース・コーションで結果的にリセットがかけられたレースをあっさり勝つかもしれないが、地力を問われて勝者の座にいつづけることは難しい。冷静さを蓄えながら、必要な瞬間にその能力をすべて解放して決定的な運動を表出すること。あるいはそもそも、つねに変転するレースの流れの中でその決定的な運動をなすべき場面を正しく見つけること。6度のチャンピオンを獲得したディクソンも、あるいは新しい時代を築いたジョセフ・ニューガーデンも、数々の偉業の根底にはレースの要点を捉える姿があった。すでに一度シリーズを制しているパロウと彼らとが、今になって重なって見える。

 5月のGMR GPが行われたころ、シリーズはまだ主役の見えない状況だった。そこで今季初優勝を上げたパロウも、その時点では混戦の担い手のひとりとして加わっただけだと思えたのに、いまやすっかり様変わりしている。こうした展開を予測できなかったのはもちろん観客の不明に違いないが、しかしそれにしても予測しようはあったのだろうか。実際のところ、ここまでひとりのドライバーに支配されるインディカーなどかつて見たことはなかった。比肩する存在に行き着こうとすれば、一昔では済まない過去に遡らなければならないはずだ。数字に頼って選手権の文脈を利用するとすれば、このブログを書いてきた過去10年、制度の悪戯もあったとはいえ、最終戦以前にチャンピオンが決定したことはただの一度もなかった。レースのたびに勝者を入れ替え、コーションとともに混沌を導くのがこのシリーズの本質だ。だが気の早いのは承知のうえで、今季のインディカーは歴史に残る「消化試合」を見せることになるかもしれないと言ってみてもいいかもしれない。ラグナ・セカの予選を迎えた時点で55点差がついていれば、選手権はすでに決した後だ。いま、2位のディクソンとパロウとの差はそのちょうど2倍、110点である。■

全戦ロード・アメリカの写真を流用したかのような図。パロウの強さは群を抜く。

Photos by Penske Entertainment :
Travis Hinkle (1, 2)
James Black (3)
Joe Skibinski (4)

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